ジャナンドレア・ノセダ指揮NHK交響楽団:「漢」

今日は夕方からVcの練習をしようかしらんと考えていたのですが、定期会員の友人が急遽今日の公演に行けなくなり、チケットいらん?と言われまして…へへっありがてぇですぜ旦那、、ということでサントリーホールへ直行。酒代をもらったマルメラードフはきっとこんな気分です。

【2005年2月23日(水)19:00〜 第1537回定期公演/サントリーホール】
●ヴェーベルン:《パッサカリア》 op. 1
●コルンゴルト:Vn協奏曲ニ長調 op. 35
 ○アンコール イザイ:無伴奏Vnソナタ第5番〜第1楽章
→レオニダス・カヴァコス(Vn)
●チャイコフスキー:交響曲第2番ハ短調 op.17 《小ロシア》


指揮のノセダは40歳を過ぎたばかり。ゲルギエフに認められ、1997年にマリインスキー劇場の首席客演指揮者に就任、2002年にはBBCフィルの首席指揮者に着任するなど、まさにいまが旬の中堅指揮者です。N響へは今回が初客演。
一曲目、ヴェーベルンの《パッサカリア》。
トータル・セリエリズムの隆盛を、世代的に実感として知っている演奏家は当然多いわけです。なのでこの曲に関しても、相対化された各楽器間の縦の関係の度合いを、瞬間々々精密に聴かせる演奏が多いと思うのですが、ノセダはその方向を向いてはいない。彼は全体を大きな流れとして俯瞰し、横の関係を重視します。そのため「多くの人が旋律として認知できる(≒いわゆる「わかりやすい」)」パッセージが非常な重みをもって奏されることになる。ノセダは盛り上がる楽句は特に熱く、静かなところは…やはり熱く指示します(彼のアクションは本当に大振り。何度指揮台の上で跳ねたことか>個人的には虫が好かないです)。結果的に情熱ほとばしる熱いヴェーベルンになったのですが(そして僕はライヴの一回性を踏まえたこういう演奏も好きなのでわりと大きめの拍手をしましたが)周囲は冷ややか(^^;;;;;)あれれ。。
二曲目は巨漢ヴァイオリニスト、レオニダス・カヴァコスをソリストに迎えての、コルンゴルトのVn協奏曲。
僕が座ったのはLBブロックのもっともP席寄りのあたりです。通例この場所に座ってしまうと協奏曲のソロを聴き取るのは絶望的なのですが、いやーカヴァコスすごいです。オイストラフ系の分厚く滑らかな音。f字孔のほぼ真後ろにいる僕のところにさえ、ぶっとい音がびんびん届いてきます。正面に座られた方はさぞかし美音を堪能されたことでしょう。それにしても…この曲には金色の幸福な靄がかかっていますね。各楽章の主題は彼の作曲した映画音楽から取られており、きれいな旋律が臆することなく滔々と流れてきます。芸術音楽?美しければいいんだよフォッフォッフォッという感じでしょうか。ところどころソロが半音階で下行するところなど、プロコフィエフのVn協奏曲第2番を思い出させますが、あとはひたすらロマンティック(これは「ロマン主義的」とはちがう。まさにカタカナ英語として使われている意味で)です。素直にきれいでした。それしか書けない(汗)。拍手のなか、汗だくの指揮者とソリストが熱い抱擁◎◎漢の友情だ!いい!
アンコールにイザイの無伴奏Vnソナタ第5番の抜粋。すっきり空虚な重音がちりばめられた佳曲です。最近アンコールにイザイを取り上げるソリストが多いですね。
休憩のあとはチャイコフスキーの《小ロシア》(これって蔑称では…?)。
実演・CDに関わらず、初めて聴く曲です。僕はチャイコフスキーに特にこれといった愛情を感じないので、今日もかなり醒めた感じで聴きました。トゥッティの強い和音のあと、Hrのソロで開始される第1楽章。副題の理由はこのソロの主題がウクライナの民謡だかららしいです。第4番の終楽章に出てくる民謡主題〈白樺(?)〉と同傾向の鬱屈した旋律。これがオケ全体に波及していくという構成をとるようです。うーん。聴いててなにかあるかというとなにもない。格好いい楽句のところで弦楽にダウンボウをしつこく指示しているので、物理的な音圧はかなり迫り来るものがありますが…。それで?
第2楽章はチャイコフスキーらしい軽くてコミカルな行進曲。どうってことのない第3楽章スケルツォを挟んで、第4楽章はこれでもかとばかりのハ長調の爆発。当然割れんばかりの拍手が起こります

趣味の問題。別の曲でノセダを聴いてみたかった。たぶんオケを男らしく豪放に鳴らす腕前はかなりのものだと思います。ブラ2とかよさげ。

春一番が吹きました。なんという暖かさ。東京の春は何度体験しても慣れません●
by Sonnenfleck | 2005-02-24 00:04 | 演奏会聴き語り
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