僕はかつて米良氏がどんな騒動に巻き込まれたのかよく知らないし、彼の現在のレパートリーにも全然興味はないんですけど、一時期彼のレパートリーの中心にバッハやヘンデルがあったことは決して忘れられるべきじゃないと思うのです(しかしこのジャケ写真は忘れられてもいい)。
カウンターテナーの声質ってものすごく個人差が激しいですよね。
ショルの硬い男性的な声、ナヨナヨと妖しい魅力のヤーコプス、ふくよかで滑らかなレーヌ。若手では華麗で天真爛漫なジャルスキ、あとは
昨年9月に聴いたツェンチッチの憂鬱に曇った声が印象に残りますが、そんななか絶頂期の米良氏の声からは、あえて開き直った女性らしさというか、力強い包容力のようなものが感じられますね。
このCDは、10年ほど前に彼がBCJと録音していた《メサイア》やバッハのカンタータから彼の歌唱が抜粋収録された企画盤。
ここでとにかく聴くべきは、バッハのカンタータ
第54番《罪に手向かうべし》 BWV. 54。アルトソロのための小規模なカンタータながら、2つ目の
アリア《罪を犯すものは悪魔の身内だ》で使われる恐ろしい
半音階下行音型(カタバシス?これは「悪魔」の修辞フィグーラなのかしら)が強烈な印象を与えます。しかしそれをまったく意に介さないような米良氏の明るい晴れやかな歌い口がかえって恐怖。ものすごいギャップでありますよ。
あーあ。米良さんバッハに戻ってきてくれないかなあ。