新国立劇場《ホフマン物語》再演

c0060659_21475980.jpg【2005年11月30日(水)18:30〜 新国立劇場】
●オッフェンバック:歌劇《ホフマン物語》
→クラウス・フロリアン・フォークト(T、ホフマン)
 加納悦子(MS、ニクラウス/ミューズ)
 吉原圭子(S、オランピア)
 砂川涼子(S、アントニア)
 森田雅美(S、ジュリエッタ)
 ジェイムズ・モリス
 (Br、リンドルフ/コッペリウス/ミラクル博士/ダペルトゥット)
 青地英幸(T、アンドレ/コシュニーユ/フランツ/ピティキナッチョ)
 彭康亮(Br、ルーテル/クレスペル)
 柴山昌宣(T、スパランツァーニ)
 泉良平(T、シュレーミル)
 林美智子(S、アントニアの母の声/ステッラ)
 三澤洋史/新国立劇場合唱団
 他
フィリップ・アルロー(演出)
→阪哲朗/東京フィルハーモニー交響楽団


二年前のプレミエで大評判になったらしいフィリップ・アルロー演出のホフマンが再演。今回は全部で四公演しかなくてスケジュール的にきつかったんですが、この作品は決して頻繁に上演される演目ではないので(だいたいフランスものがかかること自体少ない)なんとか時間をひねり出して観てきましたー。使用楽譜は1977年エーザー版。(*オッフェンバックは《ホフマン物語》を完成させることなく死んでしまったので、どのスコアを使うかで上演の形は大きく変わります。第3、4幕の順番など顕著。)

(以下ネタバレ注意)
アルローの演出スタンスは、完璧なディテール重視。暗闇を基調にした背景に、蛍光色をふんだんに用いた美術であれやこれやと細かくやってくれます。しかしそのどれもが台本のト書きを根本で変えることなくそのまま延長したものなので、ニコニコしながら楽しめる作り。上質のエンタメですね。悪夢系ポップ。

第2幕
蛍光イエローの巨大なオランピア。演じる吉原圭子は無難な出来です(装飾入れまくりでも安定感あり)。
科学者スパランツァーニの下僕コシュニーユがロボっぽいのは想定の範囲内ですが、屋敷に集まる群衆までもがメカ、ってのは面白い発想です。ホフマンの視界から外れると人間らしく動くので、彼がコッペリウスからもらった妖しい眼鏡のせい、ということになるのでしょう。
第3幕
舞台となる顧問官クレスペルの屋敷は、ケーキの箱のような巨大な青の立方体。底面は斜めに傾き、液状化現象のように長いダイニングテーブルがそこへ沈み込んでいます。前幕のバカ騒ぎとは一線を画すしっとりした演出に花を添えるのは、アントニアの砂川涼子。今回の3人のヒロインの中でもっとも情感あふれる美しい声でもって歌い上げる(二年前のプレミエでもアントニア役だったみたいです→彼女が歌ったのは最終日だけみたいですが)。ブラヴァ。
第4幕
ヴェネツィアの赤い遊戯場。ジュリエッタの森田雅美はくぐもった発音でいまいち。あと「影を取られた」恋敵シュレーミル(これはシャミッソーのあの小説の主人公と関係あるのかしらん)が、ホフマンとの決闘でおそらく自分の影(黙役)に刺されて死んでしまうという読み替え、理解できませんでした。(彼を刺したのはピティキナッチョであるようです。ゆめのうきはしさん訂正ありがとうございます◎)照明はヤラシイ紫が基調で美しかったですよ。

んで、大胆に手を入れてるのは結末のホフマン自殺くらいでしたね。台本ではただ酒に酔って眠り込むだけですが、この演出ではステッラの付き人アンドレが酔ったホフマンに拳銃をすっと差し出して、愛に絶望した詩人はあえなく自死。ミューズ=ニクラウスが「詩人よ天上に生きろ」と歌う中、前幕でホフマンを苦しめた三人の女+歌姫ステッラが死んだ詩人に花を手向けて幕、です。
この演出は、もともと破綻気味の台本に一本の強い心棒を立てることになる。どうしてミューズが男に変身してまでホフマンの面倒を見たか…彼を愛に殺し詩に生かしめるというミューズの単純な希望の明確化がなされるわけです。そして最終場面では、それまで悪魔となってホフマンを妨害し続け、あまつさえステッラを奪ったリンドルフまでもが死んだ詩人に頭を垂れており、「ホフマンの欲望←リンドルフの欲望」も所詮ミューズの欲望の上で踊らされているにすぎぬと思わせる。

…ただし、細部の筋立てがけっこうはっきりしてるくせにそれを取り囲む大枠に明確な説明がつかないSF的属性(バロックオペラみたいに)がこのオペラの面白さだとすると、アルロー演出はちょっと優等生的すぎる解答かもしれない。真ん中の第2〜4幕はホフマンの回想なので第1幕と終幕は同じ酒場の情景を舞台にしてるんですが。その壁に掛かる時計が第1幕→終幕で二時間ぶんくらいちゃんと時を刻んでいるあたり、できすぎか…とも思うのでした。

* * * * * *

さて残念ながら指揮者とオケはあまりほめられない。。
阪氏はいつからこんなに「才気走った」曲づくりをし始めたんでしょうか…。妙に金管を突出させたり、変なテンポを取ってみたり、表面的なアクションばかりが鼻について作品の美しさが台無し。しかもなんだか小さくまとまってしまっていて。以前東フィル定期で聴いたベートーヴェンのミサ・ソレムニスはあの巨大なボリュームをすっきりとまとめていて好感を持ったんですが、このホフマンはちょっと…。

歌手で飛び抜けていたのは、文句なく、「悪魔役」のジェイムズ・モリスと、タイトルロールのクラウス・フロリアン・フォークト
モリスはワーグナー歌いのイメージが強かったんですが(しかもある種の「弱みのある」役)、こうやって洒落者の悪役を歌わせても本当に巧い。さすがのベテランです。第1幕のリンドルフのアリアはちょっといい人っぽさが出てしまって不安定でしたが、第4幕のダペルトゥットのアリア「輝けダイアモンド」なんか最高に高貴で...痺れましたよ!悪役はこうでないと!(この作品は一人四役の「悪魔」がタイトルロールを食うので。。
いっぽうフォークトは、ザクセン州立歌劇場期待の若手とのこと。舞台映えする堂々とした体躯に、鼻にかかったような甘い美声(これはポイント高いっす)。第1幕のアリア「クラインザックの歌」はやや一本調子でもう少し毒があってもいいと思われましたが、とにかく美しい歌いぶりで会場を湧かせました。絶対これから注目される人だと思う。タミーノをレパートリーにしてるらしいので、ぜひ聴いてみたい。
by Sonnenfleck | 2005-12-02 23:01 | 演奏会聴き語り
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