「武満徹を聴く、武満徹をうたう」コンサート その2

c0060659_21203026.jpg【2007年1月5日(金)19:00~ 愛知県芸術劇場】
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●バッハ:《マタイ受難曲》より コラール
●『他人の顔』(勅使河原宏 1966) より《ワルツ》
●『どですかでん』(黒澤明 1970) より
●『卑弥呼』(篠田正浩 1974) より
●『不良少年』(羽仁進 1961) より《○と△の歌》
●『不良少年』(羽仁進 1961) よりテーマ
●『東京戰争戦後秘話』(大島渚 1970) より
●『日本の青春』(小林正樹 1968) より
●《L.A., New York, Paris, Roma, Helsinki》(1991)
●『自動車泥棒』(和田嘉訓 1964) より

★谷川俊太郎による詩「Where is HE?」の朗読
○アンコール ジャン・ルノワール:《聞かせてよ、愛の言葉を》

→加藤訓子(Perc)、coba(Accord)、鈴木大介(Gt)、木ノ脇道元(Fl)、吉野弘志(Cb)、
  谷川俊太郎


承前。
武満のシリアスな作品を集めた前半から、谷川俊太郎氏のトークを挟んで一転、5人の音楽家によるクインテットの時間です。枠組みは武満の書いた映画音楽なのだけど、それぞれのメンバーの音色が生きる大胆な装飾がいくつも施されて、実に多彩な響きになる。刺激的。

最初の《マタイ》のコラールは加藤訓子さんのマリンバ・ソロで。4本のマレットは先端が柔らかいので、音が湯気のように立ち上る様子に和みます。
2曲目、『他人の顔』の《ワルツ》は岸田今日子の追悼のために先日CDを聴いたばかりだったけど、ここでのパフォーマンスは8分の9拍子?あの物悲しいメロディが凄いスピードで吹き抜ける。木ノ脇氏とcobaの華麗なインタープレイがCOOOOOL!!
叙情的な旋律部分と対置されるベースの執拗な反復運動があからさまにパシフィック231な『どですかでん』、糸でつないだ木片を振り回して「風」を取り込んだ『卑弥呼』など、どれも一筋縄ではいかない面白さなのだけど。

《○と△の歌》。アコーディオンを傍らに置いたcobaが4人の伴奏をバックに、なんと拡声器(屋外で使うあれです!)を取り出して切々と歌い出だしたんですよ。曲そのもののリリカルな側面は見事に破壊されたけど、これはこれで真面目な人が不良ぶっているような変なくすぐったさがあって楽しい。アコーディオン・ソロで演奏された『日本の青春』は、エグみや憎しみ、自嘲のような要素が巧く引き出されていたし、この人の地力を改めて感じた次第。

《L.A., New York, Paris, Roma, Helsinki》では、中間部で大介さん以外の4人がインプロヴィゼーションを始めてしまい、大介さんが辺りを見渡して困り果てる、というような演出があったような気がするんですが、、会場からは笑い声とかしなかったし、勘違いかな。件の即興が前半の《ムナーリ・バイ・ムナーリ》や《ヴォイス(声)》のパロディのような響きだったことを付け加えておきましょう。

会場が大いに盛り上がったところで、詩人氏が再びステージに招かれる。
彼自身の口で朗読された「Where is HE?」という詩は、二人の友情と作曲家への賛歌をわかりやすい言葉でストレートに謳ったシンプルな作品でした。余韻とともにそのままシャンソン《聞かせてよ、愛の言葉を》。この曲こそ、陸軍の基地で働いていた武満少年の「空っぽの」身体に、<音の川>が流れ込むことになった記念碑的音楽なんですな。。素敵な演出だ。

最後は5人の伴奏、合唱団と詩人のリードにより、《小さな空》の大合唱。
「参加型コンサート」が大嫌いなボクは会場を覆う響きを黙って聴いていましたが、この歌では3回のリフレインを経てもなお「こどもの頃を憶いだした」の「だした」という部分が歌唱上の難関であること、そしてたぶんここがこの曲の寂しげな響きの秘密なんだわいなァとぼんやり考えたりして、腕時計を覗き込んだら22時だった。
by Sonnenfleck | 2007-01-09 21:21 | 演奏会聴き語り
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