熱狂の復習―5月5日(日)その1|ガラスの隔て。

一年のうちでもっとも5月が遠いこの時期。いかがお過ごしでしょうか。

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c0060659_22561940.jpg【351】5/5 1030-1115 B7〈メーテルリンク〉
●クープラン:《諸国の人びと》第1組曲《フランス人》~ソナード
●マレ:《サン・ジュヌヴィエーヴ・デュ・モン教会の鐘》
●クープラン:《諸国の人びと》第2組曲《スペイン人》~ロンド、パッサカリア
●マレ:フォリアのクプレ
●ラモー:第3コンセール~〈内気〉、タンブーラン
●コレット:コミック協奏曲第25番ト短調《未開人》~第1楽章
⇒リチェルカール・コンソート
 フィリップ・ピエルロ(Gamb)
 ソフィー・ジェント(Vn)
 トゥオーモ・スニ(Vn)
 マルク・アンタイ(トラヴェルソ)
 イーフェン・チェン(トラヴェルソ)
 フランソワ・ゲリエ(Cemb)


今年度LFJの唯一の王道バロック公演(5/3のモダンチェンバロは中野しんちゃんワールドだったので…)。考えてみれば2009年のバッハはよくあんなマニアックな品揃えにゴーが出たものだなあ。

LFJ常連で、もう何度も聴いているような気がするピエルロの楽隊。深淵を覗き見るような感動は一度も得たことがないかわりに、いつも一定以上の高品質が届けられる。いまや数少ない紳士的バロックアンサンブルの最右翼(これは発展していないという意味ではなくて、すでに完成したものを丁寧に保持しているという意味です)なんだろうな。もっとありがたがって聴くべきなのか。

もともと予定されていたのはラモーのカンタータ入りプログラムだったのだが、ソプラノが来日できなくなって急遽このマレ入りプログラムに変更された由。フォリアが混入したおかげで一気にスペイン成分が濃厚になったわけだけれど、ピエルロの楽隊は洗練が彼らの美徳と考えていて、あくまでもスペインはパリから眺めた異国なのであった。異国はガラスケースのなかに並んでいる。

「展示」のなかでいちばんクスッときたのは、コレットのコミック協奏曲《未開人》である。ラモーの〈未開人の踊り Les Sauvages〉をVn2・トラヴェルソ2・BCに仕立てた愉快な作品で、明治の浮世絵というか、本歌取りだけが存在意義として結晶しているようなはかない可笑しみを感じさせた。ソフィー・ジェントは巧いなあ。



↑YouTubeにゲーベルの演奏が上がってたのでご参考まで。


【352】5/5 1215-1300 B7〈メーテルリンク〉
●フランク/バウアー:前奏曲、フーガと変奏曲 op.18
●ラヴェル:ソナチネ
●フォーレ:《無言歌集》op.17~第3番変イ長調
●同:《8つの小品》op.84~即興曲嬰ハ短調 op.84-5
●同:夜想曲第11番嬰ヘ短調 op.104-1
●ラヴェル:《高雅にして感傷的なワルツ》
⇒クン=ウー・パイク(Pf)


続けてB7。毎年思うけどB7は素直な部屋で、サイバーパンク風のごつい内装さえ気にしなければピアノや小さい室内楽を聴くにはもっとも優れている。

で、クン=ウー・パイク氏である。
僕が初めて揃えたプロコフィエフのPf協奏曲全集は、パイクがソロ、伴奏をヴィト/ポーランド国立放送響が務めたNAXOS盤なのであった。これは録音1991年の初期NAXOSながら高品質な名盤だといまでも思っていて、強化ガラスのようなパイクの打鍵がクールビューティ。

さてこの日は、まず冒頭のフランクが絶品中の絶品!
前奏曲の感傷的なメロディはパイクの硬質な音によって柔らかく包まれて、フォルムが崩れる心配もない。フーガで立ち上がる重厚なガラス建築、そして変奏曲でガラスのなかにまた寂しいメロディのシルエットを見つける。

それからフォーレの夜想曲第11番ね。前日の夕方に聴いたペヌティエとはまったく異なり、おじいさんもホットミルクも、悔悟の気持ちすら登場するかどうか怪しい。ひとのいない清潔な世界に属する夜想曲があってもいいよね。これも好い。

ラヴェルはこのときからPCに向かっている今日現在にいたるまで、絶賛聴きたくない状態なので(この作曲家についてはたまにあるのです)感想文はありません。

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この日はあと4公演聴いてしまったので、「LFJ2013今さらレポ」はもうちょっとだけ続くのである。
by Sonnenfleck | 2013-06-12 22:58 | 演奏会聴き語り
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