ロンドン・バロック+カークビー:遠くから見よう。

c0060659_175955100.jpg【2005年11月17日(木)19:00〜 来日公演/浜離宮朝日ホール】
●バッハ:トリオ・ソナタ第6番ト長調 BWV. 530
●同:《アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳》から
・ジョヴァンニーニのアリア〈あなたの心をくださるなら〉BWV. 518
・アリア〈まどろみなさい〉BWV. 82-3
・アリア〈私とともにいてください〉BWV. 508
●ヘンデル:組曲ホ長調 HWV. 430
●同:モテット《おお、何か、天から響くこの音は》HWV. 239
●同:トリオ・ソナタト短調 HWV. 393
●バッハ:VGamとCemのためのソナタニ長調 BWV. 1028
●ヘンデル:《グローリア》HWVdeest
 ○アンコール ヘンデル:《リナルド》から〈Lascia ch'io pianga〉
 ○      同:モテット《天にいます者が息を吐くならば》から〈Felix dies, praeclara, serena〉
→エマ・カークビー(S)
→ロンドン・バロック
 イングリット・ザイフェルト(1stVn)、リチャード・クヴィルト(2ndVn)、
 チャールズ・メドラム(VGam)、テレンス・チャールストン(Cem)


ロンドン・バロックの魅力というのは、ごく乱暴にまとめてしまうと、ある種の人工的なフラット感、奥行きのなさだと思っています。彼らの演奏が持つ凹凸のない美しい滑らかさはまったく独特のものだし、こういうスタイルにこだわってここまで突き詰めた常設の器楽団体は彼らだけだろう。そしてカークビーもまた長い間、禁欲的で平面的な単色の声を武器にしてきたのだし、この組み合わせはまったくよくできている。呼び屋さんの都合など考えないことにしてもです。
しかしこのスタイルを志向している演奏家にとってもっとも悲惨なのは、加齢による「人間らしい衰え」が来てしまうことでしょう。肌に亀裂が入ったビスクドールはその瞬間、不変の人工物としての輝きを失ってしまう。かつての滑らかすぎる肌を知っているだけに、その罅への違和感はどうしても拭いきれないのです。

前半1曲目のバッハは、ザイフェルトの音程が厳しい。。彼女がいちばん急激に衰えてきているという話はポツポツ見聞きしていましたが…ううむ。リーダーのメドラムも細かいパッセージが後手後手に回っていて、なんだか鈍重。2ndのクヴィルト(彼はまだ若い)が適切な合いの手を入れ、チャールストンがリズムを引っぱることで全体が破綻することはありませんでしたが、悲しい。
続いてカークビーが登場し、《アンナ・マグダレーナ・バッハ》に収録された肩の凝らないアリアを3曲。初めこそ音程が定まらなかったものの、調子は徐々に上向いて彼女らしい清冽な歌声を聴かせてくれる。伴奏する通奏低音二人も突然エンジンが暖まってきて、「主張しないB.C.」の醍醐味を味わわせてくれます。(*ここ最近の流行りはもちろん「主張するB.C.」なのだけど、この両者の間に優劣はない)
チャールストンのソロによるヘンデルの《調子のよい鍛冶屋》の変奏つき組曲を挟んで、同じくヘンデルのモテット。しかしこの作品はイタリア趣味の華美なコロラトゥーラがふんだんに用いられているため、カークビーの喉の衰えが如実に現れてしまった。ただ、すばやいパッセージでは後ろに寄りかかりぎみで少しハラハラさせられるものの、メロディの収め方はやはり天才的に巧い。最後の響きを空気にスッと溶け込ませる独特の技はいまだ十分に健在。

後半は特にバッハのガンバ・ソナタが印象深い。
メドラムが前半いささか不調だったのでドキドキしていたのですが、そんな心配とは裏腹にすばらしい完成度でありました。音程・音色・リズム感は完璧。ビルスマとその主立った弟子筋とはちがう、完璧に澄み切った静けさ。風もなく、波も立たず、まるで目の前に弾き手が存在しないかのような(!)美しい平坦さ。録音で聴く最盛期のロンドン・バロックは、こういう音楽を聴かせている。本当にすばらしい。

最後は本公演の目玉である、ヘンデルの新発見作品《グローリア》(日本初演なんでしょうか?)
2001年に「再発見である」として宣言されたこの作品は、その様式から、イタリアで修業していた22歳の若きヘンデルによって作曲されたとされています。声を声としてではなくほぼ器楽の一パートとして扱っていて、歌手への要求ははなはだ大きい。細かいアジリタが山のように登場する、ほとんど曲芸的と言ってもいいような難曲です。全曲は20分くらいか。(*カークビーが世界初録音しています)
そんなわけでカークビーの歌唱はやや辛いのですが、「速くない」箇所でのしっとりとした表情づけ・歌い込みのテクニックはやはりこちらをゾッとさせます。美しい。
by Sonnenfleck | 2005-11-18 18:03 | 演奏会聴き語り
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