野平一郎/オーケストラ・ニッポニカ 第23回演奏会|石井眞木へのオマージュ@紀尾井ホール(7/14)

c0060659_23272255.jpg【2013年7月14日(日) 14:30~ 紀尾井ホール】
<第23回演奏会|没後10年 石井眞木へのオマージュ>
●石井眞木:交響的協奏曲~オーケストラのための(1958、世界初演)
●陳明志:《御風飛舞》In the memory of Ishii Maki(2013、委嘱・世界初演)
●石井眞木:《ブラック・インテンションI》~1人のRec奏者のための op.27(1976)*
→鈴木俊哉(Rec*)
●伊福部昭:《交響譚詩》(1943)
●石井眞木:《アフロ・コンチェルト》op.50-ver.B(1982)**
○同:《サーティーン・ドラムス》op.66(1985)から**
→菅原淳(Perc**)
⇒野平一郎/オーケストラ・ニッポニカ


このブログ、そしてTwitterでも長くお世話になっているmamebitoさんが所属されているオーケストラ・ニッポニカ。これまでなかなか聴く機会がなかったんだけれど、今年は取り上げる作品の熱さが尋常でなかったし、ニッポニカの評価は年々上がるばかりだし、是非もなく出かけたのだった。

石井眞木という作曲家、さほど邦人作曲家に詳しくない僕がなんとなく彼のことを知ったつもりでいるのは、秋田県民のための偉大なるオラトリオ《大いなる秋田》(今すぐYouTubeで第1楽章を聴こう!)が、石井眞木の実兄・石井歓によって作曲されているから。でも眞木のほうの曲は《アフロ・コンチェルト》をどこかで聴いたことがあるくらいで、実はよく知らない(ちなみに石井兄弟の父である舞踏家・石井漠は秋田のひとで、僕の高校の先輩である)

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まず驚いたのは、発掘されてこの日が世界初演となった若書きの交響的協奏曲が、かなりの名品だということ。
聴いていて強く感じたのは、プログラムにあるバルトークからの影響より、伊福部からの影響のほう。俗謡的な易しいモティーフが積み重なっていくのは確かにバルトーク風ではあるけれど、そもそもあのノシノシ!ドコドコ!バンバン!という明快なリズムは伊福部、もうちょっと言うなら日本の古典芸能や民謡に特徴的なあの「超しっくりくるリズム」に他ならない。純邦楽風バルトーク。こういうシンプルな音楽観が土台にある作曲家だったんだ。
(※それから、いかにもショスタコーヴィチらしい「Fg→コーラングレ→Fl(たしか…)」という静かなソロの吹き渡しにクスリ。)

そして次の驚きは、オーケストラ・ニッポニカのシャープな巧さ!
アマオケを聴くときにプロオケを聴くときのようなドライな耳を使っていいのか、僕はいつも迷い、そして結局アマオケを聴くのを放棄する。でも幸いにしてすでにニッポニカはそういうレベルを脱していて、在京プロオケと同じ高さで遠慮会釈のない聴き方をしてもフツーにいける。団員の皆さんの高い技倆と熱い共感に支えられて純邦楽風バルトークがスパークするのだよ。ああ。

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団員による「ISHII!! MAKI!!」の掛け声も楽しい中華風伊福部・陳明志の委嘱作品、そして休憩を挟んで、これも驚愕だった《ブラック・インテンションI》
これは能ではないか!石井眞木の能!
昨年の11月から能を見続けてきて、自分のなかでクラシックから能への敷衍だけでなく、ついに能からクラシックへ逆流の兆候が!あな嬉し!フランス・ブリュッヘンがこの作品を初演してから30年が過ぎ、今日の僕はこれを能だと感じる。

◆序(1本ソプラノRec)
→ワキの登場。「これは僧にて候」とか言ってる。
◆破(1本ソプラノRec+1本バロックソプラノRec)
→前シテが登場しワキと対話する。次第に張り詰める空気。前シテの錯乱と絶叫、銅鑼。煙のように消える前シテ=バロックソプラノRec。
◆急(1本テナーRec)
→ワキ(ソプラノRec)は人格を喪ったのでもう登場しない。後シテ=テナーRecとして正体を現した亡霊が、フレーズ感の希薄な独白ののち、やがて急調子の早笛(ここのリズムの好みは1958年と全然変わってない)。ひとしきりの舞い、最後は地謡が受け取って静かに終焉を迎える。

鈴木俊哉さんをついにライヴで聴けたのも嬉しい。一部の無神経なお客が咳で静寂を妨害するなか、リコーダー本来の寂寥感のある音色と特殊奏法を駆使して、ほとんどの真っ当なお客たちを幽境に引き込んだ。

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伊福部昭《交響譚詩》は、この日唯一の物足りなかった時間。伊福部の比較的若いころの作品をやるには、野平センセの好みがちょっと淡泊すぎるのではないかと思ったのだった。石井作品ではコアの部分に相当する感覚が伊福部ではそのまま表に露出しているわけだから、もっと彫りを深く、恥ずかしがらないフレージングをオケに伝えてしかるべきだったのではないかしらん。。

で、大トリは石井眞木《アフロ・コンチェルト》である。
この作品は視覚的な効果が大きい。ちょっとわかりにくいけど、当日の終演後の写真を載せますと。
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打楽器協奏曲だけに、指揮台の向かって右手にドラムセット、向かって左手にマリンバとバラフォン(アフリカの民族的マリンバ→参考リンク、音も確認できます)がわらわらと並んでます。菅原さんは演奏中にここを縦横に駆け巡って各打楽器を打ち鳴らす。「奏でる」ではなく「鳴らす」がしっくりくる作品です。

この曲に使われているリズムは明快だよ!と言ってもいいと思う。「たたたた|たたたた|たんたんたん♪」というリズムモティーフが、ソロのドラムセットやマリンバ、巨大に拡張されてオーケストラへ伝播し、作品の額縁として機能している。でもそのすっきりした額縁のなかに、厖大な装飾が蠢いているのよ。この厖大な装飾の統制が演奏の難しさにつながっているんだろうなあ。

いっぽう、野平さんの乾いた感覚は、こういう音楽や冒頭の交響的協奏曲のような作品によく合致する。蠢いているのは伊福部作品のなかにいるような魑魅魍魎ではなく、石井が与えた拍子の法則によって縛られた音符たちなので、オーケストラへの指示もより明瞭なのではなかったかと思われる。

菅原さんは、ひと月前にBCJで典雅なバッハを叩いていたおじさんとは思えないような、鬼神のごとき打ち込みであった。これは文章で描写する努力を初めから放棄したい。薄いイエローの涼しげなシャツは彼の演奏をより軽やかなものに見せていたし、アンコールの《サーティーン・ドラムス》抜粋もまた、本プログラムに輪を掛けて軽やか。つまり重大なのは、あれが難しそうに聴こえないこと。

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コンサートが万雷の拍手とともにはねると、上空にも雷さまが来て驟雨と雷鳴。ホールの軒下で雨宿りする夕方の聴衆は口々に、アフロと13ドラムスが雨を呼んだと噂している。
by Sonnenfleck | 2013-07-16 23:28 | 演奏会聴き語り
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