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カテゴリ:日記( 357 )

造園11周年/錠を開けよう、窓を開けよう。

前回更新は2015年9月だったから、9ヶ月も放っておいてしまった。
放っておいても残っている秘密の花園が、しかしやっぱり自分には必要なんである。毎日丹念に手入れしていたころを懐かしみ、そのまま錠前を掛けたままにするのは実に甘美な行為だが、それではクレイヴン伯父さんと同じだ。自分だけの場所だから、自分がときどき錠を開けに戻らなくっちゃ。ね。

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このブログを始めた日、フェニーチェ歌劇場の名シェフとして将来を嘱望されていたマルチェロ・ヴィオッティが、リハーサル中に脳卒中で倒れ、そのまま天に召されるという出来事があった。
11年後のいま、僕はロレンツォ・ヴィオッティの名前を東響名曲シリーズのプログラムのなかに見つける。1990年にマルチェロの息子として生を受けた男の子が、今年の9月に東響を振るために来日するんだ。
東京オペラシティシリーズ 第93回
2016年09月03日(土)14:00 開演
ベートーヴェン:交響曲 第4番 変ロ長調 作品60
R.シュトラウス:歌劇「ばらの騎士」組曲
ラヴェル:ラ・ヴァルス

2014年にウルバンスキの代役として共演し絶賛されたヴィオッティ。今回はオペラ指揮者の父(故マルチェロ・ヴィオッティ)とフランス人の母の元に生まれ、ウィーンで学んだという彼の人生そのもののプログラムで再登場。東響HPより
父親と同じ道を選んだロレンツォ君は指揮者コンクールで結果を重ね、やがて檜舞台に立った。ウィーンのはっぱさんがつい2週間ほど前のウィーン響客演を大絶賛されているので、可能なら聴きに行ってみたいな。
by Sonnenfleck | 2016-06-12 22:30 | 日記

造園10周年/近況報告

前回の更新からずいぶん間が空いてしまったけれど、名古屋で変わらず元気に暮らしています。
東京圏の藝術シーンの最先端を追うことをやめてしまうと、気持ちはずいぶん楽になった。気が向いたときに奥さんの了解をもらって名フィルの定期演奏会に足を運び、たまに愛知県美術館でゆっくりしていると、20代のころとは違うスピードで時間が流れ始めているような気がする。しかし時間はごっごごご…と音を立てて動いている。

10年前の今日、就職活動に臨む大学3年生の僕は、友人Nの勧めに従ってブログを書き始めた。あれから10年、30代になってもこの営みを続けているとは思っていなかったが、そもそもあのころは10年先を思い浮かべるような時間の定規を持っていなかったのだった。いま、定規の種類は増えたが、使いこなせているか?

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10年前の明日、フランス・ブリュッヘンが初めて日本のオーケストラに客演する。プログラムはこうだ。

【2005年2月18日(金)19:15〜 第381回定期演奏会/すみだトリフォニーホール】
●ラモー:歌劇《ナイス》から序曲、シャコンヌ
●モーツァルト:交響曲第31番ニ長調《パリ》K297
●シューマン:交響曲第2番ハ長調 op. 61


フランス・ブリュッヘンはこの9年後、2014年の8月に天に召された。時間は動いている。僕も動いている。当分立ち止まることはなさそうだ。


by Sonnenfleck | 2015-02-17 22:44 | 日記

いくつかのご報告とこのブログの今後について

4月に隣家の柿の木が切り倒されてからというもの、僕の身辺にはじつに多くのことが起こった。柿の木はその大きな枝ぶりによって、まるで僕の人生が先に進むのを食い止めてくれていたようだったが、そのありさまは最後まで象徴的だったと言える。そうして時間は堰き止められずに進んでゆくことになった。

◆1 引っ越しました
柿の木が伐られた翌週、上司は僕を会議室に呼んで異動を命じた。二度目の名古屋であった。
半月の間、慌ててさまざまの支度をし、本を売りCDを段ボール箱に詰め、東京の寓居を引き払うことになった。この住まいは大震災を経験した場所でもあったし、何よりも20代の楽しい時間をひとりで過ごした場所でもあった。地震で落ちたテレビが作った床の凹みを見下ろしながら、まことに思い出は尽きない。この狭い部屋が僕の庭であった。

そしていま、僕は名古屋のマンションの一室からこのブログを書いている。前の名古屋の家は静かな住宅地のなかにあったが、今度の家は繁華街の外れにあって、たまに酔っぱらいの楽しそうな声が聞こえる。窓の外を眺めても柿の木はないけれど時間が流れているのがよく見える。そういうことだ。

◆2 結婚しました
人生はわからぬもので、この転勤を機にえいやっと結婚してしまいました。勢いよく時間の流れに漕ぎ出すことも大切ですね。
このブログを始めたのは僕が大学3年生、21歳のころだったのだけど、自分が結婚するまでこの場所をちゃんと守ることになろうとは、当時は考えなかったなあ。

◆3 このブログの今後について
時間は流れる。
ますます仕事に忙殺され、細切れの藝術体験(それは、しかしそれでも感性を刺激するのだが)と、Twitterの小さな文章に満足する9年後の僕は、それでもこのブログをやめません。定期的な更新が途絶えてもはや久しく、初めて訪れるユニークユーザがここを廃墟のようだと感じたとしても、ここは僕の庭であり続けます。いまでは僕の庭に根を張った柿の木が、風をはらんでさわさわと揺れています。

ときどき思い出したように更新するかもしれません。でもそれは誰かのためではなく、僕のためです。

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by Sonnenfleck | 2014-07-10 20:49 | 日記

さらば柿の木

このブログで何度か書いてきた、隣家の庭の巨大な柿の木が、この木の芽時に切り倒されてしまった。
樹高は僕の部屋のある2階の高さをゆうに超え、3階の高さと同等かそれ以上に見えていた。「柿8年」のことを思えば、あの樹高に達するまで10年や20年ではきかないのではないかと考える。夏には照り返す緑色で僕の部屋のなかを染め、秋にはたくさんの鳥が舞い降りては実をついばみ、冬にも堂々とした枝ぶりを寒空に示していた。そして春にはまた、新しい葉をつけようとしていた。

2009年4月30日 美しい4月に。
2009年11月1日 柿の午後
2009年10月18日 暮色蒼然
2012年11月10日 柿の晝

隣家の敷地には、古いアトリエのような建物と、柿の木を中心にした活力に満ちた庭が含まれていた。いまはすっかり更地なのだ。小さな一戸建てが2軒建つのだろう。そして庭のことを知らない、罪のない一家が引っ越してくるのだろう。一家には犬がいるかもしれない。犬は柿の木があった気配を感じるかもしれない。

さらば柿の木!
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by Sonnenfleck | 2014-04-12 10:22 | 日記

NHK、ザ八・八ディド氏設計による新NHKホール建設へ

NHK、ザ八・八ディド氏設計による新NHKホール建設へ(asali.com/4月1日)

NHK経営委員のミリオン尚樹氏による「(現NHKホールは)音楽ホールのくず」発言が物議を醸す中、NHKが新しい音楽用ホールの建設を検討していることが明らかになった。

消息筋によると、2月末頃、NHKのモミーヌ勝人会長と東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の森元気楼会長が都内の料亭で会食した際、森元会長から「せっかく決めた新国立競技場のデザインがお蔵入りになりそうだ、何とかならないか」とモミーヌ会長へ露骨な打診があったという。
2015年秋季頃に建て替え着工、2019年竣工を目指す新国立競技場は、イギリスの建築家、ザ八・八ディド氏のデザインを採用することで決定した。ところが、専門家から「高い」「カブトガニだ」「雪で屋根が落ちる」などと批判の声が上がり、政府はデザインや規模の見直しなどの検討に入っている。

一方、1973年に運用が開始された現NHKホールは施設の老朽化が進んでおり、また世界最大規模の歌の祭典である紅白歌合戦の会場に相応しくない、自販機の飲み物の種類を増やして、などの指摘が相次いでいる。NHKはNHKホールを含む東京・渋谷の放送センターの建て替えを検討しており、森元会長の鶴の一声が、モミーヌ会長の思惑と一致した格好だ。

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NHK高官によれば、ザ八・八ディド氏の設計を流用した新NHKホールの総工費は3000億円、8万人が収容可能で、開閉式ドームを持つという。
そのため「事実上の新国立競技場だ」との声も上がる中、モミーヌ会長は「NHK交響楽団に所属する職員数を1000人規模に拡大する」「世界一のコンサートホールにしたいと政府が言っているのに我々が違うよと言うわけにはいかない」などと呟いているという。

モミーヌ会長はさらに、「(ダメだったときの)取り壊し許可証を取っている」「一般社会ではよくあること」と発言したとの情報もあり、今後物議を醸しそうだ。

by Sonnenfleck | 2014-04-01 01:04 | 日記

さようならマエストロ・クラウディオ・アバド

Claudio Abbado dies aged 80(The Guardian, 2014.1.20)
Claudio Abbado, an Italian Conductor With a Global Reach, Is Dead at 80(The New York Times, 2014.1.20)
Claudio Abbado ist tot(Die Zeit, 2014.1.20)
Le chef d'orchestre Claudio Abbado est mort(Le Monde, 2014.1.20)
世界的指揮者のアバド氏死去(NHK, 2014.1.20)

ある音楽家の死について、いつもであれば僕はわりとすぐに平気になってしまうのだが、今回だけはだめである。この指揮者のことをどれだけ好んでいたのか、彼が永遠にいなくなって初めて理解したのだ。もう遅い。

僕がアバドを「本当に」認知したのはそんなに昔のことではない。クラシック好き後発組としてBPO治世の最後のほうをFMで聴いていたころ、アバドは遠い世界で活躍するスター指揮者のひとりであり、特段、大切な指揮者とは感じていなかった。
その認識が根底から覆されたのは、彼がBPOのシェフを辞めて自由な活動を開始してからのこと。2006年5月にマーラー室内管とライヴ録音した《魔笛》のディスクを聴いてから、アバドは僕のスターになった。

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1月20日の夜、残業を切り上げて帰宅する地下鉄の車内で、友人から届いた知らせが第一報。Twitterにあふれていく追悼の言葉。帰宅してすぐに僕は、あの魔笛を聴くことにした。この夜に聴くのはこの演奏以外であってはいけない。

アバドが彼の晩年に集中的に取り上げたモーツァルトは、どれも素晴らしかった。生のスコアが彼のなかを通ることで昇華されて、すべての音符は羽が生えているみたいに素早く、あっという間に飛び去るように価値づけられた。この陰翳と軽さはピリオド由来なのかもしれないし、そうでないかもしれない。いま、指揮者の死を知った僕の耳を通過して、アバドの魔笛はどこかに飛んでいこうとしていた。0時を回って、太陽の教団が勝利を収める。

いまの気分では、書きたい思いが全然まとまらない。
アバドの音楽をどのように考えているか、2013年7月のエントリ「天上謫仙人、またはアバドに関する小さなメモ」へもう一度リンクを張っておこうと思う。言い訳のようにして。オーケストラ・モーツァルトとのシューマン全集の完結を僕たちの想像力に委ねて、マエストロは遠いところへ行ってしまった。

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R.I.P.

by Sonnenfleck | 2014-01-26 11:33 | 日記

頌春(と、ブログに対する思い)

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あけましておめでとうございます。

旧年中はこれまでにないほどブログの運営から遠ざかってしまい、もうそれほど多くはないであろう、でもとても大切な読者の皆さんには平身低頭、お詫び申し上げるほかありません。日々のつれづれに、Twitterに短い文章を書いて気を紛らわせることも多いのですが、この年頭に声を大にして申し上げたいのは、このブログを閉じるつもりはないということです。自分の本拠地はここです。

かつて大勢いたクラシック音楽系ブロガー仲間の多くがTwitterに移住して、そのまま戻ってこなくなったのは無理からぬことと思います。僕も実際に使ってみて、あの楽ちんさを理解しました。あれを覚えるともうブログを書く気にはならないかもしれない。
しかし(ふたつ前のエントリでも書きましたが)すべての事象、またそれに対するすべての思いが140字ずつの房でまとまっているわけはないんですよ。ところが、Twitterに首までどっぷり浸かることで、その房に収まるように自分の思いや記述方法がだんだん矯正されていくのを僕は感じています。それではまったくよろしくない。自分で自分に用意する原稿用紙は無限の白紙でないといけなくて、それだけが、またそれこそが「ブログ」の有している圧倒的な価値です。

従来のようなたくさんの投稿は今年も難しいはずです。でもしぶとく続けていきます。この場所でね。
by Sonnenfleck | 2014-01-04 11:07 | 日記

「ブラボー」私たちが許可します―歌舞伎の大向こう、クラシック音楽進出へ

「ブラボー」私たちが許可します―歌舞伎の大向こう、クラシック音楽進出へ(asali.com/4月1日)

「成田屋!」「音羽屋!」「三代目!」―歌舞伎の掛け声で知られる大向こう組織が、クラシック音楽への進出を検討していることが明らかになった。

大向こうとは、歌舞伎の公演中に特徴的な掛け声を発することに特化した自主運営組織。現在、劇場公認としては東京だけで3団体、大阪には1団体が活動を行なっており、「大向こうを唸らせる」という表現のもととなった半玄人集団だ。
掛け声を発するのに大向こう組織に属する義務はないが、歌舞伎では下手な掛け声は不粋であり、大向こうが取り仕切る掛け声は歌舞伎の上演に不可欠な要素として知られる。

今回、大向こう組織がクラシック音楽への進出を検討している背景には、クラシック音楽の演奏会やオペラでの、無節操なブラボーの氾濫やフライング拍手の横行があると見られ、それらを円満に根絶したい音楽事務所やホールの関与を指摘する声も上がっている。

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ある大向こう組織は、取材に対し「なんでぇありゃあ。タイミングも考えずに叫びやがって篦棒め。あんなんじゃあ粋のいの字もありゃしねぇ。俺たちが変えてやらぁ」と息巻く。

しかしすでに同様の活動を行なっているNPO法人「トウキョウ・ブラボー・サービス」や「オオサカ・ブラボー・サービス」は、「木戸御免(=入場無料)が目当てなのでは」「笑里たんに『二代目!』とか叫んだら怒るよwwwコポォ」などと話しており、早くも新旧組織間での抗争勃発が危ぶまれている。

劇場での示威行為に詳しい専門家は、取材に対し「○シュケ○ージさんが指揮者で登場したらみんなで『待ってました!』って言おうぜ」と話す。伝統と格式のクラシック音楽の現場も時代とともに変化しそうだ。

by Sonnenfleck | 2013-04-01 06:01 | 日記

頌春

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あけましておめでとうございます。実家から戻ってまいりました。
今年はとにかく「感想文を書き残さない」という基本に立ち返って、地道に書いていこうと思います。スダーンの大地の歌も、ゲルギエフの幻想交響曲も、オピッツのシューベルトも、これから思い出して、、ちゃんと。。

読初や読まねばならぬものばかり(久保田万太郎)

お正月の俳句は情景を描写したものばかりで、しかもその情景は詠み手が思うよりはるかに詠み手の家の風習や地域に帰属するために、案外ピンと来なかったりします。でもこの句は、実際的で、理性的で、前向きで、今年の気分にぴったり。聴かねば、観ねば、感じねばならぬものばかりです。

2月にはブログ開設8年目に突入します。今年もよろしくお願いいたします。
by Sonnenfleck | 2013-01-05 09:42 | 日記

帰省中博物館/良いお年を

実家に帰ってきた。外は吹雪である。

実家の自室には、学生のころに読んでいた本をまとめて送りつけているので、その本箱を開けるとしばし、学生生活を思い起こす。森茉莉の重いフィクションとか、安部公房の厳しい短編とか、堀口大學訳詩集とか、今では手に取るとは思えない作品も多いけれど、それぞれの巻末に書き込んだ購入日と読了日の日付を眺めては、不思議な感慨にふける。

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今年は7月7日にTwitter界隈に飛び込んで、遅まきながらあの仕組みの便利さに気づかされた一年だった。Twitterを通じて、このブログを読んでいただいてきた方の何人かとお会いできたのは、思いもよらない幸せだったと言える。

またそれは、同時に、このブログを大事に思う気持ちの強い燃料ともなった。Twitterは(機動的で実行力のある策をたくさん打ち出せるにせよ)やっぱりこのブログの出先機関であって、長くてまとまりのない文章をいくら書き連ねても誰も怒らず、僕以外の誰も僕の文章を押し流さない、孤独な本丸が、僕には必要なんである。

出先機関にできることは向こうに分権したので、本丸の更新が少なくなったように見えるけれど、実はここの大切さがますます骨身にしみてきている。カフカが描いた陰気な小動物みたいに、終わりのない巣穴のメンテナンスを、来年も続けていきたいと思っている。

皆さま、今年一年、まことにありがとうございました。
来年も良い年になりますように!
by Sonnenfleck | 2012-12-31 16:30 | 日記