名古屋フィル 第13回市民会館名曲シリーズ

【2008年8月31日(日)16:00~ 中京大学文化市民会館】
●ドビュッシー:《夜想曲》
→近藤惠子/岡崎混声合唱団
●ショスタコーヴィチ:Vn協奏曲第1番イ短調 op.77
  ○アンコール バッハ:無伴奏Vnパルティータ第2番イ短調 BWV1004~〈サラバンド〉
→バイバ・スクリデ(Vn)
●ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調 op.67
  ○アンコール ドビュッシー/ビュッセル:《小組曲》~〈行列〉
⇒ティエリー・フィッシャー/名古屋フィルハーモニー交響楽団


7月の常任指揮者就任披露公演が聴けなかったので、親方さんの指揮ぶりにライヴで接するのは2006年9月以来。…今日もやってくれた。やっぱこの人面白い!

順番に行きますね。まずドビュッシーの《夜想曲》
フィッシャーが指揮台に立つと、名フィルは音が変わりますね。これはブリテンをやったときだけのサムシングスペシャルではなかった。かなり速めのテンポで、冷たく輝くようなテクスチュアが次々と並べられていく〈雲〉。冒頭のVn隊が炸裂して、リズムによる切り込みが完璧に決まった〈祭〉は本当に気持ちよかった。
(それだけに行進曲における金管の発音の遅れ、後ろにもたれかかるような負のリズム感はいただけない。わが街のオケの金管、特にTpには前々から不満があるけど、音色だけじゃなく拍節感もとなると…。)
インテンポでクールにまとめた前二曲とは対照的にもったりと緩めた〈シレーヌ〉は、テクスチュアの編み目を手で揉みほぐしていくような、分解・分散型の気持ちよさがありました。岡崎の皆さんは発音やアタックにやや硬さがあったけど、音程や分解能に関しては十二分。

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さてさて、次はショスタコーヴィチのVn協奏曲第1番。「夜想曲」つながりダネ。
いやーこれは。
久しぶりに深く満足のいくショスタコーヴィチを聴いたなあ...という感じ。
このヴァイオリニスト、どっかで聴いたよなあと思ってたら、2年前の9月にモーツァルトを聴いてました第1楽章における彼女の歌い崩しはあのときの比ではないくらい妖艶で、音程を犠牲にするくらいトロトロに熟している。ついさっき遠くへ去っていったシレーヌがカテリーナ・イズマイロヴァとして舞い戻ったかのようです。
彼女を支える、重々しくも澄み渡った(わかるでしょうか?)オケの音色は、これはフィッシャー薫陶の賜物でしょう。この指揮者の音色のセンスはなかなかに凄いのだ。。

第2楽章中間部は嵐のようなテンポによる強烈なギャロップ!まさかこのスピードで突っ込むとは思わなかったというのが本音だけど(ちょっとドキドキした)、確かにあれはショスタコの真髄のひとつだ。意味ありげに遅いショスタコは、「意味ありげ」という不遜な印象でスコアを玩んでいるにすぎないと僕は思うんです。
ここではフィッシャーの「ショスタコビリティ」の高さが、そしてそれに食らいつく名フィルのポテンシャルが、第12交響曲のときに引き続いて披瀝された格好。ただしソロはあれほどに粗さを演出する必要があったのかな?
でも第3楽章ではスクリデの才能に驚かされることになります。
あのパッサカリアはどんな演奏でもある程度は感動してしまうんだけど、今回は彼女の妖艶な歌い回しと、他者を必要としないような完結した響きに絡め取られた感じです。オケはフィッシャーによってとことん抑制されて軋むような音しか出せずに、そこから続く孤独なカデンツァをいっそう引き立てる。
一方で第4楽章はいかにも協奏交響曲らしく、各パート、特に木管がやかましいくらい囀り立てて愉快(FgやFlの扱いはちょっとクセがあって面白かった)。

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今回の第5交響曲、巨大な編成はショスタコーヴィチのまま。フィッシャー親方の古典派は聴いたことがないし、どうなるのかまったく想像がつかなかった。まさかの巨匠風?
ところがいざ蓋を開けてみると、そこにはアーティキュレーションに超こだわった不自然派ベートーヴェンがでろでろでろ~っと横たわっていたんですな。うはー。
弦を見ていると(弦しか見えなかったけど)左手によるヴィブラート、それから漫然としたメゾフォルテがかなり抑制された代わりに、ボウイングに凄まじい量の指示が飛んでいたんではないかなあと思われる。引っ掛けたり突っついたり撫でたり、あちこちがコミカルでシニカル、古式ゆかしい「運命交響楽」を期待していた人は金ダライ級の衝撃ではなかったか。

どこがどうだったか伝えるのは至難の業ですが、たとえば第1楽章冒頭のフェルマータはほとんど無視されていたし、第2楽章はいかにも軽々しいディヴェルティメント、抑制されて不機嫌な第3楽章、そして第4楽章の発音はけっしてストレートな輝かしさではなく、基本的にゴリゴリとした跳ね上げによって統一されようとしていました。この「不自然さ」…何に似ているかといったら…こりゃアーノンクールだわ。アーノンクールのベートーヴェンだわ。うん。


うまく説明できないので、アーノンクール/ヨーロッパ室内管のライヴを貼っておきます。フィッシャーの造形はこれに驚くほどよく似ていました。フィッシャーのプロフィール欄にある「アーノンクールにスコアを学び、強い影響を受ける」っていうのは、修辞的な文句でもなければ誇張表現でもない。この耳で聴いてきた。

名フィルはヨーロッパ室内管ではないから、あの人数であの方法を試すのは、フィッシャー親方にとっても実験の意味が強かったんじゃないかしら。アインザッツが揃わないことについて怒りをぶつけるのは、今回に関してはお門違いだと思う(首席たちがフィッシャーの意を汲んでいつもと違うアーティキュレーションを実行していたのを、僕は見ました)。僕は日本のオケから思惟による「不自然」の響きが立ち昇るとは思ってなかったし、それがよりによってわが街のオケからだとはもっと思っていなかったのですよ。
(ところが、いつも拝見している在名古屋ブロガーの皆さんの評価が総じて低めだったので、自分はいまモーレツに自信を無くしています。)

親方の「横一閃!」がカッコよいね。ダフニスも行きますよ。
by Sonnenfleck | 2008-09-02 06:27 | 演奏会聴き語り
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