スクロヴァチェフスキ/ザールブリュッケン放送響@名古屋

【2006年11月30日(木)19:00~ 愛知県芸術劇場】
●ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調 Op.68 《田園》
●同:交響曲第5番ハ短調 Op.67
⇒スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ/ザールブリュッケン放送交響楽団


名古屋でS爺の指揮に接するのは不可能かと思ってましたが、本日願いかなって去年の5月以来1年半ぶりに爺さまの演奏会へ。東京のベートーヴェン・ツィクルスを横目に、名古屋では一晩のみ…しかしプログラムが「師走の風物詩」や「話題のベトナナ」でなかったのは幸いでした。僕は再びあの第5、2004年のN響B定期で度肝を抜かれた、あの《運命》が聴きたかった!

あのとき、第3楽章トリオ(ハ長調になって低弦→Va→2ndVn→1stVnとフガートを繰り広げる箇所)が異常な立体性をもって耳に届き、まるで音が目に見えるような、スクリャービン的な怪しい共感覚モドキを引き起こしたんです。スクロヴァチェフスキは対抗配置の人なので、最後にトリオの主題が2ndVnから指揮者を飛び越えて1stVnに向かう様子は、音符で橋が架かるようでした。こうして言葉にしてしまうといかにも陳腐なのですが、後にも先にも生演奏でああいう立体感を味わうことはなく、今に至ります。。さて。

結論から先に言うと、この日はあそこまでのものは現れませんでした。期待しすぎていたせいもあるだろうけど、あれはスクロヴァに不慣れだったN響が必死で棒についていこうとして生まれた偶然の響きなのかもしれない。今回はオケがスクロヴァの意思を完璧に把握しているからなのか、あの箇所についてはちょっとスマートすぎたカモ。

しかしもちろん、この蜜月は他の楽章・他の楽句において、限りなくプラスに働くわけです。
第5の第1楽章や第4楽章、あるいは第6の第4-5楽章の鬼気迫るうねりは、N響や読響ではそれほど積極的には聴かれなかったS爺のもうひとつの側面。
この人は基本的に鋭くクールに流す人なので、ごく偶に微少なルバートがかかったりしてテンポが揺れると…物凄く興奮する。この意外にエロティックな揺らぎ(しかし計算づく)が、スクロヴァチェフスキのもうひとつの特徴だと思う。こうした巧妙な対比をよくわきまえたオーケストラの繊細な身振り、そしてそこから導き出される曲の骨格を楽しむのが、S爺を生で聴く醍醐味なんですね。この人の音楽こそマイクに収まりきらないタイプかと。

第5の第4楽章で、冒頭の4分音符3つを高らかに鳴らした後…あろうことか次の8分音符6つをすべてダウンボウで卑屈に弾かせるという暴挙。これだからスクロヴァ爺さんを聴くのはやめられないのです。今回の伝説はこれだ。
by Sonnenfleck | 2006-12-01 20:51 | 演奏会聴き語り
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