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    <title>庭は夏の日ざかり</title>
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    <description>クラシック音楽系雑談ブログ。</description>
    <dc:language>ja</dc:language>
    <dc:creator>Sonnenfleck</dc:creator>
    <dc:rights>Copyright 2012</dc:rights>
    <pubDate>Thu, 24 May 2012 22:04:35 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-05-24T22:04:35+09:00</dc:date>
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        <title>庭は夏の日ざかり</title>
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        <title>on the air：ブリュッヘン、5分間だけドビュッシーを振る＠ユトレヒト（3/16）</title>
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        <description>
<![CDATA[  
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/24/59/c0060659_2235812.jpg" border="0" width="400" height="116"/></center><br/>
【2012年3月16日(金) 20:15～　ユトレヒト・フレーデンブルフ音楽センター】<br/>
●ドビュッシー／ラヴェル：《ピアノのために》～サラバンド<br/>
●モーツァルト：Pf協奏曲第17番ト長調 K453<br/>
→アンドレアス・シュタイアー(Pf)<br/>
●ベートーヴェン：交響曲第4番変ロ長調 op.60<br/>
⇒フランス・ブリュッヘン／オランダ放送室内フィルハーモニー<br/>
（2012年3月27日／Nederland Radio 4 オンデマンド）<br/>
<br/>
150年に一度の快挙である。ブリュッヘンの振るドビュッシー（というかラヴェルというか）がどーーーうしても聴きたくて、つまりこのたかだか5分程度の音楽を楽しみにして、オランダ国営放送のサイトにアクセスしたのだった。<br/>
<br/>
＋　＋　＋<br/>
<br/>
今回取り上げられたのはドビュッシーのサラバンド、つまり4月1日の東京春祭ドビュッシーマラソンでも聴いた、あの曲である。あのとき藤井一興氏が言っていたけど、《忘れられた映像》のサラバンドと《ピアノのために》のサラバンドは、ほぼ同じ曲でありながら微妙に＃や♭の有無が異なってるそうだ。もちろんラヴェルが知り得たのは《ピアノのために》のほうだから、編曲したのはそちらだろう。<br/>
<br/>
で、たしかにフォルムは古い舞曲なれども、旋律は明確にドビュッシー、管弦楽法は明白にラヴェルである。フレージングはどことなくぎくしゃくしながら、マチエールは聴き間違えようのない濃厚なブリュッヘン節であった。彫りは深く、打点は重く、陰翳も濃い、昔ながらの彼の剛胆な音楽づくりが、ドビュッシーについてこのような方向に働くとはね。<br/>
<br/>
歌い出しから古色蒼然とした音色がオーケストラに（特に木管隊には厳しく）要求されているようだ。古楽のひとがモダンオケを振って19世紀末の懐古趣味音楽をやってるんだから、状況は相当に捩れまくっているわけだが、何かストンと落ちてしまって違和感ゼロだな。最後に銅鑼がくぉーん…と鳴るまで魔法のような5分間。<br/>
<br/>
＋　＋　＋<br/>
<br/>
こっから先はおまけのようなものですが、モーツァルトはシュタイアーが借り猫のように大人しくてちょっと拍子抜け。というかブリュッヘンとシュタイアーの方向性があんまり違わないのかもしれない。少なくとも反発し合うという感じではない。第2楽章の終結部でも合体技・黒々とした不穏が垣間見えた。<br/>
<br/>
ベト4はなんというか、かなり自由な造形になってきてます77歳。<br/>
<br/>

 ]]> 
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        <dc:subject>on the air</dc:subject>
        <dc:creator>Sonnenfleck</dc:creator>
    <pubDate>Thu, 24 May 2012 22:04:35 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-05-24T22:04:35+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>日有蝕之</title>
        <link>http://dsch1906.exblog.jp/17996987/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/21/59/c0060659_22293140.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
<br/>

 ]]> 
</description>
        <dc:subject>絵日記</dc:subject>
        <dc:creator>Sonnenfleck</dc:creator>
    <pubDate>Mon, 21 May 2012 22:38:03 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-05-21T22:38:03+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>さようならフィッシャー＝ディースカウ</title>
        <link>http://dsch1906.exblog.jp/17982881/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
"Jahrhundertsänger" Dietrich Fischer-Dieskau ist tot（SPIEGEL ONLINE／2012年5月18日）<br/>
<br/>
この大音楽家は、このブログを覗きに来ていただける皆さんにとってきっとそうであったのと同じように、僕にとっても大切な存在だった。<br/>
<br/>
僕が初めて聴いたクラシック音楽はフィッシャー＝ディースカウが歌うシューベルトのリートだったし、墓場まで持っていく予定の人生の愛聴盤の中で、フィッシャー＝ディースカウは朗々とパパゲーノを歌っている。今夜も銀色の円盤をトレイに乗せれば、歌っている。<br/>
<br/>
R.I.P.<br/>
<br/>

 ]]> 
</description>
        <dc:subject>日記</dc:subject>
        <dc:creator>Sonnenfleck</dc:creator>
    <pubDate>Fri, 18 May 2012 21:46:22 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-05-18T21:46:22+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>イーヴォ・ポゴレリチ　リサイタル＠サントリーホール（5/9）</title>
        <link>http://dsch1906.exblog.jp/17970792/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
みな人は、今のポゴレリチをオカルト→宗教→信者乙と捉えるが、本当にそうか？現状を真摯に聴いてなおそのように思うなら、もう何も言えないが、誰かの批評を読んで聴いたつもりになるのはもったいない。それこそオカルトではないか。<br/>
<br/>
＋　＋　＋<br/>
<br/>
<img class="IMAGE_RIGHT" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/16/59/c0060659_626124.jpg" border="0" width="135" height="191" align="right"/>【2012年5月9日(水) 19:00～　サントリーホール】<br/>
●ショパン：Pfソナタ第2番変ロ短調 op.35《葬送》<br/>
●リスト：《メフィスト・ワルツ》第1番<br/>
●ショパン：ノクターン ハ短調 op.48-1<br/>
●リスト：Pfソナタ ロ短調<br/>
⇒イーヴォ・ポゴレリチ(Pf)<br/>
<br/>
2010年のリサイタルがどうも忘れがたい印象を残しているので、また聴きに行った。今度はP席1列目という栄誉に浴したが、ステージは暗い。<br/>
<br/>
僕にはやはり、この人のやっていることが真っ当な藝術行為に思えてならない。<br/>
<br/>
ピアノ弾き系クラヲタからすると、おそらく彼の演奏実践は禁忌と違反だらけで、とてもじゃないが藝術とは認めがたいのだろうと思う。それはなんとなくわかる。でも非ピアノ系クラヲタである僕の耳には、彼の音楽はピアノであることを放棄する代わり、オーケストラや合唱のような「交響」を強く志向しているように感じられたんだよね（今回は特に）。<br/>
僕たちは、瞬間々々に鳴る音の質そのものや、彼自身の審美に基づいてコントロールされた音価そのものを、シンプルに聴き味わうべきなんじゃないかな。自分の知っている、あるいは弾いたことのある曲が、自分の知らないやり方で実践されていたから厭だ変だ嫌いだ、と反応するのはもったいない。みんなももったいないおばけが出んようにしとるかの。<br/>
<br/>
そのように考えることができるのも、2010年来日時に比べるとある程度は、彼の音楽における「交響の公共性」みたいなものが安定していたからなんだけど、何よりも彼自身が、彼の内面との整合性を取ることに配慮が届くようになったのが大きいように思う。前回の究極の自閉的独り言から、今回は客席にカボチャが並んでいることを認識するくらいまでは、発展があったようだ。開場も開演も遅れなかったしね。<br/>
<br/>
ショパンの《葬送》は予想よりずっとフツー。<br/>
覚悟していた第3楽章は、軽々とした主題の歩みにトリオが多少しっとり絡みつく程度である。むしろ今回のポゴレリチにおいては、第1楽章のほうに重心が掛かっているのがありありとわかり、興味深い。この世への憎しみを打鍵によって表現するような大仰なタッチは、別に、この作品のフォルムを壊したりしないみたいだった。案外ショパンという男の本質を抉っているのかもしれない。<br/>
<br/>
リスト《メフィスト・ワルツ》第1番。これは前回も聴いた曲。<br/>
中間部（un poco meno mosso）に差し掛かってからの、アスファルトに滲んだガソリンの虹のような美しさは今回も味わえた。ガソリンで拙ければ、永遠に終わらないトリスタンとイゾルデの愛の夜とでも言い換えようか。どちらも（相似通っていると僕は思うが）そこに美を観測するかどうかは聴き手次第だろう。トリスタンとイゾルデだけが藝術だと思い込むのは（繰り返すが）もったいない。<br/>
<br/>
＋　＋　＋<br/>
<br/>
ただし、上記が、前半だけを聴いて帰った聴衆の感想文だということに触れないのはフェアじゃないので、書いときます。<br/>
GW明けから風邪を引き、前日に熱を出していたのを抗生物質で無理やり鎮めて出勤、一日フラフラしながら仕事をした後だったので、メフィスト・ワルツを聴いている途中から頭痛が酷くなり、休憩時間に離脱したのだった。<br/>
<br/>
各所のレヴューを読むと、プログラム最後のリストのロ短調ソナタが「とんでもなくひどく」「悪趣味」だったということだけど、前半の2曲のような「交響の公共性」は保たれていたのだろうか。こればかりは想像すべくもない。<br/>
<br/>
＋　＋　＋<br/>
<br/>
開演間際に、ホール入り口の主催者窓口に向かって「俺あさって六ヶ所村行きますよ（るん♪）」とおしゃべりされてる許先生を見た。とても趣深い光景である。彼の著作活動の一次資料というか、幻の歌枕というか…。<br/>
<br/>

 ]]> 
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        <dc:subject>演奏会聴き語り</dc:subject>
        <dc:creator>Sonnenfleck</dc:creator>
    <pubDate>Wed, 16 May 2012 6:27:59 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-05-16T06:27:59+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>Hvor ligger Københavns Hovedbanegård?</title>
        <link>http://dsch1906.exblog.jp/17957766/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
<br/>
↑Flash mob in the Copenhagen Metro. Copenhagen Phil playing Peer Gynt.<br/>
<br/>
とてもすてき。みんなの表情が良くって、何度も見返しちゃう。<br/>
もう1パターンあるので（そっちも好きだ）オケの公式サイトへどうぞ。<br/>

 ]]> 
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        <dc:subject>広大な海</dc:subject>
        <dc:creator>Sonnenfleck</dc:creator>
    <pubDate>Sun, 13 May 2012 18:38:51 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-05-13T18:38:51+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>35.6256718｜139.8841726</title>
        <link>http://dsch1906.exblog.jp/17946199/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/10/59/c0060659_22412676.jpg" border="0" width="400" height="292"/></center><br/>
ああ、いかに感嘆しても感嘆しきれぬものは、天上のハハッ！星の輝きと我が心の内なる道徳律！ハハッ！<br/>

 ]]> 
</description>
        <dc:subject>絵日記</dc:subject>
        <dc:creator>Sonnenfleck</dc:creator>
    <pubDate>Thu, 10 May 2012 23:22:50 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-05-10T23:22:50+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>熱狂の復習―5月3日(木)その2｜ラフマニノフ→チャイコフスキー→ラフマニノフ</title>
        <link>http://dsch1906.exblog.jp/17926078/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
<img class="IMAGE_RIGHT" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/06/59/c0060659_19584816.jpg" border="0" width="130" height="130" align="right"/>その1から続く。<br/>
<br/>
【125】5/3 1800-1900 ホールB7〈チェーホフ〉<br/>
●ラフマニノフ：《楽興の時》op.16<br/>
●チャイコフスキー：Pf組曲《くるみ割り人形》<br/>
●ラフマニノフ：Pfソナタ第2番変ロ短調 op.36<br/>
⇒アレクセイ・ヴォロディン(Pf)<br/>
<br/>
今回の大収穫。この人は、すぐにラフォルジュルネでは聴けなくなるようなクラスのピアニストじゃないかと思う。<br/>
最近のラフマニノフ運の強さは異常なほどである。昨秋に聴いたテミルカーノフの第2交響曲も最強だったが、ヴォロディン氏の楽興の時＋第2ソナタも最強だった。<br/>
<br/>
実は最近、クラヲタ歴10数年目にしてついに、ショパンとリストとラフマニノフの偉大さに気づきつつある。<br/>
<br/>
つまるところ彼らは、どこまで行っても哀れで、汗臭く、夢見がちな男の浪漫を音楽にして残しただけなんだろうな（リストは少し違うかもしれんが…）。こんな簡単なことに思い至るのに、10年以上も掛かってしまった。<br/>
語弊を恐れずに書くが、男臭い浪漫に惹かれる女性ファンが多いのは非常に理解できるところだし、それに昭和のヒョーロンカとヒョーロンカに引き摺られている僕たちヲタ層が、コンプレックスと十分に融け合って切り離せないアンチ浪漫主義に基づいて、ショパンやラフマニノフを（たとえばバッハやベートーヴェンに比べて）なんとなく一段下に見てきたのも自明という気がする。<br/>
<br/>
＋　＋　＋<br/>
<br/>
1977年生まれのヴォロディンは、タチアナ・ゼリクマンとエリソ・ヴィルサラーゼに師事したロシアン・スクールの正統的逸材として名高い（ようである）。<br/>
<br/>
でもそんな能書きは、ラフマニノフを聴けばすぐにぶっ飛ぶ。彼のラフマニノフは、上に書いたような男臭い甘みと、自己陶酔的苦みが渾然と融合したアダルトなスイーツのよう仕立てて、僕たち聴衆を一気に虜にした。口に入れるとすぐに溶けるが、甘みと苦みがずっと舌の奥に残る。隣席の女性はあまりの感激に苦しそうにして耳を傾けていたし、となりのおっさんも感極まってブラヴォを飛ばしていた。<br/>
<br/>
チャイコフスキーは箸休め程度に考えていた僕に、ヴォロディンはさらにいろいろなことを示す。<br/>
この人は指がたいへんよく回るので、まずタッチの粒立ちの美しさが比類ないレベルである。でもそれだけじゃなくて、ピアノからピアノ以外の響きを錬成する技術にも長けているんだなあ。<br/>
序曲の金管、金平糖のチェレスタ、パ・ド・ドゥ（アンダンテ・マエストーソ）のハープとチェロ、そうした楽器の響きをちゃんと想起させながら、なおかつピアノの音それ自体としても美しいという一回転が起こっていたのだった。ピアノ弾き系クラヲタにとってはどうでもいいことかもしれないけど、非ピアノ弾き系クラヲタにはかなり大切な事象なんである。<br/>
<br/>
そして最後のラフマ第2ソナタ！<br/>
この巨大なソナタの胸苦しい第2楽章を聴きながら確信する。ああ、自分にとってはラフマニノフがなくてはならない存在になりかかっているんだと。少し前なら考えられなかったようなことが自分の中で起きている。<br/>
ヴォロディンはときに傲然と、ときに傷つきやすく、つまりはきわめて男臭くこのソナタを捌いていく。しかし野暮ったさや鈍重さとはいっさい無縁で、楽興の時やくるみとは少し違う種類のダンディズムが漂う。アタッカで第3楽章に侵入する第1撃の輝かしさに、フィナーレの怒濤のフォルティシモに、これまた帝政ロシアの復活を思わずにはおれない。<br/>
<br/>
最後の和音が鳴り終わらぬうちに、どうしてもとどめきれない拍手が雪崩れ込む。僭越ながら、僕もブラヴォを飛ばさせていただいた。彼、1月にオペラシティでリサイタルやってたんだなあ。行きたかったなあ。<br/>
この後、展示ホール「ディヤギレフ」でヴォロディンのショパン集を買う。<br/>
<br/>
＋　＋　＋<br/>
<br/>
その3へ続く。<br/>
<br/>

 ]]> 
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        <dc:subject>演奏会聴き語り</dc:subject>
        <dc:creator>Sonnenfleck</dc:creator>
    <pubDate>Sun, 6 May 2012 20:50:42 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-05-06T20:50:42+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>熱狂の復習―5月3日(木)その1｜アレンスキー→シュニトケ→ペルト</title>
        <link>http://dsch1906.exblog.jp/17915669/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
<img class="IMAGE_RIGHT" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/04/59/c0060659_106449.jpg" border="0" width="130" height="130" align="right"/>【133】5/3 1500-1545 ホールB5〈ツルゲーネフ〉<br/>
●アレンスキー：Pf五重奏曲ニ長調 op.51<br/>
●シュニトケ：Pf五重奏曲 op.108<br/>
⇒ボリス・ベレゾフスキー(Pf)<br/>
　スヴャトスラフ・モロズ(Vn)<br/>
　ミシェル・グートマン(Vn)<br/>
　エリーナ・パク(Va)<br/>
　アンリ・ドマルケット(Vc)<br/>
<br/>
水も漏らさぬ、というアンサンブルではなかった。アレンスキーもシュニトケも、音程の定まらないところやユニゾンが破綻している箇所はいくつもあった。水はダダ漏れである。でも、湛えている水の性質が佳い。それが大事だ。<br/>
 <br/>
アレンスキーは第2楽章が印象深い。この楽章は変奏曲形式なんだけど、変奏していく主題の独特の高貴さは、音程やアンサンブルのメカが整っていることを必ずしも必要としてない。LFJ大好き熊さん・ベレゾフスキーをついにライヴで聴いたけど、この人も精緻さではなくムードの追求に余念がない。すなわちこの作品によく合う。<br/>
 <br/>
シュニトケはもう少し難物だけど、ショスタコムードの忠実な実践であるから、ソヴィエト臭い荒々しさで乗りきることもできる。特に第3楽章アンダンテから第5楽章パストラーレにかけて、たいへん荒涼として素晴らしい演奏が続いた。<br/>
<br/>
【134】5/3 1645-1730 ホールB5〈ツルゲーネフ〉<br/>
●キリルス・クレーク Cyrillus Kreek：晩祷、首誦聖詠（詩篇104）<br/>
●作曲者不明：讃歌《沈黙の光》（ズナメヌィ聖歌）<br/>
●ペルト：《カノン・ポカヤネン》<br/>
～オードI, III, IV、コンタキオン、イコス、カノンの後の祈り<br/>
　○アンコール　メロディアスな何か<br/>
⇒ヤーン＝エイク・トゥルヴェ／ヴォックス・クラマンティス<br/>
<br/>
ECMからディスクをリリースしているオサレ系合唱団のみなさん。考えてみれば、メジャーレーベルから録音が出てるような合唱団を、合唱団だけのライヴで聴くのはこれが初めての体験かもしれない。<br/>
最初のクレークは1889年に生まれて1962年まで生きたエストニアの作曲家。いみじくメロディアス。次の単旋律聖歌（ズナメヌィ聖歌）との対比をなす。<br/>
<br/>
しかし背筋が粟立ったのは、やはりペルトの《カノン・ポカヤネン（痛悔のカノン）》である。いちおうは4声合唱のために書かれているようなんだけど、声部内でも微妙にディヴィジが起こってるように僕には聴こえた。10数名のヴォックス・クラマンティスのメンバーがそれぞれ細かく分かれた声部を担当することで、物凄い不協和音の音波が押し寄せてくる。ドラッグを用いるとこういう感覚に陥るのかなあ。<br/>
<br/>
<br/>
↑参考：《カノン・ポカヤネン》からオードIV。<br/>
ま、ホールB5はまったく残響のない直方体なので、ちゃんと豊かな残響のあるホールで聴いてみたかったというのも本音。あれだけ乾いた空間でちゃんと合唱を聴かせる彼らこそ讃えらるべき。5/5勅使河原三郎の舞踏付きというのも面白げ。<br/>
<br/>
この回のお客さんは、これまでの自分LFJ史上もっとも静かな人びとであった。みんな固唾を呑んで聴いていた。小さく携帯が鳴っても集中力が途切れない。<br/>
<br/>
＋　＋　＋<br/>
<br/>
雨がだらしなく降り続いている。寒くはないが陰鬱な心地。これも露西亜。その2へ続く。<br/>
<br/>

 ]]> 
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        <dc:subject>演奏会聴き語り</dc:subject>
        <dc:creator>Sonnenfleck</dc:creator>
    <pubDate>Fri, 4 May 2012 14:10:39 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-05-04T14:10:39+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>最近のアバドとベルクとベートーヴェン</title>
        <link>http://dsch1906.exblog.jp/17903588/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/01/59/c0060659_20475173.jpg" border="0" width="145" height="130" align="left"/>【HMF／HMC902105】<br/>
●ベルク：Vn協奏曲<br/>
●ベートーヴェン：Vn協奏曲ニ長調 op.61<br/>
→イザベル・ファウスト(Vn)<br/>
⇒クラウディオ・アバド／オーケストラ・モーツァルト<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
ベルク。<br/>
ここに刻みつけられているオーケストラの豊饒な響きに、心奪われないひとがいるだろうか？アバドが備えている緻密な色彩感覚は、今や彼の弟子筋に流れ込んで「指揮者ならこれができて当たり前」というスタンダードになりつつあると思うが、本人は78歳になってもその感覚を衰えさせないばかりか、いや増さんばかりにカラフルな音楽を生み出している。<br/>
たぶん、アバドのこうした手法はすべての音楽に平等に幅広く通用するものではなくって（それゆえこの偉大なマエストロへの毀誉褒貶は振れ幅が大きいのだろう）、しかし、はまったときに訪れる法悦は何ものにも代えがたい。<br/>
<br/>
この協奏曲の第2楽章で幾度も訪れる激昂や絶叫の局面でも、オーケストラ・モーツァルトの音は驚くほど曖昧さがなく、切り子細工のような透明な色と乱反射によって響きは高次に引き上げられている。<br/>
終盤でバッハの旋律線を奏でるクラリネット隊にアバドが与えた空虚なパステルカラー。。それからあとの響きは驚くべきふわふわ時間である。色彩が触感を伴うなんて信じられますか？エロスは雲散霧消して、かわりにアガペーの暖かい光が差してくるような心地さえ。重い。アガペーが重い。<br/>
<br/>
＋　＋　＋<br/>
<br/>
ベートーヴェン。<br/>
この協奏曲はニ調の弾力を確実に持っているくせに曲調は起伏が少ないので、プレイヤーもリスナーも音楽の力によって逆方向に引き裂かれる。だからこの曲の演奏は至難だと考えているんだけど、アバドによって最適解がもたらされてた。<br/>
<br/>
第2楽章がいい。平穏な曲調をあくまで平穏に、脱力しきって構築するアバドの秘策は、オーケストラの色彩によるセリー天国とでも言うべき手法であった。もちろん総天然色のベルクとは少し趣が違うけれども、ベートーヴェンでは同色の系統の中に凄まじく細密なグラデーションが起こり、それらがベルクと同じようにしっかりとした感触を伴っていて、ニ調の弾力をキープしている。<br/>
<br/>
で、ファウストである。<br/>
上のほうでは積極的に触れずにきたが、ベルクもベートーヴェンも、彼女はこのアバドの手法にぴったり寄り添っている。すでにブリテンやプロコフィエフの実演でも体験したけれど、ごく緻密なアーティキュレーションの持ち主として、あたかも協奏交響曲の一ソリストのように違和感なく（そしてもちろん一頭地を抜けた存在感でもって！）アバドのランドスケープのなかに溶け込んでいる。上述してきたような音色世界にあっては、伴奏やソロという関係はあまり意味がなかろ。<br/>
第1楽章のカデンツァはシュナイダーハン版。<br/>
<br/>
＋　＋　＋<br/>
<br/>
なお、本CDはアートワークも愉快だ。ディジパックを開くと、ジャケットにも使われているクリムトの《ヘレネ・クリムトの肖像》が現れ、それをまたぽうっ…と見つめるアルバン・ベルクの横顔が見え、最後にベルクを捲ると裏側にベートーヴェンの素描が怖い顔をして待っている。<br/>
<br/>

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        <dc:subject>パンケーキ（20）</dc:subject>
        <dc:creator>Sonnenfleck</dc:creator>
    <pubDate>Tue, 1 May 2012 20:53:48 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-05-01T20:53:48+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>華氏140度：25</title>
        <link>http://dsch1906.exblog.jp/17887330/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
秋田新幹線に乗って、福島を通過する。<br/>
遠景に吾妻の峰の威容、近景に一面の桃の花が、天国的な和音を響かせて広がっている。僕の大切な東北。新幹線の強化ガラスの内側から視る。<br/>
<br/>

 ]]> 
</description>
        <dc:subject>日記</dc:subject>
        <dc:creator>Sonnenfleck</dc:creator>
    <pubDate>Sat, 28 Apr 2012 10:38:43 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-04-28T10:38:43+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>平成24年度熱狂計画</title>
        <link>http://dsch1906.exblog.jp/17881137/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
昨年はLFJ「本体」に一切参加しなかった。LFJ出演をキャンセルした演奏家たちを許すまじとする首都クラヲタ的空気に、震災後の自分の心中からして、少しでもかかずらうのが厭だったからである。<br/>
でも今年は一日だけ参加することにしたんです。LFJ1年目のベートーヴェンで体感したドタバタの熱狂が、やっぱり恋しい。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201204/26/59/c0060659_2381754.jpg" border="0" width="300" height="74"/></center><br/>
◆5月3日（木）<br/>
・133　ベレゾフスキー他　アレンスキー＆シュニトケ：Pf五重奏曲 ［B5］<br/>
・134　ヴォックス・クラマンティス　ペルト：カノン・ポカヤネン ［B5］<br/>
・125　ヴォロディン　ラフマ＋チャイコ＋ラフマ！ ［B7］<br/>
・156　VA　“クレール・オプスキュール” ［D7］<br/>
・137　ペヌティエ　“スクリャービン最後のリサイタル” ［B5］<br/>
<br/>
今年は例年の反省を踏まえて、15時からの参加に。ピアノ成分が濃いので小さめのホールばかりになりました。あと、ショスタコは聴きません。<br/>
<br/>

 ]]> 
</description>
        <dc:subject>演奏会聴き語り</dc:subject>
        <dc:creator>Sonnenfleck</dc:creator>
    <pubDate>Thu, 26 Apr 2012 23:10:55 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-04-26T23:10:55+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>on the air：日曜の朝のニクソン・イン・チャイナ（4/22）</title>
        <link>http://dsch1906.exblog.jp/17859475/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201204/22/59/c0060659_8515090.jpg" border="0" width="400" height="188"/></center><br/>
【2012年4月18日(水)　パリ・シャトレ座】<br/>
●アダムズ：《ニクソン・イン・チャイナ》<br/>
→リチャード・ニクソン：フランコ・ポンポーニ(Br)<br/>
　パット・ニクソン：ジューン・アンダーソン(S)<br/>
　ヘンリー・キッシンジャー：ピーター・シドム(Bs)<br/>
　毛沢東：アルフレッド・キム(T)<br/>
　江青：スミ・ジョー(S)<br/>
　周恩来：Kyung Chun Kim（キム・キュンチュン？）(Br)　ほか<br/>
⇒Chen Shi-Zheng （陳士争）(演出)<br/>
⇒アレクサンダー・ブライガー／パリ室内管弦楽団、シャトレ座合唱団<br/>
（ARTE Live Web／2012年4月22日）<br/>
<br/>
METライブビューイングで見逃してからも、一度は映像で見てみたかった作品。シャトレ座での4日前の公演がARTE Live Webで配信されてるのを聞きつけて、朝7時半から3時間にわたって鑑賞しました。<br/>
<br/>
＋　＋　＋<br/>
<br/>
初演を演出したピーター・セラーズに立ち向かった演出家は、陳士争という中国系アメリカ人の映画監督とのこと。<br/>
ニューヨークタイムズなどで見るセラーズの演出は、実際の事象を固定的に想起させる方向に（つまり映画の一場面のように）われわれを導くが、映画監督を本業としているはずの陳士争の演出がより抽象的で、かえって生々しいのが面白い。事象は必要最小限の小物によって固定されているだけである。<br/>
<br/>
群衆の動かし方にはどことなく「慣れてねえ」感が残るんだけど、そのいっぽう、ほんの数種類に還元された色彩のつかい方がたいへん巧みで、無機質のなかに妙な湿度を感じさせる。こんな色彩設計のなかでニクソン夫妻とキッシンジャーは居心地が悪いだろうが、主席と江青は上機嫌ですね（周恩来は食えない男）。<br/>
<br/>
ある一面から見れば、アダムズの音楽はポピュリズムに染まっているのかもしれないが、ニクソン訪中という1972年の出来事を五線譜に落とし込むにあたってはそれ以外考えられないくらいしっくり来る。<br/>
アダムズの音楽はひたすら叙情的に美しく流れてゆき、ジャズのイディオムやリヒャルト・シュトラウスの引用めいた箇所を経由しながら静かで茫洋とした終幕につながっていく。イデオロギーの対立などそもそも存在しなくて、あるのは救いがたく情緒的で感覚的な人間（たち）同士の関係と相互運動だけである。<br/>
<br/>
だから、終幕の演出はとても素敵だ。登場人物たちの衣装から初めて色彩が消えて、立場を放棄している（でもいちおうは、最後に思い出したようにポーズをキメる）。この期に及んでそんな文脈に何らかの意義を与えようとしている周恩来こそ、このオペラの真面目なアルルカンなんだろう。舞台中央にずっと置かれた主席の銅像をひたすら磨き続ける黙役と、周恩来が重なって見える。<br/>
<br/>
歌手たちは全員が完璧な歌唱だったと言いたい。特にふたりのソプラノ、ジューン・アンダーソン（パット・ニクソン）とスミ・ジョー（江青）には惜しみないエア拍手。前者の暗めの声質と、後者の羽のような軽い声質が絡み合う第2幕後半から第3幕は絶品だった。スミ・ジョーはしばしば柴田理恵に見えたけれど。<br/>
<br/>

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        <dc:subject>on the air</dc:subject>
        <dc:creator>Sonnenfleck</dc:creator>
    <pubDate>Sun, 22 Apr 2012 12:44:24 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-04-22T12:44:24+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>on the air：ルネ・パーペ Bsリサイタル＠トッパンホール</title>
        <link>http://dsch1906.exblog.jp/17848898/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
【2011年2月19日　トッパンホール】<br/>
●シューベルト：音楽に D547<br/>
●同：笑いと涙 D777<br/>
●同：夕映えに D799<br/>
●同：野ばら D257<br/>
●ミューズの子 D764<br/>
●シューマン：《詩人の恋》op.48<br/>
●ヴォルフ：《ミケランジェロの詩による3つの歌曲》<br/>
●ムソルグスキー：《死の歌と踊り》<br/>
　○R. シュトラウス：《献呈》<br/>
　○シューマン：《子どものための歌のアルバム》op.79～〈子どもを見守るもの〉<br/>
⇒ルネ・パーペ(Bs)＋カミロ・ラディケ(Pf)<br/>
（NHK-FM／2012年4月3日）<br/>
<br/>
いっときルネ・パーペとルネ・コロとの区別がついていなかったどうも僕です。<br/>
<br/>
最初のシューベルト5曲は、特に《夕映えに》が素敵だったな。深い飴色を思わせる高貴な声質に、このリートの拡がりゆく巨きな静けさがよく合う。人の良い王様が戯けて歌っているような《ミューズの子》も可笑しい。<br/>
<br/>
《詩人の恋》には歌い出しから圧倒された。この曲集をあまり工夫のないテノールで聴くと、性根の捩じ曲がったルサンチマンしか感じられないわけですが、パーペの声で朗々と歌われるとまるで別の音楽のように神々しく堂々として、自信に満ちあふれて聴こえるから不思議だ。Im wunderschönen Monat Mai... この歌唱のように安定した暖かな春と風がそろそろ恋しい。<br/>
<br/>
〈恨みはしない〉がもっとも変な雰囲気。まことに全然、恨まんよ構わんよという裏表のない音楽に仕上がっている。これでいいのかと問い詰められたら僕は回答に窮してしまうけれども。<br/>
〈あの歌を聴くと〉は逆に裏表がなさ過ぎて、嫉妬を通り過ぎて情欲の迸りみたいな感じである。伴奏のカミロ・ラディケもここぞとばかり真っ黒な打鍵で応じる。<br/>
〈僕は夢の中で泣いた〉は曲の持つ禍々しさが、ヴォルフのような前衛性がよく現れていると言える。ここまで自信たっぷりの男臭い男が、急に不安に襲われてへたり込んでしまった。パーペのアーティキュレーションはちょっと不安定で、乾いて掠れたような夢の風景を表す。<br/>
終曲〈古い忌わしい歌〉が、まるでピカレスク・ロマンのよう。<br/>
<br/>
＋　＋　＋<br/>
<br/>
それで後半は《ミケランジェロの詩による3つの歌曲》と《死の歌と踊り》である。濃厚な死の香り！<br/>
はあぁ。ヴォルフはそれにしてもなんという音楽を書いているんだろう。第2曲〈生あるものはすべて滅ぶ〉の有機的な腐臭は。。Menschen waren wir ja auch，<br/>
Froh und traurig，so wie ihr，パーペが下線部に与えた苦痛の叫びは筆舌に尽くしがたい。総毛立つような思いで聴いた。この半年後にヴォルフは梅毒のために発狂する。<br/>
<br/>
トリを飾るムソルグスキー。ロシア語の発音が巧みで仰天する。<br/>
古来より死神や悪魔の誘惑は甘美と決まっているが、ムソルグスキーも第2曲〈セレナード〉の最後に極めて恐ろしい音楽を与えている。Нежен твой стан, упоителен трепет...<br/>
О, задушу я тебя<br/>
В крепких объятьях: любовный мой лепет<br/>
Слушай!... молчи!... Ты моя!下線部は、お聞きなさい！…静かに！……そなたは私のものだ！という死神の勝利宣言なんだけど、絹のように柔らかく歌ったあとの残忍な叫びに戦慄。威風堂々たる白バスもいいが、聴き手に無条件の恐怖を植え付ける黒バスも好きです。<br/>
<br/>
アンコールの《献呈》でこの世に再び呼び戻された。ああよかった。<br/>
<br/>

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        <dc:subject>on the air</dc:subject>
        <dc:creator>Sonnenfleck</dc:creator>
    <pubDate>Fri, 20 Apr 2012 6:30:46 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-04-20T06:30:46+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>大友直人／東響　第599回定期演奏会＜マーラーのリート・プロジェクト始まる＞＠サントリーホール（4/15）</title>
        <link>http://dsch1906.exblog.jp/17829667/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
<img class="IMAGE_RIGHT" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201204/16/59/c0060659_6284593.jpg" border="0" width="154" height="160" align="right"/>【2012年4月15日(日)14:00～　サントリーホール】<br/>
●ラフマニノフ：ヴォカリーズ<br/>
●マーラー：歌曲集《子どもの不思議な角笛》～<br/>
　むだな骨折り／不幸な時の慰め／天国の喜び／<br/>
　魚に説教するパドゥアの聖アントニウス／<br/>
　塔の中の囚人の歌／死んだ鼓手／少年鼓手 <br/>
→トーマス・バウアー(Br)<br/>
●スクリャービン：交響曲第2番<br/>
⇒大友直人／東京交響楽団<br/>
<br/>
某オークションで良席がずいぶん安く出ていたので、急遽落札して聴きに行くことに。大友氏の指揮を聴くのはとーっても久しぶりです。<br/>
<br/>
シェーンベルク年度の最後に《ペレアスとメリザンド》を聴いて、東響の恐ろしく深い音色に心から感じ入ったのだったが、その音色はこの日も比較的同じであった。あるプロジェクトを通じてオケの音色がもう一段階上に昇格するということはあるんだね。僕はスダーンの音楽づくりすべてに賛成という立場じゃ（たぶん）ないけど、「監督」の役割を着実に果たしている点に関して、強く敬意を表するものです。<br/>
<br/>
＋　＋　＋<br/>
<br/>
後半のスク2、あまり緻密な交響曲じゃないようだけれど、妙に破天荒な勢いがあって面白い作品だったな。。<br/>
ワーグナーの魂がリンツに避暑してブル3、ヤルタにバカンスに出掛けてスク2、といった風。曲中に愉快なリズムピースがたくさん潜んでるのも、ブルックナーと共通している。でも最終楽章でハ長調を爆発させちゃうのは、熱いロシア魂がなせるわざだ。しつこいパウゼのコンボに苦笑。<br/>
<br/>
しかし肝心の大友氏は、、トゥッティを勢いに任せても響きに清潔感があり、若々しい音楽が形成されるのはよいものの、リズムピースを全然重視しないところ、それから音色のパレットに数色しか絵の具がないのには閉口した。パターン化は決して悪いことじゃないが、特に音色の単調さについては、共感覚を持ってたようなひとの音楽ではいかにもまずかろうと思う。また、しばらく聴くのを止そう。。<br/>
<br/>
＋　＋　＋<br/>
<br/>
でも、前半のマーラーがたいそう佳かった。<br/>
ソロを取ったバリトンのバウアーが、やや軽めの、健康的な明るい声質を活かしつつ、知的なデクラメーションを駆使してテキストを解釈してく。<br/>
この曲集、実はクヴァストホフ＋オッター＋アバドの録音がピンと来なくてこのかた、ずいぶん聴いてなかったんだけど、この日のバウアーの歌唱によって、この曲集のマーラー音楽における重要性を再認識することができた。<br/>
<br/>
つまり、いくら1900年頃のマーラーが独墺楽壇の異端だったとしても、いちおうはシューベルトのような均整を踏まえた上で歌曲を作曲していたということを、歌い手と伴奏者は忘れるべきじゃないってことです。<br/>
<br/>
〈塔の中の囚人の歌〉や〈死んだ鼓手〉で、イロニーの後ろに静かに響いている寂寥感は、歌い手のわざとらしい諧謔で簡単に打ち消されてしまう。この日のバウアーの自然で高貴な発音は、浪漫の泥濘からちゃんとマーラーを掬い上げていたし、大友氏の清潔な音楽性もここではプラスに働いていました。<br/>
<br/>

 ]]> 
</description>
        <dc:subject>演奏会聴き語り</dc:subject>
        <dc:creator>Sonnenfleck</dc:creator>
    <pubDate>Mon, 16 Apr 2012 6:30:53 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-04-16T06:30:53+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>上陸のオランジーナ</title>
        <link>http://dsch1906.exblog.jp/17814865/</link>
        <guid isPermaLink="true">http://dsch1906.exblog.jp/17814865/</guid>
        <description>
<![CDATA[  
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201204/12/59/c0060659_238766.jpg" border="0" width="102" height="200" align="left"/>うーむ。これはけっこう売れるのでは。B級ドリンクを扱うこのブログにはふさわしくない大物の雰囲気が漂っているぞ。<br/>
<br/>
たぶんこれまでもなんとなく視界の端には捉えていたんだろうが、フランス発祥の有名な飲み物だそうである。オランジーナが売られていない国を探すほうが大変だったのではないかな。日本に入ってこなかったのはC社の陰謀か。<br/>
<br/>
肝心の味は、思いのほかフォルムが真面目で面白い。<br/>
<br/>
バヤリースオレンジを炭酸で割り、ちゃんと柑橘類を絞って落として、少し砂糖を加えてステアするとこんな味になるんじゃないかな。果実繊維（オレンジピール？）の感触が絶妙のバランスで残っているのも新鮮だし、人工甘味料を使っていないっぽいのも好感度大。<br/>
<br/>
カテゴリ的にちょうど重なってしまうファンタオレンジとは完全に一線を画す。あの昔懐かしい、稚気に溢れるジャンク感を好むひとならいざ知らず、正面からぶつかってはファンタに勝ち目はない。青と黄のどことなくバタくさいデザインも洒落ている。これから初夏に向けてはヘビロテだなっと。<br/>
<br/>

 ]]> 
</description>
        <dc:subject>ジャンクなんて...</dc:subject>
        <dc:creator>Sonnenfleck</dc:creator>
    <pubDate>Thu, 12 Apr 2012 23:18:36 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-04-12T23:18:36+09:00</dc:date>
    </item>
    </channel>
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