2007年 05月 15日 ( 1 )

あのような裂け目ではなく、快楽を。

c0060659_6253066.jpgお待ちかね、ヤーコプス/フライブルク・バロック・オーケストラの新譜。今度は《プラハ》《ジュピター》ということで、これはもう期待せずにいられようかという。先日幸運にも中古価格で入手することができたので、さっそく聴いてみましたよ。

まず《プラハ》の序奏、Tpの咆哮に応える弦のフレーズに奇妙なスラーが付いてて実に浅薄、楽しすぎます。何が精神性だ。何が崇高だ。さあ、音楽が始まる―。
仔犬が遊んでほしくてうずうずしながら走ってくるように、愛嬌を振りまいて転げまわる第1主題。サクサクとして後ろを振り向かないリズムがまったく快感です。推移部に向かってFl・Ob・Hrがふんわりと交錯しながら浮かび上がり、Fgがバターのように憂鬱な第2主題へ。
展開部ではVcとKbにスポットライトが当たって、次々に繰り出されるエピソード群を枠にはめ込んできりりと引き締めます。再現部は豊かに破裂して、それがコーダ目掛けて螺旋を描きながら再び収束していく様子は…第一級の音響芸術ではないですか。。

第41番は、史上初の「Gが体感できるジュピター」ではないかと思います。
第1楽章の冒頭からしてすでに、「巨大さを眺めて楽しむこと」は真っ先に表現すべき価値ではなく、伸縮しながら機敏に運行する運動体に乗って楽しむ感じが優先されます。全身の血液が音によって引っ張られるような。。第2主題以降は、盛大な減速が行なわれてワルター/VPOみたいにレトロなテンポになったのち、滑らかにギアチェンジを行なって急加速するという仕掛けがあちこちに現れます。素晴らしい。
反対に各方面レガートの応酬が美しいのは第2楽章。艶やかな響きのFBO高性能弦楽が生きてますねえ。展開部のロマンティックな歌い口など―何度も繰り返しますが―ここに至ると古楽/モダンの弁別などどうでもいいのです。
第3楽章になると再び重力加速度が生まれるのですが、起伏は第1楽章よりさらに洗練されて、慣性を無視しない自然な流れに感動を覚えるくらい。
しかし面白いことに、フィナーレのジュピター音型が突然、ベームのような偉大さを取り戻します。守旧派への配慮か…と思いきや、その組成の色彩感たるや並でなく、コリント式の大柱に近寄って上を見上げたら柱頭のアカンサス模様がとんでもない解像度、みたいな感じ。コーダ直前の繊細なテクスチュアを聴いてみてください。。

ところでミンコフスキと聴き比べてみると、フライブルクとルーヴルの明確な違いに気づきます。あちこちが奔放に育って豪快なルーヴル(弦の急激な上行音型なんかまさにラモー)と、極限まで彫り込まれてトゥッティの柔らかい繊維質まで覗くフライブルクと。
いずれにせよ、ヤーコプスとFBOがここでやっている快楽主義的なスタンスを、僕は遠ざけることができません。…何しろ気持ちがいいのです。
by Sonnenfleck | 2007-05-15 06:27 | パンケーキ(18)