バッハ・コレギウム・ジャパン《ロ短調ミサ》@名古屋

c0060659_763877.jpg【2007年10月7日(日)16:00~ しらかわホール】
●バッハ:ミサ曲 ロ短調 BWV232
→野々下由香里(S)、レイチェル・ニコルズ(S)
  ロビン・ブレイズ(A)、ゲルト・テュルク(T)
  浦野智行(Bs)
⇒鈴木雅明/バッハ・コレギウム・ジャパン


何が面白かったかと申しますとですね。

まず、全面的にこだわりの微細なグラデーションが付き、どんなに細かいニュアンスでもマニアックなレベルまで「静かに」(ここ重要です)表現されるのがこれまでのBCJの方向だったと、僕は勝手に思っているんです。動か静かといったら間違いなく静のバロック。

ところが今回…どうもいつものBCJとは違う。厳しい局面では濡れた刃物のようにギラリと光り、逆に官能的な場面では世界が終わってしまうのではないかというくらい息も絶え絶え、、マクロ的には全面の細かなグラデーションが消滅し、「動き」と「鎮まり」の鮮やかな対比がそれに取って代わる、そういう演奏に変化しているように感じられたのであります。
もちろんそれによってウケ狙いに走ったり大味になったりしたのかというとまったくそんなことはなくて、ミクロ的に聴いてみると、ねっとりした部分、あるいは鎮まっている部分には例のこだわりグラデーションが物凄くレベルアップして存在していて、よりいっそう細かな濃淡・滲み・暈しの技が使われているんですね。
(この変化傾向は4月のヨハネ受難曲の際にもなんとなく聴かれて、あのときはそれを「亀裂」と書きましたが、今回は「亀裂」がこれまでとは別の材料・別のセメントで修復されたか、あるいは「亀裂」から「変形」に不可逆的にグレードアップしたのか、そんなことを思いました。)

KyrieGloriaの継ぎ目なんてまさに対比が劇的に現れる箇所なわけです。二回目の禁欲的なキリエに繊細な濃淡をつけて静かに終わらせた直後、グローリアに移った瞬間、ティンパニには激しく重たい打ち込みを(ここまで重たい破裂音を出させる演奏ってあんまりないんでは?ブリュッヘンみたいだ)、同時に通奏低音に3拍子系ならではの物凄い推進力を要求して、目の前に火花が散るような効果を出します。
いっぽうそのすぐあとに柔らかな5部合唱Et in terra pax hominibus...では、上へ上へと立ち上がっていく微妙な階調が存分に発揮されて、息もつけないような感動に襲われてしまいました。人間、ギャップには弱いもの。

コンミス若松さんのオブリガートVnに秀美氏率いる通奏低音が、ニコルズの沈んだ声を迎えて送るLaudamus te...のアリアでは、若松さんのロマンティックな歌い口にピタリと吸い付いてくる通奏低音に感激。ニコルズの歌はそっちのけで通奏低音ばかり聴いていましたが、やっぱり以前の秀美氏とはどことなく違うような気がします。

そして今度は、三宮氏のObダモーレがついて、ブレイズが大いに歌うQui sedes ad dextram Patris...。この曲と終盤の山場Agnus Deiについて、ブレイズをかなり見直した、というか、ブレイズの独特の世界にBCJが接近してしまったと書いてしまったほうが正確かも。
アルトによるこの2つのねっとりしたアリアで、ブレイズのオカマっぽい妖しい声を殺さずに物凄く繊細でジューシーな濃淡をつけてしまった雅明氏、いったい何があったんだろうか。僕はこの汁っぽい展開も大歓迎ですが。。

前半は聴きどころばっかりだな。。続いて御大クロード・モーリーのHrに導かれて、急病ペーター・コーイのピンチヒッター浦野氏が歌うQuoniam tu solus sanctus...のアリア。モーリーのスリリングな妙技が聴けたのは実に嬉しかったですが、時に遠慮なく弱々しさをも表現する、浦野さんの人間味のある声がこのほんわか系アリアによく合います。浦野さんはペテロをやっても非常に味があったし、僕はこの人、好きなんですよ。。開演前に「コーイ病欠」の張り紙を見てちょっとガッツポーズしたのは内緒です。
で、モーリー御大のソロの余韻を消し去らんばかりに、第1部の最後を華麗に彩るCum Sancto Spiritu...の5部合唱。またしても通奏低音に厳しいスタートダッシュを要求している。。

+ + +

さて「ミニ受難曲」な第2部はただでさえ陰陰滅滅としたナンバーが目立つわけですが、明るいCredoからどん底に叩き落されるEt incarnatus...Crucificus。特に前者では―コンティヌオの話ばっかり書いて申し訳ないんですが―今度は引きずるような重い歩みが通奏軍団に顕著に現れ、合唱による表面のマチエールはさざ波のように刻一刻と変化しつつ、ドキッとするような不協和音さえも一パターンとして包含している。。ここはまさにミクロ的に見た「従来型BCJ」の第2段階、素晴らしく微細なコントロールの効いた場面です。絶句。

第2部最後のEt expecto...から第3部のSanctusにかけて、合唱が微妙に移動します。ここまで左右の端に分かれて立体的な音響を生み出していたソプラノⅠとソプラノⅡが合体、6人のソプラノとして絶大な威力を発揮するんですね。Sanctusの華やかな旋律重視へ向けて文句のつけようがない演奏効果。二重合唱である次のOsannaですぐに左右対称に再変形するというのも実に徹底したこだわり…。
で、ここで待ちに待ったテュルクのBenedictusが来るわけですが…いつもならテュルクの強靭な福音史家に感激するんですけど、今回はちょっと強すぎて浮いているかなという感じがしないではなかったのが、自分でも意外。

まあ…ここまで来たら、終曲Dona nobis pacemが感動的でないはずがないんです。歌い出しのレベルが意外に強くて、「こんな段階から始めちゃって、最後はどんだけ高いんすかー」などと無用な心配をしちゃいましたが、積み重なっていく大伽藍に我を忘れて高揚、そして最後に大きくリタルダンドで深呼吸。あーやっぱり聴きに行ってよかった。。

CD、買ってみようかな。
by Sonnenfleck | 2007-10-10 07:16 | 演奏会聴き語り
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