NympheArtプロデュース 「林、森、虹、息。。。」

【2006年5月13日(土)14:00~ 名古屋市港文化小劇場】
●伊藤美由紀:《星の林に。。。Ⅱ》(2005/Japan Premiere/Sソロ)
●武満徹:《森のなかで》(1995/Gtソロ)
  (1)ウェインスコット・ポンド~コーネリア・フォスの絵画から
  (2)ローズデール
  (3)ミュアー・ウッズ

●ストラヴィンスキー:《3つの日本の抒情詩》(1913/S+Pf)
  (1)山部赤人
  (2)源当純
  (3)紀貫之
●猿谷紀郎:《虹のあしおと》(1999/Vn+Gt)
●大村久美子:《浄められた息》(2003/06/S+Vn+Gt)
●ネイト・ペーゲル(映像)/伊藤美由紀(エレクトロニクス):《東京メトロ》(2005-06/JP)
●大村久美子:《雑踏の中で》(2006/World Premiere/Gtソロ)
●武満徹:歌曲より(鈴木大介によるGt伴奏版)
  (1)《うたうだけ》(1958)
  (2)《恋のかくれんぼ》(1961)
●後藤龍伸:《レクイエム―モノローグ》(2006/WP/Vnソロ)
●伊藤美由紀:《暗闇の中の眼のキラメキ》(2006/WP/S+Vn+Gt)
→天羽明恵(S)
  後藤龍伸(Vn)
  鈴木大介(Gt)
→伊藤美由紀(企画・作曲・Pf・司会)
  大村久美子(企画・作曲)


1913年作曲のストラヴィンスキーがダントツに古く、残りはみな20世紀中盤~新作の作品ばかり。東京ならたまに津田ホールあたりでこっそりやってそうな感じですが、名古屋では(おそらく)あまり開かれない現代音楽のコンサート。逃せませんです。ニンフェアールという団体名で二人の女性作曲家がプロデュースする演奏会、その第二回ということでした(第一回は昨年「古楽器の現在」としてリコーダーの鈴木俊哉氏を呼んだりしたみたいです)。

僕は今回、「武満徹の《森のなかで》を聴く」という明確な目的を持ってこの演奏会を訪れました。最近の愛聴盤、鈴木大介氏による「武満徹 ギター作品集成」にも当然含まれるこの曲。最晩年の武満らしい凍てついた美しさに溢れていて、聴くたびにいつもビリビリと痺れているんですけれど、やはり奏者の至近で/彼と同じタイミングで呼吸してこそのギターソロ作品ということで大いに期待!

* * *

この日の名古屋は冷たい雨+会場はお世辞にも中心部とは言えない微妙なロケーションながら、客席には幅広い世代が150人ほど集まっていたようでした。

とりあえず、二人のプロデューサーの作品以外について感想を書いていきます。
◆2曲目の武満、《森のなかで》
シワブキひとつない客席の緊張を解きほぐすように、鈴木氏の音が空気にじんわりと染みこんでいきます。第1曲《ウェインスコット・ポンド》はCDの演奏に比べて間合いが少し柔らかくなり、逆に第3曲《ミュアー・ウッズ》では特徴的な跳躍音型と上から鳴り響くような旋律の緊張が増していた。鈴木氏の中で熟成があったのかもしれませんです。…しかし…ああやはりまた呼吸を支配されてしまった。名曲の名演奏
◆3曲目のストラヴィンスキー、《3つの日本の抒情詩》
こちらは実は初めて聴く作品だったんですが、プログラムによると《月に憑かれたピエロ》のオマージュということで、うん、表現主義っぽい。トンガッテマス。天羽さんのディクションも十全に鋭くて、ストラヴィンスキーが凝縮した詩情が伝わる。ピアノのよたつきはご愛嬌?
◆4曲目、猿谷紀郎《虹のあしおと》はもともと2本のギターのための作品らしいんですが、今回は片方のパートをVnが担当しての別バージョンによる演奏とのこと。
しかしVnの後藤氏が弾くパートがもんのすごくリリカルで甘いのですね。これはおかしい、猿谷氏はこんな旋律も書くのかと訝っておりますと、演奏後に鈴木氏がひとこと「Vnは8割がた後藤さんの即興です。」…なんでもVnが弾くパートはそもそも単純な音階しか用意されておらず、今回は後藤氏による「作曲」があったらしいのです。いや、正直心地いい。これは後半、後藤氏の自作自演においても発揮されるのでした。

◆休憩を挟んで7曲(?)目は、ネイト・ペーゲルという映像作家によるインスタレーション。
これが…題して《東京メトロ》
東京メトロの路線図と、駅構内・電車の映像をぐちゃぐちゃにコラージュした変な作品です。しかし「東京メトロ」なのに映る車両は都営新宿線・大江戸線、それに山手線というボケでした(ツッコミ待ちか)。路線図のカラミでは大手町の5路線乗り入れが案の定注目されてて少し笑える。どう見ても鉄分高いよ…。
→あと、終了後にはやっぱり拍手が出ない。演奏会に集まる人は「肉体的な演奏行為」に対して拍手してるのかなあ。美学的に面白い瞬間。

◆続いて8曲目、武満の歌曲《うたうだけ》《恋のかくれんぼ》
これがこの演奏会の白眉だったかもしれません。
どちらを先に演奏するか、舞台の上で天羽さんと鈴木氏がひとしきり揉めて(笑)客席はいい具合にほぐれます。前者は角の丸い鈴木氏のリードでjazzyな雰囲気が完璧に表出(完璧なジャズ、って変か)。後者は「ここはどこの細道ぢゃ」→「ふたりの恋の細道!」と来る谷川俊太郎のお茶目な詩と、武満のこれまたお茶目な音楽が絡み、素直に素敵な気分に。天羽さんは声質・歌い口ともにちょっとキッチリしすぎかなと思いましたが、武満のくだけた感じが生で聴けたのは最高にいい体験であります。
◆9曲目、後藤氏の《レクイエム―モノローグ》世界初演。
カジュアルな格好でふらりと登場した後藤氏。「他人の曲を演奏するのはキライ」という仰天プレトークのあと(書いちゃダメだったかしら)、掴みどころのない中東風の切ない旋律が流れ出します。これは昨年亡くなった奥崎謙三氏と、一昨年亡くなった名古屋の音楽プロデューサー・久保則男氏へのレクイエムであるらしいですが、あんまり素直に歌い上げるので聴いてるこちらも気持ちよくなってしまう。「レクイエム」と題されたわりに暗さは微塵もなく、温泉につかっているような暖かい作品でありました。
(*しかしどうも…かなりの部分が即興だったような気がする。演奏時間に対して楽譜が少なすぎました。勧進帳か。)
後藤氏は名フィルのコンマスをやられてる方なんですけど、、これは名フィル定期でも聴いてみたい!オケの中ではどんな演奏をされるんだろう!

* * *

さて二人のプロデューサーによる作品について。
彼女たちの作品は、、残酷なようだけどはっきり言って「面白く」はない。率直に言って、いま断片でもいいから曲を思い出せと言われてもムリなんです。二人とも「音の断絶」に興味があるようで、非常に厳しい音楽語法を武器にしているようですけど、意気込みすぎて/背負い込みすぎてバッタリ倒れてる感じです。大村さんの《雑踏の中で》は間の取り方に独特の突っかかる感じがあってやや楽しいんですが…。
作曲家が自作を並べたコンサートを企画して実行する、その行動力は本当に尊敬するし尊重しなきゃならんですけど、「技巧を凝らした/でもありがちなゲンダイオンガク」以上のものを、金を払ってやってきた僕のような無責任でわがままな聴き手は期待してます。
(*すげー感じ悪いですね。すいません。でも嘘は書きたくない。そんなわけでニンフェアールの次回公演にも必ず足を運ぼうと思います。)
by Sonnenfleck | 2006-05-16 18:43 | 演奏会聴き語り
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