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[不定期連載・能楽堂のクラシック者]その八 宝生会主催公演~能「雷電」@宝生能楽堂(7/25)

前にも書いたことがあるが、僕が生まれて初めて生で能を見たのはいまからおよそ10年前、水道橋の宝生能楽堂で、演目は「大原御幸」だった。
いまになって思えば、これが「石橋」や「道成寺」だったら能への接近はもう少し早かったかもしれない。この宝生能楽堂を、とっても久しぶりに訪れたのだった。

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c0060659_911697.jpg【2013年7月27日(土) 16:00~ 宝生能楽堂】
<宝生会主催公演「時の花|夏」>
●狂言「雷」(和泉流)
→野村萬斎(シテ/雷)
 石田幸雄(アド/医者)
●試演能「雷電」(宝生流)
→辰巳満次郎(前シテ/菅原道真の霊|後シテ/雷神)
 宝生欣哉(ワキ/法性坊僧正)
 則久英志、大日方寛(ワキヅレ/従僧)
→松田弘之(笛)
 大倉源次郎(小鼓)
 柿原弘和(大鼓)
 小寺真佐人(太鼓)
●特別対談:湯島天満宮宮司・押見守康 × 宝生流二十世宗家・宝生和英


宝生能楽堂の場所はよく覚えていたけれど、中に入ってからエレベータで上階にあがった記憶が捏造されていた。入り口と同じフロアにあるじゃん。ロビーは自然光が差し込んで明るい。堂内は照明がミニマル。

この日はもともと中正面だったのですが、隣にもの凄い貧乏ゆすらーがいて地震のように椅子を揺らすので、諦めて休憩中に差額を払って正面席へ。。能の見所にも困ったちゃんは出没するのだな。。
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狂言「雷」は、武蔵野を歩いていた藪医者の目の前にカミナリさまが墜落、腰をしたたかに打ち付けたカミナリさまを藪医者が鍼で治療するという、ドリフのコントみたいなお話。
萬斎さんはカミナリさまなので面を装着して登場。マスクつきの狂言を見るのはこれが初めてですが、能に接近しつつ一線は絶対に越えないバランス感覚が面白い。ちなみに地謡もいらして最後のカミナリダンスを伴奏する(アーティキュレーションは狂言スタイル!)

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で、能「雷電」です。
宝生流の「雷電」は2年前に復曲された演目。宝生流の大パトロンであった加賀の前田家が菅原道真の子孫を称していたことから、宝生流では前田家に気を遣って「来殿」として上演してきた。「来殿」では菅公は僧正に調伏されず、最後に菅公が朝廷への寿ぎの舞いを舞って終わるみたいで、ずいぶん違うすなあ。
ちなみにアフタートークでご宗家が話してらしたんですが、2年前の「雷電」復曲後に、宗家の文庫のなかから「来殿」になる前の旧「雷電」振り付けノートが見つかり、それを元にして微妙に演出を変えたとか。第2稿の初演だったというわけですね。

◆1 菅公の亡霊と雷神
比叡山の座主・法性坊僧正が祈祷しているところへ、謎の訪問者が現れてほとほとと扉を叩く。不審に思った僧正が確かめると、そこに立っていたのは先日死んだはずの菅原道真であった。

菅公は「これから内裏に行き、仇をなした人物たちを殺すが、僧正は必ず私を調伏するために呼ばれるだろう。だがその勅命には応じないでほしい」と話す。
しかし僧正は、王土にいる以上は勅命には抗し得ないと応じたので、怒った菅公は柘榴を口に含んで戸口に吐き捨てる。すると柘榴は炎に変じて燃え上がるが、僧正は印を結んで水を放射。かつての仲睦まじい師弟は悲しく決裂してしまう。

後場では、内裏を模した畳の作り物が運ばれて来、このうえで雷神と化した菅公と僧正が壮絶なバトルを展開する。雷神は紫宸殿や清涼殿を跳躍し電撃を飛ばすが、僧正は数珠をさらさらと打ち鳴らし、やがて法力で雷神を調伏する。

◆2 ドラマトゥルギー
この作品でシェイクスピアみたいな感覚を受信したのが、自分的にはすごく面白かったのだった。
後半の大スペクタクルのさなか、地謡が「僧正いるところ雷落ちず、、」って謡うんだけど、前半、道真公の亡霊が「勅命には応じないでほしい」っていうやり取りがあったからこそ、菅公の内心に残る人間らしい葛藤(師に対する思慕や感謝の念)をここに入れ込めるようにもつくってあるのよ。この内心の分裂。いいよね。。

内裏に雷がバリバリ落ちる、道真公 vs 僧正のスペクタクルはもちろんサイコーに格好いい。しかしその奥に通底しているのは、かつて親のように教えを受けた師である僧正に対して菅公が抱く静かな感情。しっとりしたドラマであった。

◆3 クラ者の雑感
最後の雷撃シーンはまるでリヒャルト・シュトラウスの大管弦楽のような膨満感があって素敵でした。笛・小鼓・大鼓・太鼓だけで、あのド迫力。
by Sonnenfleck | 2013-09-28 09:03 | 演奏会聴き語り

メッツマッハー/新日フィル 第515回定期演奏会|Conductor in Residence 就任披露@サントリー(9/14)

c0060659_10303459.jpg【2013年9月14日(土) 14:00 サントリーホール】
●ムソルグスキー/R=コルサコフ:歌劇《ホヴァーンシチナ》~前奏曲〈モスクワ川の夜明け〉
●スクリャービン:交響曲第4番《法悦の詩》op.54
●チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調 op.64
⇒インゴ・メッツマッハー/
 新日本フィルハーモニー交響楽団


2013/14シーズンの個人的オープニングにして、ほぼ2ヶ月ぶりのフルオーケストラ。男子の朝・男子の夜・男子の昼、みたいな高2系プログラムも興味をそそる。

メッツマッハーを聴くのは1月のアルペン以来ですが、やっぱり前回と同じように、マルケヴィチやベイヌムを想起させたのだよねえ。
鮮やかに分離した声部の襞々と(鮮やかに分裂して静止していれば、それは≒ブーレーズ)、それだけではない自在に伸縮する横への流れ。こうした美質をメッツマッハーは先輩たちと同じように備えていると思うのです。

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まずチャイコフスキーから書こう。
スタッカート多用のポツポツしたアーティキュレーションで第1楽章が始まってちょっと困惑させられた聴衆は、やがてメッツマッハーの巧妙な仕掛けに気づく。
「普通の」チャイ5であれば1stVnの分厚いレガートに覆われて見えない木管隊の密やかな声部、これが弦楽器とバランスされてしっかりと浮かび上がる。メッツマッハーが頑なに指定する急速なインテンポに率いられて、それらが鮮やかに分離しながら華々しいテクスチュアを織りなす様子は、ダンスだよ。

ハーモニーの上では無理な統合で縛られないので、一本一本の声部は主張をやめないが、それらがリズムの上で統合されたとき、ペルシアの絨毯がうねるような豪奢な美が目の前に現れる(より正確に言えば「現れそうになっていた」)
つまり、メッツマッハーが最終的に目指しているものは明確なのだよね。したがって第2楽章では、もし新日フィル弦楽隊に一層の照りや艶があったとしたら、なお適切なバランスで浪漫の絨毯がホールに敷かれただろう、という瞬間がないではなかった。それは、このコンビを聴き続けていく理由は十分にあるということを意味するだろう。

第4楽章など、VaとVcの刻みがあまりにも機能的な美しさを放つのでまるでストラヴィンスキーのように聴こえる局面もあり、たいへん興味深い。
響きを器用にまとめ、どちらかと言うと腰高な音を持つ新日フィルと、上に書いたようなメッツマッハーの目指す音楽とが、別々の方角を向いているのではないのは疑いない。あとは2直線が交わるのを聴衆は待ってる。

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前半のスクリャービン。藝術の峻厳な高みに近づくために、ここで少し不適切な表現を使うのを許してください。

多くの《法悦の詩》が「ボカシあり」だとすれば、メッツマッハーの《法悦の詩》は「無修正」だったと思われる。のたくりながら絡み合う声部たちはやはり綺麗に分離していて、このよくわからない交響曲を初めて何かの描写だと納得させてくれたのだった。直接音の多い座席で聴けたのは幸運だったと思うけど。

次はメッツマッハーのベートーヴェンかハイドンを聴いてみなくちゃいけないなあと思うのでありました。
by Sonnenfleck | 2013-09-16 10:31 | 演奏会聴き語り

プラッソン/東響 東京オペラシティシリーズ第74回|海の日の海(7/15)

c0060659_9572230.jpg【2013年7月15日(月祝) 14:00~ 東京オペラシティ・コンサートホール】
<東京オペラシティシリーズ第74回>
●ドビュッシー:《牧神の午後への前奏曲》
●同:交響詩《海》~3つの交響的素描
●ショーソン:《詩曲》op.25*
●ラヴェル:《ツィガーヌ》*
●同:《ボレロ》
○同:《マ・メール・ロア》より第5曲〈妖精の園〉
→成田達輝(Vn*)
⇒ミシェル・プラッソン/東京交響楽団


初めに《牧神》のオーケストラの響きを聴いたときに、いつもの東響のプチ重厚な音色ではなくて、充実した中音域と華やいだメロディラインで構成された、まるで別のオーケストラのような印象を持ったことをまず書いておきたい。オーケストラをいろいろな指揮者で聴く醍醐味はこういうところに現れている。

それから《海》。これは自分×ドビュッシー史上に残るようなたいへんな名演であった…!
角ゴシック風のきりりとした太線で描かれた響きに、彩度の高いパリッとした色が乗っている。
これはよく言われていることだけど、フランス音楽は演奏実践がふわとろだと全然ハマらないことが多い。だからパレーやベイヌムの古い録音はいまでも明確な価値を持っているし、自分の聴神経の奥に眠っているフルネの音楽づくりだって、その価値観をしっかり体現していたように思うのだ。

プラッソンのことはこれまでそんなに気に留めたことがなかった。録音の多すぎる指揮者の例に漏れず、愚かな自分は無意識に彼のことを軽く見ていた可能性がある。しかしこの剛毅でカラフルなドビュッシー!大事に感じるマエストロがひとり増えた!

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後半はショーソンの《詩曲》にラヴェルの《ツィガーヌ》と続く。
ソロVnの成田氏は、これからもっともっと良い音楽家になるだろうと思う。力強く円やかな音色ははっきり言ってかなり好みなんだけれど、どの局面でも完全に均質なヴィブラートは、作品の陰影を失くす蛍光灯の照明のようでもあった。

ショーソンのオケパートは、しかしこれはまた素晴らしい仕上がり。
ワーグナーとフォーレの隙間に漂うのはオフホワイトのロマンティシズムである。プラッソンの指揮はそれほど精密には見えないが、曇天にも様々な表情があるように、光が射してくる時間や、黒雲が沸く時間、こうした「流れ」がホールの時間と同期していたのにはまったく驚いた。時間の流れはプラッソンの棒の先で操られていた。

ボレロ。この作品に「解釈」はありえない、と思っていた僕の考えを粉々に打ち砕いたのは、かつてFMで聴いたプレートル/SKDの演奏であった(史上もっとも猥雑なボレロ!)
プラッソンはやはりドビュッシーのときと同じ太い描線でデッサンを描き始めるが、乗っているのはもう少しくすんでエロティックな色である。歌い回しに加わったほんの少しノンシャランな味つけが、そんなイメージを喚起する。
(※ボレロがいちばん楽しいのは初めてピッコロが加わるあたりで、それはドラクエで言うとルーラを覚えるくらいに相当する。)

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そんなダンディちょいエロ系ボレロが華々しく爆発したあとのアンコールに用意されていたのは、精密の限りを尽くした〈妖精の園〉なのだった…!ここで泣かずにいられるクラシック音楽好きがいるだろうか。
ここで嗚咽しては恥ずかしいという気持ちが辛うじてブレーキを掛けてくれたが、危ないところだった。日々の仕事で鈍麻していく審美の感覚に対してさえこのような慰撫があるのだから、クラシック音楽を聴くのはますますやめられない。
by Sonnenfleck | 2013-08-03 09:57 | 演奏会聴き語り

[不定期連載・能楽堂のクラシック者]その七 蝋燭の灯りによる能「熊坂」@国立能楽堂(7/25)

c0060659_623070.jpg【2013年7月25日(木) 18:30~ 国立能楽堂】
●狂言「瓜盗人」(大藏流)
→茂山千三郎(シテ/男)
 茂山正邦(アド/畑主)

●能「熊坂」(宝生流)
→朝倉俊樹(前シテ/僧|後シテ/熊坂長範)
 宝生欣哉(ワキ/旅僧)
 茂山逸平(アイ/所ノ者)
→一噌幸弘(笛)
 鵜澤洋太郎(小鼓)
 柿原弘和(大鼓)
 金春國和(太鼓)


国立能楽堂・7月企画公演「蝋燭の灯りによる」に行ってきたのだ。時間的に狂言には間に合わなかったが、観能7回目にして初の蝋燭能であるよ。蛍光灯の下に亡霊や死霊は現れにくいのであるから。

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当日はこのように、舞台の周りにぐるりと蝋燭が灯されている。席に座っていると小さな炎は和紙の外側には露出しない。そのぶん、その影を紙に落として炎は何倍にも膨れあがる。
僕はこの公演がどうしても見たくて、発売日当日に電話をして正面席一列目真ん中を押さえていた(世が世なら御殿様が座る席ですね)。でもこの選択は失敗だったかもしれないなあと、はじめは思ったのよ。炎との物理的な距離が近いと、視界に入る周囲の闇の量が少なくなってしまうのね。

ともあれ、仕手の真ん前で身体を観察するにはもってこいの場所だ…と割り切って舞台に目を移した僕を、だんだん闇が浸食してゆく。
なんということはない。僕の目の前で、たかが23メートルのあの至近距離ですら、シテの身体性が薄まって消えてしまったのだ。闇が濃い。闇が重い。もったりと澱んだ闇があちこちを覆っている!

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◆1 盗賊と僧侶
「熊坂」のお話は次のとおり(公演パンフより一部抜粋)。
都の僧が東国へと下る途中、美濃国・青野が原にやってくる。すると一人の僧体の者が旅の僧を呼び止め、今日はあるひとの命日なので回向をしてほしいと、街道筋からはずれた古塚へと案内して供養を頼む。

僧体の者の庵室には仏の絵像も木像もなく、大薙刀や金棒などの武具が立て並べてある。旅の僧が不審に思ってたずねると、僧体の者は山賊夜盗に備えるためだと答える。やがて僧体の者は掻き消え、庵室も草むらになってしまう。

旅の僧は近在の者から、この土地で牛若丸に討たれた大盗賊・熊坂長範のことを聞き、さては最前の僧体の者は熊坂の霊であったかと思い、熊坂のために弔う。するとその夜も明け方近く、熊坂の亡霊が姿を現し、金売り吉次の一行を襲ったときのことを語る。

吉次の一行に加わっていた牛若に次々と仲間の盗賊を切り伏せられた熊坂は、最後の力を振り絞って薙刀を武器に牛若と戦うが、牛若に斬られ命運尽きたのだった。都の僧に後世の弔いを頼むと、熊坂の亡霊は松陰に消えてしまう。

◆2 面と装束と蝋燭
この「熊坂」では、長霊癋見(ちょうれいべしみ)と呼ばれる、熊坂長範が登場する能でしか用いられない独特のマスクが用意される(画像はこちら※ちょっと怖いので夜中などご注意)。
個々でも再三書いてきたが、舞台上で能面は明らかにひとの顔を志向する。ひとの顔になりたがる。蛍光灯の下ですらこのような幻視を体験するのだから、いわんや蝋燭の灯りにおいてをや…である。

斜め下から蝋燭の光に照らされた長霊癋見は、シテの朝倉氏の人格を喰い破って身体を支配し、しかし亡霊であるからその操る身体の境界を曖昧にし、ついには浮遊するかのような舞いを舞わせる。この浮遊する感覚は、現実的には朝倉氏の身体能力の高さのゆえだろうし、夢幻的には蝋燭のせいであろうと思う。
牛若との一騎打ちを再現する舞いで、シテの振り回す薙刀の切っ先は正面に座る僕のほうを捉えている。斬られる。マスクのうつろな眼窩だけが炯炯と実在する。

そして能装束である。あの蠱惑的な蝋燭光の反射、朱暗い黄金色は、装束が持っている真実のエネルギーが放出されていた証ではないかと思う。もう本当に心の底から震えるように美しいのだよ。蛍光灯の平たい光はこのエネルギーを放射させないための拘束具なのか。。

◆3 ピリオドアプローチとしての蝋燭能
それが産み落とされた時代の様式で実践するという姿勢が、古楽と蝋燭能の明確な共通項である。
ガット弦を張ることによる音色の豊かな幅と、蝋燭を灯すことによって導かれる舞いや謡いの陰翳とは、同質の「訪れ」。能における空間のキアロスクーロは、たとえばバッハやモーツァルトに不可欠なガット弦の用意やボウイングやフレージングと何ら変わらないどころか、それにも増してさらに重要な因子である可能性が高い。これがわかったのは本当に大きいです。

蝋燭のぼんやりとした灯りの下では、囃子方も地謡も、ワキですら木像のように静かで、人格を喪っている。シテが見ている幻が観衆にも逆流して、孤独な一人芝居としての能の性格を際立たせるのだよね。そういえば古楽も密室の愉楽なのであった。
by Sonnenfleck | 2013-07-29 06:23 | 演奏会聴き語り

野平一郎/オーケストラ・ニッポニカ 第23回演奏会|石井眞木へのオマージュ@紀尾井ホール(7/14)

c0060659_23272255.jpg【2013年7月14日(日) 14:30~ 紀尾井ホール】
<第23回演奏会|没後10年 石井眞木へのオマージュ>
●石井眞木:交響的協奏曲~オーケストラのための(1958、世界初演)
●陳明志:《御風飛舞》In the memory of Ishii Maki(2013、委嘱・世界初演)
●石井眞木:《ブラック・インテンションI》~1人のRec奏者のための op.27(1976)*
→鈴木俊哉(Rec*)
●伊福部昭:《交響譚詩》(1943)
●石井眞木:《アフロ・コンチェルト》op.50-ver.B(1982)**
○同:《サーティーン・ドラムス》op.66(1985)から**
→菅原淳(Perc**)
⇒野平一郎/オーケストラ・ニッポニカ


このブログ、そしてTwitterでも長くお世話になっているmamebitoさんが所属されているオーケストラ・ニッポニカ。これまでなかなか聴く機会がなかったんだけれど、今年は取り上げる作品の熱さが尋常でなかったし、ニッポニカの評価は年々上がるばかりだし、是非もなく出かけたのだった。

石井眞木という作曲家、さほど邦人作曲家に詳しくない僕がなんとなく彼のことを知ったつもりでいるのは、秋田県民のための偉大なるオラトリオ《大いなる秋田》(今すぐYouTubeで第1楽章を聴こう!)が、石井眞木の実兄・石井歓によって作曲されているから。でも眞木のほうの曲は《アフロ・コンチェルト》をどこかで聴いたことがあるくらいで、実はよく知らない(ちなみに石井兄弟の父である舞踏家・石井漠は秋田のひとで、僕の高校の先輩である)

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まず驚いたのは、発掘されてこの日が世界初演となった若書きの交響的協奏曲が、かなりの名品だということ。
聴いていて強く感じたのは、プログラムにあるバルトークからの影響より、伊福部からの影響のほう。俗謡的な易しいモティーフが積み重なっていくのは確かにバルトーク風ではあるけれど、そもそもあのノシノシ!ドコドコ!バンバン!という明快なリズムは伊福部、もうちょっと言うなら日本の古典芸能や民謡に特徴的なあの「超しっくりくるリズム」に他ならない。純邦楽風バルトーク。こういうシンプルな音楽観が土台にある作曲家だったんだ。
(※それから、いかにもショスタコーヴィチらしい「Fg→コーラングレ→Fl(たしか…)」という静かなソロの吹き渡しにクスリ。)

そして次の驚きは、オーケストラ・ニッポニカのシャープな巧さ!
アマオケを聴くときにプロオケを聴くときのようなドライな耳を使っていいのか、僕はいつも迷い、そして結局アマオケを聴くのを放棄する。でも幸いにしてすでにニッポニカはそういうレベルを脱していて、在京プロオケと同じ高さで遠慮会釈のない聴き方をしてもフツーにいける。団員の皆さんの高い技倆と熱い共感に支えられて純邦楽風バルトークがスパークするのだよ。ああ。

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団員による「ISHII!! MAKI!!」の掛け声も楽しい中華風伊福部・陳明志の委嘱作品、そして休憩を挟んで、これも驚愕だった《ブラック・インテンションI》
これは能ではないか!石井眞木の能!
昨年の11月から能を見続けてきて、自分のなかでクラシックから能への敷衍だけでなく、ついに能からクラシックへ逆流の兆候が!あな嬉し!フランス・ブリュッヘンがこの作品を初演してから30年が過ぎ、今日の僕はこれを能だと感じる。

◆序(1本ソプラノRec)
→ワキの登場。「これは僧にて候」とか言ってる。
◆破(1本ソプラノRec+1本バロックソプラノRec)
→前シテが登場しワキと対話する。次第に張り詰める空気。前シテの錯乱と絶叫、銅鑼。煙のように消える前シテ=バロックソプラノRec。
◆急(1本テナーRec)
→ワキ(ソプラノRec)は人格を喪ったのでもう登場しない。後シテ=テナーRecとして正体を現した亡霊が、フレーズ感の希薄な独白ののち、やがて急調子の早笛(ここのリズムの好みは1958年と全然変わってない)。ひとしきりの舞い、最後は地謡が受け取って静かに終焉を迎える。

鈴木俊哉さんをついにライヴで聴けたのも嬉しい。一部の無神経なお客が咳で静寂を妨害するなか、リコーダー本来の寂寥感のある音色と特殊奏法を駆使して、ほとんどの真っ当なお客たちを幽境に引き込んだ。

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伊福部昭《交響譚詩》は、この日唯一の物足りなかった時間。伊福部の比較的若いころの作品をやるには、野平センセの好みがちょっと淡泊すぎるのではないかと思ったのだった。石井作品ではコアの部分に相当する感覚が伊福部ではそのまま表に露出しているわけだから、もっと彫りを深く、恥ずかしがらないフレージングをオケに伝えてしかるべきだったのではないかしらん。。

で、大トリは石井眞木《アフロ・コンチェルト》である。
この作品は視覚的な効果が大きい。ちょっとわかりにくいけど、当日の終演後の写真を載せますと。
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打楽器協奏曲だけに、指揮台の向かって右手にドラムセット、向かって左手にマリンバとバラフォン(アフリカの民族的マリンバ→参考リンク、音も確認できます)がわらわらと並んでます。菅原さんは演奏中にここを縦横に駆け巡って各打楽器を打ち鳴らす。「奏でる」ではなく「鳴らす」がしっくりくる作品です。

この曲に使われているリズムは明快だよ!と言ってもいいと思う。「たたたた|たたたた|たんたんたん♪」というリズムモティーフが、ソロのドラムセットやマリンバ、巨大に拡張されてオーケストラへ伝播し、作品の額縁として機能している。でもそのすっきりした額縁のなかに、厖大な装飾が蠢いているのよ。この厖大な装飾の統制が演奏の難しさにつながっているんだろうなあ。

いっぽう、野平さんの乾いた感覚は、こういう音楽や冒頭の交響的協奏曲のような作品によく合致する。蠢いているのは伊福部作品のなかにいるような魑魅魍魎ではなく、石井が与えた拍子の法則によって縛られた音符たちなので、オーケストラへの指示もより明瞭なのではなかったかと思われる。

菅原さんは、ひと月前にBCJで典雅なバッハを叩いていたおじさんとは思えないような、鬼神のごとき打ち込みであった。これは文章で描写する努力を初めから放棄したい。薄いイエローの涼しげなシャツは彼の演奏をより軽やかなものに見せていたし、アンコールの《サーティーン・ドラムス》抜粋もまた、本プログラムに輪を掛けて軽やか。つまり重大なのは、あれが難しそうに聴こえないこと。

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コンサートが万雷の拍手とともにはねると、上空にも雷さまが来て驟雨と雷鳴。ホールの軒下で雨宿りする夕方の聴衆は口々に、アフロと13ドラムスが雨を呼んだと噂している。
by Sonnenfleck | 2013-07-16 23:28 | 演奏会聴き語り

[不定期連載・能楽堂のクラシック者]その六 七月観世会定期能@観世能楽堂(7/7)~はじめてのかんぜ~

c0060659_80232.jpg【2013年7月7日(日) 11:00~ 観世能楽堂】
<七月観世会定期能>
●能「景清」 松門之出 小返
→片山幽雪(シテ/悪七兵衛景清)
 坂井音隆(ツレ/人丸)
 浅見重好(トモ/人丸ノ従者)
 宝生欣哉(ワキ/里人)
→一噌仙幸(笛)
 大倉源次郎(小鼓)
 國川純(大鼓)
●狂言「太刀奪」
→大藏吉次郎(太郎冠者)
 榎本元(主)
 宮本昇(通行人)
●能「半蔀」
→関根知孝(前シテ/里女|後シテ/夕顔女)
 福王茂十郎(ワキ/僧)
 大藏教義(アイ/所ノ者)
→松田弘之(笛)
 亀井俊一(小鼓)
 柿原弘和(大鼓)
●仕舞「高砂」
→木月孚行
●仕舞「通盛」
→上田公威
●仕舞「桜川」クセ
→野村四郎
●仕舞「阿漕」
→片山九郎右衛門
●能「鵺」
→武田尚浩(前シテ/舟人|後シテ/鵺)
 則久英志(ワキ/旅僧)
 大藏千太郎(アイ/里人)
→内潟慶三(笛)
 森澤勇司(小鼓)
 亀井広忠(大鼓)
 小寺真佐人(太鼓)
●附祝言


梅雨明けの朝の渋谷を歩けば、松濤の山上に観世能楽堂あり。開店した109に雪崩込むギャルたち、パチンコ屋の入店を待つ長い行列、至近に狂乱の円山町、、これはいとも不思議のことなり。

観世流の総本山である観世能楽堂を訪ねたのはこれが初めてです。水回りを見るにつけても建物自体は結構古いようですが、内部はきれいに保たれてる。
お客さんは宝飾品をじゃらじゃら付けた威風堂々たるマダム率が(国立能楽堂に比べるとかなり)高くて、今の世のパトロンたちを垣間見る思い。彼女たちの「上品な下品」こそ、本物のお金持ちの証だろう。

この日は、というかこれが普通なんだろうけど、能三本に狂言一本、仕舞が四本というたっぷりスタイル。国立能楽堂の公演が安いのは公立ということもあるだろうが、そもそも番組が小さいからというのもあるんだろうなあ。

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◆1 ラモーまたはワーグナーとしての観世流
一曲目「景清(かげきよ)」。
これは平家の猛将・悪七兵衛景清こと伊藤景清をシテとした作品です。景清は大河清盛には出てきませんでしたが、伊藤忠清の七男。

ここではまずオーケストラによる前奏曲と、ご宗家が中に入った地謡が、いずれも荘重かつ重厚でびっくりしてしまった。2ヶ月間、自分が観能から離れていたせいだけではなくて、観世流の劇的な性格が強く観測されたと考えるのが自然のように思う。はっきりとしたキアロスクーロに、音楽的豊満さ。ものの本などに書いてある観世流の特長が徐々にわかるようになってきた。

その特長を踏まえたうえで、シテ・片山幽雪氏の、老いと悔いが滲んだレチタティーヴォが印象に残っている。手元に詞章がなくて半分くらいは聞き取れなかったのだけど、意味があるかどうかはあまり関係ないんだろうな。
かつての傲然とした武者姿の残像をこちらに放ちつつ、盲目となって手に持つ杖の震えにこもる執心。これは亡霊のなりかけとしての盲目なのだ。

◆2 ラモーとリュリのちがい
二曲目は「半蔀(はじとみ)」。
前半で若い女、後半で「源氏物語」の夕顔の亡霊が登場する複式夢幻能です。第五帖「若紫」で与謝野源氏をいったん断念した僕でも知っている(苦笑)第四帖「夕顔」の主人公が、源氏との思い出を語り舞う美しい時間。

今回の正味5時間のなかで僕がもっとも能の恐ろしさを感じたのは、実はこの作品の後半、夕顔の亡霊が、夕顔の蔓這う半蔀の奥からこちらを真っ直ぐにじっと見ていた数分なのだった(こちらに参考画像のリンクを貼りますが、ゾワッとくるので注意)。
露わになっていても人の顔と紛うことの多い能面が、蔓や花弁や瓢箪でまだらに隠れれば、それはもう明らかに人である。声も体格も普通のおじさんのはずなのに、そこにいたのは若い女の亡霊であった。舞台に風が吹き抜けて、夕顔の花が揺れる。まことに幽冥の藝術である。

オーケストラの面では、小鼓の亀井老人の、擦るような呻くような柔らかいアーティキュレーションが舞台を涼やかにしていたし、「景清」とは明らかに発声メソッドを変えた地謡もしっとりした趣があった(または、あれが地謡の「楽譜」の違いのせいなのだとしたら、わかったことが大きい)

でももしかしたら、先に述べた観世の特長は「景清」や「鵺」でこそパーフェクトに達成されるのかもしれない。曖昧に消えかかる輪郭よりも。これはリュリやシューベルトが担当すべき世界だ。

◆3 豊麗の奥に潜む何か
三曲目は「鵺」。
能の上演の最後はこういう異形が登場する五番目物によるんだよね。五番目物一曲だけで上演されるときよりも、今回のように巨大な序破急のなかで取り上げられるときの効果は無類なのだろう。スペクタクル。と、知識ではいったん理解している。

ところが、実際に見てみれば、前シテで岸辺に漕ぎ寄せてくる「異形の水夫」のほうが、後シテの鵺本体よりもよほど恐ろしかったのが興味深い。舞台に青臭い水辺のにおいが立ち込めたが、それはシテ武田尚浩氏の持つたった一本の竿のせいである。

◆4 身体のためのエチュード
実は、今回の比較的暗く静かな番組のなかで、身体性の発露をもっとも強烈に感じさせたのが四曲の仕舞であった。
仕舞というのはマスクも装束も着けず、オーケストラもなく、コロスだけを従えて任意の能の場面を舞う形式。上演のときにはたぶん流派の実力者たちがこのかたちで登場する。

上田公威氏の「通盛」と片山九郎右衛門氏の「阿漕」は男ざかりの身体の勁さを、木月孚行氏の「高砂」は優雅な身体の運びとはこういうものだということを、それぞれに教えてくれる。5分の時間の重いこと!特に片山九郎右衛門氏の身体から立ち上る整頓された熱気に、4月に近美で見たベーコン展の残像が重なってしまった!

そして2月の「砧」以来となる野村四郎氏は、「桜川」で脂の抜けた澄明な身体を見所に見せる。扇を持つ手は老いによる震えが無視できないほどではあるけれど、シテの狂乱と一体化して、しかもその周囲にはらはらと散る桜花を幻視させるくらい美しい。

+ + +

能楽堂を出ればいつの間にか夏の日は傾き、遠くに積乱雲が見える。夏なのだ。
by Sonnenfleck | 2013-07-13 08:49 | 演奏会聴き語り

[不定期連載・能楽堂のクラシック者]その五 能「巴」@豊田市能楽堂(5/11)~はじめてのしゅら~

豊田市は雨だった。豊田参合館の、コンサートホールの隣のあのスペースに、僕が足を踏み入れる日が来ようとは。。

+ + +

c0060659_1023311.jpg【2013年5月11日(土) 14:00~ 豊田市能楽堂】
<豊田市能楽堂主催公演「ふじ能」>
●狂言「金岡」(和泉流)
→野村万蔵(シテ/金岡)
 野村万禄(アド/妻)
●能「巴」(喜多流)
→狩野了一(前シテ/里の女|後シテ/巴御前の霊)
 飯富雅介(ワキ/旅の僧)
 椙元正樹、橋本宰(ワキツレ/従僧)
 野村太一郎(アイ/粟津の里人)
→大野誠(笛)
 後藤嘉津幸(小鼓)
 河村眞之介(大鼓)ほか


能にはいくつかの種類がある。オペラがセリアやブッファ、グランドオペラ、ヴェリズモなどに分かれているのと同じように。

 初番目物:脇能とも。だいたい「神さま目出度い!」という内容。
 二番目物:修羅物とも。
 三番目物:鬘物とも。女性の亡霊の恋する思いを描くことが多い。
 四番目物:狂い物、雑能物とも。その他もろもろ。
 五番目物:切能物とも。鬼や天狗が出てくるスペクタクル。

「修羅物」は現世で戦闘に明け暮れた武者や武将、悪人が死霊の姿で現れ、現世で果たせなかったことへの執着や修羅道に堕ちた苦しみを語り、やがて消える、という形式が多いようです。「平家物語」から着想した作品が多いこの二番目物(修羅物)に分類される能、ついに初めて見たのですが、それが唯一の女性を主人公とする修羅能「巴」だったことに運命的なものを感じるのであった。

1 「巴」のおはなし
巴御前、って知っておられるかたが多いですよね。頼朝のいとこにして悲劇のライバル・源義仲(木曾義仲)の愛妾、そして古今比類なき女武者として「平家物語」に描かれた女性です。

ものがたりは義仲が戦死した粟津(びわ湖ホールのあたり)を僧が訪れるところから始まる。僧は神前に参拝に来ていたひとりの女性を目にとめてしばし会話するが、女性はすっ…と消えてしまう。ここまでが前半。
後半、僧の前に、薙刀を持ち甲冑をまとった女武者の死霊が姿を現す。死霊は自ら巴と名乗り、義仲の死に立ち会えなかったことを悔やんで、感情の激するままに薙刀を掲げて舞う。そして消える。こんなおはなし。

2 執心の凄惨な美
神様や帝を寿ぐ脇能がビクトリアやパレストリーナのミサ曲だとすれば、修羅の怨霊が現れる能は、ヴォルフのリートやブリテンのある種のオペラのように救い難く凄惨で、静かに物悲しい
「巴」の身体的な見どころは、やはり終盤の、シテによる「薙刀のヴァリアシオン」なのだよね。普通は扇で心情を語るところを、長い薙刀で義仲への執心を表現し、能面で涙を流し、やがてクライマックスでその薙刀をがらりと取り落として、このものがたりは終わる。
シテの狩野氏は総身に力を漲らせ、必要十分に女武者の死霊を演じきったと思う。シテの技巧に関する専門的な見方がまだわからない今だけ味わうことができる、執心の本質的な部分を観測した。これは自信がある。

3 焼き切れる執心
で、「巴」の観念的な見どころがどこにあるのかといえば、やっぱりこれも「薙刀のヴァリアシオン」なのだよね。
「平家物語」の記述によれば、巴が義仲と別れて落ちていったのは義仲の最後の一戦の前であり、しかも義仲が討ち取られるのを目撃したのは彼の乳母子・今井四郎兼平。兼平もすぐに後を追って自害したので、したがって巴は、義仲の最期の様子など知る由もない。

でも、この「巴」の名無しの作者は、巴の怨霊に義仲の最期を演じさせるという思い切ったドラマトゥルギーを用いるんである。
ヴァリアシオンの強靱な舞いは、白熱電球のフィラメントが焼き切れる瞬間の強い輝きのように見えた。能の前半、舞台に巴の死霊が降りていたのは疑いないが、最後に作者は、巴の死霊に義仲の死霊を二重に降ろすことによって、巴の執心を焼き尽くさせたのかもしれない。それは彼女のための、弔いの炎である。

+ + +

五月晴れの翌日、滋賀の粟津に行った。
粟津(膳所駅から徒歩10分くらい)に「義仲寺」というお寺がある。義仲の墓所とされる場所であり、義仲死後に巴が結んだ庵がこのお寺の始まりともされている。

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立派な義仲の墓と寄り添うようにして、小さな「巴塚」が境内の緑に埋もれていた。巴の墓とも言われるし、そうでないとも言われる。しかしどちらでもよい。
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実はこの寺を愛したのが、松尾芭蕉なのだ。義仲の墓の奥に、松尾芭蕉の墓がある。時代の不思議な断層を感じますよね。
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正午前の木洩れ日を浴びてしばし境内に佇む。池では亀が甲羅干し祭り。
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執心が焼き切れてのちの世の、穏やかな昼。初夏に向けて陽射しは心持ち強い。今から900年前に、そんな男女がいたのであった。
by Sonnenfleck | 2013-06-30 10:35 | 演奏会聴き語り

調布音楽祭2013|バッハ・コレギウム・ジャパン「管弦楽組曲全曲」@調布市グリーンホール(6/22)

バッハの管弦楽組曲(自分愛称かんくみ)は意外に生演奏の機会がない。第2番や第3番は古楽アンサンブルの単発音楽会でたまに取り上げられるけれども、第1番や第4番は全然である。
それもそのはず、音楽的体力と美的知力が総動員されなければ、この曲集は音楽にならない。バッハの世俗音楽特有の演奏至難さを存分に持ち合わせている恐ろしい作品たち。3月末のヨハネ@さいたま芸術劇場で心を揺さぶったいまのBCJなら、どんな演奏をするのだろう、という強い好奇心で出かけたのだった(調布遠い…)

地下化された京王線調布駅(地上時代には一度だけ降り立ったことがあった)から、ごちゃっとした駅前広場に上がると、昭和の「文化会館」の姿をよく留めた調布市グリーンホールがある。内装はプチNHKホール。残響はほぼゼロ。
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【2013年6月22日(土) 17:00~ 調布市グリーンホール】
<調布音楽祭2013>
●バッハ:管弦楽組曲第1番ハ長調 BWV1066
●同:管弦楽組曲第4番ニ長調 BWV1069
●同:管弦楽組曲第2番ロ短調 BWV1067
●同:管弦楽組曲第3番ニ長調 BWV1068
○同:ブランデンブルク協奏曲第3番ト長調 BWV1048~第2、第3楽章
 ※第2楽章は3台Cem協奏曲ハ長調 BWV1064 第2楽章による補遺
 →アントワン・タメスティ(1stVa)
⇒鈴木雅明/バッハ・コレギウム・ジャパン


それで。この日は非常にスリリングな瞬間に何度か出遭った。天下のBCJをしてもかんくみは難しいのだろうなあと思う。
僕はこの日、1階正面10列目中央に座ったのだけれど、各曲の序曲で付点のグラーヴェが終わってから、特に後半のヴィヴァーチェに入った直後、アンサンブルに小さな罅や瑕が入っているのが意外であった。巨大な受難曲では雅明氏の下で統一的に躍動していたBCJのアンサンブルが、少しく乱れている。

ここから先は特に僕の私論なのですが、通奏低音ががっちりしている古楽アンサンブルが比較的中規模以下の器楽合奏曲を演奏する際、もし指揮者がリハーサルで音楽に解釈を付与してしまって以降だとすれば、本番での指揮行為はどれくらい意味があるのか、ということについて以前から疑問を持っています。

現にこの日、秀美氏をリーダーにする懸田氏+今野氏+優人氏のBCは、雅明氏の指揮ではなく、ほとんどの場合コンマスのアインザッツに従っていたんだよねえ。もちろん寺神戸さんは雅明氏の指揮を汲み取るし、流れが大きく曲がったり停止したりする箇所は、秀美氏の目線は必ずお兄さんの指先を向いていたんだけれど。

帝と将軍と摂関家みたいな複層的なリズム構造が展開されてしまっていたこと、個人的にはここに罅や瑕の原因を探ってしまう。
さらにティンパニが入る曲だと、指揮者に従属する関東管領みたいなもうひとつのリズム権力が存在してしまって、もうどこがリズム権力の中枢かわからん状態(客演の菅原淳さんはもちろん相変わらず素晴らしいパフォーマンスでしたが…)。彼らの演奏する受難曲やカンタータは「声」を掌握している帝としての指揮者が、圧倒的に全体をまとめているのだけれども。

+ + +

こうしたことから第1番の序曲、ガヴォット、パスピエや第3番の序曲はどうにもスリル満点な演奏を観測したのだったが、そこは歴戦のBCJであるから、演奏途中に体勢を立て直して、通奏低音とコンマスが協力しながら指揮者にうまく合わせることにつなげていったのだった。

指揮者と通奏低音チェンバロが分離しているBCJの現状では、完全完璧なリズムの統一を図るのは(あえて率直に言いますが)困難だというのが僕の感想。これは、だから誰誰が悪い!とかいうのではなくて、それをBCJが自分たちのスタイルとして披露している以上、聴衆はそれを彼らの音楽として受け取り咀嚼すべきである。

だから、指揮者が通奏低音チェンバロに座って、各パート1人の中編成、コンマスやトラヴェルソのアインザッツと通奏低音だけで成立した第2番は、僕には理想的な演奏に思われた(これは雅明氏がチェンバロに座ったから、というのでは決してなくて、仮に優人氏が座ってお父上が舞台袖に入られても、そういう演奏になったと思う)。通奏低音と一緒に安心して呼吸できる演奏って、それはそれは素晴らしいのだ。

<いくつかの萌えポイント>

・文句めいたことを書いてきましたが、アンサンブルに小さな乱れが生じていたのは急速楽章であって、第1番のクーラントや第4番のメヌエットのようにきわめて柔らかく精妙なゆるふわイネガルが効いた楽章はサイコーであった。これは本当に。陰翳の濃いイタリアンな印象が増していた最近のBCJだけど、フレンチの味つけだってやっぱり上手だ。

第4番の終曲、レジュイサンスの中盤に寺神戸コンマスがまさかの断弦!6月の湿気とガット弦の相性の悪さは折り紙付きですね。残った3本の弦で、物凄いポジションチェンジを繰り出しながら懸命にアンサンブルをリードする寺神戸氏にブラヴォ!
第2番の序曲が終わったところで、秀美氏が調弦したげにチェンバロに座った雅明氏に話しかけてDかAをもらっていた。「おい兄貴、音くれよ」「あ?…ほらよ」みたいな感じに見えました(笑) この兄弟の通奏低音は完璧すぎて可笑しい。

第1番のブーレIIをはじめとして、村上さんのFgがあちこちで神懸かっていたのは言うまでもない。通奏低音もソロも担当する恐ろしい管楽器だ。。
・管さんのトラヴェルソもクールすぎる。ポロネーズ→メヌエット→バディネリの一気の寄せで、土俵下まで吹っ飛ばされたのだった。
・演奏後に明らかに疲労困憊だったOb3人衆、三宮氏・前橋さん・尾崎さん、お疲れさまでした。かんくみ全曲ってあんなに大変なのだなあ。。

・そして話題のスターヴィオリスト、アントワン・タメスティがアンコールでまさかの乱入。自分もBCJと何かやりたい!って申し出たらしい。何が演奏できるか雅明氏たちと一生懸命考えた結果、ブラ3の抜粋という嬉しい選曲に!
肩当てのあるモダン(仕様の)Vaだったとは思うんですけど、もしかしたらガット弦を張っていたかもしれない。それであの太い音ならたいへん恐ろしいのだが、圧倒的に華のあるスターの音色で、ブラ3の第3楽章のソロを弾かれてしまった。ぐうの音も出ず。すげーな彼。
by Sonnenfleck | 2013-06-25 22:18 | 演奏会聴き語り

[不定期連載・歌舞伎座のクラシック者]その二 歌舞伎座新開場 杮葺落四月大歌舞伎@歌舞伎座(4/21)

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【2013年4月21日(日) 11:00~ 歌舞伎座】
<杮葺落四月大歌舞伎>
●一、 壽祝歌舞伎華彩(ことぶきいわうかぶきのいろどり)鶴寿千歳
→鶴 坂田藤十郎
 春の君 市川染五郎
 女御 中村魁春 他
●二、 十八世中村勘三郎に捧ぐ お祭り
→鳶頭 鶴吉 坂東三津五郎
 鳶頭 亀吉 中村橋之助
 鳶頭 磯松 坂東彌十郎
 鳶頭 梅吉 中村獅童
 鳶頭 松吉 中村勘九郎
 鳶頭 竹吉 片岡亀蔵
 芸者 おこま 中村福助
 芸者 おせん 中村扇雀
 芸者 おなか 中村七之助 他
●三、 一谷嫩軍記 熊谷陣屋(くまがいじんや)
→熊谷直実 中村吉右衛門
 相模 坂東玉三郎
 藤の方 尾上菊之助
 亀井六郎 中村歌昇
 片岡八郎 中村種之助
 伊勢三郎 中村米吉
 駿河次郎 大谷桂三
 梶原平次景高 澤村由次郎
 堤軍次 中村又五郎
 白毫弥陀六 中村歌六
 源義経 片岡仁左衛門


1月の新橋演舞場に続いて、二度目の歌舞伎鑑賞となった杮葺落四月大歌舞伎。
銀座駅からのアプローチに若干自信がなかったのと、歌舞伎座地下の「木挽町広場」を見てみたかったのとで、日比谷線の東銀座駅からの歌舞伎座初入場となったこの日。四代目の歌舞伎座の姿を昭和通りから何度か見たことがあるくらいで、ついに五代目の建物に入ることになるのかと思うと感慨深いものがあります。朝から強めの雨が降りしきる寒い一日だったけれど、気分は晴れがましい!
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傘を閉じて入場すると、まず絨毯の鮮やかな紅が目に飛び込んでくる。靴をとらえるふんわりとした触感、華美で瀟洒な内装。食堂に土産売り場に豆大福にめでたい焼き。ロビーに満ちる楽しい喧噪。手に提げたお弁当(この日は「まい泉」のカツサンド♪)の充実した重み。
もろもろをひっくるめた雰囲気まで楽しませるシステムは、自分が初めてサントリーホールに入場した遠い昔を思い起こさせる。ここは松竹という私企業が運営する歌舞伎の殿堂なのであって、国営のなんとかパレスとは違うんである。
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なかはこんなふうです。この日の席は2階正面の後方だったけれど、意外に舞台が見やすいんだよねえ。たとえばオーチャードホールの2階正面後方なんて考えるだけでうんざりですが、そういう状況ではない。いかにも10年代の設計っていう感じです。

1 おはなし
(1)壽祝歌舞伎華彩
→「ものがたり」が薄い、能によくあるお目出度い系の演目のようでした(ラモーのオペラにもこういうのあるよね)。目出度さの擬人化である「春の君」と「女御」が、大勢の公達ややんごとない姫君と庭で舞ううちに、一羽の鶴がひらりと降りて典雅な時間をつくり、やがて鶴はどこかへ飛び去る。

(2)お祭り
→舞台はがらりと変わって江戸の三社祭。鳶衆と芸者が次々に登場しては粋な所作で舞い踊るなかで(僕らクラシック音楽好きはここでペトルーシュカの謝肉祭を思い浮かべるべき)、十八世中村勘三郎に捧ぐ「ものがたり」はやっぱり抽象化して、湿っぽくもいなせな江戸らしい空間が発生するんである。勘九郎の息子=勘三郎の孫を舞台に組み込んで客席を泣かせようとする、この愛すべき江戸ベタに、がばとねじ伏せられる。

(3)熊谷陣屋
→お昼の幕間を挟んで、また舞台は転換する。『平家物語』の「敦盛最期」を、とにかく盛大に脚色して膨張させて、最後には江戸の手刀で好き勝手に彫塑した作者。「ものがたり」は派手なギミックを備えたサイボーグネオ平家として現代に伝わる。

『平家物語』だと平敦盛は源氏方の武将・熊谷直実に討ち取られることになっているけれど、ここでは義経の命を受けた熊谷が、息子・小次郎と敦盛を入れ替え、息子の首を討ってまで敦盛の命を救う、というとんでもない話に変容しているのです。老いて石工に身をやつした平宗清まで登場して、もうわけがわからん。敦盛はマジで助かっちゃうしね。

中村吉右衛門の熊谷、坂東玉三郎の相模(熊谷の奥さん役、妖しいくらい女性らしい)、片岡仁左衛門の義経(舞台上の仁左衛門さんは両性具有っぽくて、男役なのに女形のようななよやかさを感じるのが不思議でならない)、など、豪華絢爛。知っている歌舞伎俳優さんたちがみんな出てくる楽しさよ。

2 バレエとアリア(特に「壽祝歌舞伎華彩」のこと)
声のないオペラ・バレとして、「壽祝歌舞伎華彩」は強烈な多幸感を放射していた。この多幸感は初の歌舞伎鑑賞だった1月には感じなかった類のもので、これから僕が歌舞伎への想念を煮詰めていくときに、必ずや思い出されることになる瞬間だと考えられる。
全体はだいたい次のように構成されています。

・「春の君」と「女御」のダンスによるプロローグ
・公達と姫君のアントレ
・「鶴」のアントレ

プロローグの間、舞台の中ほどにある舞台内緞帳は下りたまま。やがて、何か見えないものを合図にして舞台内緞帳が取り去られると、後景の美しい富士山と横一線に並んだ箏オーケストラが見え、そして大勢の公達と姫君が現れて舞う。

公達と姫君のアントレに移った瞬間の、客席から漏れた「…ふわぁぁ!」という官能的な歓声が忘れられない。この歓声は俳優に向けられ、舞台美術に向けられ、客席に向けられ、歌舞伎座の内装に向けられ、また、その歓声自体に向けられた純粋な官能の吐息であった。これが歌舞伎の純粋なコアの部分だったという感覚すら残っている。

そして「鶴」のアントレで奈落からせり上がってきた坂田藤十郎の「鶴」。
80歳の鶴は別段、枯れた仕草も見せず、悠然たるダンスを客席に見せつけて、花道の奥へのしのしと去っていく。藤十郎さん、そのまま食堂に踏み込んでカレーライスでも食べそうな迫力であった。同じ鳥類の形態模写でも、これより前の日に国立能楽堂で目にした91歳三川泉の仕舞「鷺」との間にある凄まじい相違に、能と歌舞伎の因縁を感じざるを得ず。もちろんどちらが良い悪いではなくてね。

+ + +

四月大歌舞伎は、このあと座席でお財布を紛失するという自分史上始まって以来のポカをやらかしてしまい、あわや歌舞伎座に嫌な思い出をつくるところであったが、親切な方が案内係まで届けてくださったらしく、事なきを得た。そのあと歌舞伎稲荷(歌舞伎座正面の脇に鎮座する稲荷社)にお礼を述べたのは言うまでもない。
by Sonnenfleck | 2013-06-22 14:41 | 演奏会聴き語り

ティエリー・フィッシャー/名フィル 第403回定期演奏会@愛知県芸術劇場(6/15)

このブログが2006年から2008年の間、名フィルブログだったことを覚えていて下さるかたがどれだけいらっしゃるかわかりませんが、ともかくこの土曜日、5年ぶりに本拠地に向かったのです。
なにしろ見よ、このハイセンスなプログラムを!元親方のティエリー・フィッシャーが名フィルに客演するときの、これがスタンダードなのよ。僕が愛したハイセンス名フィルの遺産を大切に聴くのだ。

+ + +

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<水―波に翻弄される舟>
●ラヴェル:《海原の小舟》
●プロコフィエフ:Pf協奏曲第3番ハ長調 op.26
 ○ラフマニノフ:絵画的練習曲集(練習曲集『音の絵』)op.39~第5番変ホ長調
→イリヤ・ラシュコフスキー(Pf)
●フランツ・シュミット:交響曲第4番ハ長調
●ラフマニノフ:ヴォカリーズ op.34-14
⇒ティエリー・フィッシャー/
 名古屋フィルハーモニー交響楽団


名古屋駅に着いた直後はそれほど感じなかったのだが、東山線に乗って栄駅に到着したあたりから雲行きが怪しくなり、人混みをかき分けて県芸に辿り着くころにはすでに滝のような汗を流していたんである。これが名古屋~ウェット名古屋~♪

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さっそくビュッフェに直行して、レイコーをごくごく飲む(レイコーという言葉は名古屋に暮らすまで一度も目にしたことがなかったのだった)。ちなみにここのカウンターからの眺望は、日本の都市系コンサートホールのなかでは屈指のものである。

で、2階のL2列に座る。ちょうど指揮台を真横から見る席です。
この日の長大なプログラムは、ハ長調の2曲を小品2曲でサンドしたアーチ構造を取っていて、たいへん意志的。小舟の登場→小舟の内燃機関→小舟と嵐、難破→小舟にもたらされたひとつのエピローグ、という4楽章構成の大きな交響曲を聴いたような満足感があったのだった。

+ + +

◆第2楽章:小舟の内燃機関
僕がこの日、心底素晴らしいなあと思ってブラヴォを飛ばしたのは、まずはプロコフィエフの第3協奏曲なんである。

あえて率直に書きますと、しばらく東京のオーケストラを中心に音楽を聴いていたために、かつてとは違った印象を「フィッシャーが振っている名フィル」にすら感じてしまうのではないかという密かな危惧を持って、この日品川からのぞみに乗ったわけです。
しかしそれはまったくの杞憂に過ぎないどころか、かえってフィッシャー+名フィルの相思相愛ぶり、その結果としての素晴らしい完成度を思い知ることになったのです。こんなに優れたプロコフィエフが生で聴けたら、N響に8,500円払う必要もなければ、ベルリン・フィルに40,000円払う必要もないのだ。いや、本当にね。

名フィルは東京のオケでいうと読響にカラーが似ていて、フィーバー状態になったときのノリの良さと「ひと」の善さ、そして通常営業時のやや大味めな空気感、これが彼らの持ち味だと思っている。
フィッシャー名誉客演親方は、常任親方のころから彼らを鼓舞してフィーバー状態にするのがものすごく上手だったし、その状態を作り上げたうえで、今度は自分のクールビューティ+機知に富んだ音楽を「徹底的に」やる。この日もやっぱりそう。

まずフィッシャー/名フィルの伴奏がギンギンに尖っているのが、好いんだよねえ。歯車やバネがキチキチキチ...と噛み合って精妙なアンサンブルが組み上がっていくのがつぶさにわかる。親方の細かくてマニアックな指示をよく理解して、可能な限り実現させようとするオケの反応が非常に良くて、聴いていて嬉しくなってくるのですよ(各楽器の一瞬のミスなどはこういうときは一切関係ない)。特に第1楽章の後半と第3楽章の終盤の叙情的機械っぷりは、どこに出したって恥ずかしくない一流のプロコフィエフ。
また第2楽章も素晴らしい。ここで伴奏は急に、東欧の古くて小さいオーケストラのような響きに変わる。フィッシャーが何かをインストールしたのは間違いなく、微かな浪漫のヴェールに包まれる心地よさにびっくりなのである。

そしてソロのラシュコフスキー。彼は第8回浜松国際ピアノコンクールの覇者で(ちなみにこのとき、当ブログで勝手に応援中の佐藤卓史が第3位に入賞している)、イルクーツク出身の28歳。
華やかな経歴やロシアの若手ということから、勝手に地対地ミサイルみたいな重火器演奏をイメージしていた僕を、第1楽章の最初のタッチでラシュコフスキーは完璧に裏切った。意表を突く「溶け込み型ソロ」で、伴奏として駆動する叙情機械にせいぜいふわっとエフェクトが掛かるくらいのさりげなさ。まことに驚愕しました。

このソロを見越しての鋭い伴奏なのか、この伴奏にゆるふわソロを中てたのか、それともこの両方なのか、正確にはわからねど、作品を根幹から見直すくらい理想的な演奏だったのです。

+ + +

◆第3楽章:小舟と嵐、難破
そして休憩を挟んで「シュミ4」。
フランツ・シュミットといえばオラトリオ《七つの封印の書》…くらいしか知らない。かつてアルミンク/新日フィルで聴いたときも、作品の良さがあまりよくわからなかったのだったが、あれはテキストがあったのがよくなかったのかもしれない。「シュミ4」は都会風の寂しいマーラーで、じんわりと理解されたのだった。

この交響曲が作曲されたのは1932年から33年にかけて。宮廷歌劇場のVc奏者としてキャリアをスタートさせたシュミットは当時、高等音楽院の院長を務めるまでになり、ウィーンのアカデミックな潮流のど真ん中にいたひとだったので、作風は保守を、大いに「気取っている」。

単一楽章の曲中、マーラー風の大きな讃歌に到達しかけるんだけれど、そこであえなく破綻→ぐずぐず→立ち消え、というのが二度ほど観測される。小さな讃歌はメロディラインが短すぎてすぐに埋没してしまう。
シュミットは若いころ謦咳に接したマーラーの浪漫に終生憧れていたんだろうけれども、彼では恥ずかしくて大きな声では浪漫を歌えなかったんだろうなあ。都会風の、アカデミックな、歪んだ自己韜晦が基調にある寂しい交響曲(ミャスコフスキーに少し似てる)。しかし美は、いじけた細部にもちゃーんと宿っていて、フィッシャーはそれを見逃さない。

たとえば第1部の小さな讃歌たち。第2部に登場する甘美なVcのソロ(ひさびさに耳にする太田首席の豊かな音、お見事でした…!)。あるいはその後の葬送行進曲。そして第4部の終盤。
第4部の終盤に訪れるのは、マーラー風讃歌と冒頭のTpソロモティーフの精神的融合ではないかと思う。作曲家のなかで破綻を讃歌に読み替えるという病的な高揚が起こり、それで静かに交響曲の幕が下りてしまうんだよねえ。プロコフィエフの第2楽章で体感されたあの蒼古とした響きを、全曲にわたってオケに要求し続けたフィッシャーの自信と、名フィルに対する信頼、それにオケが応える熱い45分。

+ + +

しかしシュミ4はラストで破綻がむりやり讃歌になってしまっているので、演奏会プログラムとしてはとても解決したとは思えぬ。そこで最後にフィッシャーは「あり得たかもしれないひとつの可能性」を設定することで、シュミットを救い、聴衆のことも救ってくれる。ラフマニノフの甘い旋律もいいだろう。
by Sonnenfleck | 2013-06-16 13:49 | 演奏会聴き語り