[不定期連載・歌舞伎座のクラシック者]その二 歌舞伎座新開場 杮葺落四月大歌舞伎@歌舞伎座(4/21)

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【2013年4月21日(日) 11:00~ 歌舞伎座】
<杮葺落四月大歌舞伎>
●一、 壽祝歌舞伎華彩(ことぶきいわうかぶきのいろどり)鶴寿千歳
→鶴 坂田藤十郎
 春の君 市川染五郎
 女御 中村魁春 他
●二、 十八世中村勘三郎に捧ぐ お祭り
→鳶頭 鶴吉 坂東三津五郎
 鳶頭 亀吉 中村橋之助
 鳶頭 磯松 坂東彌十郎
 鳶頭 梅吉 中村獅童
 鳶頭 松吉 中村勘九郎
 鳶頭 竹吉 片岡亀蔵
 芸者 おこま 中村福助
 芸者 おせん 中村扇雀
 芸者 おなか 中村七之助 他
●三、 一谷嫩軍記 熊谷陣屋(くまがいじんや)
→熊谷直実 中村吉右衛門
 相模 坂東玉三郎
 藤の方 尾上菊之助
 亀井六郎 中村歌昇
 片岡八郎 中村種之助
 伊勢三郎 中村米吉
 駿河次郎 大谷桂三
 梶原平次景高 澤村由次郎
 堤軍次 中村又五郎
 白毫弥陀六 中村歌六
 源義経 片岡仁左衛門


1月の新橋演舞場に続いて、二度目の歌舞伎鑑賞となった杮葺落四月大歌舞伎。
銀座駅からのアプローチに若干自信がなかったのと、歌舞伎座地下の「木挽町広場」を見てみたかったのとで、日比谷線の東銀座駅からの歌舞伎座初入場となったこの日。四代目の歌舞伎座の姿を昭和通りから何度か見たことがあるくらいで、ついに五代目の建物に入ることになるのかと思うと感慨深いものがあります。朝から強めの雨が降りしきる寒い一日だったけれど、気分は晴れがましい!
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傘を閉じて入場すると、まず絨毯の鮮やかな紅が目に飛び込んでくる。靴をとらえるふんわりとした触感、華美で瀟洒な内装。食堂に土産売り場に豆大福にめでたい焼き。ロビーに満ちる楽しい喧噪。手に提げたお弁当(この日は「まい泉」のカツサンド♪)の充実した重み。
もろもろをひっくるめた雰囲気まで楽しませるシステムは、自分が初めてサントリーホールに入場した遠い昔を思い起こさせる。ここは松竹という私企業が運営する歌舞伎の殿堂なのであって、国営のなんとかパレスとは違うんである。
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なかはこんなふうです。この日の席は2階正面の後方だったけれど、意外に舞台が見やすいんだよねえ。たとえばオーチャードホールの2階正面後方なんて考えるだけでうんざりですが、そういう状況ではない。いかにも10年代の設計っていう感じです。

1 おはなし
(1)壽祝歌舞伎華彩
→「ものがたり」が薄い、能によくあるお目出度い系の演目のようでした(ラモーのオペラにもこういうのあるよね)。目出度さの擬人化である「春の君」と「女御」が、大勢の公達ややんごとない姫君と庭で舞ううちに、一羽の鶴がひらりと降りて典雅な時間をつくり、やがて鶴はどこかへ飛び去る。

(2)お祭り
→舞台はがらりと変わって江戸の三社祭。鳶衆と芸者が次々に登場しては粋な所作で舞い踊るなかで(僕らクラシック音楽好きはここでペトルーシュカの謝肉祭を思い浮かべるべき)、十八世中村勘三郎に捧ぐ「ものがたり」はやっぱり抽象化して、湿っぽくもいなせな江戸らしい空間が発生するんである。勘九郎の息子=勘三郎の孫を舞台に組み込んで客席を泣かせようとする、この愛すべき江戸ベタに、がばとねじ伏せられる。

(3)熊谷陣屋
→お昼の幕間を挟んで、また舞台は転換する。『平家物語』の「敦盛最期」を、とにかく盛大に脚色して膨張させて、最後には江戸の手刀で好き勝手に彫塑した作者。「ものがたり」は派手なギミックを備えたサイボーグネオ平家として現代に伝わる。

『平家物語』だと平敦盛は源氏方の武将・熊谷直実に討ち取られることになっているけれど、ここでは義経の命を受けた熊谷が、息子・小次郎と敦盛を入れ替え、息子の首を討ってまで敦盛の命を救う、というとんでもない話に変容しているのです。老いて石工に身をやつした平宗清まで登場して、もうわけがわからん。敦盛はマジで助かっちゃうしね。

中村吉右衛門の熊谷、坂東玉三郎の相模(熊谷の奥さん役、妖しいくらい女性らしい)、片岡仁左衛門の義経(舞台上の仁左衛門さんは両性具有っぽくて、男役なのに女形のようななよやかさを感じるのが不思議でならない)、など、豪華絢爛。知っている歌舞伎俳優さんたちがみんな出てくる楽しさよ。

2 バレエとアリア(特に「壽祝歌舞伎華彩」のこと)
声のないオペラ・バレとして、「壽祝歌舞伎華彩」は強烈な多幸感を放射していた。この多幸感は初の歌舞伎鑑賞だった1月には感じなかった類のもので、これから僕が歌舞伎への想念を煮詰めていくときに、必ずや思い出されることになる瞬間だと考えられる。
全体はだいたい次のように構成されています。

・「春の君」と「女御」のダンスによるプロローグ
・公達と姫君のアントレ
・「鶴」のアントレ

プロローグの間、舞台の中ほどにある舞台内緞帳は下りたまま。やがて、何か見えないものを合図にして舞台内緞帳が取り去られると、後景の美しい富士山と横一線に並んだ箏オーケストラが見え、そして大勢の公達と姫君が現れて舞う。

公達と姫君のアントレに移った瞬間の、客席から漏れた「…ふわぁぁ!」という官能的な歓声が忘れられない。この歓声は俳優に向けられ、舞台美術に向けられ、客席に向けられ、歌舞伎座の内装に向けられ、また、その歓声自体に向けられた純粋な官能の吐息であった。これが歌舞伎の純粋なコアの部分だったという感覚すら残っている。

そして「鶴」のアントレで奈落からせり上がってきた坂田藤十郎の「鶴」。
80歳の鶴は別段、枯れた仕草も見せず、悠然たるダンスを客席に見せつけて、花道の奥へのしのしと去っていく。藤十郎さん、そのまま食堂に踏み込んでカレーライスでも食べそうな迫力であった。同じ鳥類の形態模写でも、これより前の日に国立能楽堂で目にした91歳三川泉の仕舞「鷺」との間にある凄まじい相違に、能と歌舞伎の因縁を感じざるを得ず。もちろんどちらが良い悪いではなくてね。

+ + +

四月大歌舞伎は、このあと座席でお財布を紛失するという自分史上始まって以来のポカをやらかしてしまい、あわや歌舞伎座に嫌な思い出をつくるところであったが、親切な方が案内係まで届けてくださったらしく、事なきを得た。そのあと歌舞伎稲荷(歌舞伎座正面の脇に鎮座する稲荷社)にお礼を述べたのは言うまでもない。
by Sonnenfleck | 2013-06-22 14:41 | 演奏会聴き語り
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