セントラル愛知交響楽団 第93回定演

ちょっと遅くなりましたが、先週末に出かけたCASOの定期。

c0060659_623066.jpg【2008年7月18日(金)18:45~ 愛知県芸術劇場】
●ロッシーニ:《セミラーミデ》序曲
●ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 op.43
  ○アンコール 同:《楽興の詩》 op.16~第1番変ロ短調
→小菅優(Pf)
●同:交響曲第2番ホ短調 op.27
⇒小松長生/セントラル愛知交響楽団


出かけたのに感想文を書かなかった演奏会ってのが実はいくつかあってです。昨年初めて聴いたセントラル愛知響の定期(07年1月)もそうで、まあいろいろ思うところがあったんだけど、ここでは詳述しません。
気鋭の親方を迎えて華々しく独自路線を突っ走る名フィルに対し、その陰に隠れた格好のこのオケは、今やちょっと微妙な立場に置かれていると思っていました。少なくともプログラミングで見るとN響も真っ青な保守本格派なわけで、彼ら自身はそれをどう感じているのか、演奏から示してくれるのだろうかと思っていたところではあったのです。今回も、

「まなつびに なべやきうどん おいしいな」(お~いお茶新俳句大賞 小学生の部)

みたいなプログラムで、完全に当方の範疇外ながら、しかしこの定期は素晴らしかったと自信を持って言えます。特にメインの交響曲第2番に関しては、この作品に対する姿勢を改めなければならないなと思わせる出来でした。こっちの方を先に書きましょうか。

つまり、去年名フィルで聴いたときからの疑問がするすると解明されたのでした。確かに込み入ったテクスチュアで、この感想文でもどこがどのようによかったと書くのは難しいんだけど、ちゃんとした理念を持って序列付けすれば視界は開ける作品なんだということは十分に理解された。プログラムによるとラフマの2番は音楽監督・小松長生の勝負曲らしく、起伏の豊かさや彫りの深さはフライシャー+名フィルの比ではない。彼の内部で作品がよく咀嚼されたうえそれを実現しようとオケが積極的に立ち回り、結果として「オシゴト」だった名フィルの演奏とは異なって白熱した展開に。
セントラル愛知響がトゥッティとして纏まったときのテクニカルなレベルは、確かに名フィルから多少の溝を開けられているように思います。でも虚心坦懐に聴くと、この日は名フィルに引けをとらないどころか、たとえ東京に行っても満杯のサントリーホールを熱狂させるだけの威力を持ったパフォーマンスだったんじゃないかな。それに小松氏特有の濃~い味つけを積極的に汲み取ろうとする彼らの姿勢、よく伝わって来るんです。白けてないっていうか。

さて各方面で絶賛の声を目にするピアニスト、小菅優ですが、ううむ…凄い…。
ラフマニノフの、アンコールで弾かれた《楽興の詩》第1番がとにかく絶品でした。彼女は子音の力強さと威力とをよく心得ていて、抒情に苦々しい縁取りを施す。彼女の演奏なら《楽興の詩》の全曲を聴いてみたい。
しかしパガニーニの主題による狂詩曲、こちらはオケとの齟齬が目立って残念な結果になりました。どちらが悪いというのではなく、たまたま両者の音楽性が相容れないものであったためでしょう。ピアニストは曲線を描いて目的地までひとっ飛び、かたや指揮者とオケは直線で一画一画を疎かにしない。どちらもそれはそれでアリですから、あー平行線を辿ったなという感じ。両者は拍手を浴びてがっちり握手を交わしていましたが…。

で、小松氏の一画一画を疎かにしない、剛直なスタイルがよく窺われたのが、最初の《セミラーミデ》序曲だったわけです。相撲取りが遠くからどすどすと行進してくるようなロッシーニ・クレッシェンド、こういうスタイルは初めて聴きましたねえ。
ああそういえば今は名古屋場所期間中であったことだ。
by Sonnenfleck | 2008-07-23 06:05 | 演奏会聴き語り
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