B先生の唯美主義に立ち向かってみました

c0060659_6533594.jpg【WEITBLICK/SSS0081-2】
<ベルティーニ マーラーシリーズ>
●交響曲第9番ニ長調
⇒ガリー・ベルティーニ/ウィーン交響楽団
(85.2.3@ウィーン)

これは手放しの絶賛とは行きません。
なんと言ってもオケに癖がありすぎるからです。
ウィーン響については何ら固有のイメージは持ってなかったんですが、ここで聴く限り、実はずいぶん「味がある」響きのオケなんですね。テクスチュアが薄くなって個々のプレイヤーのノリが聴き取れる箇所だけでなく、トゥッティが一丸となる箇所でも、何か聴き慣れないことになっている。普段生で聴いている日本のオケとも、またケルン放送響とも、発音のタイミングや抑揚、呼気の温度や湿度に至るまでまったく違う。
もっと表層に耳を傾ければ、ミスをまったく恐れずに突撃していく大胆さがどうやら彼らの持ち味であるということが想像されます。要するに何が言いたいのかというと、この9番は、クールな滑らかさとしっとりした上品な響きを旨とする常のベルティーニのマーラーとは、まったく様相を異にするというわけ。スリリング。

それにこの録音、けっして良質なコンディションではなく、ヘッドホンで聴いていると、自分の下に音場ができてしまうという不思議なクオリティ。指揮者の上空5メートルくらいに漂ってるような感じ(ってことはマイクそのもの?)。だんだん慣れてきちゃうんだけど。

第1楽章はガサツな空気感。なかなかエンジンがかからない。。
しかし真ん中の2つの楽章、これが生き生きとしていて実に素敵です。アンサンブルの乱れを気にせず、自分たちと同じ言葉を話し、自分たちと同じ空気を吸っていた人間の音楽として、時に羽目を外しながらも愉しく描写している。
許センセは「演奏者の相当部分が、自分が弾いている箇所がわからなくなってしまったのか」と書いているけれど、僕にはこれが何か演奏技術上の失敗に基づくものだとは思われません。むしろ自分の弾いている吹いているパッセージの意味を把握して、そこにノリを見出して遊んでいるんじゃないかと。結果的にベルティーニ指揮らしくない凸凹が響きのあちこちにできるわけですが、これはこれで抗し難い魅力がある。

第4楽章は…ベルティーニの勝ち。オケが組み敷かれてます。
で、このように意志があり味のあるオケが指揮者の言うことを忠実に守ると、大変な美しい響きがやってくるらしい。その見本みたいな演奏。弦のうねることうねること。
by Sonnenfleck | 2008-02-12 06:55 | パンケーキ(20)
<< 木村定三コレクション名作展@愛... アヤタカ、ダメジャナイノカ? >>