ボッセ教授の大バッハⅡ

c0060659_20141762.gif【2006年6月25日(日)16:00~ しらかわホール】
●ブランデンブルク協奏曲第1番ヘ長調 BWV.1046(*)
●Cem協奏曲第4番イ長調 BWV.1055(**)
●Vn協奏曲第1番イ短調 BWV.1041(***)
●管弦楽組曲第1番ハ長調 BWV.1066(+)
●カンタータ第51番《もろびとよ、歓呼して神を迎えよ》BWV51(++) ○アンコール 同~第5曲〈アレルヤ〉
→平松英子(S,++)
  辰巳美納子(Cem,**/ B.C.)
  日比浩一(Vn,***)、山本直人(Ob,*)
  寺島陽介(Ob,*)、諸岡研史(Ob,*)
  野々口義典(Hr,*)、安土真弓(Hr,*)
  藤島謙治(Tp,++)
⇒ゲルハルト・ボッセ/名古屋フィルハーモニー交響楽団


ボッセを見るのは、三年前?に紀尾井シンフォニエッタの定期でハイドンの《十字架上の最後の7つの言葉》を聴いて以来。御年84歳のはずですけど(現役最高齢?)歩みは矍鑠としているし、椅子も用意しない。しかもけっこう動きます。元気爺さんだ。

対するオケは、名フィルの首席クラスからなる室内管弦楽団(メンバーにはコレギウム名古屋の面々も包含されている)。最大編成はブラ1と管組1番の6-5-3-2-1で、Cem協奏曲である1055では3-2-1-1-1と極小になります。2ヶ月前に同じホールで聴いたBCJと比べるとかなりふくよかな響きになりますけど、まあそのへんはご愛嬌かなと。そのへんも含めて、どうも細かいところをいちいち指摘するのが馬鹿馬鹿しくなるような、なんとなく温かい雰囲気の演奏会でありました。こういうのもいい。…でも細かく行きますよ(笑)

さて「ブラ」シリーズの中ではいささか地味な第1番ですが、(特に第4楽章で)ソロHrに要求されている恐ろしい超絶技巧を見事にねじ伏せたのが、名フィル首席の野々口氏。ハルサイのときも《わが祖国》のときも感じてたんですけど、この人の出す太くて充実した音と軽々とした高音部はおよそ日本人離れしてるんですよね。在京オケの中でもこの人ほど吹けるHr奏者っていないと思います。いやー素晴らしかった。
ボッセは曲の終わりで毎回華々しくリタルダンドするのを忘れず…世代を感じさせますが、一方で件の第4楽章ポロネーズでは大きめ編成ならではの量感を保ちつつ、かなり速いテンポ設定と通奏低音の強いアタックを聴かせて面白い。「老人性枯れ」を期待していたお客は見事に肩透かしでしょうけどね。僕的には萌えです。

この日の名古屋は朝から梅雨のカミサマ降臨中的湿度で、したがって楽器には非常に酷な環境。2曲目1055と3曲目1041はモロにその影響を受けた格好で、シロートが聴いてても辛いような調弦の狂いがあちこちに生じており。。さらに1055は全体的に雑然としたお粗末な出来でちょっと残念な結果になりました。特に第3楽章はボッセの要求する快速テンポにみんな釈然としてねえ感があり、ガタガタでしたね。…でも1041で出たブーは、狭量。
順番が前後しますが、最後のカンタータは、ソロTpのこれまた技巧的なオブリガートつき。しかしTpの藤島氏は大変素晴らしかったんですが、、ソプラノの平松さんは、、ちょっと重すぎて肌に合いませんでした。ヴォルフかマーラーだと思ってたんじゃないだろうか。

しかし後半、管組1番は、ボッセの面白さが存分に発揮された感じ。
この人、確かに和音の華やかさ・ブレンド具合の面ではちょっと素朴すぎて物足りないところがあるんですが、その反面、リズムや縦の構造に対するセンスがかなり鋭敏なのではないかな。
前半のブラ1や1055で聴かれた「前に進むこと」への厳しい要求はこの管組では見事に達成されていて、第2曲クーラントなんかは上拍が前打音っぽく大胆に省略され、スピード感が出てますし、また第4曲フォルラーヌでは、内声の16分音符がもたつくのも構わず上声と通奏低音の枠を厳しく速めに作ってて、独特のこだわりが見え隠れ。
ここでは急遽代役で登場したFgの青谷良明氏にブラヴォ。第6曲ブーレのソロを粒立ちよくかっちりときめて、下から掬い上げるようなアクションでとにかく先へ引っ張るボッセのタクトを巧いこと音にしていたと思います。

たびたび日本のオケを振り、年齢的資格も十分なこの人が「巨匠」に祭り上げられない理由は、「重くならない」からの一点に尽きるのではないかと思うのでした。でも彼のようなスタイルこそ、評論用語で俗に「構築性溢れる」と言われるアレなんじゃないかなあ。可能なうちに一度ハイドンかベートーヴェンを聴いてみなくては。。
by Sonnenfleck | 2006-06-26 21:51 | 演奏会聴き語り
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