名古屋フィル 第335回定演

c0060659_847187.jpg【2007年4月20日(金)18:45~ 第335回定演/愛知県芸】
●ブリテン:《シンフォニア・ダ・レクイエム》 op. 20
●ハイドン:交響曲第100番ト長調 Hob.I-100 《軍隊》
●同:Tp協奏曲変ホ長調 Hob.VIIe-1
  ○アンコール 同:同第3楽章
→マティアス・ヘフス(Tp)
●オネゲル:交響曲第3番《典礼風》
⇒高関健/名古屋フィルハーモニー交響楽団


ホールの柔らかい椅子に身を沈めて戦争を聴く。
両端は、それぞれの3つの楽章の題名としてラテン語が引用された「20世紀のそういう」作品。真ん中の2曲は、軍楽隊のパロディと信号ラッパ。重い...重いプログラムです。

僕にとってブリテンはまだまだ未開拓の作曲家で、《シンフォニア・ダ・レクイエム》も今回初めて生で聴いたのですが、全体にじんわりと漂う冷たく湿った感じ、およびこの曲の第2楽章に現れる「この世のありったけの悪意」には震え上がる思いでした。冗談抜きで。
第1楽章〈ラクリモーサ〉冒頭のティンパニの強打、金管の鈍い轟音が、ホール中の空気を冷たくします。日常からの空気を断絶するため、全体に釣り合わないくらいの爆発を冒頭に持ってきたのかな。木管主導の不吉な歩みの中で、ASax(堀江さんという方、客演とのことです)が瑞々しい響きを一瞬だけ残して、また曇天モノトーンの行進に戻る。
震えるようなパッセージから突入する第2楽章〈ディエス・イレ〉は縦の線があんまり合ってない印象を受けましたが、破れかぶれの量感、その中での管楽器の存在感には感心しました。先ほど清新な印象を与えたASaxが、今度は善人を篭絡するような妖しい悪意を持って歌う。パントマイムのような終結部分にはトゥッティ全体にキレがあり、ゲネラルパウゼも成功、高関氏もこのへんは激しいアクションです。そして訪れる第3楽章〈レクイエム・エテルナム〉の平安、抑制の効いた「平安」の表現に真実味がある。

真ん中のハイドン2曲は、、苛烈な音響から解放されたお客さんの安堵に満ちた拍手がいちばん印象に残ってますね^^;; この作曲家は聴かず嫌いなのでよくわかりません。ブリテンのままの巨大な編成でようやるなあという感じ。Tpソロのヘフスという人は美音というより音の抜けのよさが特徴的でした。

で、《典礼風》。この日もっとも輝いていました。素晴らしかった。
「機能美」とでも言うべき第1楽章〈ディエス・イレ〉、比較的遅めのテンポで開始されて、残酷な描写が続きます。その中でも核になるいくつかのパッセージが明確に強調されているので、無理なく聴くことができる。こういう啓蒙的なところは高関氏の特徴かな(なおこの日の演奏は楽譜の指示にあるマルカートではなく、ややテヌート気味)。HrとTbがいつも以上にどっしりと安定していて、ちょっと線が細い名フィルのTpをフォローしてました。Hrのベルアップがかっこよかったっす◎
第2楽章〈深き淵より叫ぶ〉の絶叫が物凄く美しかったので、この日聴きに行った甲斐はあったというものです。重量で勝負することが比較的多い名フィルをとことん抑制して、痛々しいくらいの美を表出させますよ。「鳥の主題」も薄くて儚いなあ。。あとはVcの高音域の音程がもうちょっとだけ揃っていたら最高だったのだけど。
第3楽章〈我らに平和を与えたまえ〉。ここはテンポを上げて攻めます。中間部でのトゥッティのクライマックスで、銅鑼に文字通りの最強打を指示していたのには驚きました。凍りつく会場。…そうしてVcとVnのソロを経て、再び訪れる「鳥の主題」。ブラヴォ!

なのにお客さんの拍手はこの日最弱。みんな帰り支度してるし。悔しい。。
by Sonnenfleck | 2007-04-22 08:47 | 演奏会聴き語り
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