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on the air:ムーティ/ウィーン・フィル

c0060659_20331851.jpg【2005年10月11日(火)19:00〜 来日公演生中継/サントリーホール】
●シューベルト:《ロザムンデ》序曲
●モーツァルト:交響曲第35番ニ長調 K. 385 《ハフナー》
●ラヴェル:《スペイン狂詩曲》
●ファリャ:バレエ《三角帽子》第二部
 ○アンコール ヴェルディ:歌劇《運命の力》序曲

庶民はFM中継を録音して我慢です。

シューベルトとモーツァルトは、各所のレビューで言われているとおりの横綱相撲。しかも朝青龍タイプじゃなく貴乃花タイプ(わかってもらえるか、、初日から寄り切りだけで13連勝)。そりゃあお客さんは安心ですよ。「奇を衒わない」「重厚な」「昔ながらの」こういうハフナーを聴いたのは実に久しぶりです。でももし、これが各所で言われているようにムーティがオケの自発性に任せた結果であり、これがフィルハーモニカーたちにとって「心地よい」のだとするなら、僕としては非常に萎えますね。死んだように弛緩して、あの特徴的な美音(→これだけは間違いなく絶品。スピーカー越しでも本当に美しい鳴り方です。他にああいう音のオケがあるかというと、やっぱりない)をダラダラと垂れ流しているようにしか思えなかった。リズムの角はことごとく潰れ、縦の線はグニャグニャ。とにかく連発されるレガート。こういうスタイルがお好きな方がたくさんおられるのは承知しておりますので、これ以上書くのはやめときます(石投げられそうだな…)。

ところが後半のラヴェルとファリャは、非常によかった。
前半のやる気のない様子から一転、緊迫感が漂います。《スペイン狂詩曲》での波打つように鳴り響く弱音。フラジョレットの美しさには背筋がゾッとします。リズムは確かにやや腰が重いんですが、響きはフランスのオケによる録音なんかよりもずっと瀟洒でダンディなのですなあ。《三角帽子》はさらにスパイシーで、明らかにオケが乗っているのが伝わってきます。これがムーティの趣味なのかオケの趣味なのかはわかりませんが、このコンビのラテンものはもっと聴いてみたい!以前からウィーン・フィルの演奏する非独墺もの(チャイコ、ショスタコ、エルガー、ドビュッシー、)がけっこう好きだったので、後半はかなり楽しめました。

ムーティとしては、前半はオケに自由に楽しんでもらって、後半は一気に厳しく手綱を引き締めると、こういう感じだったのではないかと想像します。このコンビで《幻想交響曲》とかスクリャービンとかオネゲルの《典礼風》とか聴いてみたいですね。なお今日の演奏会の模様は、10月17日(月)20:00〜と、22日(土)00:30〜にBS2で放送されるようです(二回も??)。
by Sonnenfleck | 2005-10-11 22:53 | on the air

on the air:アンドレイ・ボレイコ/N響

渋谷に出かけるのは自粛し、コーヒーを淹れてN響FM会員。節約しなきゃ。

c0060659_19325319.jpg【2005年7月8日(金)19:00〜 第1546回定期公演/NHKホール】
●ボリソワ・オラス:《沈黙の王国》(2003)
●モーツァルト:Cl協奏曲イ長調 K. 622
→横川晴児(Cl)
●プロコフィエフ:交響曲第5番変ロ長調 Op. 100

アンドレイ・ボレイコ、個人的にいま大注目の中堅指揮者です
最初に彼に出会ったのは、北ドイツ放送響と演奏したショスタコの交響曲第10番。これは海賊盤で^^;; たぶん2003年のシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭のライヴなんですが、名前も知らん指揮者だし…と見くびって聴き始めたら、、仰天。かなりレベルの高い演奏なんです。傾向的にはフェドセーエフの旧盤に近いけど、フェドが興奮しておざなりになっているような箇所でも、この指揮者は冷静さを失わない。そしてとにかく濃い。しかし濃いながら粗くなく、むしろフォルムの頑強さに驚かされます(この演奏については後日また改めて)。

二回目は昨年夏の東響定期。このときのチャイ4を聴いて、この指揮者の非凡さを確信したわけです。たいていの指揮者はこの曲のけばけばしさにすべてを捧げるので自然とテクスチュアは粗くなり、騒々しいだけになってしまう。僕はそれまでそういうチャイ4のやかましさが嫌いだったんですが、ボレイコがここで取ったのは、作品の繊細な部分を最優先させるという方法だった。第1楽章は言うに及ばず、第2楽章、マーラーを髣髴とさせる木管のアンニュイな交錯、第3楽章の精妙な軽さ、さらにフィナーレの輝かしさは、陰鬱な「運命主題」が丁寧に描かれてこそ生きてくる、という見事な答案。

前置きが長くなりましたが、そんなボレイコがN響初登場です。
一曲目はウラジヴォストーク出身の女流作曲家ボリソワ・オラスの小品。解説によると、《沈黙の王国》は彼女の作曲の師であったニコライ・コルンドルフの死に捧げられた作品であるとのこと。ひたすら抒情的でなだらか、トーナルなクラスターが頻繁に使用されていて、かなり聴きやすい。でも分かり易すぎかもなあ。
続いてはN響の首席奏者の横川氏をソリストに迎えてモーツァルトのCl協奏曲。
感想は省略します。理性的で破綻のない佳演でした。古楽的アプローチには一切触れず。

さてメインのプロコフィエフ5番。
第1楽章の序奏は高級なバターのように滑らかでとにかく重い。ものすごく巨大なスケール感のまま主部に入ると、今度は主旋律に絡む副次的な旋律の華々しい饗宴が始まる。こんなに色彩感のある曲だったかなあ。。でもこの遅さはさすがに好悪わかれそう^^;;
この第2楽章はマルカートじゃないよ(笑) 相変わらずメチャメチャに遅い。でも各旋律要素の細かな強調など、本当によくスコアを読んでるなーという感じだし、このテンポで拍節感がまったく失われてない。普通は適当に弾き飛ばされるVaの対旋律とか、Pfの嬉遊曲的な合いの手とか、Fg→トゥッティと受け渡される細かいモチーフの処理とか(特にこれはマジびっくりっす)…本当に大切にされてます。
第3楽章は並のテンポ設定ながら、やはり主旋律の裏にあるパッセージに細かく気を配り、凡百の演奏では聞こえない部分が実によく響いてくる。
ほぼアタッカで第4楽章。序奏のObにFgを大きく重ねるところ、新鮮です。ロンド主題はもう予想どおり遅くて笑っちゃいますが、このタイミングでの大太鼓の激しい打ち込みとか、Vcの味のある使い方とか、やっぱ面白えー。ここでも低弦の腰が据わっていて非常に重々しいのだけど、拍節は死んでない。Pfがよく響く。コーダに突入してもスピードアップせず、ぅうわんっ、という表情づけをすべての楽器によく徹底させて、決して走らせない。そして終結部の室内楽的な箇所の直前、旋律的な楽器がすべて同じ音高の音符を連打するところでは、一時的に旋律が薄まり、あたかも打楽器のみのセッションのようになっていました。遠い昔、モダニストだったころの夢、みたいな。
やっぱりボレイコ、ただものじゃない。何か録音してほしいもんです。

* * * * * *

話は変わりますが、アルバン・ベルク四重奏団のVa奏者、トマス・カクシュカ氏が亡くなったそうです。ソースはこちら。ほんの一か月前にイザベル・カリシウスが代打出演したABQの来日公演を聴いたばかりでしたが、結局、正規メンバーのABQを生で聴くことはかなわなかった。。合掌。このあとはやっぱり彼女がメンバーに昇格するんでしょうかね。
by Sonnenfleck | 2005-07-08 21:22 | on the air

on the air:パーヴォ・ヤルヴィ/N響

先週一週間、イレギュラーなイベントが続いたせいで、ちょっと体調が悪い。今日は自宅で休養。NHKFMでN響定期が中継されているのを聴きました。

c0060659_17135593.jpg【2005年6月12日(日)15:00〜 第1543回定期公演/NHKホール】
●トゥール:《アディトゥス》
●プロコフィエフ:Pf協奏曲第3番ハ長調 op. 26
 ○アンコール プロコフィエフ:Pfソナタ第7番変ロ長調 op. 83 《戦争ソナタ》〜第3楽章
アレクサンドル・トラーゼ(Pf)
●シューマン:交響曲第3番変ホ長調 op. 97 《ライン》

えー…指揮は、先日ぼろっぼろに貶したパーヴォ・ヤルヴィ氏であります。
一曲目のトゥールは、ちょっとなんともコメントできない作品ですね。10分弱、激しい動きをする大音量の動機がいくつも重なり合うサディスティックな曲ですが、何度も聴きたいかというと全然そんなことはない。どうしてこの作品を?という感じです。
続いてはプロコ。
なんといっても讃えたいのはソロのトラーゼですねー!何年か前に彼がソロを弾くショスタコのPf協奏曲第1番(バックはサロネン/N響)を聴いたんですが、そのときはあまりにもフォルムを崩しすぎてて、悪趣味な人…という印象しか持たなかったのです。でも今回は見違えるようにセンスよく、ソロパートの各要素間の順位づけをはっきりと打ち出して、明快かつ起伏のある良質の演奏に仕立て上げていました。第1楽章の終結部で見せた心地よい揺らめき、さらに第2楽章の静謐な部分での清潔な抒情性は(ゲストの白石美雪も言ってましたが)特筆ものだと思います。オケも、ハーンのときに見せたようなズレ、呼吸の浅さはほとんどなくなり、実によく練られていたように感じました。
さらにトラーゼのアンコールの戦争ソナタには本当に驚いた。十全のテクニックで、辛口の美しさをいとも容易く紡ぎだします。スピーカの前で固まってしまうような力感。

さて後半の《ライン》で、パーヴォにはその実力のほどをまざまざと見せつけられました。うむむ。
第1楽章はのっけから畳みかけるような弾むリズムでもって聴き手を引き込み、さらに金管を浮かび上がらせて旋律線をしっかりと確保。先日感じたようなあざとさはなくなり、明晰で軽快でとにかく輝かしい。楽器間バランスの取り方が非常に巧いです。第2楽章でのレントラー+メヌエットの上品さ、第3楽章の繊細な音の運び、、これがあの下品なショスタコをやったのと同じ人か?…という感じです(^_^;) 第4楽章の金管コラールだけちょっと無用な力みが目立ちましたが(しかもスタミナ切れ●)、フィナーレになると軽快さを取り戻し、この難曲を最後まで飽きさせずに料理していました。シューマン独特のリズムの異様さが前面に出て、ほんとに楽しかった。ブラヴォー。《ライン》ってこんなに面白い曲なんですね。

とにかく、今日この放送を聴いてよかった。あのショスタコは、よほど調子が悪かったか、ただの練習不足か、そんなところなんでしょう。シューマンでこういう指揮のできる人が、逸材でないはずがないと思います。
by Sonnenfleck | 2005-06-12 18:46 | on the air

on the air:ブレンデルの「最後の」《皇帝》

ラジオネタつづきでごめんなさい。バルトークラジオ5月8日の放送から。

c0060659_2183790.jpg【2004年8月17日 ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホール】
●ベートーヴェン:Pf協奏曲第5番変ホ長調 op. 73 《皇帝》
 →アルフレッド・ブレンデル(Pf)
→クリストフ・フォン・ドホナーニ/フィルハーモニア管弦楽団

ヨーロッパのほとんどのラジオ局では、深夜枠に「Euroclassic Notturno」という共通した番組を流しています。この演奏会もその中で放送されたもの。昨年のプロムスのライヴです。ところが、、バルトークラジオと同じく「Euroclassic Notturno」を放送しているBBCの番組表に衝撃的な文字が。

02:00AM Another concert from the 2004 BBC Proms, given by the Philharmonia Orchestra under Christoph von Dohnanyi recorded in the Royal Albert Hall, London on 17 August. This was pianist Alfred Brendel's final live radio performance .

え?ファイナル?ブレンデルっていつ引退したの??
大いにビックリし、あわててGoogle検索をかけたら真相が出てきました。2004年8月20日付けのGuardianの記事によると、この演奏会を最後にブレンデルは「プロムスでの演奏活動から」引退することにしたらしいのです。別にピアニストとしての引退を決めたわけじゃないのですね。

《皇帝》。第3楽章の最後の数小節があまりにもすばらしかった。最後の和音を派手に決める直前のあの静かな美しい場面です。ドホナーニもブレンデルも決して極端な表情づけをする人ではないので、それまでは一貫して、中庸な表現(退屈とか弛緩とはほど遠い「充実」だと思いました。この二人は無闇矢鱈と貶されすぎる)が保たれていました。ところがこの箇所に差しかかって、突然ギクリとさせるような急激な減速が。ひたすら柔らかく叩かれるティンパニ、しっとりとした弦楽、そして満ち足りたように爪弾かれるピアノ…。「引退」云々の先入観を抜きにしても、ここが抜群に美しかったことは書いておかにゃあならんと。

四年前の来日公演で聴いた《ディアベッリ》は絶品だった。ブレンデル、また日本に来てくれないかな。
by Sonnenfleck | 2005-05-13 22:10 | on the air

on the air:チッコリーニ in ドゥブロブニク

c0060659_20223532.jpg例によってハンガリーのバルトークラジオ5月5日の放送から。

【1978年8月15日 クロアチア、ドゥブロブニク、レクター宮殿のアトリウム】
●ベートーヴェン:Pfソナタ嬰ハ短調 op. 27-2 《月光》
●シューマン:Pfソナタヘ短調 op. 14
●ラヴェル:ソナチネ
●ラフマニノフ:Pfソナタ変ロ短調 op. 36

こんなものがタダでネット上に流れてるんです。いい世の中になりました。
今年来日予定のアルド・チッコリーニ。彼は1925年生まれですから、この演奏会の時点では53歳のはず。いいですね。脂のってます。
なんだか日本ではサティのスペシャリストのように捉えられている感なきにしもあらずですけれど、まず1曲目の《月光》からして独特の味わいがある。ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンで聴いたケフェレックの《月光》とは対極にある、発散系の美演です。第1楽章は美しい旋律を臆することなく強調し、逆に第3楽章ではボコボコとしたスタッカートで田舎くさいコミカルささえ漂わせる。
シューマンでは一転、真摯な表情へ。ラヴェルはふたたび思い切ったメロディ重視路線が気持ちいいですねえ。ラフマニノフは普段あまり聴かないのでなんともコメントしにくいのですけれど、ピアニスティックな快感を聴衆に与えることを忘れず、かといって変に深刻ぶらないアゴーギクが親しみやすさを醸していたように思います。最後の和音に重なって雪崩れ込む聴衆の拍手と歓声。

会場となったクロアチアの(この演奏会の当時はユーゴスラビアでしたが)ドゥブロブニクは、「アドリア海の真珠」と評される港湾都市。街全体が世界遺産に登録されています。その温暖な気候と美しい景観から、旧ユーゴ時代から有名な観光地として栄え、夏は音楽祭が開かれて多くの聴衆がこの街を訪れるようです。この演奏会も1978年のその音楽祭の模様なのでしょう。いろいろ調べてるうちに無性にこの街へ行きたくなりましたー。
というか僕の友人が昨年、イタリアから陸路でドゥブロブニクに行ってるんですよね。うらやますぃ。
by Sonnenfleck | 2005-05-12 21:01 | on the air

on the air:プレヴィン弾き振りのモーツァルト

c0060659_2117557.jpg【1998年5月9日 東京、NHKホール】
●モーツァルト:Pf協奏曲第24番ハ短調 K. 491
→アンドレ・プレヴィン(Pf:ベーゼンドルファーでしたねえ)/NHK交響楽団
【1995年10月25日 東京、NHKホール】
●メンデルスゾーン:交響曲第4番イ長調 op. 90 《イタリア》〜第1、3、4楽章
→アンドレ・プレヴィン/NHK交響楽団

N響アワーから。
この放送の次、確か2000年代に入ってからのN響客演を、眼疾?を理由にキャンセルしたプレヴィン。オスロ・フィルの監督をやったり、奥さんに曲を書いたり、向こうでの活動はしっかり続いているようですけど、なんだか来日はもう望めないような気がします。しかしこの放送を聴くだに、残念でならない。すこぶるいい演奏だと思います。Pf協奏曲の最終楽章でふと長調に転調したところの、光がさっと差すような一瞬の美しさ…。《イタリア》第1楽章のなんと軽やかなこと。
いままで看過していたけれど、聴いてて安心できるって、実はとんでもないことなのかもなのかもしれない。何かが突出したりとか、激しい感情移入があるとか、そういうことはありません。でもプレヴィンにあって重要な位置を占めるのは、優美で繊細な音色へのこだわりだったり、重い音響を排除することだったり、デフォルメを厳しく戒める心だったりする。いまクラヲタの世界を席巻する爆演・凄演志向、ここから遠く離れたところに立っているこの指揮者を、僕は決して見落としたくないと思います。
by Sonnenfleck | 2005-05-08 21:56 | on the air

ショスタコーヴィチ自作自演のピアノ協奏曲第2番:はたして…

作曲家ショスタコーヴィチは、同時に凄腕のピアニストとしても活躍していました。幸いにしてピアノ五重奏曲やピアノ三重奏曲、交響曲第10番の4手ピアノ編曲版などの自作自演が残されており、われわれは実際に彼の腕前を聴くことができるわけです。
1957年の5月に初演されたピアノ協奏曲第2番ヘ短調 op. 102の自作自演は、
(1)1958年5月24-26日、アンドレ・クリュイタンス指揮フランス国立放送管弦楽団(EMI)
(2)1959年、アレクサンドル・ガウク指揮モスクワ放送交響楽団(RUSSIAN DISC、YEDANG他)
の二種類が確認されています。

ところが先日いきなり、バルトーク・ラジオで未発表音源が放送されたのです。

【1958年1月12-13日、ソフィア、ブルガリア・ホール】
コンスタンチン・イリエフ指揮ソフィア・フィルハーモニー管弦楽団
●ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第2番ヘ長調 op. 102
→ドミトリー・ショスタコーヴィチ(Pf)

●ショスタコーヴィチ:交響曲第8番ハ短調 op. 65

バルトーク・ラジオの番組表(および、同内容の放送をしていたBBC RADIO3の番組表)を信じるならば、これは(1)と(2)に先立つ、録音で聴けるピアノ協奏曲第2番の最初期の演奏ということになります。
ただですね…実際に聴いてみるとピアノ協奏曲のほうでは聴衆ノイズがまったく聞こえないんですよ(^^;;;;)楽章の間の咳もないし、演奏のあとの拍手もない。でも演奏時間を計ると(1)と(2)とはほんの少しずつ差があるので、別の演奏であることはおそらく間違いない。
となると残るのは、ラジオ放送用のスタジオ録音という線です。
番組表の日付が二日に渡っていること、さらに交響曲第8番のほうには明らかな聴衆ノイズが聴かれることを考えると、これが一番現実的な解釈かなと思われますが、、いまいち確証が得られません。

演奏のほうはいかにもショスタコの自作自演らしい爆演です◎◎
その筋では有名な(1)(2)では、ピアニストはすさまじいアッチェレランドや急ブレーキ、勢い余ってのミスタッチといった奔放さを見せ、オケが到底ついていけてません。この演奏はそれらに比べれば比較的おとなしいものの、やはり同じ路線。軽やかなタッチで跳ね回りつつ、好き放題してます。というか作曲者当人以外ではこんな冒涜的なことは恐れ多くてできないべという感じですね(^_^;)
演奏会のライヴであることが疑いない交響曲第8番。こちらはソフィア・フィルの意外な巧さに驚かされます。
第1楽章でのVa・低弦のしっとりとした暗さや、第2・3楽章の派手な箇所でもオケがまったくへたれない点、第4楽章で見せる夜の森のような情感(管が本当に絶妙!すごいっす!)、第5楽章の不思議な解放感、、楽譜を丁寧になぞるだけではここまでの演奏はできないですよ。オケのもともとのポテンシャルの高さに加え、このイリエフという指揮者、なかなかただ者ではない。

*コンスタンチン・イリエフ
google検索をかけましたらば、山のようにヒット(笑)
Konstantin Iliev (1924-1988)
ソフィア生まれの作曲家、指揮者。
20世紀ブルガリアを代表する作曲家として、トータル・セリエリズムや偶然性を積極的に手中に納め、交響曲を6曲、オペラやカンタータを作曲しています。また指揮者としてはたびたび国立歌劇場の指揮台に立ったり、ソフィア・フィルの音楽監督を30年ほど務めるなど、八面六臂の活躍をしていました。ブルガリアの聴衆にシュトックハウゼンやブーレーズ、メシアンをいちはやく紹介したのは、彼の最大の業績のひとつであるようです。
by Sonnenfleck | 2005-03-11 23:22 | on the air

ミッコ・フランク指揮ベルギー国立管弦楽団:聴かなきゃリスト追加

c0060659_19121711.jpg例によってバルトークラジオ2月27日(日)の放送から。
【2004年3月5日(金) ブリュッセル文化宮殿】
●バルトーク:Vn協奏曲第2番 Sz. 112
→リーラ・ジョセフォヴィッツ(Vn)
●ムソルグスキー/ラヴェル:組曲《展覧会の絵》

今年没後60年を迎えたバルトークなんですが、ここ最近ずいぶん演奏会で取り上げられるようになってきたとはいえ、「俺はバルトークがあればどんぶり3杯はいけるね」っていうノリの人はどうもあまりみかけない。同じ趣旨のことは、吉田秀和がフォーレについても述べています(「しかし、誰が情熱的に愛するのか?」—『私の好きな曲』、新潮社、1977、pp. 7)。でも—よく言われるように—アメリカに亡命してからの作品であるこのVn協奏曲第2番はかなり親しみやすい旋律に溢れています。口ずさめるバルトーク。
ジョセフォヴィッツは昔デュトワの伴奏でシベリウスかなにか録音してましたかね。僕は初めて聴きますが、どうも印象としては天才女流生産工場・ユニ○ーサルの優秀製品、という感じです。でもけっして激さないクールなタッチはこの曲には合っているのかもしれない。もうシゲティとは違う。

《展覧会の絵》。暗い、、暗い演奏です。ちょっとこれは…なんなんでしょう。
〈古い城〉は冷たい独房の格子から垣間見える遠景、甘い感傷などない。〈テュイルリーの庭〉とか〈リモージュの市場〉とか、普通コミカルなアクセントになりうる曲までが痙攣するような悲惨な容貌をしており、全編にわたって淀んだ空気が垂れ込めます。〈ブィドロ〉は予想通り、、いや、予想以上の、、《バービィ・ヤール》の男声合唱みたいな重苦しさ。トゥッティのfffへ差しかかる直前のとんでもないリタルダンド、そしてKbと金管の威圧的な様子に思わずうなだれます。
〈卵の殻をつけたヒナの踊り〉は、シューマン2番の第2楽章もかくやと思わせる偏執狂的な切迫感。〈カタコンブ〉のTbの強奏、ありえんとです。もともとの修辞を思い出さずにはいられない。あれは「7つのラッパ」なんですよ。
〈キエフの大門〉を聴いて思わず仰け反りました。フルトヴェングラーがこの曲を振ったらこんな感じになるんですかね、、大見得を切るような露骨なアゴーギクと、クライマックスを作り上げる手腕の完璧さには舌を巻くしかないっす。ものすごい感情表出。

あーカラマーゾフ読み返そうっと。大審問官。

ミッコ・フランクはかなりすごいという話は以前からときどき耳にしていましたが、こんなにアクの強い人だとは思わなかった。次に日本に来たら聴きに行かなきゃ!
でも確かミッコ、幼いころから骨髄ガンと戦い続けているのですよね。初来日のときは、年齢に見合わない座っての指揮が好奇の目にさらされてましたっけ。検索かけたら、最近もフジ子・ヘミングの公式サイトで「2005年1月のベルギー国立管との演奏会が指揮者ミッコ・フランクの急病により延期」という話が掲載されており、やはりいまだ体調は万全ではない模様。心配です。

明日はネズミの国に行ってきます。久しぶりですわ。
by Sonnenfleck | 2005-03-02 21:38 | on the air

ジャナンドレア・ノセダ指揮BBCフィル:スポ根ではない

c0060659_12515057.jpg先日N響定期に登場したノセダですが、彼は今マンチェスターを本拠とするBBCフィルハーモニックの首席指揮者のポストにあります(BBC交響楽団とはちがいます>さしずめNHKが大阪にもう一つオケを持っているようなものでしょうか。日本であれば受信料収入の無駄遣いなどとワイドショーで叩かれるんでしょう。あはは)。
ウェブ上をふらふらしていましたら、この組み合わせによる2004年のライヴを見つけました。ソースはハンガリー放送のクラシック(&ジャズ)専門チャンネル、バルトークラジオです。ストリーミング放送は世界中の放送局によってなされていますが、実態はまちまち。番組内容が良くてもモノラルとか、逆に音質が良好なぶん回線が不安定であるとか、、エアチェッカーにとってはいまだに手探りの分野であります。そんななかでバルトークラジオは比較的良好な音質と高い安定性を有しているため、注目されます。

【2004年9月10日(金)19:30〜 ロンドン公演/ロイヤル・アルバート・ホール】
●ドヴォルザーク:交響詩《水の精》 op. 107
●プッチーニ:《ボエーム》〜《ムゼッタのワルツ》
●プッチーニ:《マノン・レスコー》〜間奏曲
●ベッリーニ:《清教徒》〜狂乱の場
→アンナ・ネトレプコ(S/ボエーム、清教徒)
●ショスタコーヴィチ:交響曲第5番ニ短調 op. 47

BBCフィルの04/05シーズン幕開けを飾ったこの演奏会。
このすばらしい選曲センスについてはなにをか言わんやですが(笑)前半はとにかくネトレプコ目当ての聴衆がやんやの喝采。コケティッシュだけどちょっと暗い声…それにあの美貌◎◎そりゃもう興奮ごもっともですよ。ノセダもオケを破綻なくぴたりとネトレプコに合わせます。この二人はマリインスキー劇場専属のころからの旧知の仲なのでしょうね、彼女のデビューCDのバックはノセダ/ウィーン・フィルです。
さて後半のショスタコーヴィチ。
この曲には附随するエピソードが多すぎる。演奏する側も聴く側も、もはやそれを知らずに作品に臨むことは不可能です。ですが今日はひとまずそのことについては触れません。
第1楽章のテンポ設定の意外な速さ(そしてアゴーギクをあまり用いない楽譜通りの指示)にはちょっと驚かされます。この20年くらいでショスタコーヴィチ演奏はどんどん意味深な感じ(ここ重要です)で遅くなってきている、というのが僕の持論なのですが(このことについてはまた機会を改めて書こうかと思います)、ノセダは特にここでは勿体ぶることなく淡々と進めます。ただダウンボウの偏執狂的な指示だけは、N響定期のチャイコフスキーと同じようになされているようです。
ところが第2楽章では一転、過剰な演出が施される。テンポ自体は中庸なのですが、トリオ部分でソロVn→Fl→弦楽→Obと受け渡される旋律がどんどんよたよたと千鳥足になっていき、最後のObは部分的にもとの音価の2倍近くまで引き伸ばされて戯画性を帯びます。この次の楽章との対比を狙ってのことでしょう。
第3楽章は最近流行りのかなり重々しいLargo。ですが最初の何小節かの静謐な感じ、その後のうねるような情感は、数多あるセッション録音でもなかなか聴けないような上質の出来です。Vcに主題を弾かせるときなど、いかにも紫のビロードのような重くしっとりとした質感を有していますし、弱奏部の張りつめた様子はなかなかのもの。残り1分くらいでのHpとチェレスタはきわめて美しい。
第4楽章はなんだか管を中心にオケがスタミナ切れ??いまいち爆発しきれません。3分の2くらいまではどうもよろしくない。なにかスパイスを加えるということもなく遅めのテンポでたらたら進みます。コーダまで来るとさすがに勢いを取り戻してラストまで雪崩れこみますが、ノセダの名誉のためには、この楽章に関してはあまり突っ込まない方がよいかもしれません。ロンドンの聴衆は最後の和音が鳴り終わるそばからものすごい歓声を上げてはいますが(^_^;)

第3楽章の弱音に頂点を持ってくるという曲作り—いい意味で予想が裏切られました。少なくとも直情一本槍ではない。この先も機会があれば彼の指揮を聴いてみたいですね。…でも今度はプログラムをなんとかしてほしい(笑)
by Sonnenfleck | 2005-02-27 20:59 | on the air