[不定期連載・能楽堂のクラシック者]その五 能「巴」@豊田市能楽堂(5/11)~はじめてのしゅら~

豊田市は雨だった。豊田参合館の、コンサートホールの隣のあのスペースに、僕が足を踏み入れる日が来ようとは。。

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c0060659_1023311.jpg【2013年5月11日(土) 14:00~ 豊田市能楽堂】
<豊田市能楽堂主催公演「ふじ能」>
●狂言「金岡」(和泉流)
→野村万蔵(シテ/金岡)
 野村万禄(アド/妻)
●能「巴」(喜多流)
→狩野了一(前シテ/里の女|後シテ/巴御前の霊)
 飯富雅介(ワキ/旅の僧)
 椙元正樹、橋本宰(ワキツレ/従僧)
 野村太一郎(アイ/粟津の里人)
→大野誠(笛)
 後藤嘉津幸(小鼓)
 河村眞之介(大鼓)ほか


能にはいくつかの種類がある。オペラがセリアやブッファ、グランドオペラ、ヴェリズモなどに分かれているのと同じように。

 初番目物:脇能とも。だいたい「神さま目出度い!」という内容。
 二番目物:修羅物とも。
 三番目物:鬘物とも。女性の亡霊の恋する思いを描くことが多い。
 四番目物:狂い物、雑能物とも。その他もろもろ。
 五番目物:切能物とも。鬼や天狗が出てくるスペクタクル。

「修羅物」は現世で戦闘に明け暮れた武者や武将、悪人が死霊の姿で現れ、現世で果たせなかったことへの執着や修羅道に堕ちた苦しみを語り、やがて消える、という形式が多いようです。「平家物語」から着想した作品が多いこの二番目物(修羅物)に分類される能、ついに初めて見たのですが、それが唯一の女性を主人公とする修羅能「巴」だったことに運命的なものを感じるのであった。

1 「巴」のおはなし
巴御前、って知っておられるかたが多いですよね。頼朝のいとこにして悲劇のライバル・源義仲(木曾義仲)の愛妾、そして古今比類なき女武者として「平家物語」に描かれた女性です。

ものがたりは義仲が戦死した粟津(びわ湖ホールのあたり)を僧が訪れるところから始まる。僧は神前に参拝に来ていたひとりの女性を目にとめてしばし会話するが、女性はすっ…と消えてしまう。ここまでが前半。
後半、僧の前に、薙刀を持ち甲冑をまとった女武者の死霊が姿を現す。死霊は自ら巴と名乗り、義仲の死に立ち会えなかったことを悔やんで、感情の激するままに薙刀を掲げて舞う。そして消える。こんなおはなし。

2 執心の凄惨な美
神様や帝を寿ぐ脇能がビクトリアやパレストリーナのミサ曲だとすれば、修羅の怨霊が現れる能は、ヴォルフのリートやブリテンのある種のオペラのように救い難く凄惨で、静かに物悲しい
「巴」の身体的な見どころは、やはり終盤の、シテによる「薙刀のヴァリアシオン」なのだよね。普通は扇で心情を語るところを、長い薙刀で義仲への執心を表現し、能面で涙を流し、やがてクライマックスでその薙刀をがらりと取り落として、このものがたりは終わる。
シテの狩野氏は総身に力を漲らせ、必要十分に女武者の死霊を演じきったと思う。シテの技巧に関する専門的な見方がまだわからない今だけ味わうことができる、執心の本質的な部分を観測した。これは自信がある。

3 焼き切れる執心
で、「巴」の観念的な見どころがどこにあるのかといえば、やっぱりこれも「薙刀のヴァリアシオン」なのだよね。
「平家物語」の記述によれば、巴が義仲と別れて落ちていったのは義仲の最後の一戦の前であり、しかも義仲が討ち取られるのを目撃したのは彼の乳母子・今井四郎兼平。兼平もすぐに後を追って自害したので、したがって巴は、義仲の最期の様子など知る由もない。

でも、この「巴」の名無しの作者は、巴の怨霊に義仲の最期を演じさせるという思い切ったドラマトゥルギーを用いるんである。
ヴァリアシオンの強靱な舞いは、白熱電球のフィラメントが焼き切れる瞬間の強い輝きのように見えた。能の前半、舞台に巴の死霊が降りていたのは疑いないが、最後に作者は、巴の死霊に義仲の死霊を二重に降ろすことによって、巴の執心を焼き尽くさせたのかもしれない。それは彼女のための、弔いの炎である。

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五月晴れの翌日、滋賀の粟津に行った。
粟津(膳所駅から徒歩10分くらい)に「義仲寺」というお寺がある。義仲の墓所とされる場所であり、義仲死後に巴が結んだ庵がこのお寺の始まりともされている。

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立派な義仲の墓と寄り添うようにして、小さな「巴塚」が境内の緑に埋もれていた。巴の墓とも言われるし、そうでないとも言われる。しかしどちらでもよい。
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実はこの寺を愛したのが、松尾芭蕉なのだ。義仲の墓の奥に、松尾芭蕉の墓がある。時代の不思議な断層を感じますよね。
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正午前の木洩れ日を浴びてしばし境内に佇む。池では亀が甲羅干し祭り。
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執心が焼き切れてのちの世の、穏やかな昼。初夏に向けて陽射しは心持ち強い。今から900年前に、そんな男女がいたのであった。
by Sonnenfleck | 2013-06-30 10:35 | 演奏会聴き語り
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