0925カウントダウン企画◆コバケン/名フィルのショスタコ・ライヴ

c0060659_20381737.jpg【2006年9月23日(土)16:15~ 愛知県芸術劇場】
<コバケン・スペシャルvol.8~ショスタコーヴィチ>
●Vn協奏曲第1番イ短調 op.77
→後藤龍伸(Vn)
●交響曲第5番二短調 op.47
 ○アンコール 《ダニー・ボーイ》
⇒小林研一郎/名古屋フィル


いやー盛り上がってました。物凄いブラヴォの嵐と暖かい拍手―。
(しかし少数者だって、チラシの裏に意見を書き綴るくらいのことはできる。)

前半Vn協奏曲では、第2楽章の終結部と第4楽章全般にわたってアンサンブルの乱れが散見されましたが、それも一興。だって僕らのコンマスがソロを弾いてくれるのだもの!コバケンのタクトが胡散臭くてもわかりにくくても気にしない。
(後藤氏のソロには確かに音程の乱れや音のかすれがありましたが、彼の即興的なセンスは第3楽章の長大なカデンツァで見事に発揮されており、本公演の白眉であったのは疑いありません。ブラヴォ。)

さてとにかく《革命》は、歌詞のない演歌として空前の大成功を収めていました。人生は涙あり笑いあり、最後は明るくお別れ。コバケンに全幅の信頼を置いた名フィルの一体感、微に入り細を穿つリアリスティックな情景描写は実に素晴らしかった。明らかに今日の後半はオケも気分が乗っていましたよ。このままNHK歌謡コンサートに出演したっていい。目をつぶればほら、第3楽章の冒頭主題に合わせてネオンライトを振るオバサマ方の波が見えます。

あとはショスタコーヴィチがもっと単純な曲を作っていればどんなによかったことか。
暗譜で臨んでいたコバケンが、それぞれの瞬間で主旋律を奏でるパート以外には目もくれなかったことを考えると、彼の棒がメイクドラマに邪魔になる内声・対旋律を極力排そうとする健康的な解釈を志向していたのは明らか。悲劇的英雄的人間的な《革命》に、どうして無機質なVaの響きが必要なのだろう!ああ!

そして何より最後の《ダニー・ボーイ》!勝利が高らかに宣言されたあと、優しく奏でられる英雄の休息。これがなければ火照った体を鎮めるのにどうすればいいか困るところでした。
100歳アニヴァーサリーの素敵な思い出になりそう。ありがとうコバケン、ありがとう―。
(結論としては、俗な感性の指揮者にもちゃんと対応するショスタコの懐の広さに感服した...というくらいです。)
by Sonnenfleck | 2006-09-23 20:58 | 演奏会聴き語り
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