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天使の声で悪魔を歌う

c0060659_20155930.jpg僕はかつて米良氏がどんな騒動に巻き込まれたのかよく知らないし、彼の現在のレパートリーにも全然興味はないんですけど、一時期彼のレパートリーの中心にバッハやヘンデルがあったことは決して忘れられるべきじゃないと思うのです(しかしこのジャケ写真は忘れられてもいい)。

カウンターテナーの声質ってものすごく個人差が激しいですよね。
ショルの硬い男性的な声、ナヨナヨと妖しい魅力のヤーコプス、ふくよかで滑らかなレーヌ。若手では華麗で天真爛漫なジャルスキ、あとは昨年9月に聴いたツェンチッチの憂鬱に曇った声が印象に残りますが、そんななか絶頂期の米良氏の声からは、あえて開き直った女性らしさというか、力強い包容力のようなものが感じられますね。

このCDは、10年ほど前に彼がBCJと録音していた《メサイア》やバッハのカンタータから彼の歌唱が抜粋収録された企画盤。
ここでとにかく聴くべきは、バッハのカンタータ第54番《罪に手向かうべし》 BWV. 54。アルトソロのための小規模なカンタータながら、2つ目のアリア《罪を犯すものは悪魔の身内だ》で使われる恐ろしい半音階下行音型(カタバシス?これは「悪魔」の修辞フィグーラなのかしら)が強烈な印象を与えます。しかしそれをまったく意に介さないような米良氏の明るい晴れやかな歌い口がかえって恐怖。ものすごいギャップでありますよ。

あーあ。米良さんバッハに戻ってきてくれないかなあ。
by Sonnenfleck | 2006-03-31 21:19 | パンケーキ(18)

紹介しよう、娘のロッテだ。

c0060659_21225289.jpgいつも拝見している「ガーター亭別館」さんのところで知った「マーラー指揮者占い」。クラヲタの秘孔を見事に突いてますねえ(笑)

Sonnenfleckさんはオットー・クレンペラーです!(ええっ!)

オットー・クレンペラーさんは、ひとことで言えばとてもユニークな人。印象的とも言えるほどの強烈な個性を持っていたり、他人にはなかなか真似のできない才能に恵まれていたりします。見た目が大人しいタイプなので、最初は誰もあなたのユニークさに気づかないのですが、つきあいを深めていくうちに驚いたり感心したり。自分の個性を自覚し、きちんとコントロールしていけば、どんな場所でもすんなりと溶け込んでいけるでしょう。
仕事面では、持ち前のユニークさを生かした画期的な提案で注目されそう。
恋愛面では、楽しく刺激的な恋を積極的にゲットしていくはずです。
まずは自分自身の個性や方向性を良く見極めて。それを最大限に生かして、大きな幸せを掴んで下さい。

…もう少しおとなしくしないと飛行機のタラップから落ちるということでしょうか(自戒)。

ちなみに「オットー・クレンペラー(1885年5月14日/血液型不明)」で試してみると

オットー・クレンペラーさんはミヒャエル・ギーレンです!

という気味の悪いことになりますが、いや、、でもこれは普通にアリだろ。レニーやテンシュテットじゃないところがこれまたナイスなヲタ仕様。
by Sonnenfleck | 2006-03-29 21:40 | 日記

広上淳一/都響:春の午後

c0060659_2153545.gif【2006年3月21日(火・祝)14:00~ 第317回プロムナードコンサート/サントリーホール】
●モーツァルト:交響曲第31番ニ長調 K. 297《パリ》
●同:レチタティーヴォ《どうしてあなたが忘れられましょう》/ロンド《心配しないで、愛する人よ》 K. 505
→林美智子(MS)、広上淳一(FP)
●マーラー:交響曲第4番ト長調
→林美智子(MS)


もう一週間経ってしまいましたが、東京でのラストコンサートの感想文を。
広上淳一という人の鋭敏な感性については、もはや僕なんかがつらつらと書く必要がないほど広く知られていると思います。細かな表情をありったけ煩いほどにつけまくる+その対極としてなだらかな局面を清らかに歌い上げる、という広上節はこの日の演奏でも見事に炸裂でありました。(この人ほど指揮姿と音楽作りが一致している指揮者はいないと思う。)

《パリ》はこの一年で二回、ブリュッヘン/新日フィルとニケ/OEKの演奏を聴いたのですが、両者ともに明白な「古楽系モダンモーツァルト」であり、それを偏愛する人間にとってはいずれも最高の体験でした。しかしこの日サントリーのステージを埋めるのは巨大な編成のオケ、、コンサバのモダン演奏だったら寝ようかなと不遜な態度でいたのです。でも…うーん…古楽系のそれっぽい味付けに手を出さなくてもあんなに生き生きとして悪戯っぽいモーツァルトが提示できるんですね。最初から最後まで山あり谷あり、極度に集中したアクセントとユーモラスな脱力とが交互に現われ、ごく短い一つの音符の内部でスッと表情を変える様子には度胆を抜かれます。恐れ入りました。(僕はこういうクルクル回る演奏を外連だと思わない人とオチカヅキになりたい。)

二曲目のレチタティーヴォとロンドは歌手に寄り添ってオブリガートのピアノが活躍する作品。指揮台のところに(なんと)フォルテピアノが運ばれて広上氏の弾き振りとなりました。
しかしここでは歌手・ピアノ・オケが噛み合わない。客席から眺めていて見えてくるのは、どうも指揮に問題があるのではないかという疑問であります。ピアノのタッチは彼の指揮と同じで天衣無縫な様子なんだけれど、焦りのせいなのか、ピアノのパートに突入する箇所/そこから抜ける箇所でタクトに混乱が生じるような感じなんですよ。我々は普段、弾き振りに対して何気ない態度でいるけど、実は相当に習熟したピアニストじゃないとあの技は使えないのかも?という初歩的なところに辿り着いたようでした。そのうえ林さんは高音域が辛そう。

後半はマーラー第4。
ひとりのカリスマが与えた影響は、いったいいつまでそのオケに残るのか
都響を聴くとき、無意識のうちにベルティーニのことに思い至ります。彼が(特にマーラーで)目指したのはあくまで均整のとれたクールな美音でしたが、この日の都響はその美しい響きを保ったまま(Obの広田氏に、大ブラヴォ!)、でも広上節の忠実な僕としてベルティーニとは正反対の要求に対して巧く応えていました。
金や銀の装飾をじゃらじゃらとぶら下げたマーラーは、思いつき・悪趣味と紙一重であります。しかしこの日の演奏では楽員がその方向性に疑念を抱いている様子が微塵もない。第1・2楽章では広上氏の棒の下、全員が自信を持ってシニカルに細かい(そしてしつこい)表情づけに従事してます。集中と脱力の合間に予期せぬエアポケットが突然現れるというのはやはり素直に楽しい。
曲中何度も登場するコンマスのソロ。矢部氏のふざけっぷりはベルティーニ時代とはかけ離れていましたが、あんまり楽しそうに弾いてるんでこっちもグイグイ引き込まれますね。
第3・4楽章の清らかな美しさは、前述のとおり広上節のもう一つの側面。そして都響の弦がいまも間違いなく在京オケのトップに君臨していることにここで改めて気づかされます。すげえ。林さんも調子が上がり、安心して聴けました。

* * * * * *

演奏終了後の楽員の和やかさも、このオケの特徴。
舞台上で誰一人ニコリともしないどこかの放送局オケとは雲泥の差ですね。謙虚な仕草で歓声に応える広上氏の姿とともに、非常に後味のよい演奏会でありました。
とりあえず、しばしさよならサントリーホール。
by Sonnenfleck | 2006-03-28 21:53 | 演奏会聴き語り

機械仕掛けの未来が待ってる

c0060659_19193093.jpg広上淳一/都響のマラ4とか、モスクワ・ユーゴザーパド劇場の《巨匠とマルガリータ》とか、書きたいことは溜まっています。。が、終わりの見えない荷造りの合間に、今後の当ブログの行く末を物語る?ようにして「今日の一枚」的短信。

「パリのヤンキー」ことジョージ・アンタイル(1900-1959)の未来派騒音系音楽《バレエ・メカニック》が突然聴きたくなって取り出してみました。
このスポールディング/フィラデルフィア・ヴィルトゥオーソ室内管の演奏で聴かれるのは、お上品な筐体花柄プリントのメカであります。リズムの角はことごとく丸っこいし、プロペラ音はほとんど聞こえないし、シロフォンなんかあまりに可憐なのでつい微笑んでしまいますね。でもこれはこれで年寄り子どもに優しい家庭用ロボといった感じで、その嘘くささはなかなか魅力的です。「高スペック(*おしゃべり機能は搭載しておりませんので別途お買い求めください)」のアンサンブル・モデルン盤とは正反対。

* * * * * *

全然関係ないですが、こんな記事に仰天。
「メイド交響楽団」が登場(ITmediaニュース)

ネコミミにメイド服で演奏するんですって。うへぇ。メイドさん萌えブームはついにこんな僻地にまで押し寄せてきたのか。略称はTMSO、、ってことでどう見ても都響と一緒ですよ?
by Sonnenfleck | 2006-03-25 19:57 | パンケーキ(20)

凍れる大正←電氣分解(ビビビ)

c0060659_2322144.jpg伝説の飲み屋、浅草の神谷バーへ行ってきましたです。

東武浅草駅の改札を出て横断歩道を渡るとすぐ、かなり古めかしい建物が目に入ります。浅草で活動写真を見終えた庶民にとって、その帰りに神谷バーで一杯引っ掛けていくのが最高の楽しみであった…というようなことが公式サイトに書かれてますが、そんな伝説も今は昔。僕が行った夕は「この人たち何時から飲んでんの?」という(やや汚めの)爺さんグループで店は溢れかえっており、現在はまた別の社交場に変容しているようでした。

ここの飲み屋さんは、日本で初めて「デンキブラン」を出したことでつとに有名。
明治のころ、舶来の珍しいものには「デンキなんちゃら」と命名するのが流行っていたらしく、ブランデーをベースにジンやキュラソーや薬草(?)をブレンドしたこの新しいカクテルに「デンキブラン」の名がつけられたのも自然な流れです。
しかし本家のデンキブランは容赦なく甘く、そのくせ度数が普通に高い。養命酒みたいな薬草臭に騙されてはいかんでした。調子に乗って電氣ブラン・オールド(明治の昔と同じ40度)をスイスイ飲んでいたら、いかん足がふらつく。。本当はチェイサーとしてビールを飲むのが神谷バー流らしいんですが…プリーズお冷や。

ここがもうひとつ面白いのは、食券制が続いてるところ。立ち飲みとか小さなお店ならわかるけど、こういう大きなホールを持った店で混乱がないのはすばらしい。
お店に入るとまずは入り口のカウンターで飲み物を注文し、食券を買って席へ。あとはそのつどギャルソンを呼んでその場で清算していくシステムなので、飲み終えてお会計、より喪失感が少なくて済みます。ギャルソンたちが食券を切っていく仕草がまたカッコイイのでした。

つまみの「フライドポテト」は小ぶりのじゃがいもをそのまま揚げたみたいな形で、ホクホクと甘い。揚げたてで衣が香ばしい「メンチカツ」には感激。魚介ダシの効いた「おでん」ははんぺんが異常に美味い。伊達に何十年と続いちゃいませんね。

* * * * * *

その数日後、ETV特集「木村伊兵衛の13万コマ~よみがえる昭和の記憶~」を何気なく見ていたら、彼の作品の中に「浅草・神谷バー」を発見。くたびれた紳士が一人でデンキブランの杯を傾ける何気ないショットですが、その落ち込んだ肩の角度といい、虚ろな視線といい、ゾッとするような妖気が漂います。木村の天才とともに、かつてこの恐ろしい瞬間を生み出した神谷バーという場所に驚くのでした。また行ってみよう。
(*ウェブ上で画像を探したけど見つかりませんでした。残念。)
by Sonnenfleck | 2006-03-22 23:28 | 日記

МИРが、昔そこにあったらしい

c0060659_8561188.jpgいくらソ連音楽ファンといっても、こいつを取り上げるのにはちょっと気がひけるのですが…。このCDに収録されているのは、ソヴィエト社会主義共和国15カ国ぶんの国歌であります。

トラック1のUSSR国歌(アレクサンドロフ作曲)は1943年の国歌コンクールで選ばれたものですが、ショスタコやハチャトゥリャーンに競り勝っただけのことはあって、改めて聴くと素直にかっこいい。曲調のクライマックスが「Партия Ленина!(レーニンの党!)」に置かれてるのには苦笑ですが、、こりゃあ国民としては確かに愛着が湧くよなあ。演奏はユーリ・シモノフ/ボリショイ劇場管+合唱団
トラック2にウクライナ、トラック3にベラルーシと来るのは、国連2議席分の栄誉かしら。USSR国歌に似てます。(ソ連の亡霊ルカシェンコは果たして成仏するのかしないのか。)

中央アジアへ飛んで、トラック4のウズベキスタン、トラック5のカザフスタンは意外に凡庸で面白くない。演奏するウズベキスタン国立交響楽団とカザフ交響楽団もオスマシ。でもトラック14のトルクメニスタン国歌がアジア全開、ボロディンの《中央アジアの草原にて》を地で行くような鷹揚さがたまりません(*o*)
そんな中でトラック12のタジキスタンがどん底に暗い短調で登場するもんだから驚きます。すぐ南に迫るアフガニスタンの脅威か。しかも自前でオケが用意できなかったんでしょうか、15か国中ここだけソヴィエト国立文化省オケに演奏してもらってますよ…

カスピ海を挟んで西側へ行くと、トラック6のグルジア、トラック7のアゼルバイジャンともにネアカな節回しが心地よい。特に後者は冒頭で「アっゼルバイジャーンっっ!!!!」の絶叫、明白な行進曲スタイル、大衆歌謡的な底抜けの明るさ、ああ隣国はもうイランなのでした。やたらと威勢のよいアゼルバイジャン国立交響楽団の打楽器パートにも感動です。

反対にヨーロッパ側の諸国、トラック8のリトアニア、トラック9のモルドヴァ、トラック10のラトヴィア、トラック15のエストニアなどは妙に落ち着いてて独特の諦めムードが。。

さてトラック13に登場するのが、アルメニア国歌(ハチャトゥリャーン作曲)であります。
これは、、たとえ作曲者名を知らずに聴いたとしても、曲としての格が違うことに気づくと思いますよ。非常に歌いにくそうなエキゾチックなメロディラインですが、静々と厳かに高まっていく様子にはゾゾゾと興奮しますね。アルメニア国立放送交響楽団も誇らしげ。

* * * * * *

というのはすべてこのサイトで聴くことができるのでした(演奏は違うけど)。
by Sonnenfleck | 2006-03-21 09:03 | パンケーキ(20)

春の/崑崙南花楼/嵐

c0060659_12214599.jpg帰宅。すごい風でした。
と思ったらさっそく引越し。
だいたい計画性のない性質なものですから、業者に頼んだ日が迫っていてもなかなか荷造りが手につかないんですよね(^_^;;)
とにかくかさばるCD、これをまずは減らさなきゃいけないはずなのに、ふと誘惑に負けて中古を覗きに行ったりすると、、運悪く探し物を発見するもんだから始末に終えません。

コンロン・ナンカロウ(1912-1997)の異常な愛情は専ら自動ピアノへ注がれましたが、その結果、生身のピアニストに対しては驚異的な技巧(まさにメカ)を要求する作品が山のように生まれたわけです。
このCDに収録された《自動ピアノのための習作》は作曲者以外の人間によって4手用に編曲されたバージョンですが、それでも非人間的な難易度には変わりないようです。盛大なポリリズムに乗って、とりとめもない旋律の断片が昆虫のように無表情のまますーっと流れていく(でもところどころものすごくjazzyだったりするのでぎょっとします)。

演奏しているbugallo-williams ピアノ・デュオは、人間味のない均質さを終始保っていて素敵です。でも、、演奏と一緒に吐息や鼻歌や爪の音が聴こえるのでなければ、人間のためでない作品を人間が弾いて録音する理由はどこにあるんだろう。「再生のたびに同質」というところにこそ、ナンカロウの冷ややかな美学的視線を感じるんですが。。
by Sonnenfleck | 2006-03-20 13:13 | パンケーキ(20)

ハルフター/新日フィル:炎の天使→降臨→火災

c0060659_23193972.jpg【2006年3月16日(木)13:00~ すみだトリフォニーホール】
●プロコフィエフ:交響曲第3番(リハーサル)


プロコの3番をメインに据えた今月の新日フィル定期でしたが、本公演に突如行けなくなる●しかし以前たまたま某所から公開リハの招待状をいただいていたのと、そのための時間を作ることができるという幸運が重なって、本日プロコのみ通し練を聴くことができましたです。
…後ろめたさなんてウラルに吹き飛ばせ。

指揮者のペドロ・ハルフターは1971年マドリード生まれの若手。巨漢かつ威勢のよいバトン、音楽づくりも強引すぎるくらいダイナミックで楽しいですね。
リハは楽章ごとに通し→細部手直しという普通の形態でしたが、細部手直しにおいてはあるパートだけを抜き出して独立に演奏させる作業にかなりの時間を割いてました。やっぱしつこい人ほど信用できますよ。。これをやるとパートが丸裸になるので、リハを覗いてるこちらとしては非常に楽しいのだけど…オケの皆さん的にはどうなんすかねぇ。

第1楽章は主部に入ったところがひどく粘ついてゆっくりなのですが、派手な行進曲風のパッセージになると突然極端にアクセルを踏み込むので異様に目鼻立ちがパッチリとする。それでもあんまり下品な感じがしないのは、静かな局面のニュアンスを非常に大事にしているからだと思います。リハでも一見目立たぬ地の部分にしつこく拘っていて好感が持てる。

第2楽章は不覚にも昏睡。

ABA'の三部形式である第3楽章はA部分の弦五部にすさまじいディヴィジがかかっており、小さな電流がパチパチとスパークする上をファニーな木管が跳ね回ります。これだけはやはり生で聴くと迫力が違うー。弓順がみんなバラバラなんで視覚的にも楽しい。
しかしここでもむしろコダワリは寂寞とした中間部であり、Vnに何度も繰り返し弾かせてそのニュアンスを確認していました。

第4楽章になると狂暴な響きを轟かせて、あーこれまでかなり抑制してたんだなーと思わせる。でもそれが行きすぎてかなり一本調子な印象なのは、これがリハだから?
…そうだといいです。

最後にちょっとだけアルベニスの組曲《イベリア》から〈港〉。わかりやすさは善、か?

* * * * * *

今日の公開リハは13:00~でしたが、お客の集合は11:30。
演奏開始前になんとすみだトリフォニーホールの避難訓練に巻き込まれ、お客役として強制的に参加させられたのであります(笑)
大勢のレセプショニストたちが一斉に、しかしバラバラに「お席でお待ちくださいっっ!」と叫ぶものだから、何を言ってるのか全然聞き取れない。非常階段はなんだか頼りないし、避難した先が狭い通路なのもマイナス。本番ではひどいパニックになるでしょうね。
しかし何より腹が立ったのは、オケの皆さんのふざけっぷりですよ。緊急放送を聴きながらステージ上で笑うのはやめてほしい。こっちも遊びで付き合ってるんじゃないんで。「おかし」の「し」ができてないのは致命的です。

* * * * * *

次回更新は土曜日、かなあ。
by Sonnenfleck | 2006-03-16 23:25 | 演奏会聴き語り

甲賀一宏/横浜交響楽団 「フランス六人組の作曲家たち」

c0060659_21565486.jpg【2006年3月15日(水)19:00~ 第589回定期演奏会/神奈川県立音楽堂】
●オネゲル:《パシフィック231》
●ミヨー:《プロヴァンス組曲》
●プーランク:Pf協奏曲嬰ハ短調
  ○アンコール 同:《プレスト》
→佐藤卓史(Pf)
●同:バレエ組曲《牝鹿》


応援しているピアニスト佐藤卓史がソロに登場ということで、桜木町まで出かけてきました。
それにしても。
アマオケの感想文を書くというのは、リアルで「情に棹せば流される」の世界であります。どこまで書いていいのか倫理的な迷いもあるし、おまけに自分自身ヘタクソなチェロをアマで弾いてたっていうこともあって、なかなか普通の感想文に仕立てるのが難しい。普段は偏狭で高飛車なヲタリスナー視点で書いてますけど、アマオケを聴いてるとだんだん同情的なプレイヤー視点に侵食されてくるわけです。…当夜の感想は緩めに。。

1曲目はオネゲルの《パシフィック231》。
変奏曲である《パシフィック231》は拍子の激しい交替が特徴ですから、まだ緊張も残ってるであろう一曲目ではやはりアンサンブルがやばい…。拍子が変わるたびにカオスでした^^;; でも冒頭、弦のフラジオの音色がすばらしく非人間的で大変よかった。器械が軋みながら発進する。
2曲目はミヨーの《プロヴァンス組曲》。
南仏民謡とカンプラと複調のミクスチュアということで、素直に楽しい感じです。時折訪れる危機も、、南国気分で乗り越えればなんくるないさっ。ピッコロとタムタムが跳ね回る終曲は《アルルの女》へのオマージュかな。ここで休憩。

後半はまずプーランクのPf協奏曲、ソロに佐藤卓史登場であります。
いつものように理知的で円やかに美しい高音、、の隙間を縫って激しく打ち込まれる低音に今回は非常に感心しました。プーランクの苦々しさを表現する前にオケはかなりきつそうでしたが、ソロはそのぶんを補って余りある峻厳なタッチを聴かせてくれましたですよ。
アンコールの《プレスト》は絶好調でありました。贔屓の引き倒しにならないようにしなくちゃいけないけれど、これは本当によかった。クルクルと飛び回る羽虫のようなかわいらしさを、持ち味の軽快な打鍵でもって見事に表現。ブラヴォ。

最後は同じくプーランクの《牝鹿》。
全プログラム中これが一番完成度が高かったですね。ラグタイムが突然侵入してきたり、急にしっとりしたり、他の曲と比べてもけっして技術的に簡単というわけではないと思いますが、安心して聴けるアンサンブルになっていたと思います。特にTpがよく通ってすばらしかった。

* * * * * *

20世紀の作品が好きなものでいろいろと節操なく聴いてきましたが、フランスものにはなぜかあまり縁がなく、もっと勉強しなきゃなあと思う次第。特に六人組のあたりは音楽だけ聴いてればいいというものでもなく、その背景に詩やら演劇やら舞踏やらがゴタゴタとくっついてくるので、本質的に怠惰な人間である僕など大いに恐れをなすのでした。
(*このへんのことを勉強しようと思っても、困ったことにものの本は大抵ある程度以上の知識を前提にしているんですよね…。でも僕のような哀れなクラヲタを救ってくれるのが、てつわんこさんが「神戸阪神地域芸術文化情報」で現在展開されているプーランクとオネゲルのシリーズであります!今後とも激しく楽しみにしております◎)
by Sonnenfleck | 2006-03-15 22:30 | 演奏会聴き語り

靴を買う→いい日旅立ち。

c0060659_0104570.jpg今日の東京はいちおう冬7:春3、くらいでしたが、ここ数日、自分のいちばん好きな季節がどんどん遠ざかっていく様子が感じられてやや悲しく。でも春に向けて靴を新調。

さて、実はこの4月から名古屋で暮らすことになりました。
生活リズムが変わるのでこれまでのような更新頻度は保てなくなるでしょうし、コンサートの感想文も減ると思いますが、気がついたときにでも見にいらしてくださいませ。

、、っ、えびふりゃあっっ。(←ニワカ)
by Sonnenfleck | 2006-03-14 00:26 | 日記