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晴読雨読:イアン・マキューアン『アムステルダム』

晴読雨読:イアン・マキューアン『アムステルダム』_c0060659_239522.jpgイアン・マキューアン『アムステルダム』、2005年、新潮文庫(1999年、新潮社)。

CLASSICAの飯尾さんご推薦とあらば、がぜん興味のわく本作。文庫化されたのを機に読んでみました。
イギリスを代表する作曲家と、全国紙の編集長、そして外務大臣。この三人が恋した一人の女性の葬儀の場面から物語は始まります。その女性を介した友人関係であった作曲家と編集長は、彼女の死が痴呆を伴っていたことにショックを受け、「どちらかが屈辱的な死に向かおうとしていたら、片方は相手を合法的な方法で安楽死させる」という協定を結ぶ。その後作曲家は「政府の依頼で西暦2000年を祝う交響曲を作曲する」という、編集長は「外務大臣の性的スキャンダルを暴いて失墜させる」という大きな成功への階段を上り詰めていくのですが…果たして、というお話。

あらすじだけ書くと少しまともに見えますが、その実ストーリーには救いがなく、ときおり挿入される笑いはビターでシニカル、視点は常に一歩退くような感じで醒めきっていて、結末には人間の滑稽さだけが冷ややかに嘲笑われておしまい。なんとも言いようのない読後感を残します。ちょっと長めのブラック・ジョークみたいな。最後のページを閉じたあとは、片方の口の端を持ち上げてふっと笑うしかない。秋の夜長にちょっとダーティな気持ちになりたいときなど、オススメです。

クラヲタ的に見ると、作曲家の造形が非常にイイのですよ。
自分をヴォーン・ウィリアムズの後継者とみなし
芸術音楽の分野で重要性をもつのは世紀の前半だけ、従っていくたりかの作曲家だけであって
そこに後期シェーンベルクや「そのたぐい」を含めな」い
と考える保守的な作風の彼は、シューベルトやマッカートニーと並ぶメロディメーカーとしてイギリス社会で広く認知され、サッカーにおけるプッチーニの「誰も寝てはならぬ」のように自然と人々の意識に上る交響曲を作曲することを期待されている。(*飯尾さんはピーター・マクスウェル・デイヴィス山尾好奇堂の山尾さんはジョン・タヴナーを思い浮かべられたようです。どちらも納得!)
彼に楽想が舞い降りてくる美的な瞬間、そしてちょっとしたきっかけでそれが逃げていく瞬間。コンセルトヘボウでのリハーサルの様子、かつて情熱的であった才能の社会的成功と、孤独な成熟。巧いなあ。
by Sonnenfleck | 2005-10-09 23:13 | 晴読雨読 | Comments(0)
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