金聖響/大阪センチュリー響<21世紀の新世界>

c0060659_783432.jpgちょーっと遅くなりましたが、13日、大阪に行ってきました。当ブログにて応援中のピアニスト・佐藤卓史が、大阪センチュリー交響楽団の特別演奏会にソリストとして登場するのを聴くためです。彼の演奏、東日本でしか聴けないことが多いんだもん。

【2008年1月13日(日)14:00~ ザ・シンフォニーホール】
●ベートーヴェン:《フィデリオ》序曲
●同:Pf協奏曲第5番変ホ長調 op.73 《皇帝》
→佐藤卓史(Pf)
●ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調 op.95 《新世界より》
⇒金聖響/大阪センチュリー交響楽団


実に7年ぶりの大阪、2年ぶりに生で聴く佐藤卓史、初めて行くホール、初めて聴く金聖響、初めて聴くオケ、と、語るべき要素はいくつもありますが。

■ザ・シンフォニーホール
ここのホールを「日本最高」とする声はネット上でけっこう目にします。
内装のセンスが近過去だったり、構造が妙に複雑だったり、年かさの係員が横柄だったり、ロビーで堂々とパンを売ってたりはしますが、こと響きの点では非常にバランスがよいように思われました(愛知県芸が風呂場気味であることに改めて気づく…)。駅近かつ目の前に木立があって立地もなかなか。拍手がちょっと早いほかは聴衆のマナーもいい。「名古屋飛ばし」されたときの対処方法が見つかった、のかしら。

■ピアノ
生で聴くと(当然のことながら)CDとは比べものにならないくらい、彼の表現がビリビリと伝わってきます。まったり円っこくて美しいピアニシモは彼の強力な武器のひとつですが(したがって《皇帝》では第2楽章なんか独壇場なわけです)、今回は上空にスコーンと抜ける爽快なフォルティシモがいつもより多く聴かれて面白い。第1楽章の終わり近くになってちょっと余裕がなさそうにしていたのが残念だけど…基本的にはあちこちに遊びがあって楽しかったなあ。第3楽章ロンド主題のコケットな表情は新境地でしょうか。。

■金聖響/大阪センチュリー響
これだけ露出の多い指揮者を一度も聴いたことがないっていうのは、クラヲタ失格かもしれません。…噂に聞いていたとおり、本当にピリオド・アプローチを援用してるんですね。

・小編成
・対向配置
・弦のヴィブラートはかなり薄め、かつアタックは強め
・管楽器の音は相対的に前方へ飛んでくる
・ベートーヴェン2曲はバロックティンパニを使用

したがって大阪センチュリー響は、伸び伸びと奏でるというよりはてきぱきと片づけるという印象が強く、小さく硬くまとまっているなあという感じ(誉め言葉です)。日本のプロオケの日常的な公演ではいまだに珍しいピリオド折衷系スタイルによく慣れているなあと思われました。この「よく慣れている」っていうのがかなり重要。ノリントンのスタイルに嫌々応じているのがまるわかりだった日本放送協会交響楽団よりも、ずっと自然で日常的なピリオド折衷だったのでびっくりしました。
金氏以外の指揮者が振ったら、どのようになるのでしょう。

■新世界
生で聴くのはずいぶん久しぶりな気がする。ここでも指揮者ノリノリ、オケてきぱき、っていう感じが続行中で、さすがにロマン派で「含み」がないのは若干白けるなあと思われました。第2楽章おしまいの大切なゲネラルパウゼも、編成が大きくないせいか、あるいは響きを残さないように指示されているのか、ブツ...と途切れたみたいでちょっと残念。
by Sonnenfleck | 2008-01-16 07:11 | 演奏会聴き語り
<< 精神と時のお買い物Ⅹ(梅田編) ふたりはヴェルズング。 >>