鈴木秀美/オーケストラ・リベラ・クラシカ:次男坊の爆発

c0060659_12242942.jpg【2005年10月21日(金)19:00〜 第13回定期公演/浜離宮朝日ホール】
●カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ:Vc協奏曲イ短調 Wq. 170
→鈴木秀美(Vc)
●同:管・弦楽の交響曲ヘ長調 Wq. 183/3
●同:管・弦楽の交響曲ニ長調 Wq. 183/1
●ハイドン:交響曲第12番ホ長調 Hob.I.12
 ○アンコール ハイドン:交響曲第9番ハ長調 Hob.I.9 〜第1楽章


CPEバッハの、しかもチェロ協奏曲が生で聴ける機会なんていうのは10年に一度くらいなんじゃないかと思い、喜び勇んで出かけてきました。
OLCの定期公演にはなぜか今まで縁がなく、これが初めての生体験。デフォルトはVn1stと2ndが4人、Vaが2人、VcとKbとCemが1人ずつ、2曲目以降はFlとObとHrが2人ずつ、Fgが1人加わるという小さな編成です。これだといつものレパートリーである後期ハイドンやモーツァルトには小さすぎる…?ので、ほかの公演はたぶんもう少し大きめの編成でやってるんじゃないでしょうか。A=430Hzでの演奏です。

1曲目、CPEのVc協奏曲(1750年)。
まずは初っ端からソロの秀美氏の圧倒的なパフォーマンスに度肝を抜かれました。そもそもの曲調の激しさももちろんですが、先日の親父バッハの無伴奏全曲演奏会のときのようなある種の質朴さのようなものはすっかり消し飛んで、かわりにひたすらアグレッシヴな音符が飛んでくる。トゥッティ(猛者揃い!)も含めて弓のアタックをかなりきつく刺々しくすることで、聴き手を挑発するCPEという人の独自な様式がビリビリと伝わってくるわけです。それを指揮者なしの「弾き振り」形態でやってしまう(といってもソロは客席を向いてずっと弾きっぱなし、、それなのにあの高密度のアンサンブル…)。日本の古楽層の厚さには本当に驚かされます。今これ以上のCPEが世界のどこで聴けようかという感じですよ。

2曲目、3曲目も秀美氏は通奏低音の位置から弾き振り(彼のみスコアを繰ります)。
Vc協奏曲から時代は下って1775年前後に作曲されたCPEのシンフォニアですが、1763年に作曲された後述のハイドン作品が律儀なソナタ形式なのに対して、ここでもCPEの奇抜な作風はまったく衰えることを知らず、ものすごく「変な」(!)ことになっているのです。えっっ…と思うような転調、大胆なシンコペーション、劇的なフォルテなどを十全のアンサンブルで提示されるので、こちらとしても始終ドキドキしまくり。管楽器が入ることで響きはより豊饒になり、酩酊感さえ感じられるような音の洪水でありました。ああCPEってすごい。。

4曲目のハイドンでCemが抜けます。
昨日のチェンバリストは、先日の《チェーザレ》でもCemを担当された鈴木優人氏
(*TBありがとうございました。あんな勝手放題の感想文に…恐惶至極です)
譜面上でCemが果たす役割は、CPEにおいても時代とともに少なくなってしまいます。ただCPEは通奏低音の重要性を生涯考えていたと思うし、昨日の公演でトゥッティの響きが薄くなったところでのCemによる力強いフォローは実に印象的でした。
このハイドンの交響曲は3楽章構成で、ソナタ形式に沿った模範的な作品。しかしCPEと並べて聴くと、通奏低音系楽器(Fgも含む)の背景化、Vn1stへの旋律集中などなかなか対比的で面白い。オケの皆さんも如実にアタックを柔らかくして、奏法面でのコントラストをつけます。…自分はやっぱり古典派よりバロックに愛を感じるなあ(という無責任な感想で許してください^^;;)

ところがアンコール、ハイドンの第九(1762年)はCPEを髣髴とさせる非常に激しい音楽で、驚いてしまった。若き日のハイドンがどれほどCPEを尊敬していたか、なるほどという思いです。
by Sonnenfleck | 2005-10-22 12:25 | 演奏会聴き語り
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