アーノンクール/CMWの《メサイア》@京都―その2

c0060659_21554368.jpg(承前)演奏について。

全般的に、装飾が多いなという印象はありませんでした。ダ・カーポ・アリアでも最近の流行のようにこれ見よがしの装飾を付けることをせず、しごく当然のようにストイックに繰り返します。
激しいアクセントが付くのは、歌詞の修辞において必要に迫られた箇所。全体としてはゆったりと構えたテンポ設定です。ラテン諸国のアンサンブルとは明らかに違う価値観に基づいているのは、やはりアーノンクールの誇りなのだろう。

コンマスのヘーバルトや、その隣に座るアリス・アーノンクール夫人、Fgのトゥルコヴィチ、Obのヴェスターマンら名だたるプレイヤーたちの至芸、、一点の曇りもない素晴らしさでした。しかしその中でも、誰よりも多くのパッセージを弾き続けたソロVcのヘルヴィヒ・タヘツィに、誰よりも大きな賛辞を贈りたいです。彼のチェロから生じる起伏が、まさにCMWの表情のベースになっているのですよ。CMWのアンサンブルを支えているミスター屋台骨の通奏低音を思う存分堪能できたのは、本当に得難い経験でした。

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さてこの《メサイア》の第2部は息もつかせぬ名曲の嵐なのですが、第20曲のアルトのアリアの憂鬱な手触りに続いて、急転直下、緊迫したテノールのレチタティーヴォと強烈な付点音符による鞭の描写(コントラバスの威力)。そののち、群集の「嘲笑」の場面となります。

He trusted in God that He would deliver Him;
let Him deliver Him, if He delight in Him.


この第25曲の合唱はバッハの《マタイ受難曲》の「バラバを!」に並ぶ凄惨な箇所であり、アーノンクールとCMW、そしてもちろんA. シェーンベルク合唱団による無情で醜悪なフーガには、肌が粟立つ思いでした。ホールのあちこちに反射して複雑に乱れ飛ぶ悪意、自分はただの鑑賞者ではなく、悪意を持った群集の一人なのかもしれない。しかし人は一体誰を…何を試しているのか!

メシアの誕生を急ぐような第36曲のバスのアリア、そして第38曲のテノールのアリアをその歌詞に即して冷たく硬い響きで演出したあとの、第39曲〈ハレルヤ〉。
論議を呼んだCDと同じ処理、いやそれ以上の絶妙な軽さと羽毛のような暖かさは、この有名な曲だけを取り出して聴くことには何ら意味がないことを改めて教えてくれます。すべては大きな流れの中にあるのだと。

第3部に入り、いよいよ第43曲のバスのアリア。
全曲を通じて個人的に最も好きなアリアなのですが、まったく本当に素晴らしくて、、辺りも憚らずグズグズと泣いてしまいましたですよ。。

The trumpet shall sound,
and the dead shall be rais' d incorruptible,
and we shall be change' d.
For this corruptible must put on incorruption,
and this mortal must put on immortality.


輝かしすぎないオブリガートTpの妙技。ここは軽くない、重く落ち着いた伴奏。そしてダ・カーポで前半が回帰して、3行目の「be change' d...」で夕映えのような偽終止…!
バスのドローレは代役でしたが、1980年生まれ、きっとこれから有名になっていく歌手だと思います。あのアンサンブルの中でロッシーニ的な明るい歌い口で堂々と自己主張して、《メサイア》の3つの難アリアを見事に歌いきっていました。
(*ソロは皆素晴らしかったですが、唯一ソプラノのクライターが、様式感のずれた大時代的な鈍重さをまとっていた。モーツァルトをFMで聴いたときは気にならなかったけれど、音程をずり上げるように歌う彼女のクセ、、これだけが本公演の小さな瑕だったように思います。)

そして終曲、第47曲の合唱。Tpとバロック・ティンパニも入って、壮麗な大伽藍が築き上げられます。ここばかりはアーノンクールも大見得を切るような仕草で、響きにこれでもかと重みを加えます。ホールの天上が抜ける―
実はここで最後の最後に、興奮したお客が一人、まだ数小節残っているうちから拍手を始めてしまったんですね。でも、その直後に、誰かがすかさず(ホールに響き渡るような音量で)「シーッ!」という声をかけてくれ、ひとつの引き金による興奮の連鎖的な暴発は押し留められたんです。あれで救われた。最後に満ち足りた空気が残る余地が与えられた。

終演後、外は冷たい雨になっていましたが、言葉がほとんど出てこないほどの深い衝撃を味わった自分にはそれでちょうどよかった。
京都コンサートホールのロゴが入った小さな傘をショップで買って、帰る。
by Sonnenfleck | 2006-11-20 21:57 | 演奏会聴き語り
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