名古屋フィル 第328回定演

c0060659_2144514.jpg【2006年9月9日(土)16:00~ 第328回定演/愛知県芸術劇場】
●ブリテン:《4つの海の間奏曲》 Op.33a
●R.シュトラウス:Ob協奏曲ニ長調 AV.144
  ○アンコール ブリテン:《6つの変容》 Op.49 ~第1曲〈パン〉
→モーリス・ブルグ(Ob)
●ショスタコーヴィチ:交響曲第12番ニ短調 Op.112 《1917年》
⇒ティエリー・フィッシャー/名古屋フィルハーモニー交響楽団


祝☆秋季シリーズ開幕!
今期名フィルは、9月25日(ショスタコ誕生日@100歳)を中心に据えて3つのショスタコ演奏会を開催します。…コバケンの第5交響曲は予想の範囲内ですが、残りの2つが第12番と第15番という挑発的なラインナップでありまして、萌えまくりです。。

さて今回、指揮を担うフィッシャーは1957年生まれのスイス人。元ヨーロッパ室内管のFl首席としてアーノンクールに鍛えられたのち、アバドに弟子入りして指揮者に転向した変り種です。しかし今シーズンからBBCウェールズ・ナショナル管の首席指揮者に就任!というプログラムの文章を事前に読んだからというわけではないんですが、、ひんやりと鋭い音色づくりを武器にして響きは全くだぶつかず、リズム感もクールで、才能のある指揮者だと思います。次回来日ではN響とかに横取りされて名フィルには来てくれないかもですね(笑)

最初のブリテンはずいぶん前から一度生で聴いてみたかった作品なので、期待も高まってましたが…第1曲〈夜明け〉冒頭のVnの高音や、第4曲〈嵐〉の金管などが常の名フィルと比べ物にならないくらい冷たく美しい響きになっており、正直なところ唖然としました。
春からこのオケを集中的に聴いてきて感じているのは、「ノったときの馬力と豪快な響きが日本のオケ離れしてる」ということと、「精密な合奏が要求される場面ではそれなり」という二点であります。しかしフィッシャーはオケの馬力を巧く引き出した上でかなり細かくアンサンブルを組み上げたようで、ブリテン特有の湿った残酷な雰囲気を見事に発生させており。最初から文句なしにいい演奏でした。

続く2曲目のシュトラウスはモーリス・ブルグのダンディな魅力が炸裂。この人のObを生で聴くのは初めてなんですけど、取り立てて物凄い美音というわけではないのに強く惹かれるのは、、やはりその何とも言えない歌い口の巧さのせいだろうと思う。
シュトラウスのOb協奏曲は特殊な簡潔性により、若い人がストレートに歌おうが老人が訥々と語ろうが、いかなる切り口でも奏者自身のキャパが裸になる恐ろしさを秘めているのでしょう。翻ってブルグのキャパはというと…それはもう巨大なのですよ。最初から最後まで余裕綽々、しかしひけらかすような感じではなくあくまで飄々としており、時折ふと立ち止まってはふわっ...とここで会心の美音を残して、悪戯っぽく立ち去る。
アンコールのブリテンも最後の引っ掛け方が絶妙で…これはいいモテオヤジですね。

してみると、実はメインのショスタコの据わりが悪い。
私立の幼稚園の入園試験とかにあるじゃないですか。「なかまはずれは どれ?」ってやつ。この流れの中で聴くショスタコ12番は野暮天の極みですねえ。ストイック→シンプル→打倒皇帝ウォォー!ではなんかちょっとアレです(笑) ショスタコだったら第6とか第9がよかったかも知れないなあ。
兎も角。不安げなTbソロやイマイチノり切れなくてとろいティンパニを除き、演奏はほとんど文句のつけようがない素晴らしい出来でありました。名フィルはよくついていったなあ。速めのテンポ設定で一気に駆け抜けた感じです。(*最近のショスタコ振りにしては珍しい>どうしてみんなあんなに「思わせぶり」なのか。)
今回得られたのは単なる「珍しい曲が生で聴けてよかった」以上のもの。熱血の中期から瞑想の後期に至るショスタコの変化の、その流れの中に確かにこの作品も属しているということがよく理解できました。ショスタコ好きの中にある「12番=駄作」という図式は、ちょっと見直されねばならないかも。第4楽章冒頭主題の提示のあと、《バービィ・ヤール》第5楽章のような不思議な明るさが進入してくるということに、僕は気がつかないでおりましたよ。。むむ。
by Sonnenfleck | 2006-09-09 23:13 | 演奏会聴き語り
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