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西向くサムライβ版

c0060659_111660.jpg自分の誕生日が有名人と同じだとなんか嬉しくなりますよね。
僕は10月30日生まれなんですが、ビッグネームではドストエフスキーやボナール、ブリュッヘン、身近なところ?では仲間由紀恵(@やっぱり今年の大河は「その時歴史が動いたDX」)などが同じ誕生日。恐れ多いことです。
しかしWikiで「10月30日」の項を調べてみると、、去年島根で「《第1回》日本たまごかけごはんシンポジウム」が開かれたせいで、この日は「卵かけごはんの日」にされてしまったらしい。...いや、おいしいですけどね。僕だって好きですけどね。...なんだか心温まるじゃないかーくそぅ。

ええと…スクリャービンと神智学のことをWikiで調べていて、Wikiでわからないことはもはやそんなにないが、情報の正確さの根拠がどこにあるのかまるでわからないのだわ(百科事典に金を払うのは「正しさ」保険?)、というようなことを書きたかったのでしたが、力尽く。
明日から数日間留守にするので、次回更新は水曜の見込みです。
by Sonnenfleck | 2006-02-27 01:26 | 日記

アシュケナージ/N響 スクリャービン:《プロメテウス》

c0060659_23423256.gif【2006年2月24日(土)18:00~ 第1562回定演/NHKホール】
●スクリャービン:交響曲第1番ホ長調 Op. 26
→マリーナ・プルデンスカヤ(MS)、
  セルゲイ・ラーリン(T)
  国立音楽大学合唱団
●同:交響曲第5番《プロメテウス》 Op. 60
→ペーテル・ヤブロンスキー(Pf)
  井口真由子(色光ピアノ)
  国立音楽大学合唱団
→プロデューサー:川口義晴
  照明:成瀬一裕
  演出:今井伸昭
  装置:鈴木俊明
  衣装デザイン:小野寺佐恵
  監修:野原泰子
  他


読響の公演があったのは昨年の7月ですが、それからたったの7ヶ月でまた《プロメテウス》に接することができるとは。スクリャービン没後90年目のシーズンとしては上々か。

まずは、井上道義/読響のときの感想文をお読みいただけたらと思います。
あのときサントリーホールでは、舞台の直上にグランドピアノ型の枠に白鍵のように細く白い紙を下げたものを吊るし、それへ照明を当てることで色光ピアノの概念を表現していたようです。しかし実際のところ光を当てていたのは実際には照明の演出に基づいた照明係であり、「打鍵によって光を発する楽器」というスクリャービンの考えとはズレがある。
でも今回のアシュケナージ/N響の公演では、そのズレを力技でねじ伏せた。つまり、本当に色光ピアノを作ってしまったというわけです。
配布されたプログラムには「色光ピアノシステム図」として詳細な機器の説明が書かれているのですが、簡略化して転載すると以下のような感じ。

■1.キーボード(音階に対応したCG)、フットペダル(CGの明るさ)、フェーダー(CGの再生速度)から得られた情報をMIDI情報としてPCへ出力する。(*「色光ピアニスト」がスコアに書かれた「色光ピアノのパート」を演奏する。)
■2.MIDI情報からCGを合成し、再生する。
■3.LEDのスクリーン(7.2m×5.4m)にCGを表示させる。

プログラムによると、色光ピアノのパートは以下のように塗られているらしい。N響公演では技術を駆使してそれを素直に表現したわけですな。

■長いスパンで入れ替わる色(全曲を通して、精神界の青物質界の赤昇華の黄青へ回帰というふうに変化する)
■それぞれの調に反応して短いスパンで入れ替わる色(ライラック色、紫、緑、etc.)

LEDスクリーンはオケのさらに奥に吊るされており、そこに表示される映像は流れる水のような模様であったり、泡であったり、燃えさかる炎であったり、稲妻だったりし、多様な色が頻繁に入れ替わる。

また色光ピアノ装置のほかに、そこでは表わしきれないさらに細かな書き込み指示に対応しているのであろう照明演出も同時になされました。
NHKホールの空間の広さと紅白歌合戦で鍛えられた照明設備を褒め称えるのは、これが最初で最後だろうなあ。自在なスポットライトと、それが広い空間を突っ切ることによって生まれる鮮やかな効果はかなり刺激的。こりゃあサントリーホールじゃムリだべ。

ところで、読響公演での指揮者の解説では、
スコアには、光は、どこに、どのような強さで、どうやって射すのか。前後の関係も、全部消えるのか、一部残るのか、全く書かれていない
とされていましたが、今日のN響公演での野原泰子氏の解説では、
彼(作曲者)は1913年に、色光に関する詳細な指示を初版譜に書き込んでいる。それは光の明度や色彩のニュアンスのみならず、稲妻や閃光など多種多様な光を含む。
となっていて、、さてさてどちらが正しいのか^^??

ともかく、最後は高潮する音楽に対応してLEDスクリーン(メッシュ生地なので透けて見える)の向こう側から白いローブの集団(合唱団?)が進み出てきて、オケ+ピアノ+オルガンの大絶叫とともに暗転。お疲れさまでした。

* * * * * *

「至高なる一者」との合一!なんて言われてもはぁ?という感じですが、聴衆にスクリャービンの共感覚を追体験させるという単純なエンタメ企画としてとらえれば、読響公演よりもハイレベルだったと言わなければならない。(というか、色光ピアノをマジメに再現しようと試みた時点でエンターテインメント以外の道は閉ざされると思う。/あるいはこうした照明の芸術を娯楽として分類してしまう、ディズニーランド的に貧しい自分の精神に愕然。)
とにかく、この公演でいちばん面白かったのは、スクリャービンの頭の中において確かに色彩と音楽が同期しているっていうことがはっきりと伝わってきた点。なんかやけに当たり前すぎますが、読響公演ではどこまでがもとの指示でどこからがミッチーの演出なのかイマイチ掴めなかったし(まあ...今回も「元ネタ」であるスコアが聴衆に示されてない点でフェアじゃないけど;;)、あまり音楽と光線がシンクロしているようには見えなかったんですよね。とりあえず、どうやら本当にスクリャービンは色彩を作曲してたらしい、ということが確認できただけでも今回は大満足。
首都圏にお住まいで明日時間のある方は出かけてみてはいかがでしょう。(でも...これはTV用に編集された映像のほうが理解しやすそうだなあ。←この一言に集約?)

それと、今日もうひとつよくわかったこと。
凡人は、共感覚の産物である二種類の情報のシンクロを体験しても、どちらか一方に集中するだけで精一杯。演奏のほうがまるで記憶にないのでした。ヤブロンスキーがどんなピアノを弾いていたか、巨大な編成のN響がどんな演奏をしていたか、はっきりと思い出すことができない。。ダメだこりゃ。

* * * * * *

■追記(2月26日)
定期公演二日目の様子をNHK-FMの中継で聴きました。
音だけに集中できるのって幸せです。
いつもより豪放に鳴っているオケ。後半はヤブロンスキーの、粒立ちがよく「カッコいい」音がその響きの中から立ち上がってくる。ミキシングの魔力もあるだろうけど(NHKホールではこううまくは聴こえない)、非常に聴き応えがあります。あちこちに《火の鳥》のような旋律やリズムが埋もれていて、初期ストラヴィンスキーにおけるスクリャービンからの影響がわかるのも「音だけ」ならでは。(《プロメテウス》初演は聴いてるのかな?)
クラヲタの皆さんは指揮者アシュケナージを馬鹿にするのが好きですが、メロディを滑らかに品よく歌わせることに対するこの人の執着は並ならぬものがあり、そうしたアプローチが価値を持つ作品では彼の指揮は成功していると思う(《プロメテウス》も、こうやって音だけを聴くとやはりあんまりサイケじゃなく、穏便でキレイな感じにまとまっているのがわかる)。
by Sonnenfleck | 2006-02-26 00:06 | 演奏会聴き語り

赤いタオルは豪気のシルシ

c0060659_23243912.jpgpreludeさんのところで事前にチェックしていたおかげで、トラーゼの「スーパーピアノレッスン:プロコ第7ソナタ」第4回を逃さず見ることができました◎

最終回では、ついに第3楽章が取り上げられました。...いやあ...すでにレッスン番組ではない。ものすごいリサイタルを見せられた気分ですよ。彼は「複雑なところほどクリアに」という言葉を使っていたのだけれど、ペダルの使用を厳に戒めて音の濁りを避けることで常に明晰な響きを追求してて、非常に説得力がある。あんな最強@汗だくの「模範」演奏を聴かされちゃったら、よーし晩ごはん食べたらお父さんも弾いてみちゃおうかなっ!なんていう気にはならないだろう。

それに彼はこの作品が「合奏」であることに神経を使っていて、「ここは三人のTb!ここはTp!それからテューバ!ブルブルrrrrr!」とか「ここで4頭の馬が立ち上がる!」とか、大変わかりやすく解説してくれるのですが、だんだん興奮してきて、その後も鼻歌は歌うわ、ロシア語に戻るわ。生徒さんが「私はこう弾きたいんですが、、」と反抗すると「...いいでしょう、気にせずやりなさいっ。」とちょっとばかし不満そうなトラーゼ先生ラブリー。

*「スーパーピアノレッスン:プロコ第7ソナタ」第1回
by Sonnenfleck | 2006-02-24 00:08 | 日記

終盤で余る、ポーション×99

c0060659_23445682.jpgやや旧聞に属しますが、、ジャンクなドリンク鑑定団としては見逃せないのが、サントリーと「FINAL FANTASY XII」のコラボ商品として来月7日に発売されるポーションなのでありますよ(こちらのニュース)。
ファミコン→スーパーファミコン→PSとハードは変われども、ドラクエと並んでロールプレイングゲームの王者として君臨してきたスクウェア(現スクウェア・エニックス)の「FINAL FANTASY」シリーズ。その中でヒットポイントを回復させるための大切な道具が「ポーション Potion」だったわけです。

FINAL FANTASY XII開発スタッフの監修のもと完成させたその中味は、エルダー、カモミール、マンネンロウ、メリッサなど神秘的なイメージをもつ10種類のハーブ素材を配合し、独特の風味をもちつつも、爽やかな味わいとなっています。

...へえ。なんていうか...まんまなんですが、でも全国津々浦々のゲーム少年・中年・老年にとっては「あのFFのポーションが飲めるのっ!?」ということで、よく売れそうです。
(*個人的にはPSになった段階でFFは死んだと思いますがね。スクエニはこうまでしてプレイヤーの想像力を縛ろうとするのか…。次は「やくそう」の番だな -_-;;)

(*このエントリのみTBを受け付けていません。ご了承くださいませ。)
by Sonnenfleck | 2006-02-23 00:07 | ジャンクなんて...

ビオンディ/エウローパ・ガランテ:□→○

c0060659_2325377.jpg【2006年2月20日(月)19:00~ 東京オペラシティ】
●ヴィヴァルディ:歌劇《バヤゼット》~〈シンフォニア〉
●モーツァルト:交響曲第11番ニ長調 K. 84
●テレマン:組曲ト長調《ドン・キホーテのブルレスカ》 TWV. 55
■ヴィヴァルディ:《和声と創意への試み》 Op. 8~《四季》
  ○アンコール テレマン:組曲ニ長調~〈無窮動〉
  □        ヴィヴァルディ:《夏》~第3楽章Presto


まずショックだったのは、聴衆がかなり入ってなかったこと。1階客席はせいぜい7割、3階サイドにいたっては左右合わせても20人程度という寒風(これはひどい)。
...でもなあ...いちバロクーとして無責任かつ率直に言わせてもらうなら、どうして《四季》やんの??ということなんです。確かにバロックに興味がないリスナーに対してはよくアピールするかもしれないけれど、昨日の集客を見るかぎり、どうもその目論見以上に古楽は人気がない。有名曲を入れたから客が来る、という状況ではすでにないと思うのですよ。
ていうかメインが《四季》だから来なかった層というのも存在してる気がする。マイナーレーベルの新譜やネットラジオを熱心にチェックしている古楽ファンであれば、「ビオンディの《四季》!」というのがいささか古びた宣伝文句であることにどうしても考えが行ってしまうと思うのです。
だからマニアック路線にすればよかったのに!…というのはあまりに傲慢かもしれないけれど、前日19日の《バヤゼット》日本初演のチケットを(ほぼ)即日完売に至らしめた日本のバロクーたちのことも、そろそろ大事にしていただきたいのです。呼び屋サマ。

* * * * * *

舞台中央にチェンバロとテオルボ、それを丸く取り囲むようにして向かって右から1stVn→Va→B.C.→2ndVn。《バヤゼット》とモーツァルトでは1stVnが3プルト・Cb2台という大きめの編成で、弦の後方にHr×2、Ob×2、Fg。(管は多少変動アリ)

1曲目は、前日の《バヤゼット》(ネット上の感想を見ると、かなりよかったようです)から。3部形式のいかにもなイタリア風序曲ですが、ゴリゴリした低弦がよく響いているものの(あの編成の中にCbが2人ってのが笑えます)、曲作りの上でエキセントリックなことは何一つしていない。こうした(かなり意外な!)ナチュラルさはこのあと、プログラムの前半を支配します。

つづくモーツァルトとテレマンは、間違いなくこの日の公演の頂点でありました。
ホール中がきゅっと息詰まるようなpから緩やかに繊細に立ち上っていくクレッシェンドの妙、そしてその円やかな響きは、僕がビオンディとガランテに対して持っていたイメージから大きく外れるもの。モーツァルトの低弦の同音連打とか、《ドン・キホーテ》の描写的な部分とか(〈ロシナンテのギャロップ〉…)、以前の彼らであればもっともっと賑々しくやってたんでしょうが、そうはしない。こんなにしなやかで落ち着いたアンサンブルが聴けるとは夢にも思いませんでしたよ。ビオンディ/ガランテの新譜はしばらく聴いてませんけど、彼らの今を録音しないでどうするんだVirgin!もしくは移籍しろ!というくらい極まってきてます。

(*配布されたプログラムには何も書かれてませんでしたが、モーツァルトの第11番はちょうど《ポントの王ミトリダーテ》と同じころ、イタリア旅行に際して作曲されたものじゃないかと思います。このへんのプログラミングは実に巧い。演奏のほうでも、Vnパートにソロを設けたり、Cemに装飾を入れさせたり、自然な遊び心が素敵でした。)

さて、期待しないでいたメインは、、やはりそれなりの出来なのでした。
同行者とも意見が一致したのですが、《四季》においては彼らは昔の自分たちの演奏に縛られているのじゃないかなあ。演奏が事前に予想できてしまうほどつまらないものはない。だいたいこれくらいの「過激」なら、今はもっとエゲツナイものが他にいくらでもあるし。
《春》が始まった瞬間、硬直し汚く濁った響きにガックリときました。Va犬がワンワン鳴いたり、暖炉の前でVcがうるさかったり、あるいはコルレーニョをやってみたり、《秋》の第2楽章でVnソロパートを全部Cemに弾かせたり。…このスタイルはこのスタイルで一種の完成形だし、これを捨て去ることは難しいのだろうと思うけれど、前半で見せたような落ち着きがここに加わったらどれほどいいか...と思ってしまう。もう一歩、踏み出さないかなあ。

アンコールのテレマンはオール・ピツィカート(チャイコフスキーかと思いました)。
二回目の《夏》は、本演奏よりもノリノリでエンタメ。
by Sonnenfleck | 2006-02-22 00:18 | 演奏会聴き語り

水・雨・霧・雪

c0060659_2336553.jpg武満徹がなくなってから、今日で10年がたちました。

僕はけっして彼の熱心な聴き手ではないけれど、2月20日にタケミツメモリアルで開催されていた東京シティ・フィルのコンサート「武満徹とフランス音楽Ⅰ・Ⅱ」がよく思い出されます(名シリーズ「フランス音楽の彩と翳」のvol.4とvol.8)。
2003年の第1回は、武満の《弦楽のためのレクイエム》と《夢の縁へ》(管弦楽から立ち上るギターの音はどうしてあんなにセクシーなのか)、後半にフォーレの《レクイエム》Op. 48。
2004年の第2回は、武満の《鳥は星形の庭に降りる》と《ノスタルジア》、ピエルネの《バスク風ファンタジー》、最後にドビュッシーの《聖セバスティアンの殉教》。
...いま考えると本当にクールなプログラムだったなあとつくづく思います。シティ・フィルの「フランス音楽の彩と翳」が終わってしまったのは実に惜しい。(*ゴメンナサイ、勘違いでした。2006年4月4日にvol.13「ギリシャへの憧憬とアルカイズム」が開催されます。ドビュッシー《6つの古代碑銘》のオケ編曲版(アンセルメ編!)が取り上げられるみたいですね。)

今夜のタケミツメモリアルはビオンディ/エウローパ・ガランテの明るい響きに支配されていましたが、武満もあの天窓から覗いて楽しんでいたかもしれません。感想は明日以降。

クレーメルの演奏で《ノスタルジア》を、武満徹の追憶に。
by Sonnenfleck | 2006-02-20 23:48 | パンケーキ(20)

長田雅人/オーケストラ・ダスビダーニャ 第13回定期演奏会

c0060659_2105425.jpg【2006年2月19日(日)13:45~ 第13回定演/東京芸術劇場】
●ショスタコーヴィチ:劇音楽《ハムレット》Op. 32a
●同:Pf協奏曲第2番ヘ長調 Op. 102
  ○アンコール 同:《24の前奏曲とフーガ》Op. 87
   ~第17番変イ長調
→ミハイル・カンディンスキー(Pf)
●同:交響曲第8番ハ短調 Op. 65


年に一度のショスタコファンの祭典、オーケストラ・ダスビダーニャ(以下ダスビ)の定期演奏会に行ってきました♪

どんなオケの演奏会でも、「俺はこの曲、嫌いだね」っていう団員が必ずいると思うんですが、ショスタコだけを演奏するために結成されたダスビは、団員が全員ショスタコを愛している(はずの)奇跡的なオケなのであります。
僕はこれまで、三年前の第10回定演(モソロフの《鉄工場》と《レニングラード》)と、一昨年の第11回定演(《馬あぶ》組曲と第5)を聴きましたが、彼らの特異な演奏スタイル、すなわち、ソヴィエト国立文化省オケの忠実なる弟分的な驚異の豪快さ・放埓さ・ヨゴレ・毒気・泥に毎度々々笑わされ感動させられてきました(レニングラード・フィル的なクールさの対極)。「やりすぎ」ってのは彼らの演奏を最高に褒め称えるのにうってつけの形容詞でありましょう。

1曲目は、《マクベス夫人》と同じころに作曲された《ハムレット》組曲。
ダスビは今年も好調。ひたすらうるさい打楽器と金管(Tb!)、およびギスギスと硬い弦の音が、初期のショスタコらしい陽気で破壊的な響きを見事に出してみせますよ。いい。

続く二曲目は、Pfソロにミハイル・カンディンスキーを迎えて第2協奏曲。
ソリストは苗字のとおり、画家のヴァシーリィ・カンディンスキーの遠縁らしい(どうでもいいですが)。しかしどうでもよくないのはこのピアニストの作る音楽が非常に変わっているということ。
第1楽章冒頭のFgが超絶的に遅くて思わず仰け反っていると、MIDIのように頑固な低速+オルゴールのように単純で明るい音色+レガートでソロが入ってくる。ははぁこれは面白くなるぞ、、とニヤニヤしながら聴いていると、やっぱりピアノが頑としてテンポを上げない。どうみてもダスビの常のスタイルとは違う音楽づくりで、オケの皆さん的には辛かったんじゃないでしょうか。互いに合わせる気があまりない様子でしたが、久しぶりに「競争曲」らしいものが聴けて楽しかったですよ?
アンコールの《前奏曲とフーガ》変イ長調はソリストの澄んだ明るい音色が作品のリリカルな側面とマッチして、美演と言うべき出来。

後半はいよいよ第8。
第1楽章は冒頭の低弦(増量してたのかな?)からして、ああ...いかにも...という濃さ。中間部で耳を聾するような絶叫(比喩でなく、本当にキーンとなるこういう経験はなかなかできないっすよ)。コーラングレ・ソロは十分によかったです。
したがって聴く前から第2・3楽章の喧騒はある程度予想していましたが、まさかここまでとは…。スネアとTpとTbであの巨大な編成のトゥッティを掻き消すことができるんですね(笑) 耳を劈く(この漢字のとおり、暴力的な、引き裂かれるような)大音量。あーここまでやりすぎたのは他に聴いたことないわーという畏怖の念がふつふつと湧きましたよ。打楽器さんたちが腕を振り上げるたびに、「ああっ来るっ」と身構えるM。
ところが今回、第2・3楽章以上によかったのが、(失礼ながら意外にも)第4・5楽章なのでした。奏者たちの個々のポテンシャルは残念ながらプロオケにはかなわないし、そのことで生まれるミスや傷は確かに散見されましたが、この静かな二つの楽章を丁寧に美しく演奏するダスビの皆さんの集中力には、こちらも飲まれました。美しく揃うピツィカートや繊細な強弱は、全員が作品への共感を持たなければ成し遂げるのが難しい(いかにもすぎる物言いですけど、ある場合においては確かにそうなのだと僕は思います)。
この曲は見通しのない演奏だと派手な第2・3楽章に頂点が来てしまって、その結果静かな終末がただの尻すぼみになってはなはだ格好悪いのです。しかし、ただでさえ第2・3楽章「やりすぎ」のダスビが、第4・5楽章の静かな頂点を見据えた、奇を衒わないハイレベルな演奏を繰り広げていたのには大いに感心しましたです。最後のハ長調の和音は、数十分前に地獄の大音響を出していたのと同じオケとは思えないほど、澄み切って美しかった。

* * * * * *

祭が終わって、春まであと少し。
by Sonnenfleck | 2006-02-19 21:13 | 演奏会聴き語り

イタリア式ヴォルフィ

c0060659_2119432.jpgここ一ヶ月ほど何かと手が伸び、ヘビーに聴き倒しているのが、このエントリで書いたサンドリーヌ・ピオーによるヘンデルのアリア集であります。軽いがどこか暗くて存在感のある不思議な声、そして完璧なテクニックにメロメロ(*o*)
したがってその次に、彼女が歌うモーツァルトのアリア集を求めるのは避けられないことでした。しかもその伴奏がゴルツ/フライブルク・バロック・オーケストラということで、買ってみないわけにはいかない。

このアルバムが面白いのは、《フィガロ》からも《ドン・ジョヴァンニ》からも《コシ》からも収録がなく、かわりに《ポントの王ミトリダーテ》(1770)、《ルーチョ・シッラ》(1772)、《羊飼いの王様》(1775)など初期に作曲されたイタリア語オペラのアリアが中心に取り上げられているところ。このへんの作品はヘンデルの影響を色濃く受けているような感じで、特に《ミトリダーテ》の技巧的な装飾やお定まりの展開はまだバロックどっぷりで、、たまらんです◎
そんな中にサンドイッチ式で、セクシーなメロディラインを持った《魔笛》や《皇帝ティトの慈悲》のアリアがポツンと挟まってるものですから、流して聴いているだけで作曲上の立脚点の違いが明白にわかるようになってます。いいっすね。
(*《ティト》の音楽がこんなに官能的だったとは…。全然気づかなかった。)

ピオーの歌唱にはあいかわらず文句の付け所がなく、ただうっとりと聴き入ってしまうのでありました。しかし、聴きなれたアリアではパミーナの《愛の喜びは露と消え》魔性の美しさ。これは…男を知らない清純なお嬢さんじゃあないぞ…。こんな声で迫られたらパパゲーノでなくても思わず話しかけてしまいますよう(雷鳴)。

以前から気になっていたフライブルク・バロック・オーケストラの伴奏。
今回初めて聴きましたが、意外に酷薄な響き!いいですね!流行りのバロック系アンサンブルはだいたいどこも享楽的で押し出しの強い音だと思うんですけど、ここは(少なくともこの録音では...)ぎゅっと引き締まったストイックな感じ、音の消え方も線的でまっすぐ。面白い。
このCDは指揮者がゴットフリート・フォン・デア・ゴルツに変わってからの録音なので、オケの創設者のヘンゲルブロックの指揮もぜひ聴いてみたい。そうなるとヘンゲルブロックの新しいオケであるバルタザール・ノイマン・アンサンブルも、、となって広がりますね。
by Sonnenfleck | 2006-02-18 22:59 | パンケーキ(18)

造園一周年

c0060659_23305273.jpg去年の2月17日にブログを始めてから、今日で丸一年がたちました。

もともと自分が出かけた演奏会の感想を手帳に書きなぐっていたので、それを中心に構成すりゃあいいかな…なんて簡単に考えてブログを設置。
でも人さまに公開するためには内容に一応の責任を持たなきゃならないし、それに結局のところ音楽の感想なんて最後は「好きか嫌いか」に辿り着くので、そこで無味乾燥/独善に陥ることなく、いかに気楽に読んでいただける感想文にするか。毎回試行錯誤の連続です。

日記を書いても三日ともたなかった僕がこうして一年間文章を書き続けてこられたのは、毎日読みにきてくださる皆さんのおかげであります。本当にありがとうございます。これからも拙ブログ「庭は夏の日ざかり」をよろしくお願いいたします◎

* * * * * *

iioさん作成のラヴリー作曲家占い
「Sonnenfleckさんはストラヴィンスキー です!」
ブラームスだったらどうしようとヒヤヒヤしました。...あたしゃお金が大ский。
by Sonnenfleck | 2006-02-17 00:01 | 日記

ニコーリナ・ゴーラのリリカルマシン

c0060659_20535449.jpgゲルギエフのプロコフィエフ全集が発売されるみたいなのです。
(ジャケ写真はHMVのニュースから。3月31日発売予定。)

「いまプロコの全集を録音できる人気者はゲルギエフ以外考えにくい」と3週間前のエントリのコメント欄で話題になったばかり。しかも単発リリースではなく、いきなり4枚組みの全集として出るということで仰天しとります。
いずれも2004年5月のライヴ録音@バービカン・ホールで、オケはおなじみのマリインスキー劇場管じゃなく、ロンドン交響楽団(そういえばゲルギーはここの親分になるんだった)。第4番の初稿もちゃんと収録されててうれしいかぎり。このツィクルスを実際にお聴きになったSt.Ivesさんこちら(2004年5月6日の日記)で第5番の演奏を激賞していらっしゃるので、大いに期待して待つことにします◎

...しかし我慢できずに、確か確か、、と探し出してきたのは、2003年の9月にゲルギエフ/マリインスキー劇場管がコンセルトヘボウで開いた「プロコフィエフ没後50年記念演奏会」のエアチェックMD。NHK-FMの音源ですが、オランダから生中継されてたみたいです。

【2003年9月13日 アムステルダム・コンセルトヘボウ】
●交響曲第1番ニ長調 Op. 25 《古典》
●バレエ組曲《道化師》 Op. 21a
●交響曲第7番嬰ハ短調 Op. 131

ゲルギエフの急激なアッチェレランド要求にオケがついてこられなくなったのか、第1番の第4楽章では吐き気を催すような空中分解が起きていてスピーカの前でうなだれてしまいました。でもそれ以降は予想していたよりずっと穏便で、基本的に下品な煽りがほとんどなく、またオケもエンジンが温まったようで安心して聴ける。
この指揮者の音楽で苦手なのは、ものすごく当たり前の陳腐な表情づけを「大げさに規模を拡大して」押しつけてきたり、旋律の長さにお構いなく急なテンポ変化で流れを身勝手に寸断したりするところなんですが(《シェエラザード》とかショスタコ第5とか、勘弁してほしい)、少なくともここでの第7番では素直に美しいところを歌わせて、気持ちのいい出来になっている。それでも間延びしたように聴こえないのは、細かな旋律の断片をかなりデフォルメして鋭くしているからだろうと思います。

特に後期作品、第5・6・4(改訂稿)・7番はメガロマニアックな気分が全体を覆っているわけですが、そのどでかいアーチの下で部品や装飾も全部どでかくぶっとくしちゃったのがロストロポーヴィチの全集、逆に全部設計書どおりに作ったらコンクリート打ちっぱなしみたいになっちゃってつまらないのが小澤の全集だと思います。(ロジェヴェンの全集は神棚。)
ゲルギエフはなにかと曲をどでかく構築するのが好きだし、このライヴを聴いたかぎりプロコフィエフに対してはわりと素直な(でも面白い)表情づけをしているようなので、日常的に取り出して聴けるという意味でプロコファンには素敵な贈り物になるんじゃないでしょうか。予想。
by Sonnenfleck | 2006-02-15 21:58 | パンケーキ(20)