ブロムシュテット/N響の《グレート》@名古屋

c0060659_22170.jpg【2008年1月26日(土)18:45~ 愛知県芸術劇場】
●マーラー:《さすらう若者の歌》
→クリスティアン・ゲルハーヘル(Br)
●シューベルト:交響曲第8番ハ長調 D.944
⇒ヘルベルト・ブロムシュテット/NHK交響楽団


あれが80歳を迎えた指揮者の音楽でしょうか。
まったく若者のようでした。

2週間前、FMで《プラハ》と《ロマンティック》を聴いて、僕はブロムシュテットの音楽を「ふわふわの卵焼き」であり、縦方向へのこだわりほどには横方向を顧みないと、そういった内容のことを書きました。
こちらのアホな思い違いだったようです。
訂正します。
昨日のシューベルトは、ふわふわと柔らかい音響ながらも爆発的に横方向へ推進していました。もしこの演奏が48kbpsくらいの粗いウェブラジオで流れて、すなわち美しい弱音や縦方向のバランスが聴き取れなくて、「只今の演奏はグスターヴォ・ドゥダメル指揮、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラです」って言われたら、信じてしまうかもしれない。

第1楽章の冒頭で、ホルンのパッセージがかなり速い。速いです。。
この日の大ハ長調は本当に爽快だったのです。
呆気に取られていると、美音と輪郭を同時に保ちつつ、弦のユニゾンで第1主題。
あーこの音はN響本気だなあ。本気になったN響をNHKホール以外の場所で聴くと、なかなかに素晴らしいことになる。過去の経験からそんなことが察せられます。

いつものようにステージ真横の2階席に座ったのですが、それでも十分に聴き取れる明解な対向配置。1本のメロディを1stと2ndで受け継ぎ、引き渡し、また取り戻す、そこへVaとVcが遊びに来て、遠くからKbが近づいてくる。弦についてはこうした3次元遊戯を、柔軟なバランス感覚でもってよく実現させていたと思います。
管になるとN響のメンバーは個性的な音の人が多いので(よく耳にするから覚えているっていうのもあるし)一筋縄ではなかったけども、音色の差異による多重化がここでは行なわれていたのかなと。こういうところはオケの個性を引き出して、おまけにそれを凹凸でなくしてしまうブロムシュテットのパワーによるのかもしれない。ふわとろ卵焼きワールド。

あ、コーダ。序奏の楽句で再びのクリティカルヒット。すぱーんっ...と終わってしまった。余韻の質で、聴衆が緊張しているのがわかります。ブ氏はニコニコしてるぞ。。

第2楽章は冒頭のObソロが一瞬だけ崩れてヒヤリとしましたが、美点はなんと言っても、前半のクライマックス(「破綻」ですかね)が美しいままで鳴り響いていたというところに尽きます。その後恐る恐る戻ってきたVcの厚く柔らかい歌わせ方は、いくらこの日の演奏が若干のピリオド風味に聴こえたとしても、ブロムシュテットの底にあるのは質朴で控えめな浪漫なのだ…ということの証拠として提出されるでしょう。

後半二楽章はザクザクした肌触りが痛快で、一気呵成に持ってかれてしまった。
特に第3楽章のメカニックには素直に感心。。サントリーホールほどには響かない愛知県芸で、しかもステージに近接した位置で聴いてもしっかり揃っていたです。N響って決して下手ではないよなあ。トリオのレントラー風味はあくまでも健康的で、木管は控えめながらふわふわの音響。もし広すぎるホールであったら拡散してしまうような類の。
第4楽章は各要素が悪戯っぽく自己主張しながら、それでもふわっと1本にまとまって流線型に推進しているのが面白いです。いやーすごいなー。ゼロ・リタルダンドで突っ込むコーダの野太い音に感激。こんな音が出てくるのかN響。。

+ + +

ゲルハーヘルも大変よかったんです。よかったんですが後半が凄すぎて印象が薄まってしまった。抜けのいいヒロイックな声質のバリトンで、きっとこれから日本でも人気を獲得するんだろうなあ。でも2月5日の《白鳥の歌》@しらかわホールには行けそうにないッス。

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本日岡山で聴かれる方、ぜひ呆気に取られてください。80歳にして永遠の青年ブ氏。
by Sonnenfleck | 2008-01-27 02:07 | 演奏会聴き語り
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