『博士の愛した数式』試写会

c0060659_19255012.jpg新国立劇場の《セルセ》、、日曜の朝8時から有楽町のぴあに並んだんです。折りしも昨日はタカラヅカのチケット発売日と重なって、周りは狂信的な(?)おばはんばかり。うぇ...と思いつつ寒さを我慢してたんですが、僕の番が回ってきた10時10分には当日券はあっさり売り切れでした。僕の前にはヅカファンっぽい人しかいなかったし…新宿や池袋のぴあにはさらなるツワモノが並んでいたんだろうか。悔しい。

仕方ないので先週の金曜日に行った「博士の愛した数式」の試写会(@九段会館)の感想でも書きます。(公開:1月21日~)

(以下ネタバレ注意!)
小川洋子の作品は『密やかな結晶』と『やさしい訴え』しか読んだことがないですが、前者は十倍希釈版『残像に口紅を』、後者はチェンバロそのものに嫉妬する話(ラモーもあるでよ)、ということで、自分の中では「発想命・世界観命」の作家のような気がしています。しかし独特の発想は面白いのに、それをつないでいる流れがなんだか緩くて温くて、陳腐な感情が重要な鍵を握っていたりするのがなんか惜しい。。それが評価されてるのかなあ。もっと突き詰めたらいいのに、と思ってしまいます。

80分しか記憶がもたない天才数学者、その義理の姉、シングルマザーの家政婦、というふうにこの作品もコンセプトはまあまあ面白い。でも物語の重要な謎が、結局のところ弟と姉の不倫・堕胎という安直なところに落ちるんですよ。
義理の姉は若い家政婦とその息子が弟と仲良くするのが許せなかった→派遣元にクレームをつけて追い払う→弟に諭されて呼び戻し、和解END。そして誰も傷つかず、誰も死なずに仲良く暮らしました。…こうやって書いてるだけでもつまらんですね。しかも博士の記憶が80分しかもたないこと、この設定がストーリー上ほとんど生かされてないので(もっと破滅的に描写すればいいのに!)、博士がただの忘れっぽい無邪気なおっさんにしか見えない。たくさん出てくる数式も単なる装飾要素に堕してて、お寒い感じを演出します。それに生暖かいコメディシーンがなんだか妙に多いのには閉口しました。何がしたいのかよくわからない。

いささかの波乱もなく、久しぶりに暗算して頭を使って、ちょっと笑ってちょっと泣いて、最後はハッピーエンドがいい!深刻ぶらずに緩く癒されたい!という向きにはよろしいんではないでしょうか。それも映画の役割のひとつでしょうから。
舞台になる長野(小諸かな)の自然描写など映像の造りは非常にオーソドックスで、安心して見られるレベルにあると思います。寺尾聡の博士はとぼけた味わいがあるし、何よりも深津絵里の家政婦がかわいらしくて正直それだけで見た甲斐はあったんですが(笑)
by Sonnenfleck | 2006-01-16 21:06 | 日記
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