カテゴリ:演奏会聴き語り( 380 )

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン:一日目

【2005年4月29日(金)15:15〜 東京国際フォーラム・ホールB5】
●イギリス国歌による7つの変奏曲ハ長調 WoO. 78 
●6つのバガテル op. 126
●アンダンテ・ファヴォリヘ長調 WoO. 57     
●バガテル《エリーゼのために》イ短調 WoO. 59
●7つのバガテル op. 33             
●ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調《月光》 op. 27-2
●11のバガテル op. 119              
  ○アンコール バッハ:鍵盤作品(詳細不明)
→アンヌ・ケフェレック(Pf)


アンヌ・ケフェレック、なんというピアニスト。
フランス近代ものを中心に録音してるんでしょ〜だったらオサレ系かしら〜、という予備知識に基づくくだらない予想は完膚無きまでに打ち砕かれました。最初の《イギリス国歌による7つの変奏曲》の一音めからその厳しい彫塑に愕然とする。《6つのバガテル》の残酷な嘲笑、《月光》第3楽章の柔軟なアゴーギクと一方で峻厳な打鍵。そしてアンコールのバッハ(曲目不明●)の清浄な歌心…。厳しい審美眼を持った本日の同行者も、感動すること夥しく、二人してしばし茫然。すごいものを聴いてしまいました。。

【2005年4月29日(金)20:45〜 東京国際フォーラム・ホールC】
●ミサ・ソレムニスニ長調 op. 123 
→クラウディア・バラインスキー(S)、エリザベス・ヤンソン(A)、ダニエル・キルヒ(T)、クレメンス・ハイドリッヒ(Bs)
→RIAS室内合唱団、カペラ・アムステルダム
→ダニエル・ロイス(指揮)コンチェルト・ケルン


初来日の古楽オケ、コンチェルト・ケルンによるミサ・ソレムニス。古楽好きでこれを聴かぬはモグリと思い、当日券を購入しました。
……いやーなんであんなに巧いんすか!!!!!!80分間ずっと開いた口が塞がらねがったすよ!!!!!!もう自分ミサソレの実演は聴きたくないです。。これ以上は望むべくもない。関東在住で、このブログを御覧になってくださってて、なおかつ明日何も予定のないかたは、どうか国際フォーラムに行ってみてください。まだ空席あります。お願いします。土下座します。もう冷静な感想書けません!!お祭りだから許してください!!

そう。ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンはまさに「祭」。お客も演奏家もスタッフもみんな超テンション高い。確かに当日券発券の手際の悪さとか、休めるところの少なさとか、どこ行っても行列だとか、課題はいくらでもあります。でもそれ以上に、クラシック音楽の一大イベントを東京のど真ん中で開催できたこと、そこへ予想をはるかに超える聴衆が集まったこと、そしておそらく従来は集客不可能だと思われていた21時すぎからのレイト・コンサートに(GW中とはいえ)ホールを埋め尽くす聴衆がつめかけたことなど、クラシック音楽ビジネスに新たな局面をもたらしうる催しだと思います。明日からも大注目。
by Sonnenfleck | 2005-04-30 00:00 | 演奏会聴き語り

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ/読響:神が宿るところは

今日明日と同じプログラムの読響定期。僕は明日のサントリーの方に行こうと思ってましたが、急遽友人に誘われ、池袋へ行ってきました。

【2005年4月24日(日)14:00〜 芸劇マチネーシリーズ/東京芸術劇場】
●プロコフィエフ:《ロメオとジュリエット》第2組曲 op. 64
●バルトーク:管弦楽のための協奏曲


当日券を頼りにしていたら、運悪くKb軍団の真ん前の席に当たってしまいました…。低弦は直接音のくせに管は間接音なので旋律は破滅的にずれて聞こえるし、音量バランス的には「8台のコントラバスのための協奏曲」でしたんで、プロコフィエフについては責任を持って書くことができません。ほぼ真横から見るスクロヴァ爺さまは今日も元気でした。背筋まっすぐ。

さすがに悔しいので、友人と共謀して後半はお山のてっぺんに席替え。
読響でバルトークのオケコンを聴くのは、03年にエマニュエル・クリヴィヌが振ったときに続いて二回目。しかし、というかやっぱり、今日の演奏はそのときとは比べものにならないほどの完成度でありました。
第1楽章は比較的遅めに開始されます。低弦の冷たい支えに乗ってひらめくFl。その後次々に展開されるフガートは、しかし、先週の月曜とはうってかわってかなりの緻密さを伴って奏されるのです。練習したんだろうなあ。巧いっす。各小節ごとに細かなアゴーギクを施すのがミスターS流、今日の読響はまさに彼の手となり足となって誠実な演奏を繰り広げます。
もともとがシニカルで鋭い第2楽章は、スクロヴァチェフスキの持ち味が120%発揮。てててんっ、とスネアドラムが最初のリズムを刻んでから、末尾でてんってんっ、と裸のリズムが消えるまで、ありとある楽句に表情が込められています。柔軟にしなる弦、多層的に歌う木管、露悪に陥らない金管、どれを取っても一流。特にTbのコラール、ブラヴォー。
第3楽章の感傷的な旋律美、それに呼応して為される断固たるダウンボウ(なんかここは弓順を改変してたような?)。それにしても弱音に気を遣うことといったら半端ではない。アタッカで第4楽章に突入、例の《レニングラード》パロディは、先日のメルクル/N響の演奏がハウスもの大根に思われるような完璧な出来です。重層的な楽器の扱いは、あたかもエグみも旨みも内包したフキノトウの天ぷらといった趣。しかしそこに泥臭さが付きまとわないのがモダニスト、スクロヴァ爺さんの面目躍如です。第5楽章の息の長いクレッシェンドには驚かされました。無窮動っぽい楽句、しかもフーガ、つい全開になりそうなオケを巧みに抑え込み、ここぞというところで手綱を緩めるんですねー。いい。また明日も聴きに行こうかなあ。
by Sonnenfleck | 2005-04-24 21:12 | 演奏会聴き語り

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ/読響:老練老獪

そう、4月はミスターS強化月間。今月は全部の演奏会に行かせてもらいます。
スクロヴァチェフスキ、ほんとに大好きなんですよ。N響に客演した昨年は講義をさぼって全公演聴きに行きましたし、02年に読響を振ったブル8も忘れがたい。どうしてこんな人が毎年日本に来てくれるのか、まったくもって信じられません。

【2005年4月18日(日)19:00〜 第437回定期演奏会/サントリーホール】
●ベートーヴェン:交響曲第1番ハ長調 op. 21
●ブルックナー:交響曲第7番ホ長調


舞台袖からゆるゆると歩いてくるスクロヴァチェフスキ。1923年生まれですからもう今年で82歳なんですね。しかし指揮台には椅子も置かず、おまけに暗譜で指揮を始めます。硬派。
ベートーヴェンの交響曲はどれが好きであるかと問われたら、真っ先にあげるのは2番1番、次いで4番6番ときます。その中でも特に第1番は仕掛けだらけ…もしかするとこれがベートーヴェンの交響曲の中で一番演奏が難しい作品かもしれない。さて第1楽章冒頭の減七の和音、ここが濁ってたりした日には目もあてられませんが、相変わらず冴えてる。絶妙のバランス。続く楽句もスタカートを利かせてきりりと締めます。痛快。オケが両翼配置じゃなく普通の1stVn→2ndVn→Va→Vcだったので初め少しがっかりしたのですが、Vn群とVa&Vcの掛け合いが第2楽章の主要な素材であることに気づかされて合点。非常に立体的な音響が生まれていました。低弦の保続音上でVnと木管がコミカルに跳ね回る第4楽章、さすがにここだけはオケの粗さが気になる。。もうちょっと合ってくれー。読響は馬力に限れば在京オケ随一ですが、ことアンサンブルの精度となるとN響や東響に及ばない。ロースカツ定食1400円って感じです。スクロヴァチェフスキの持ち味はマニアックなまでの細部への拘りにあると思うんですが、少なくともこの日の読響はその要求に応じきれていなかったかなと。P席から眺める限り指揮者も楽員も楽しそうではあったんですが…。

後半のブルックナー7番。
全体は硬質な雰囲気が支配します。前半のベト1で顕著だった遊び心は消え失せ、ハードボイルドな感じに。馬力のある金管を最大限に開放し、弦中心の上行音型ではなく崩壊するような金管の下行音型に力点を置く。7番の第1楽章は甘く感傷的にもなりうるところですが、指揮者の厳しい統制でストイックさを保ちます。
この日の7番は、モダンな、すなわち「7番は1、2楽章が要であって、3、4楽章は付け足しだ」という考えに則した演奏だったように思います。第2楽章はそのために非常な巨大さをもって奏される。しかしそこには、ミスターS一流の微細な間のコントロールによって生まれる妖気のようなものも漂うわけです。うーん、、うまく言葉にできない…。聴き終わった今になると具体的にどこをどう指示していたか思い出せないんですよ。うまく幻術にかかってしまったような…。とにかくこの人がアダージョ楽章を指揮するときはたいていこういう重くロマンティックな様子になります。「素朴派」ブルックナーの対極。僕はこの「考え抜かれた重さ」と溶け合うという経験がしたくて、彼の指揮する演奏会に毎度通っているんです。
第3楽章はスケルツォ部分の鋭さを前面に押し出した演奏。読響の「あまりふくよかではない」弦の音色もここではかなり生きてきます。トリオで一瞬享楽的な様子になりますが、再び厳しいスケルツォが戻ってきて幕。さて第4楽章、同じブルックナーの5番や8番のように、それまでのすべてを受け止められるような大きさは7番のフィナーレにはありません。どうするか。この日のミスターSの処方箋は、コーダであざといまでのリタルダンドをかけることでした。なるほどー。

17日はひどいフライングブラヴォーがあったみたいですが、この日は何事もなく自然な喝采。お客さんたち大喜びでした。最後は一般参賀&サイン会。サービス精神の塊です。
by Sonnenfleck | 2005-04-19 09:23 | 演奏会聴き語り

ハンス=マルティン・シュナイト指揮神奈川フィル:自信

【2005年3月29日(火)19:00〜 特別演奏会/ミューザ川崎シンフォニーホール】
●モーツァルト:ディヴェルティメントヘ長調 K. 138
●同:モテット《踊れ、喜べ、幸いなる魂よ》 K. 165
→臼木あい(S)
●ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調《田園》 op. 68


この演奏会に行った理由は
1、シュナイトの指揮を聴いてみたい
2、ミューザ川崎に行ってみたい
という二点であります。
クラシック招き猫の常連さんで、シュナイトの熱烈なファンの方がおられます。その方がお寄せになったシュナイト讃に思わず引き込まれ、いつか彼の指揮を聴いてみたいものだと思っていた矢先、今日の演奏会が。幸い当日券が出るようなので川崎に直行しました。シュナイトは1930年生まれの75歳。急逝したリヒターの後任としてミュンヘン・バッハ管の芸術監督を務めるかたわら、バイエルン国立歌劇場でも常任指揮者として辣腕を振るっていた人です。どうしてもっと有名にならないのかしらん。
川崎に降り立つのは実に2年ぶり。友人とともに二郎を食べに行って以来です。ミューザも今日が初体験。
内部は「かなり」複雑な造りです。オープンして一年経っていないせいか、客も係員も席を見つけるのに随分苦労している模様。僕はステージに向かって左上方の2階席を買ったのですが、そこからホール全体を眺めると地面と平行でない線がかなり目について疲れます(^^;)舞台の端と直角に交わる直線を引いても、線対称にならない。すみだトリフォニーのジェットコースターもすごいですけど、ミューザも負けてないですねー。

コンマスに続いて登場したシュナイトは丸っこい好々爺。ちょっとスヴェトラーノフに似てます。モーツァルトのディヴェルティメントと《踊れ、喜べ〜》の感想は割愛。今日は《田園》に絞って書きます。
結論から言いますと、、この指揮者はいま聴いておかなきゃだめです!!!!
最近の流行に反して、テンポは(ベームのように)まったり、そしてKbが3プルト。重心の座った音色が自然と支配的になりますが、かといって鈍重かというと全然そんなことはない。弦楽器、特にKbとVcの表現の幅を非常に広く設定し、出るところと抑えるところを自在に操ります。普通の指示が1〜5までだとしたら、シュナイトの出す指示は1〜100くらい広く、多彩なんです。ために第1、2楽章ではまさに木漏れ日のような微細な立体感が表現される。こういう「広さ」はノリントンやアーノンクールの演奏でよく耳にしますが、シュナイトはそれをあくまで「普通」の、昔ながらのモダンスタイルでやってのけます。でも考えてみたらこれができる指揮者って少ないですよね…。
白眉は第3楽章から。「農夫たちの楽しい集まり」がここまで泥臭く演奏されるのを聴いたことはありません。それまで比較的抑え気味だった低弦を一気に解放し、轟音とともにかなりの遅いテンポで<村の踊り>をやってのけます。椅子に腰掛けたシュナイトもこのときは指揮台を踏んで陽気にテンポ取り。中間部のHrソロ、ブラヴォー。
そして「雷雨、嵐」…最も堅いバチを手にしたティンパニが渾身のトレモロを叩きますが、悠然としたテンポを崩さず、決して下品・露悪趣味に落ち込まない。遠雷の静けさを描写するシーンの緊迫感は特筆ものです。ここではKbに非常に細かなキューを出しているのが見える。土台を千変万化させるから、この多彩な感触が生まれるんですね。第5楽章は天国的な高揚感をもって進みます。…おかしい。何もしていないように聞こえるのに…。西洋音楽は音のヒエラルヒーをどのように瞬間的に作りかえていくかというところに本質(のひとつ)があると思いますが、シュナイトはそれが完璧にできてしまっているんです。もうこれでしかありえない!と瞬間々々に思わせる手腕は凡百の指揮者には備わっていないもの。そして聴衆にそう思わせてしまう彼の「自信」…なんでもっと早くこの指揮者を聴かなかったんだろう◎◎

次の神奈川フィル登場は4月16日の定期演奏会。曲はブラ1(!!!!!!)です。たぶん彼の芸風とぴったり。ブラ1に必要なものは、間違いなく「自信」です。
by Sonnenfleck | 2005-03-30 00:20 | 演奏会聴き語り

岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢:カオス<コスモス

今日は一日完全にOFF。朝から友人たちと東京都美術館のミュシャ展を見に行くつもりでおりましたが、、昨日が祝日の月曜であることをすっかり失念…今日は休館なのでした(笑)
転んでもタダでは起きぬ、ということで、雨もよいで人が少ないのをいいことにそのまま上野動物園へ突入!! 雨で暗い動物園は安部公房の『壁』を思い出すのでちょっと怖いのですが、今日は見物人が非常に少なく、これはこれで快適なものです。
実は生まれてこのかた、パンダというものを見たことがありませんでして(汗)、本日生パンダ初めをやってまいりました。かわいいもんですねー!! 笹食ってる!!

その後OEKのことを思い出してサントリーホールへ移動、首尾よく当日券を確保◎
【2005年3月22日(火)19:00〜 OEK第20回東京定期公演/サントリーホール】
●宮城道雄/池辺晋一郎:《春の海》
→宮城・正派・沢井 合奏群(箏)
●ブルッフ:Vn協奏曲第1番ト短調 op. 26
 ○アンコール 《荒城の月》
→アン・アキコ・マイヤース(Vn)
●ブラームス:交響曲第1番ハ短調 op.68
 ○アンコール ブラームス:《ハンガリー舞曲集》から第1番ト短調


すさまじい選曲に一瞬たじろぐも、岩城宏之の指揮を一度生で聴いてみたく、潜入。
一曲目、宮城道雄作曲、池辺晋一郎編曲の《春の海》。例の有名なお正月メロディです。舞台の手前、指揮台より前にかなり広く緋毛氈が敷かれ、その上に30人の箏奏者がずらり。着物の色が完全にバラバラなので視覚的に非常に気持ち悪い(^^;;;;)しかし気持ち悪いのは見た目だけではなかった。一応30人箏の中にもリーダーのオバサマがいるのですが、指揮者を見ているのは彼女のみ、残り29人は指揮者に目もくれず下を向いて自分に浸るだけです。ゆえにオケとの拍節的なズレは救いがたいレベルに達し、リタルダンドで終止する曲尾ではおぞましい破綻が●●これがアジア的混沌かとひとり合点しまくり。そもそも邦楽器には何十人もの奏者がユニゾンで同じ旋律を弾く習慣がないわけですから、それを強引にオケと合わせるのはムリがあるのかもしれない。もうちょっと工夫できたかもしれませんよー池辺センセ
2曲目ブルッフの感想は割愛。激音&弾き崩し系のなんていうことのない演奏でした。

休憩を挟み、最後はブラ1。
編成が小さくなると、それだけごまかしがきかなくなります。OEKは1stVnが4プルトしかない室内管ですので、非常に響きが薄い。しかし…このオケは巧い。ここまでレベルの高い合奏体だとは予想だにしませんでした。各個人の技量、アンサンブル能力の高さ、、常設の強みです。
岩城の指揮は速めのインテンポ主体で、ほっとんどまったくタメを作りません。これじゃアシュケナージと同じかしら、、と思いますが、さにあらず。オケは横へ横へと流れる流線型を成すわけですが、そこへ楔を打ち込むのが本日の主役、ティンパニ。正直、これほどのティンパニストが地方オケにいるとは…という感じなのです。立ち上がりのしなやかさ、ホール全体を揺さぶる轟音、弱音トレモロ、的確なリズム感、どれをとってもハイレベル。在京オケにひとりでもこんな人がいれば。。岩城は彼に絶対の信頼を置いているようで、要所々々でティンパニ協奏曲のような様相を呈します。かくして流線型は心地よい棘を帯び、洗練コスモスを突き詰める作戦はもう一段階上の成果を出します。
by Sonnenfleck | 2005-03-23 00:33 | 演奏会聴き語り

スティーヴン・スローン指揮都響:「消え入る」音

【2005年3月19日(土)14:00〜 <作曲家の肖像>VOL. 55/東京芸術劇場】
●ショスタコーヴィチ:交響曲第8番ハ短調 op. 65


いてもたってもいられなくなり、当日券で都響を聴きに行きました。
芸劇の長いエスカレータを登りきったロビーに、ベルティーニの逝去とプログラムの変更を伝える「急告」の張り紙。本来、この演奏会では前半に同じ作曲家の喜歌劇≪モスクワ=チェリョームシキ≫組曲が予定されていましたが、都響のサイトにもあるように、音楽監督の死を悼み、交響曲第8番のみの演奏となりました。それに合わせて料金が全席種半額(こんなことは初めて体験します)。

入場するとクローク近くにベルティーニの遺影と白い献花。頭を垂れて黙祷する方もおられました。
団員が入場する前、都響の副理事長氏がマイクを持って現れ、一連のニュースを伝えます。今日の曲目変更は、ベルティーニの弟子であったスローンと都響側が急遽話し合った末に決定した模様。重苦しい雰囲気が会場を満たします。

冷たい弦の響きで始まる第1楽章。音のあるところよりも音もないところの方が大切なんじゃないかと、今日は間違いなく思いました。減衰し拡散する音を注意深く整理する指揮者。オケもそれを認識し、中間部で盛り上がるところでも不自然な肥大化を避けてきりりと引き締まった響きを造り出します。
第2、3楽章は、やろうと思えばいくらでもあざとく、ケレン味たっぷりにできる箇所です。しかしそうはしない。都響というオケは、互いの音を聴き合うというアンサンブルとして最も大切なことをきちんと守ることのできる団体ですので、合奏を聴く妙味ここに極まるという感じです。奇を衒った爆音や極端なテンポ変化は一切なし。第3楽章のTpソロ、ブラヴォー。
この演奏の要は第4楽章であったと思うわけです。薄い更紗を幾重にも重ねたような繊細な音で痛切な歌を奏でるオケ。それを邪魔せず、的確な拍節指示を与える指揮者。浮き上がることよりも消えることを重視する今日の演奏には、それにしてもじんときました。
そして明るい和音を残してふわりと消える第5楽章のコーダ。沈黙。満ち足りた静かな拍手。
by Sonnenfleck | 2005-03-19 23:30 | 演奏会聴き語り

東京文化会館レクチャーコンサート:Tragedie lyrique、あるいはリリコの悲劇

昨日は朝から美術館を3つハシゴしたのち、東京文化会館へ。
まったく同じ時間に大ホールでは小澤征爾の《エレクトラ》で血みどろ愛憎劇が繰り広げられる一方、小ホールでは典雅な空想劇が秘やかに上演されました。

【2005年3月13日(水)15:30〜 東京文化会館小ホール】
→前田りり子(司会、バロックFl)、原雅巳(S)、桐山建志&大西律子(バロックVn)、深沢美奈(バロックVa)、平尾雅子&品川聖(Gam)、平井み帆(Cem)
→市瀬陽子&鶴見未穂子&井上陽集(バロックダンス)

●リュリ:コメディ・バレ《町人貴族》から〈トルコの儀式のための行進曲〉
●マレ:ヴィオール曲集第2巻から〈スペインのフォリア〉
●ルベル:《四大元素》から〈カオス〉
●ランベール:〈愛する人の影〉
●リュリ:トラジェディ・リリク《アルミード》から
     1、プロローグから序曲 
     2、プロローグからメヌエットとガヴォット 
     3、第2幕第4場のアリアⅠとⅡ 
     4、第4幕第2場のガヴォットとカナリ 
     5、第5幕第2場のパッサカリア 
     6、第5幕第5場のフィナーレ


東京文化会館のレクチャーコンサートは毎回、意欲的なプログラムを安価に提供してくれるので、たびたび出かけています。この日のテーマは「踊るヴェルサイユ『王の踊り』」。日本のバロック音楽演奏を支える中堅どころの演奏者たちが贅沢に勢揃いしました。特に前田りり子氏、桐山健志氏、平尾雅子氏、平井み帆氏らが出演する演奏会には、僭越ながら、数え切れないほど足を運んでいますし、毎回満ち足りた気分で家路に着くのが常です。。ところが

この演奏会ではいくらかの不満が残りました。
確かにこのレクチャーシリーズは毎回、それほど多くの曲を演奏するわけではない。あくまで「レクチャー」が主です。それにしても今回は「りり子さん話長すぎ!!!!!!!!!!」
僕はあなたのトラヴェルソが好きです。知的で元気があって、押さえどころは決して外さない…。でも、残念ながらあなたの話術は、あなたの演奏ほどには聴衆を魅了しないみたいなんです。公の場でしゃべるなとは言いません、でも僕はあなたの演奏がもっと聴きたい!!
また、バロックダンスにスポットを当てたがために、演奏はいささか地味で四角四面な様相を呈しておりました。ダンスと合わせるためなんでしょう、いつもは自然なリズムの伸び縮みが今回はギクシャク。平尾氏十八番&神業の〈フォリア〉も短縮バージョンでがっかりっす。またの機会に期待。

この演奏会では、協賛企業である花王がヴェルサイユの香りを再現したオリジナルの香料を開発、それを染みこませた羽毛をプログラムに挟んで聴衆に配るという、たいへん面白い趣向が凝らされました。ちょっと退廃的で甘やかな香り。
by Sonnenfleck | 2005-03-14 16:00 | 演奏会聴き語り

ジャナンドレア・ノセダ指揮NHK交響楽団:「漢」

今日は夕方からVcの練習をしようかしらんと考えていたのですが、定期会員の友人が急遽今日の公演に行けなくなり、チケットいらん?と言われまして…へへっありがてぇですぜ旦那、、ということでサントリーホールへ直行。酒代をもらったマルメラードフはきっとこんな気分です。

【2005年2月23日(水)19:00〜 第1537回定期公演/サントリーホール】
●ヴェーベルン:《パッサカリア》 op. 1
●コルンゴルト:Vn協奏曲ニ長調 op. 35
 ○アンコール イザイ:無伴奏Vnソナタ第5番〜第1楽章
→レオニダス・カヴァコス(Vn)
●チャイコフスキー:交響曲第2番ハ短調 op.17 《小ロシア》


指揮のノセダは40歳を過ぎたばかり。ゲルギエフに認められ、1997年にマリインスキー劇場の首席客演指揮者に就任、2002年にはBBCフィルの首席指揮者に着任するなど、まさにいまが旬の中堅指揮者です。N響へは今回が初客演。
一曲目、ヴェーベルンの《パッサカリア》。
トータル・セリエリズムの隆盛を、世代的に実感として知っている演奏家は当然多いわけです。なのでこの曲に関しても、相対化された各楽器間の縦の関係の度合いを、瞬間々々精密に聴かせる演奏が多いと思うのですが、ノセダはその方向を向いてはいない。彼は全体を大きな流れとして俯瞰し、横の関係を重視します。そのため「多くの人が旋律として認知できる(≒いわゆる「わかりやすい」)」パッセージが非常な重みをもって奏されることになる。ノセダは盛り上がる楽句は特に熱く、静かなところは…やはり熱く指示します(彼のアクションは本当に大振り。何度指揮台の上で跳ねたことか>個人的には虫が好かないです)。結果的に情熱ほとばしる熱いヴェーベルンになったのですが(そして僕はライヴの一回性を踏まえたこういう演奏も好きなのでわりと大きめの拍手をしましたが)周囲は冷ややか(^^;;;;;)あれれ。。
二曲目は巨漢ヴァイオリニスト、レオニダス・カヴァコスをソリストに迎えての、コルンゴルトのVn協奏曲。
僕が座ったのはLBブロックのもっともP席寄りのあたりです。通例この場所に座ってしまうと協奏曲のソロを聴き取るのは絶望的なのですが、いやーカヴァコスすごいです。オイストラフ系の分厚く滑らかな音。f字孔のほぼ真後ろにいる僕のところにさえ、ぶっとい音がびんびん届いてきます。正面に座られた方はさぞかし美音を堪能されたことでしょう。それにしても…この曲には金色の幸福な靄がかかっていますね。各楽章の主題は彼の作曲した映画音楽から取られており、きれいな旋律が臆することなく滔々と流れてきます。芸術音楽?美しければいいんだよフォッフォッフォッという感じでしょうか。ところどころソロが半音階で下行するところなど、プロコフィエフのVn協奏曲第2番を思い出させますが、あとはひたすらロマンティック(これは「ロマン主義的」とはちがう。まさにカタカナ英語として使われている意味で)です。素直にきれいでした。それしか書けない(汗)。拍手のなか、汗だくの指揮者とソリストが熱い抱擁◎◎漢の友情だ!いい!
アンコールにイザイの無伴奏Vnソナタ第5番の抜粋。すっきり空虚な重音がちりばめられた佳曲です。最近アンコールにイザイを取り上げるソリストが多いですね。
休憩のあとはチャイコフスキーの《小ロシア》(これって蔑称では…?)。
実演・CDに関わらず、初めて聴く曲です。僕はチャイコフスキーに特にこれといった愛情を感じないので、今日もかなり醒めた感じで聴きました。トゥッティの強い和音のあと、Hrのソロで開始される第1楽章。副題の理由はこのソロの主題がウクライナの民謡だかららしいです。第4番の終楽章に出てくる民謡主題〈白樺(?)〉と同傾向の鬱屈した旋律。これがオケ全体に波及していくという構成をとるようです。うーん。聴いててなにかあるかというとなにもない。格好いい楽句のところで弦楽にダウンボウをしつこく指示しているので、物理的な音圧はかなり迫り来るものがありますが…。それで?
第2楽章はチャイコフスキーらしい軽くてコミカルな行進曲。どうってことのない第3楽章スケルツォを挟んで、第4楽章はこれでもかとばかりのハ長調の爆発。当然割れんばかりの拍手が起こります

趣味の問題。別の曲でノセダを聴いてみたかった。たぶんオケを男らしく豪放に鳴らす腕前はかなりのものだと思います。ブラ2とかよさげ。

春一番が吹きました。なんという暖かさ。東京の春は何度体験しても慣れません●
by Sonnenfleck | 2005-02-24 00:04 | 演奏会聴き語り

ダニエル・バレンボイム指揮ベルリン・シュターツカペレ:「聴かせる」ということ

【2005年2月20日(日)14:00〜 来日公演/サントリーホール】
●ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.19
●マーラー:交響曲第7番ホ短調


バレンボイムという指揮者、日本では評価がまったく定まりません。
宇野功芳や許光俊という、日本でもっとも影響力のある評論家たち(ここに「笑」を入れるかどうかの判断はおまかせします)に毛虫のように嫌われているせいでしょうか、、一般の愛好家の投票やウェブ上の個人サイトで「バレンボイム好き好き大好き超愛してる。」というような声にお目にかかったことはありません。
かくいう僕は、彼の指揮を、実演でもCDでもほとんどまったく聴いたことがありません。それは僕が、前出の評論家たちやウェブ上の意見をなんとなく正しいかなーと思っていた所為に違いなく、この来日公演のチケットを買い求めたのは、自分の耳で聴いて考えてみようという軽い自負心に引っ張られたからであります(ここは「笑」でしょ)。

前半、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番。
ピアノを縦に置いての弾き振り。Vnの両翼配置が実に好ましいです。
この曲はのことはよく知りません。CDも持っていないし、生で聴いたのもこれが初めてです。ほかと比べてどうであるか考えるという実践ができないので、特にコメントはしません。ああ古典派っぽいけど
ひらりマントですっ飛ばされる箇所も多いなーベートーヴェンらしいなーというのが感想でしょうか。第2楽章はきれいですね(素朴派)

後半はマーラーの交響曲第7番。
休憩中にロビーでお客の一人が「このまま両翼配置でいったら面白いな」とおっしゃっていて、近くにいた僕はうんうんまったくそのとおりだぜーとひとりにやついていましたが、彼の期待は見事に的中、指揮者の右からVn1st-Vc-Va-Vn2ndの席順でありました。この曲を実演で聴くのは沼尻竜典/東フィル、ベルティーニ/都響に次いで3度目ですが、それにしてもやはり巨大な編成に圧倒されます。
第1楽章、やや速めのインテンポで開始されましたが、わりと露骨なアゴーギクでテンポを揺らしてこちらをどきどきさせます。弦楽はやはり相当に巧い。指揮者のアクションを的確に感じ取り、ぅわんっ!という強靱なしなやかさで応えます。木管はそれに輪をかけてすばらしい芸達者ぶりを発揮、、するのですが、どうもトゥッティ全開時には主題を吹く金管の音に(強烈です)埋没しがち。あれ?終結部とか、あの大洪水のなかでこそ啼きわたる木管が聴きたいのに…。ともあれこの演奏の熱気は他の演奏ではそれこそ聴いたことのないレベルに達しており、ちょっと固まってしまいました。すげえ。
第2楽章はそれまでの熱気をとりあえず振り払って、醒めた感じを演出。自分的にはこの楽章の主役はホルンでもカウベルでもなくVaのコル・レーニョだと思ってますが、さすがに技術的にはなんなく及第。よく揃ってます。あの付点リズムは全曲を貫く最重要テーマですから、この楽章では最初Vaだけでやっていたコル・レーニョがVnに波及する箇所が聴かせどころ。ここではほかの楽器は抑えてほしい。この個人的・内的要求は満たされましたが。よかった。
スケルツォ、第3楽章は、異様に速いテンポ設定がちょっと好みではありません。もともと細かい弦のパッセージがあれでは潰れてしまう。。ただVaソロは最強に巧い。
コンマスの官能的なソロで始まる第4楽章。この楽章の主役はなんといってもマンドリンですが、思ってもみない事態に。当のマンドリン奏者のリズムがボロボロでトゥッティとぜんぜんかみ合わない。あれじゃあちょっとバレンボイムがかわいそうです。
第5楽章の冒頭のティンパニをこの曲一番の聴きどころだと考える方は多いと思いますが、その意味ではこの日の演奏は最高でしたね。腕っこきのティンパニ奏者が本気でfffを叩くとどんな響きになるのか、会場の聴衆は思い知ったはず。僕は思わず仰け反りましたよ(笑)P席の方がうらやましかった。この楽章ではバレンボイムの主旋律重視の傾向がはっきりと表出しました。ロンド主題を弾くときの「待ってましたっ!お客さんも聴いてっ!」という感じの理由を、オケの興奮だけに求めるのは無理がある。許光俊が「おバカ」で切って捨てるのはこういう感じなんですね。ところが聴いてる側としては非常に聴かせ上手な印象を抱く。これを否定する勇気は僕にはありません。あのとき会場で聴いていて並々ならぬ興奮を感じたのは疑いないですし、こうやって「聴かせる」という方向に特化した演奏としては、本当に高い完成度に達していると思います。僕はこういう演奏も好きです。「ものがたり」への信頼。
by Sonnenfleck | 2005-02-22 00:21 | 演奏会聴き語り

フランス・ブリュッヘン指揮新日本フィル:エポックメイキング

【2005年2月18日(金)19:15〜 第381回定期演奏会/すみだトリフォニーホール】
●ラモー:歌劇《ナイス》から序曲、シャコンヌ
●モーツァルト:交響曲第31番ニ長調《パリ》K. 297
●シューマン:交響曲第2番ハ長調 op. 61


結論から先に書きます。
僕が東京で通った演奏会のなかで、これほどに刺激的な公演は今回が初めてですね。日本のオーケストラが今夜ほど古楽器の音に近づいたことはないと思います。ノンヴィブラートが徹底されて緊迫する弦楽、軽く跳ねる木管、暗く光る金管、そして硬く鮮やかに打ち込まれるティンパニ。長くはないであろうリハーサルの間に、よくぞここまで指揮者の要求に応えた。まずは新日フィルのメンバーの音楽家魂を讃えたいと思います。日本のオケは無個性?蒸留水のよう?言わせておけばいい

ラモー。まずオケの配置が変。指揮台から見て右、いつもはVcの首席がいる位置にFgのソロが二人座り、その奥にコルネットとバロックティンパニ。あとの弦楽と木管は全部左側に寄せられてます。長身痩躯のブリュッヘンがいくぶんよろめきながら舞台に現われますと、場内からは期待と不安の混じった拍手。僕の後ろに座った女子高生たちが話してましたよ。「ラモー?はぁ?誰?」って。僕は念じます。リコーダー仙人の十八番を思い知れ!
僕は僕で、第一音を耳にして最高に驚きます。18世紀オケのCDと同じ音してるじゃん!曲づくりのポイントはそのCDと同じ。巧い!バコバコ打たれるティンパニに気分はルイ15世。ただやっぱりみんなの拍手には戸惑いを感じましたね。普段バロックなんて聴かない人たちがこうやってオケの会員制度を支えてることを思いつつ、二曲目。

モーツァルトの《パリ》には特に馴染みがありません。
プログラムによるとこの曲にはもともと第一稿と第二稿があり、今日の公演では第2楽章でなんとその両方を続けて演奏するとのこと!インテリっぽくて好きです(笑)ただ実際に第2楽章を聴いてみると、前者が8分の6拍子、後者が4分の3拍子なだけということで、期待してたほどの露骨な相違はありませんでしたね(ただ後者にはグレゴリオ聖歌の≪エレミアの哀歌≫の旋律がこっそりと織り込まれてるらしい。バッハみたいなことしやがってー萌えるー)。演奏は相変わらず刺激が強い。弦楽はめまぐるしい強弱変化をヴィブラートなしで(≒ごまかしなしで)やるものですから、ばらばらにならないかヒヤヒヤ。おまけに1stVnと2ndVnは両翼配置になってるものだから、互いの音が聴きにくそう。こっちはフーガ風のパッセージが出ると両翼配置の恩恵を享受することができますがね(^^;;)

休憩を挟んで3曲目はシューマンの2番。アーノンクールやノリントン、ガーディナーら80年代を支えた古楽系の指揮者たちが揃って中期ロマン派の敷居を踏み越えているいま、ブリュッヘンだけはせいぜいメンデルスゾーンどまり、なんと今回の日本公演で初めて2番を振るそうです。でもさすが。いちばんシューマンらしく錯乱したこの曲を選んでくれるなんて♪
第1楽章の序奏。暗く重くトランペットが鳴るさまは、ワーグナー。シューマンが白目むいて笑ってるような例のおっそろしい第2主題を、その裏でホルンに拍を打たせることによって…いっそう気持ち悪くします!!最高!!ここでも、薄いガラスのようなノンヴィブラートの弦楽と硬いモダンティンパニが際だちます。
第2楽章は思いのほか遅く開始されます。切迫する情念。木管がお花畑のように不毛な美しさを放つ。
第3楽章。個人的にはシューマンの書いたオケ作品の中でこの楽章がもっとも美しいと思ってます。バーンスタインばりの粘りをあの美しい響きの中でやるのだから、こっちはもう悶絶っすーどうにでもしてー◎◎
アタッカ気味で第4楽章に突入。一小節一振り(四小節で四拍子を形成)のかなり速いテンポでガンガン進みます。ただただ美音の粒子が飛び交う。最後に第1楽章序奏のテーマが回帰するところ、奥ゆかしく演奏するんでこっちは逆に熱くなります。コーダで上り詰めるロマン派♂の自意識。ブラヴォー!!!!!
by Sonnenfleck | 2005-02-18 23:46 | 演奏会聴き語り