名古屋フィル 第325回定期

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【2006年5月12日(金)18:45~ 第325回定演/愛知県芸術劇場】
●スメタナ:連作交響詩《わが祖国》
→小林研一郎/名古屋フィル


パンもお菓子も両方食べればいいじゃない。金曜夜が奇跡的に空いたので、健全な良心の誘惑に従って名フィル定期にも出かけてきました◎

さてコバケン+《わが祖国》とくれば、濃厚な〈ヴルタヴァ〉に立脚した歌謡的演奏であることはある程度察しがつきます。しかし《わが祖国》の聴きどころとして僕が重視するのは第1曲〈ヴィシェフラド〉の主題の扱いと第5曲〈ターボル〉の「古っぽさ」でありまして、そこがどのように処理されてるかをチェックしたい。

第1曲。予想に反してテンポが速い。どうやら最近「コバケン≠粘る」になってきてるらしいということは一月に聴いた日本フィルのマラ3で感じてたのです。しかし相変わらずの主旋律好きとはいえ、コバケンが物理的なテンポだけではなく音響の自然な流れに関心を持つようになってきてるのは正直驚き。今回この姿勢は全曲を通じて保たれており、嫌らしく不自然な表情づけに拘るかつての彼が嘘のようです。でもここぞと言うときの狂暴なうねりはしっかり残っているので、結果的に聴き応え十分。

第5曲。フス派のコラールらしき断片が主題として扱われるこの曲では、コラールの終止部分で濁らないことが重要かと思います。しかし激しい戦闘の描写のさなかで教会堂の透明な響きに気を配るのはかなり難しいはず。この点は遠くからビーバーが聴こえてくるようなアーノンクール/VPOが最高の模範演奏なんですけど、本日のコバケン/名フィルも(ちょっとストコフスキーのバッハ編曲作品みたいだったが)なかなか清純な響きでよかった。
第6曲もその延長線上にあるさらりと鋭い演奏で、最後の「ヴィシェフラド」主題も不必要に重くならず好感が持てました。しかしやっぱり名フィルはゴージャスな音のするオケだなあ。

さて。
最後まで触れずにきましたが、どうしてもあの〈ヴルタヴァ〉は許せない。ムリ。
冒頭、Vcにものすごく奇妙なアクセントをつけさせてて、やべーぞこれは、、と思ううちにすっかりいつものコバケン節。〈ヴィシェフラド〉の自然な美しさはどこかに飛んでいってしまった。
コバケン氏としても、《わが祖国》の中でも〈ヴルタヴァ〉の演奏経験が群を抜いて多いはず。そのせいで自家中毒的下品というか、「自分のスタイル」に縛られるあまり卑近なわかりやすさの追求に走ってしまってるのかなあ。全曲の中で不自然に浮いたこの〈ヴルタヴァ〉の記憶が苦々しく残っているせいで、第6曲後の歓声+スタンディング・オヴェーションにもさして納得できず、そそくさとホールを後にしたのでした。
by Sonnenfleck | 2006-05-12 22:43 | 演奏会聴き語り
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