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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン:一日目

【2005年4月29日(金)15:15〜 東京国際フォーラム・ホールB5】
●イギリス国歌による7つの変奏曲ハ長調 WoO. 78 
●6つのバガテル op. 126
●アンダンテ・ファヴォリヘ長調 WoO. 57     
●バガテル《エリーゼのために》イ短調 WoO. 59
●7つのバガテル op. 33             
●ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調《月光》 op. 27-2
●11のバガテル op. 119              
  ○アンコール バッハ:鍵盤作品(詳細不明)
→アンヌ・ケフェレック(Pf)


アンヌ・ケフェレック、なんというピアニスト。
フランス近代ものを中心に録音してるんでしょ〜だったらオサレ系かしら〜、という予備知識に基づくくだらない予想は完膚無きまでに打ち砕かれました。最初の《イギリス国歌による7つの変奏曲》の一音めからその厳しい彫塑に愕然とする。《6つのバガテル》の残酷な嘲笑、《月光》第3楽章の柔軟なアゴーギクと一方で峻厳な打鍵。そしてアンコールのバッハ(曲目不明●)の清浄な歌心…。厳しい審美眼を持った本日の同行者も、感動すること夥しく、二人してしばし茫然。すごいものを聴いてしまいました。。

【2005年4月29日(金)20:45〜 東京国際フォーラム・ホールC】
●ミサ・ソレムニスニ長調 op. 123 
→クラウディア・バラインスキー(S)、エリザベス・ヤンソン(A)、ダニエル・キルヒ(T)、クレメンス・ハイドリッヒ(Bs)
→RIAS室内合唱団、カペラ・アムステルダム
→ダニエル・ロイス(指揮)コンチェルト・ケルン


初来日の古楽オケ、コンチェルト・ケルンによるミサ・ソレムニス。古楽好きでこれを聴かぬはモグリと思い、当日券を購入しました。
……いやーなんであんなに巧いんすか!!!!!!80分間ずっと開いた口が塞がらねがったすよ!!!!!!もう自分ミサソレの実演は聴きたくないです。。これ以上は望むべくもない。関東在住で、このブログを御覧になってくださってて、なおかつ明日何も予定のないかたは、どうか国際フォーラムに行ってみてください。まだ空席あります。お願いします。土下座します。もう冷静な感想書けません!!お祭りだから許してください!!

そう。ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンはまさに「祭」。お客も演奏家もスタッフもみんな超テンション高い。確かに当日券発券の手際の悪さとか、休めるところの少なさとか、どこ行っても行列だとか、課題はいくらでもあります。でもそれ以上に、クラシック音楽の一大イベントを東京のど真ん中で開催できたこと、そこへ予想をはるかに超える聴衆が集まったこと、そしておそらく従来は集客不可能だと思われていた21時すぎからのレイト・コンサートに(GW中とはいえ)ホールを埋め尽くす聴衆がつめかけたことなど、クラシック音楽ビジネスに新たな局面をもたらしうる催しだと思います。明日からも大注目。
by Sonnenfleck | 2005-04-30 00:00 | 演奏会聴き語り

トンネル脱出とカエル怪気炎

長いトンネルを抜けました。えがった。就活スーツとも今日でしばしのお別れです。

c0060659_184897.jpg図書館にラモーの《プラテー》が入荷!!!!!!!!!!
ジャケットに印刷されている奇怪なヤツは、沼地の精プラテー(♀)。彼女は自分を絶世の美女だと思いこんでいるのですが、妻ジュノンの嫉妬に悩むジュピテルによって、逆にその自惚れを利用されてしまいます。ジュピテルは醜女のプラテーに求婚するという噂をわざとジュノンに流し、怒り狂ったジュノンが結婚式に乱入、しかし実際にプラテーの容貌を目にしたジュノンは「全部冗談だったのね〜」とめでたしめでたし。最後はプラテーが全員に笑いものにされ、沼に飛び込んで幕…というすっげえ残酷な「喜劇」です。

この上演はパリ・オペラ座の02年のライヴを収録したものです。バックのオケはミンコフスキ/ルーブル宮音楽隊という最高の布陣。バロックオペラに精通した歌手たちを贅沢に取りそろえ、極上の上演となっています。特筆すべきはタイトルロールのポール・アグニュー(テノール。彼が女装して演じるから、、凄みが出ます)の怪演。彼の「可憐な」歌唱と演技によって、初めマヌケな自惚れ女だったプラテーが、最後では見事に聴衆の同情を集める悲哀を獲得するんですね。
そして変に社会派ぶった読替えからは一線を画した、ロラン・ペリーの演出。ポップ系演出のよさがこういう作品では最高に生きてきますね。フランス・バロックオペラの華である数々のダンスも現代的な振り付けで楽しいかぎりっす。せめて新国立劇場でも、こんなバロックオペラがレパートリーにあったらなあ…。

明日から「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン〜ベートーヴェンと仲間たち」が開幕。いくつか聴きに行きますよー。来年は「ショスタコーヴィチと仲間たち」やってくださいっ(懇願)。朝の有楽町にこだます《森の歌》、傍らではボリス・チャイコフスキーの室内楽、休憩所で安いウォッカを流し込んで午後からウストヴォルスカヤのピアノ協奏曲、夜はティーシチェンコの交響曲でシメ!…だめだー萌え路線だー(笑)
by Sonnenfleck | 2005-04-28 19:40 | 日記

心太中太

未読のままにしていた三島の『禁色』を読み終えました。「ピグマリオン」と『ヴェニスに死す』『ドリアン・グレイの肖像』への壮大なオマージュといった趣。でも…うーん、ちょっと微妙かなー。エッセンスだけ抽出してもうちょっと濃縮できそうなんですよね。各主題は魅力的ですが、それをつなぐ推移部がなんだか無闇と長い。個人的にはこれとまったく同じことを《エロイカ》にも感じるのですが(^_^;)

それはおいておくにしても、この小説の終結部で主人公がワインが飲む場面があるんですが、その描き方の生々しいことといったらないのですよ。虫の声のほか何も聞こえない秋の涼しい宵、白葡萄酒が罎から音をたてて切子硝子のグラスに注がれる。それをぐっと飲み干す。赤葡萄酒でも、ウィスキーでも、「ワイン」表記でも、真冬の夜でも、隣家で赤ん坊が泣いているのでもないんです。どうしてこんなにピタリとはまる素材を集めてこられるのか…。
飲食の描写が絶品の作家といえば、まず司馬遼太郎と村上春樹が浮かびます。彼らの描く食事風景も「まさにこれ以外ない」と思わせるものばかり。味覚で得た情報(およびそれを装飾する周辺の装置)を適切に言語化する能力は作家にとっては必要不可欠だと思うんですが、食事の描写をなおざりにしてる(というか端から食事場面なんて書かない)人はけっこう多くて残念ですねー。
by Sonnenfleck | 2005-04-27 23:34 | 日記

くっそー

人生で初めてのうっかりをやってしまった●
本日、初台のオペラシティで〈現代日本オーケストラ名曲の夕べ〉と題された演奏会が催されました。細川俊夫のハープ協奏曲や矢代秋雄の交響曲など、一度は生で聴いてみたい曲がずらり。ありがたいことに某所から招待券をいただいていたので、数日前から楽しみにしていた…はずなのですよ。
ところが、、演奏会の存在をすっかり忘れて、夕食の材料まで買いこんで帰宅してしまったんです(T_T) いままで、スケジュール関係のミスはしたことがありませんでした。ましてや演奏会みたいに楽しみにしていることの予定を忘れるなんて…ありえん。戻れ自律の心ー◎◎

悔しいので教育テレビの「スーパーピアノレッスン」を見ながら夕食。今日で4回目のこの番組、ピアニストのフィリップ・アントルモンが講師役で出演して、音大生(たぶん)を相手にモーツァルトのピアノ・ソナタをレッスンする様子が放送されます。今夜はイ長調ソナタ(例の《トルコ行進曲附》です)の第1楽章がレッスン対象。ピアノを二台並べて、アントルモンが細かなニュアンス付けの仕方を実際に弾いて教えるのですが、学生は四苦八苦。乱暴な打鍵を注意されて慌ててます。
アントルモンの演奏は聴いたことがなかったんですが、しかしまーふくよかなタッチが心地いい。70歳を過ぎて一部のアゴーギクが微妙だったりもしますが、小市民的な暖かさでいっぱいです。あっ褒め言葉ですよ?
by Sonnenfleck | 2005-04-26 20:31 | 日記

素朴の台頭

c0060659_23241646.jpgあーあ。買っちゃった。ティーレマン/ミュンヘン・フィルのブルックナー5番。
キムラヤのCDコーナーは、メジャーレーベル新譜の輸入盤(とBrilliant Classics)が日本で最も安価に売られている場所です。ここの値札を見てしまうと、もうタワーやHMVで新譜を買う気にはなりません。まれにケースにヒビがあったりするのもいとをかし。しかも一部商品は新品未開封にもかかわらず中古市場の相場を大幅に下回る快挙。キムラヤの看板を見るといつもつい吸い寄せられていろいろ買い込んじゃうんですよねー。

数ヶ月前に出たアーノンクールの新譜で突如目覚めたブル5ですが、先日紹介したショルティを経由して、今回は話題の新譜、ティーレマン盤を買ってみました。世のブルヲタ諸兄にもなかなか評判のいいこのCD、ファンから「期待されていること」を非常に敏感に感じ取った演奏としか言いようがないです。「小細工を弄さず堂々とした」「ドイツ本流期待の星」のティーレマン、「南ドイツの暗い森を想起させる」「クナとチェリに育まれた」ミュンヘン・フィル、、われわれが(というか日本人批評家の批評語彙が)勝手に決めたイメージに対してあまりにも誠実。弦の野太い音色、柔らかな金管、「自然な」呼吸(「自然な」が何であるかについてはここでは触れるべきではないでしょうが)。アーノンクールでこの曲を覚え、しかもここのところスクロヴァチェフスキばかり聴いてきたせいか、けっこうナイーヴに聞こえます。聴き手を懐疑に陥らせない演奏は最近どうも信頼できない。まあ…僕は苦手な部類の演奏ですが、これもひとつの行きかた。
by Sonnenfleck | 2005-04-25 23:29 | パンケーキ(19)

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ/読響:神が宿るところは

今日明日と同じプログラムの読響定期。僕は明日のサントリーの方に行こうと思ってましたが、急遽友人に誘われ、池袋へ行ってきました。

【2005年4月24日(日)14:00〜 芸劇マチネーシリーズ/東京芸術劇場】
●プロコフィエフ:《ロメオとジュリエット》第2組曲 op. 64
●バルトーク:管弦楽のための協奏曲


当日券を頼りにしていたら、運悪くKb軍団の真ん前の席に当たってしまいました…。低弦は直接音のくせに管は間接音なので旋律は破滅的にずれて聞こえるし、音量バランス的には「8台のコントラバスのための協奏曲」でしたんで、プロコフィエフについては責任を持って書くことができません。ほぼ真横から見るスクロヴァ爺さまは今日も元気でした。背筋まっすぐ。

さすがに悔しいので、友人と共謀して後半はお山のてっぺんに席替え。
読響でバルトークのオケコンを聴くのは、03年にエマニュエル・クリヴィヌが振ったときに続いて二回目。しかし、というかやっぱり、今日の演奏はそのときとは比べものにならないほどの完成度でありました。
第1楽章は比較的遅めに開始されます。低弦の冷たい支えに乗ってひらめくFl。その後次々に展開されるフガートは、しかし、先週の月曜とはうってかわってかなりの緻密さを伴って奏されるのです。練習したんだろうなあ。巧いっす。各小節ごとに細かなアゴーギクを施すのがミスターS流、今日の読響はまさに彼の手となり足となって誠実な演奏を繰り広げます。
もともとがシニカルで鋭い第2楽章は、スクロヴァチェフスキの持ち味が120%発揮。てててんっ、とスネアドラムが最初のリズムを刻んでから、末尾でてんってんっ、と裸のリズムが消えるまで、ありとある楽句に表情が込められています。柔軟にしなる弦、多層的に歌う木管、露悪に陥らない金管、どれを取っても一流。特にTbのコラール、ブラヴォー。
第3楽章の感傷的な旋律美、それに呼応して為される断固たるダウンボウ(なんかここは弓順を改変してたような?)。それにしても弱音に気を遣うことといったら半端ではない。アタッカで第4楽章に突入、例の《レニングラード》パロディは、先日のメルクル/N響の演奏がハウスもの大根に思われるような完璧な出来です。重層的な楽器の扱いは、あたかもエグみも旨みも内包したフキノトウの天ぷらといった趣。しかしそこに泥臭さが付きまとわないのがモダニスト、スクロヴァ爺さんの面目躍如です。第5楽章の息の長いクレッシェンドには驚かされました。無窮動っぽい楽句、しかもフーガ、つい全開になりそうなオケを巧みに抑え込み、ここぞというところで手綱を緩めるんですねー。いい。また明日も聴きに行こうかなあ。
by Sonnenfleck | 2005-04-24 21:12 | 演奏会聴き語り

印象派と20世紀の巨匠たち@ブリヂストン美術館

ちょっと時間が空いたのでブリヂストン美術館の所蔵品展、印象派と20世紀の巨匠たちを見てきました。
今年1月にザオ・ウーキー展を見に行って以来。ここの常設展示は実は名品揃いなんですよねー。今回の企画展はその所蔵品をただ並べただけですが、そもそもターゲットを印象派と20世紀前半のフランス絵画に絞っているために、コンパクトながら統一感があって好感が持てます。

c0060659_16312825.jpgこのCDはアルビノーニのトリオ・ソナタ op. 1の世界初録音盤です。そのジャケットに使われてるのがモネの《黄昏、ヴェネツィア》(c. 1908、油彩、ブリヂストン美術館)。個人的にはモネの絵画のなかでも随一の色彩美を誇る作品だと思ってます。この画像だとちょっと黒ずんでますが、実物を前にすると光り輝くような圧迫感で息が詰まります。
音楽は無限の「実物」が存在し得ますが、絵画はひとつの「実物」と無数の「イメージ」…こればかりはどうか本物を見に行ってくださいねと言うしかないっす。ぜひ。

ほかにはボナールの《海岸》(1920、油彩、ブリヂストン美術館)@幸せいっぱいピンク、禍々しいまでの凶暴さを滲ませたルオーの《赤鼻のクラウン》(1925-29、油彩、寄託作品)、デュビュッフェの《暴動》(1961、油彩、ブリヂストン美術館)なんかが心に残ります。

それにしても入館時間がひどかったのか…おばさんたちがうるさいのなんの!「あたくしルノワールが大好きなんですの。(ブラックを見て)あらこの絵汚いわねえ」、、はあ?
話題の携帯ジャマーにあやかって、スノッブおばさんを散らす装置とか開発できないかしらという(笑)
by Sonnenfleck | 2005-04-22 16:32 | 展覧会探検隊

晴読雨読:二ノ宮知子『のだめカンタービレ』

c0060659_23434245.jpg二ノ宮知子『のだめカンタービレ』第1〜第11巻(以下続刊)、2002年〜、講談社。(画像は第1巻)

もうあっちこっちのブログでさんざん取り上げられてますが、いまクラシック好きの間で人気のマンガがこの『のだめ』です。なんでこのタイミングかといいますと、今日すっげえ久しぶりにレコード芸術を立ち読みしたら、なんと『のだめ』の特集記事が!!!!!!!!あのレコ芸にですよ?吉田秀和も奥さんを亡くされてから長期休載のままだし、たぶん頼みの綱の前田昭雄も急病で臨時休載…自分の知ってるレコ芸とはすっかり様変わりです(^_^;)

指揮者志望、万能の努力型秀才でルックス抜群のエリート音大生、千秋真一と、同じ音大のピアノ科に在籍する天才不思議女、野田恵(めぐみ)が織りなすギャグラブコメ?といえばいいのかな。音大を舞台にしてクラシックと真っ正面から切り結ぶストーリーということで、僕みたいなクラヲタが心配するのは、音楽に関するところがいい加減なんじゃん??ということなんですが…普通にヲタも納得のハイクオリティなんですよ(笑)
作中に登場する作品はベト7、ブラ1、モーツァルトのOb協奏曲といった王道から、ドヴォ5、エルガーのVnソナタ、シューベルトのイ短調ソナタ(第16番です)、果てはジョリヴェの打楽器協奏曲まで幅広い。普通ジョリヴェなんか出します^^;;?マニアックだなあ◎◎ほかにも千秋の師匠がマーラーの《千人》をドイチュ・グラモフォンっぽいレーベルに録音してたり、コンクールに機械のような秀才が出てきたり、細部が妙にリアルで楽しい。作者は特段クラシックファンじゃないみたいなんですが、よく調べてますよ。ストーリーもわりとよくできてるし、ちょっと癖のある描線も慣れると親しみがわきます。クラヲタでも買って損はないっすー。

こんなの発見。のだめカンタービレ同盟
公式談話はこちら。二ノ宮知子公式サイト

あ、新教皇選出おめでとうございます。そっかベネディクトゥスかー。あの名前って自分で選べるらしいですね。高校の世界史教師は「次の名前も絶対ヨハネ=パウロだ!俺の嫁さん賭けてもいいぞ!」と言ってゆずりませんでしたが(笑)
by Sonnenfleck | 2005-04-21 00:01 | 晴読雨読

スクロヴァ爺さん、跳ぶ

c0060659_0112713.jpgスクロヴァチェフスキは録音にあまり恵まれません。一応古くはMercuryにショスタコ5番やグレート、今はなきCarlton Classicsにブラームス全集やショスタコ10番などを残していますし、近年はarte nova、そしてOEHMSという二つのレーベルを股にかけてブルックナー全集やバルトークのオケコン、それに幻想交響曲を録音していますが、ファンとしては物足りない。その渇きをちょっとだけ癒してくれるのが、AltusのN響ライヴシリーズです。

このCDに収録されているのは、99年N響客演時のベートーヴェン5番。この演奏は「ロマン」の対立項としての「モダン」を完璧に体現していると思います。
快速で提示される冒頭主題、引き締まった響き、明快なアインザッツ、軽快に飛び跳ねるようなアーティキュレーション。寄せては帰す波のように操作されるデュナーミク。曖昧なところなんてこれっぽっちもないんです。曲の背景だとか、作曲当時の演奏習慣だとか、そんなものは一顧だにしません。ミスターSが完全に外側から即物的に料理するだけ。金管群がややもたれ気味なのが玉に瑕ですが、N響も燃えてます。N響はだいたい過小評価されすぎだと思うんですよ。確かにルーティンワークに陥ることがないとは言えない。でも本気になったこのオケは時に輝くような音を出します。わけても第3楽章のフガートは見事!の一言に尽きる。低弦→Va→2ndVn→1stVnという受け渡しの巧みさにゾッとします。04年客演時のフガートはさらにこの上を行く精妙さでした。サントリーホールの椅子の上で昇天。
by Sonnenfleck | 2005-04-20 00:18 | パンケーキ(19)

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ/読響:老練老獪

そう、4月はミスターS強化月間。今月は全部の演奏会に行かせてもらいます。
スクロヴァチェフスキ、ほんとに大好きなんですよ。N響に客演した昨年は講義をさぼって全公演聴きに行きましたし、02年に読響を振ったブル8も忘れがたい。どうしてこんな人が毎年日本に来てくれるのか、まったくもって信じられません。

【2005年4月18日(日)19:00〜 第437回定期演奏会/サントリーホール】
●ベートーヴェン:交響曲第1番ハ長調 op. 21
●ブルックナー:交響曲第7番ホ長調


舞台袖からゆるゆると歩いてくるスクロヴァチェフスキ。1923年生まれですからもう今年で82歳なんですね。しかし指揮台には椅子も置かず、おまけに暗譜で指揮を始めます。硬派。
ベートーヴェンの交響曲はどれが好きであるかと問われたら、真っ先にあげるのは2番1番、次いで4番6番ときます。その中でも特に第1番は仕掛けだらけ…もしかするとこれがベートーヴェンの交響曲の中で一番演奏が難しい作品かもしれない。さて第1楽章冒頭の減七の和音、ここが濁ってたりした日には目もあてられませんが、相変わらず冴えてる。絶妙のバランス。続く楽句もスタカートを利かせてきりりと締めます。痛快。オケが両翼配置じゃなく普通の1stVn→2ndVn→Va→Vcだったので初め少しがっかりしたのですが、Vn群とVa&Vcの掛け合いが第2楽章の主要な素材であることに気づかされて合点。非常に立体的な音響が生まれていました。低弦の保続音上でVnと木管がコミカルに跳ね回る第4楽章、さすがにここだけはオケの粗さが気になる。。もうちょっと合ってくれー。読響は馬力に限れば在京オケ随一ですが、ことアンサンブルの精度となるとN響や東響に及ばない。ロースカツ定食1400円って感じです。スクロヴァチェフスキの持ち味はマニアックなまでの細部への拘りにあると思うんですが、少なくともこの日の読響はその要求に応じきれていなかったかなと。P席から眺める限り指揮者も楽員も楽しそうではあったんですが…。

後半のブルックナー7番。
全体は硬質な雰囲気が支配します。前半のベト1で顕著だった遊び心は消え失せ、ハードボイルドな感じに。馬力のある金管を最大限に開放し、弦中心の上行音型ではなく崩壊するような金管の下行音型に力点を置く。7番の第1楽章は甘く感傷的にもなりうるところですが、指揮者の厳しい統制でストイックさを保ちます。
この日の7番は、モダンな、すなわち「7番は1、2楽章が要であって、3、4楽章は付け足しだ」という考えに則した演奏だったように思います。第2楽章はそのために非常な巨大さをもって奏される。しかしそこには、ミスターS一流の微細な間のコントロールによって生まれる妖気のようなものも漂うわけです。うーん、、うまく言葉にできない…。聴き終わった今になると具体的にどこをどう指示していたか思い出せないんですよ。うまく幻術にかかってしまったような…。とにかくこの人がアダージョ楽章を指揮するときはたいていこういう重くロマンティックな様子になります。「素朴派」ブルックナーの対極。僕はこの「考え抜かれた重さ」と溶け合うという経験がしたくて、彼の指揮する演奏会に毎度通っているんです。
第3楽章はスケルツォ部分の鋭さを前面に押し出した演奏。読響の「あまりふくよかではない」弦の音色もここではかなり生きてきます。トリオで一瞬享楽的な様子になりますが、再び厳しいスケルツォが戻ってきて幕。さて第4楽章、同じブルックナーの5番や8番のように、それまでのすべてを受け止められるような大きさは7番のフィナーレにはありません。どうするか。この日のミスターSの処方箋は、コーダであざといまでのリタルダンドをかけることでした。なるほどー。

17日はひどいフライングブラヴォーがあったみたいですが、この日は何事もなく自然な喝采。お客さんたち大喜びでした。最後は一般参賀&サイン会。サービス精神の塊です。
by Sonnenfleck | 2005-04-19 09:23 | 演奏会聴き語り