モスクワ室内歌劇場の《鼻》:「荒唐無稽はありうるのだ!」

c0060659_22284770.jpg【2005年7月5日(火)19:00〜 来日公演/新国立劇場中劇場】
●ショスタコーヴィチ:歌劇《鼻》Op. 15
→エドゥアルド・アキーモフ(コワリョーフ)
 ボリス・タルホフ(警察分署長)
 セルゲイ・オストロウーモフ(下男イワン)
 レオニード・カザチコフ(「鼻」)など
→ヴラディーミル・アグロンスキー/モスクワ室内歌劇場管弦楽団
→ボリス・ポクロフスキー(演出)


さて初台の新国立劇場に行ってまいりました。作曲家本人が喜んだという伝説のポクロフスキー演出で《鼻》、、唯一の録音であるロジェヴェン大先生のCDも廃盤のいま、この作品に接するのはショスタコヲタの夢であります!

いやぁ…一言で言うとこの作品は「危険すぎる」。一聴すれば、どんな人間でもこれが激しいアヴァンギャルドであるということに気づきます。荒々しい金管の咆哮、ウッドベースが刻むジャジーなリズム、アップライトピアノの華々しい活躍。縦横に駆け巡る打楽器の裏で、わかりやすいメロディはないに等しく、たまに聞こえる旋律は悉く皮肉たっぷりに歪んでいる。。僕が知っているショスタコは、内面にこんな悪ガキを隠匿していたんだ、と。
これが30年代前半のソヴィエトで初演され得たというのが素直に信じられない。評判は必ずしもよくなかったようですが、音楽の革命が革命の音楽たりえた蜜月の産物、とでも言いましょうか…。

以下、覚え書き。ネタバレです!
■第1幕〜第2幕
・後景中央に公園の柵状装置、左右壁沿いには登場人物たちの衣裳を掛けてマネキン多数。前景に一辺50センチの立方体四つ(これが全曲にわたって小道具として利用される)。
・八等官コワリョーフ、髭を剃られる。
・床屋イワン・ヤーコヴレヴィチの家。鼻がパンの中から見つかり、一騒動。
・イワン・ヤーコヴレヴィチ、鼻をネヴァ川に捨てようとするが警察分署長(甲高い声でわめく俗物)に見つかって御用。
・コワリョーフ、朝起きて鼻がないことに気づく。
・暗転しカザンスキー大聖堂。小さな光源を持つ群衆たちが聖歌を歌う。五等官「鼻」登場。コワリョーフ、「鼻」に話しかけるが相手にされず。
・新聞社。コワリョーフ、「『鼻』を見つけたら連絡せよ」との新聞広告を依頼するも嘲笑される。
・コワリョーフ帰宅。自分の不幸にもかかわらず下男たちが飲んだくれている(ここでオケピからバラライカを持った奏者が舞台に上がり、彼の伴奏で下男イワンのアリア>原作重視の台本ですが、この箇所のみ『カラマーゾフの兄弟』のスメルジャコフの詩とのこと)ので立腹、やがて意気消沈。暗転。

■第3幕
・深夜。乗合馬車の停留所。警察分署長と警官たちが「鼻」を取り押さえるために待ち伏せ。マヌケな行進曲。そこへ旅行者、老婆、物売りの娘など群衆が押し掛ける。(この場面は原作にはない)
・忍び足で「鼻」登場するも見つかり、その場の全員によって袋だたき。「鼻」は人の姿からただの鼻に戻る。(同上)
・沈むコワリョーフのところに警察分署長、鼻を届ける。賄賂要求。
・コワリョーフ、狂喜して鼻をくっつけようとするがなかなかうまくいかず、医者を呼ぶ。が、医者は「鼻をアルコール漬けにして見せ物にしなさい」とまったくとりあわない。
・焦るコワリョーフ、かねてから交際していたポットーチナ五等官夫人の娘に「鼻がないので結婚不可能」との手紙。夫人は「無問題」との返事。
・場面変わってペテルブルクの街。「鼻」が散歩するという噂を聞きつけた群衆がこぞって見物。ペルシャの皇子まで現れ、日本語で「サッパリ意味ガワカラナイ」と疑問を連発し消える。(この場面は原作にはない)
・突如、なんの脈絡もなく鼻はコワリョーフの顔に戻る。ネフスキー大通りではしゃぎ回るコワリョーフ。ここで音楽、演技、歌唱がすべて停止、群衆役の人々が原作の最後の数十行を言い合う。原作のこの場面は一人ツッコミ>「真実らしからない」「国家のために何の利益にもならない(「赤い」制服の軍人が言うので笑ってしまう)」「いちばんわからないのはこんな題材を取り上げる作者だ」等々。最後は指揮者まで言い合いに参加、音楽が動き出し、大太鼓の一撃で幕。

演出は唯一無二ですのでコメントしません。ただ、音楽が止まる最後の「言い合い」に既視感を覚えるあなた…そう、これはペーター・コンヴィチュニーの十八番です。若いころの彼もこの《鼻》、観たんでしょうかね。

歌唱で光ったのはやはり警察分署長のボリス・タルホフ。怪しげなファルセットで下司な根性を見事に演出しておりました。端役一人一人に至るまで「自分たちの作品だ」という自信がみなぎっていて、大変満足しましたです。明日も当日券が出る模様…時間とお金のある方は、ぜひとも聴きに行ってください!!! 数千円で異様な体験ができます!!!
by Sonnenfleck | 2005-07-05 23:39 | 演奏会聴き語り
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