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一つは一つより楽しい思い

c0060659_21342866.jpg晩飯を食べていてふとノルシュテインのことを思い出しました。気になって調べてみたら、どうやら《外套》第1部が本当に完成間近らしいのですよ。これまで何度も「完成」の噂が流れたけど、今回こそは本当のようです(こことか)。

ロシア随一のアニメーション作家、ユーリ・ノルシュテインですが、ゴーゴリの《外套》アニメ化に対する彼の情熱(偏執)は並ならないものがあり、製作開始から20年が経ってもいまだ完成を見ず。モノクロームの世界、切り絵を動かすようなあの独特のパサついた質感、そしてにもかかわらずウェットな動きは、一度見ると忘れられないですが、、あれは確かに時間を気にしていてはできない業。

何年か前に公開された《外套》プロトタイプは、件の第1部を10分強にまとめたダイジェスト版でありましたが…見たこともないような描画にとにかく釘付け。上にupしたような画像がしんなりと動いて、ペテルブルクの暗い夜を、アカーキー・アカーキエヴィチのささやかな食事を、そして写し物に恍惚とする彼の小さな幸福を描くのですよ。そこから滲み出す苦味と切なさを見ていると、感性の動きを表現するメディアとしてのアニメはもっと素直に信じられてもいいんじゃないかと思う。

そしてなんとBGMに、ショスタコの弦楽四重奏曲第7番(全曲)。両端楽章の辛辣な笑いと第2楽章の悲惨な美しさが、これから外套に翻弄されることになるアカーキー・アカーキエヴィチの運命と寄り添い、なんとも言えない繊細な哀愁を漂わせています。
これはあくまでプロトタイプのための特別な措置であり、完成版には別のBGMが付くのだろうけど、アニメのほうが曲の長さに合わせて抜粋されているのを考えると、、ノルシュテインのセンスにはひれ伏すしかないし、この神懸り的コラボが埋もれるのはあまりに惜しい。DVD化の暁には初回特典映像でぜひ!…気の早いクラヲタは、ボロディン四重奏団の旧盤(CHANDOS)でベリンスキーのチェロに痺れろ!
by Sonnenfleck | 2006-06-29 22:19 | 日記

指揮者なしのミニマル

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Obだけ32分音符の無窮動。Flが暢気に闖入する後ろで、Clが訥々とリズムを刻んでいる。
"Black Crows invaded our country many years ago" -different trains-
by Sonnenfleck | 2006-06-28 21:00 | 絵日記

ボッセ教授の大バッハⅡ

c0060659_20141762.gif【2006年6月25日(日)16:00~ しらかわホール】
●ブランデンブルク協奏曲第1番ヘ長調 BWV.1046(*)
●Cem協奏曲第4番イ長調 BWV.1055(**)
●Vn協奏曲第1番イ短調 BWV.1041(***)
●管弦楽組曲第1番ハ長調 BWV.1066(+)
●カンタータ第51番《もろびとよ、歓呼して神を迎えよ》BWV51(++) ○アンコール 同~第5曲〈アレルヤ〉
→平松英子(S,++)
  辰巳美納子(Cem,**/ B.C.)
  日比浩一(Vn,***)、山本直人(Ob,*)
  寺島陽介(Ob,*)、諸岡研史(Ob,*)
  野々口義典(Hr,*)、安土真弓(Hr,*)
  藤島謙治(Tp,++)
⇒ゲルハルト・ボッセ/名古屋フィルハーモニー交響楽団


ボッセを見るのは、三年前?に紀尾井シンフォニエッタの定期でハイドンの《十字架上の最後の7つの言葉》を聴いて以来。御年84歳のはずですけど(現役最高齢?)歩みは矍鑠としているし、椅子も用意しない。しかもけっこう動きます。元気爺さんだ。

対するオケは、名フィルの首席クラスからなる室内管弦楽団(メンバーにはコレギウム名古屋の面々も包含されている)。最大編成はブラ1と管組1番の6-5-3-2-1で、Cem協奏曲である1055では3-2-1-1-1と極小になります。2ヶ月前に同じホールで聴いたBCJと比べるとかなりふくよかな響きになりますけど、まあそのへんはご愛嬌かなと。そのへんも含めて、どうも細かいところをいちいち指摘するのが馬鹿馬鹿しくなるような、なんとなく温かい雰囲気の演奏会でありました。こういうのもいい。…でも細かく行きますよ(笑)

さて「ブラ」シリーズの中ではいささか地味な第1番ですが、(特に第4楽章で)ソロHrに要求されている恐ろしい超絶技巧を見事にねじ伏せたのが、名フィル首席の野々口氏。ハルサイのときも《わが祖国》のときも感じてたんですけど、この人の出す太くて充実した音と軽々とした高音部はおよそ日本人離れしてるんですよね。在京オケの中でもこの人ほど吹けるHr奏者っていないと思います。いやー素晴らしかった。
ボッセは曲の終わりで毎回華々しくリタルダンドするのを忘れず…世代を感じさせますが、一方で件の第4楽章ポロネーズでは大きめ編成ならではの量感を保ちつつ、かなり速いテンポ設定と通奏低音の強いアタックを聴かせて面白い。「老人性枯れ」を期待していたお客は見事に肩透かしでしょうけどね。僕的には萌えです。

この日の名古屋は朝から梅雨のカミサマ降臨中的湿度で、したがって楽器には非常に酷な環境。2曲目1055と3曲目1041はモロにその影響を受けた格好で、シロートが聴いてても辛いような調弦の狂いがあちこちに生じており。。さらに1055は全体的に雑然としたお粗末な出来でちょっと残念な結果になりました。特に第3楽章はボッセの要求する快速テンポにみんな釈然としてねえ感があり、ガタガタでしたね。…でも1041で出たブーは、狭量。
順番が前後しますが、最後のカンタータは、ソロTpのこれまた技巧的なオブリガートつき。しかしTpの藤島氏は大変素晴らしかったんですが、、ソプラノの平松さんは、、ちょっと重すぎて肌に合いませんでした。ヴォルフかマーラーだと思ってたんじゃないだろうか。

しかし後半、管組1番は、ボッセの面白さが存分に発揮された感じ。
この人、確かに和音の華やかさ・ブレンド具合の面ではちょっと素朴すぎて物足りないところがあるんですが、その反面、リズムや縦の構造に対するセンスがかなり鋭敏なのではないかな。
前半のブラ1や1055で聴かれた「前に進むこと」への厳しい要求はこの管組では見事に達成されていて、第2曲クーラントなんかは上拍が前打音っぽく大胆に省略され、スピード感が出てますし、また第4曲フォルラーヌでは、内声の16分音符がもたつくのも構わず上声と通奏低音の枠を厳しく速めに作ってて、独特のこだわりが見え隠れ。
ここでは急遽代役で登場したFgの青谷良明氏にブラヴォ。第6曲ブーレのソロを粒立ちよくかっちりときめて、下から掬い上げるようなアクションでとにかく先へ引っ張るボッセのタクトを巧いこと音にしていたと思います。

たびたび日本のオケを振り、年齢的資格も十分なこの人が「巨匠」に祭り上げられない理由は、「重くならない」からの一点に尽きるのではないかと思うのでした。でも彼のようなスタイルこそ、評論用語で俗に「構築性溢れる」と言われるアレなんじゃないかなあ。可能なうちに一度ハイドンかベートーヴェンを聴いてみなくては。。
by Sonnenfleck | 2006-06-26 21:51 | 演奏会聴き語り

ミスターRの異常な愛情

c0060659_1939746.jpgいよいよ来月、VENEZIAレーベルからロジェストヴェンスキー/モスクワ放送響のプロコ全集が復刻されます。
日本ビクターによるメロディアのライセンス取得発売から15年。その後のBMGによる発売ではなぜか全集の形で揃うことがなく、プロコの聖典と言われながらも長らく入手不可能が続いた最強の全集が、帰ってくる。これによりプロコ世界の勢力地図は再び大きく塗り変えられるわけで、ロストロ・小澤・ゲルギエフの全集は存在意味を大幅に減ずる可能性が大きい。それくらい無比な演奏なんですよこれ。自分も「ビクター盤がもったいなくて頻繁に聴けない」状態から脱することができるので非常にうれしい。プロコフィエフにちょっとでも興味のある方はぜひお買い上げください。。このレーベルの常として、たぶん数量限定ですから。
(*あとはVOXBOXのマルティノンが復刻されれば東西横綱揃い踏みなのですが…)

* * *

又は私は如何にして心配するのを止めてプロコを愛するようになったか。
ではなく(笑) その全集から4年後、ロンドンにおけるロジェヴェン/レニングラード・フィルの5番ライヴが先んじてBBC LEGENDSから発売されたので、感想を。

今度再発売されるモスクワ放送響の全集で唯一瑕となりうるのは、その八方美人的録音なんですよ。強引に全部のパートを拾おうとした結果、「ロジェヴェン=爆演」という一般的なイメージを成立させることになる、例の「偽の変なバランス」が表出している(後年のショスタコ全集・ブルックナー全集では特にこれが顕著ですよね)。Tpを突き破ってFlが浮上するとかどうなの。
でもこのレニングラード盤では、ロイヤル・アルバート・ホールの空気感をそのまま伝える素朴な録音によって、ロジェヴェンの本当の姿、すなわち「魅惑のカッコイイ音響バランス」が顕わになっている。わざわざマイクで拾うまでもなく、この人は天才的な感覚で全部のパートを鳴らしているんですよ。繰り返しになるけど、ショービズ的なウケ狙いがこの人の本分という認識は絶対に誤っている。

まずは第1楽章の展開部がきわめて立体的に成形されていく様子、これを(音量の絶妙なコントロールも含めて)完全に味わうことができるのは、本当に幸せです。ソロVcとTpの熱を帯びた絡み合い、生クリームのように重くて高級な金管コラール(レニングラードのブラスは心底恐ろしい…)。流線型の熱狂が湧き上がってきますよ。
第2楽章はごくひっそりと始まりますが、押し殺したような低弦のオスティナートがさすがの迫力。中間部3分20秒過ぎで聴かれる弦の繊細な合いの手を聴けば、この人が能天気な爆演なんかとは無縁だということがわかると思います。ピアノがあちこちで木漏れ日のように透けて聴こえてくるのもGJ。このへんはモスクワ放送響盤だとよく聴き取れない秘術ですね。および不吉に切迫する終結部。
そして第3楽章がやけに美しい。。レニングラードのこの弦の音色は反則です。。7分07秒の不協和音にはいっぺんの濁りもなく。美しい旋律を断絶する作業に従事しているのが美しい音という…凄まじい捩れにKOです。
第4楽章の祝祭的雰囲気に頼って突っ走るのをやめたのは、熟成でしょうか。モスクワ放送響盤より1分も長いこのライヴ盤からは、実際の数字以上の余裕を感じる。何かに引っかかったりするでもなく、大きな質量の立方体が音もなくスーッと移動していくような、そんな「汗かかなさ」はこと5番の演奏にあってはなかなか稀少な特質であります。よく聴いていると実に冷ややかで、、ブラヴォ。

* * * 

さて明日は久っしぶりのコンサート。
ボッセ/名フィルのオールJSBプロ@しらかわホールに出撃ですっ。
by Sonnenfleck | 2006-06-24 19:56 | パンケーキ(20)

ミソニコとバンスタの蜜月的抱擁

c0060659_20413233.jpg基本的に名古屋の人々はただ味が濃厚であればそれでよいのだと。自分の中ではすでにそういう結論が出ていました。
赤だしも、味噌カツも、手羽先も、ひつまぶしも、小倉トーストも、みんな凶悪に濃い。べったり二次元で大味な暗黒色。したがってその親玉たる味噌煮込みうどんに対しても負のイメージを自ずから脹らませておったのですよ。

しかし、、その思い込みはどうやら覆される。今日のランチに立ち寄った「山本屋本店」の「名古屋コーチン入り味噌煮込み」、まずはその値段に驚きます。うどん一杯に2000円はさすがに二の足で華麗にステップですけど、もっと驚くべきはちゃんと値段に味が釣り合ってるということ。普通に美味い。
やっぱり真っ暗な土鍋の中を見通すことはできませんが、、そのスープは濃密な味噌の香味とかすかな酸味+魚介のだしで「暗黒濃厚かつ透明」という妙な境地に達しており、ぶっとくて硬い麺と名古屋コーチン+生卵+ふわふわのカマボコによって口当たりも見事に階層化される。シューマン第4、バーンスタイン/ウィーン・フィルのような感じですかね。

うわーシューマンとか久しぶりに聴いたー。
by Sonnenfleck | 2006-06-23 20:54 | 日記

夏の伊太利亜男たち

ドクター円海山さんのエントリ経由で、現代音楽占い

Sonnenfleckさんはノーノです!

● ノーノさんは、ちょっぴり引っ込み思案なはにかみ屋さん。どんな人や物事に対しても謙虚で控えめなので、いつも一人で黙々と仕事をこなしていくタイプでしょう。また、頼まれると嫌とは言えず、つい余計な苦労を背負ってしまいがち。もともと人に尽くすのが好きなあなたですが、嫌なことや無理だと思ったことは、きちんと断るようにしましょう。時にはハッキリと自己主張をすることが、あなた自身を守ることにもつながります。恋愛面でも、自分を積極的にアピールしていく勇気が必要。最初から自分には無理なのだと諦めてしまわずに、好きな人ができたら、頑張って告白してみて下さい。友達に相談すれば、きっと心強い味方になってくれるはずです。

● Sonnenfleckさんの必殺技は、筋肉バスターです!

* * *

ノーノはどう贔屓目に考えても「はにかみ屋さん」な作曲家ではない(笑)
あの猛烈なヒキ。みんなオレの音楽を聴け。燦燦と降り注ぐ陽光の中で炸裂。したがって筋肉バスターについてはまったく異論なしですわな。
以下に《森は若々しく生命に満ちている》日本初演の感想文を。
→「ポリーニ・プロジェクトⅡ」:考えるために、聴きに行く?

* * *

今日もうひとりの伊太利亜男は、ニコラ・ポルポラ。
いろいろと疲れてヘンデルが気ぜわしく思えるようなとき、、ポルポラが書いたアリアの「狙ってる」感がむしろ心地よいのはなぜでしょう。ヴィヴィカ・ジュノーの「ファリネッリ声」で。
by Sonnenfleck | 2006-06-21 20:44 | 日記

南風/㎡

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随分前から計測中。
by Sonnenfleck | 2006-06-19 20:22 | 絵日記

東京のパイヤール

c0060659_7414768.jpgというCDをBOOKOFFで見つけました。裏を見ると「1972年5月26日 日比谷公会堂における演奏会録音」との記述、しかも「NOT FOR SALE」じゃないですか。普通どこの中古屋でも非売品は買い取ってくれませんけど、これはうまいことチェックを免れて紛れ込んだようです。マルPが1993年、何かの特典盤かなあ。やってくれるぜBOOKOFF。
中古音盤店が画一化する中、BOOKOFFは音盤漁り最後の砦ですわな。アルバイト店員の査定によって形成されたあの玉石混交(組成は石99%)の棚を見ると、ギャンブルのようなドキドキが沸きあがってくるのですよ。そうして玉を見つけたときの喜びは大きい。。

収録曲はオールJSBで
●CemとObのための協奏曲ニ短調 BWV.1059
●《音楽の捧げもの》BWV.1079~〈6声のリチェルカーレ〉
●VnとObのための協奏曲ニ短調 BWV.1060a
→ジャック・シャンボン(Ob:1059,1060a)
  アンヌ=マリー・ベッケンシュタイナー(Cem:1059)
  ジェラール・ジャリ(Vn:1060a)
⇒ジャン=フランソワ・パイヤール/パイヤール室内管弦楽団

というラインナップでありますが、さっそく聴いてみますと、、見事に「玉」。
確かに、そのまったりとしたアーティキュレーションはいささか素朴すぎ、また編成はやや巨大すぎ、悠久のテンポには閉口するものの、けっして響きがグニャグニャにならず凛としてるのは…拍感を守るという合奏の基本を蔑ろにしていないからでしょう。パイヤールはこういう音楽をする人だったのか。。聴かず嫌いは怖い。
1059、1060aともにObのシャンボンの明晰な音で目の覚めるように鮮やかな響きを獲得しており、トゥッティの合いの手も大袈裟にならない。
しかしモダンの〈6声のリチェルカーレ〉がこんなにすっきり聴こえてくるとは正直意外。声部間でほんの少しでも拍感がずれたらもうおしまい、ヴィブラートの表情が違うだけで派手にずれてカオスの団子と化すこの難曲を、見事に箱庭的美に仕立てますよ。

ミンコフスキのモーツァルトを聴いてから、ピリオドでもモダンでももうどっちでもいいような気分が自分の中で拡大してきてます。このパイヤールを聴いて、自分がピリオド演奏に惹かれるのは装飾なりエキセントリックな味つけなり古楽器の音色なりが楽しくてではないということがわかったんですよ。つまり自分が重視していたのは「呼吸感」とでも言うような自然な音楽の流れ、聴いていてアインザッツのたびに一緒に呼吸できるかという点であって、ゆえにゲーベルとかイル・ジャルディーノ・アルモニコとかビオンディとかマクリーシュとか「ムリをしてる感じ」が得意でないのは当然のことであるという結論。なるほど。
by Sonnenfleck | 2006-06-18 09:20 | パンケーキ(18)

出張マングースに手を焼く

c0060659_2030928.jpg『のだめ』15巻、買ってきました。
こんなところにもちゃっかり顔を出すあの250歳。そりゃ、、のだめにショスタコとか出てほしくないけどさ。

(以下ネタバレ。)
本巻は、1~9巻までの「第1主題・千秋」を引き継ぎ、やーっと「第2主題・のだめ」の提示。14巻でのだめの試験を聴いたオクレール先生の紹介により、彼女はブルターニュのシャトーで初のリサイタルを開くことになりまして、その合間にもバカンスで「のだめ×千秋」はかなり甘い雰囲気に。予想だにしなかった「ターニャ×くろきん」という新フラグも登場するので、、本巻はなかなか普通にラブコメですよ。「バッハの音符を感じろ!」とか出てこないので気楽に読めますねー。ギャグも一時の低迷を脱して初期のレベルに戻り、いい感じ。さて件の「のだめデビュー・リサイタル」でありますが、

●モーツァルト:《ああ、お母さん、あなたに申しましょう》による12の変奏曲 K.265
●同:Pfソナタ第18番ニ長調 K.576
●リスト:《伝説》第2番‐〈波の上を歩くパオラの聖フランチェスコ〉
●ラヴェル:《水の戯れ》
●シューベルト:Pfソナタ第16番イ短調 D.845

んん…このプログラム…いかにも「ありそう」なところが巧い。。何度も書いているけど、このマンガの「対ヲタ視点リアリティ」は相当すごいのであります。防御に隙がない。

* * * * * *

気分転換にスキンを変えてみました。
やっぱ気持ち悪いので元に戻します。exciteのスキンってどうしてこんなにダメなのか。
by Sonnenfleck | 2006-06-15 21:36 | 晴読雨読

訃報二題、あまりに人間的な。

多年に亘って「前衛」を背負ってきた音楽家が二人、相次いで鬼籍に。

現代作曲家、ジェルジ・リゲティさん死去(asahi.com:2006年06月12日)
指揮者の岩城宏之さん死去 エッセーでも活躍(asahi.com:2006年06月13日)

リゲティ。
自分は模範的な聴き手ではなかったけれど、
初めて《ロンターノ》を聴いたときの感動は今でもはっきりと覚えています。
あの美しさは、どうも他にはない。
岩城宏之。
これは本当に、、嘘のようです。
いつまでも日本のクラファンと一緒にいてくれそうな気がしていた。

合掌。
by Sonnenfleck | 2006-06-13 21:14 | 日記