読売日響名曲シリーズ 名古屋公演

調べてみると、最後に読響を生で聴いたのはなんと2005年9月、ロジェストヴェンスキーのオールグラズノフ―西行短歌の朗詠付き―@芸劇という珍妙なプログラムでありました。。オレ(アタシ)聴いたよっていう方、おられますか。。
つまり、スクロヴァ爺さん+シモーノ体制になってからの読響をライヴで聴くのはこれが初めてなんですよ。アルブレヒト時代からどう変わったか?あるいは変わらないのか?

c0060659_6581148.jpg【2008年5月27日(火)19:00~ 愛知県芸術劇場】
●ドヴォルザーク:序曲《謝肉祭》 op.92
●グリーグ:Pf協奏曲イ短調 op.16
→清水和音(Pf)
●ドヴォルザーク:交響曲第8番ト長調 op.88
  ○アンコール バッハ/ストコフスキー:アリア
⇒下野竜也/読売日本交響楽団


プログラムもチラシも…どうなのよ…って感じですが、お懐かしやの読響のためであれば駆けつけます。
でも客席を観察すると、読売新聞からの「聴衆」が非常に多く入っているらしい上に、企画自体が某大手警備会社の冠をかぶってるため、果たして正規料金を払って入場したのはどれくらいいるのかなあという感じ。マナーはここ最近出かけた演奏会の中でも随一の酷さで…飴ちゃんおしゃべり咳くしゃみ、指揮マネ着メロフライング拍手。

で。読響の音は一層ブリリアントに、そして一層重くなったような印象を受けました。
悪い言い方をすれば、箍が外れて放恣な方向に向かっているような気もする。これであの細かいスクロヴァチェフスキとぶつかってるんですから、予想がつきません。
しかし同時に、マエストロ下野と物凄くいい関係を築いているらしいことも伝わってくるんです。1曲目の《謝肉祭》みたいに派手派手な作品であっても、彼の指揮棒にまめまめしく反応して丁寧な造形を(一応)心がけているあの様子、、聴いててちょっと妬けてくるくらい。このコンビをフツーに聴ける東京の人々が羨ましいなー。

グリーグは寝落ち。

ドヴォ8は、(恐らく最後に生で聴いた)フェドセーエフ/東フィルの呪縛から逃れられずにいたんだけれども、当夜のまったく地に足の着いた演奏には感心しました。
まず、下野さんって結構「効果的」すれすれな演出を施すなあという印象があって。今回のドヴォ8でも第1楽章でベッタベタに歌ったり、第4楽章の「コガネムシ」を仰々しく飾ったりする。しかし、それなのに脂っこくないのがこの人の音楽の面白いところで、ギラギラはお手の物である読響を操りながらも、最終的にはほっこりした丁寧な響きを届けてくれるんですね。

グラデーションの文目が微細にコントロールされたり、弱音で歌うことがちゃんと要求されたりした結果、全曲を通じて最も強く印象に残るのが第4楽章の穏やかな再現部なんです。後ろに爆発的なコーダが控えているのに(事実シモーノは大いに煽っていたけど)、あの長閑な抒情を低い姿勢からじっくりと造形するセンスに惚れました。

ノーラン得意の「わりと気ままなソロ」も久しぶりに聴けたし、満足満足。
by Sonnenfleck | 2008-05-29 06:59 | 演奏会聴き語り
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