宮下誠『迷走する音楽—20世紀芸術学講義Ⅱ—』、2004年、法律文化社。
著者の宮下氏は現在、國學院大学で教鞭を執っておられる現役の美術史家です。 専門は20世紀西洋美術史、美術史学史…と書きますと、難しげな題名に硬質な装丁とあわせて、出たなっ学術書めっ!今度会うのは「書物復権・20XX年」だなっ!と身構えてしまいますが、さにあらず。ひとことで言えば、この本は「本」に擬装したトラップなのであります。 本書はとりあえず「音盤批評」の体裁をとる。ところが世に数多ある「ベスト○○」といった批評本と決定的に異なるのは、筆者がまったく、これっぽっちも「批評」なんていう装置を信じていないところです。それどころか「本」の存在をもぶち壊しかねない危険を孕んでいる。筆者は冒頭に置かれた書簡形式のまえがきで次のように明記しています。 (以下引用)あちこちに不規則かつ不器用な「仕掛け(伏線)」が置かれ、それぞれのテキストが互いに矛盾・対立・否定しあうようになっており、これによって各テクスト、あらゆる言説が徹底的に相対化され、最終的には「批評」の「いかがわしさ」が露呈するここまではっきり宣言されると、もしやこの態度も偽りのでは、、という強烈な疑心暗鬼に駆られます。本文のあちこちには使い古された批評言語(「ドイツ的である」とか「オーソドックスなよさ」とか)への冷ややかな視線がちりばめられてますし、おまけに誤植がいっぱい!読み手をして、ともすると自明のようであるかに思える「本」への寄りかかりを疑わしむることこそが筆者の狙いなのでしょうね。 第1章では、ロマン派以降の徐々に肥大化する「交響曲」という形式と、そこに込められた「ものがたり(作曲家と聴き手の間でストーリーの授受を約束し、ストーリーを変容・展開させていくこと。narrative。19世紀的価値観の権化)」に対する音楽史的な関心の変化を話題にします。 絵画において、いわゆる「印象派」をモダニズムの嚆矢とする理由。それは彼らが、たとえば「キリストのものがたり」を作品において表明し、鑑賞者にはnarrativeへの無条件同意を求める—ことに関心がなかったからに他ならないと僕は思います。 第2章は、いままで世の評論家たちがスルーしてきた「演奏の遅さ」についての鋭い考察がなされます。われわれ一般の愛好家が普段おもしろがる「遅い演奏」には2つのタイプがあり、より重要なのは「直前の音—鳴っている音—次に来るであろう音」の運動性のみを認める立場なのであると筆者は述べています。こうやって明確に言語化されるとほんとに納得しちゃいますねー。 以下第3章では、ティンパニの一撃による瞬間的な「ものがたり」の断裂について(これはたぶん…世界初の画期的なKlang論です)、第4章では、20世紀において、それこそ存在そのものが「ものがたり」であるオペラというジャンルを、モダニズムの御旗を掲げた作曲家たちがどう料理してきたか(あるいは料理しきれなかったか)についてかなり充実した論が展開されます。少しでも音楽に、芸術一般に興味を持たれる方は、ぜひともお読みになることをお勧めします。あとがきの最後の最後、、やられたー(ぐるぐる) 明日はバレンボイム/ベルリン・シュターツカペレの演奏会@サントリーに出かける予定。交響曲第7番は、マーラー作品の中でもっとも「ものがたり」から遠い地平にありますが、「ものがたり」っぽく演奏することもできます。
by Sonnenfleck
| 2005-02-19 22:31
| 晴読雨読
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