<   2006年 07月 ( 22 )   > この月の画像一覧

ある猫の死と、非生産的思い出話

老舗掲示板「クラシック招き猫」、今夜をもって休止となります。

あのサイトに出会ったのは、自分がインターネットをやり始めたばかりのころなので…99年か2000年のことだと思います。yahooで検索をかけて(まだGoogleを知らなかったはずだから...)、クラシック音楽を扱ったサイトで最初に発見したのが、「クラシック招き猫」でした。
(*「無印」だった当時は赤と桃色がトップページのテーマでしたね。)
アクセスしてそれはもう仰天ですよ。レコ芸的に硬直した鑑賞スタンスしか知らなかった僕にとって、ネットの海を自在に泳ぐ投稿者たちの姿は本当に新鮮で。。毎日帰宅しては新着レスを楽しみにPCを立ち上げるのが日課になったのは…説明するまでもないでしょう。

そのうち、調子に乗っていくつかスレッドを立てることにもなりました。
トスカニーニのお薦めを訊いたのが個人的には強く印象に残ってます。
当時のログは不注意から捨ててしまったので、内容はもはや記憶の彼方ですが。あの場で見知らぬクラシックファンたちと語り合った喜び、、あれをもう一度体験せんがため、今また毎日、こうして文字を書き綴っているのかもしれません。

しかし、雑談ブースであった「カフェテリア」が廃されて「ver.2」になったころから、投稿者として参加することはなくなっていきました。僕自身の私生活の変化が重なったのもありますが、あのころから展開される話題とそれに対する反応がしばしばループするようになり、当初の新鮮味が減じたのも大きな原因かなと。それでもROMとしてこの5年間、投稿者の移り変わりと雰囲気の変化を実際にこの目で確かめてきたつもりであります。

「閉鎖発表」直前、2006年の5月6月のありさまは、かつて「猫」を楽しんだ人間にとっては目も当てられない状況でありました。投稿者が現れずゴーストタウン化した「盤ごはん」、幼稚な喧嘩が絶えない「余韻館」、陰惨な皮肉が乱れ飛ぶサロン「散歩道」。
「やむなし」というのが「招き猫」休止に対する僕の最もフランクな感想です。戦犯を吊るし上げようとか、原因を突き詰めようとか、それはどなたかお好きな方がやってくださればいい。楽しかった場所が荒れ果てるのを見ているのは、正直もう嫌でした。
(*戦場に出るのやめて砦に篭った人間の無責任なつぶやきですけどね。ただノスタルジーに浸ってるだけであり、今回のことを一般化しようとか、何か物申そうとか、そういう気はまったくありませんのでご承知おきください。)

すでに本スレには昔のHNで感謝の言葉を残してきましたが、もう一度繰り返します。何を措いても、ひとりで全責任を全うされてきた甲斐管理人に、長い間お疲れさまでしたと言いたい。そしてあの場を盛り上げたすべてのファン・マニア・論客・ヲタに、心からのありがとうを。
by Sonnenfleck | 2006-07-31 21:58 | 日記

家系シンパ

c0060659_129582.jpg率直に言って、ヤンソンスのショスタコーヴィチ演奏はまったく信用していません。
この第3+第14の録音をもって完成した彼の全集、でもそのいくつかをこれまで聴いてきて、感心したことはただの一度もない。
ショスタコに対する彼のスタンスは「適当」というか…いちおう楽譜どおり演奏させてぇ、んでここんとこ急加速したら客には受けるんじゃね?あーここはティンパニにぶっ叩かせときゃいいわなー。的な行き当たりバッタリ感がかなり強く感じられるし、それゆえ「この人ならでは」っていう売り込みポイントがひとつもないんですよね。
(*昨年発売された《バービィ・ヤール》は特に酷い。リズムの角が丸まってまったく締まりがない第1楽章、酔っ払いが管を巻いているような「ユーモア」、ぶよぶよとした響きの「恐怖」。何がやりたいのか全然わからないのです。このCD、発売直後に中古屋に流れてきてたのを入手したんですが、叩き売った人の気持ちがよぅくわかりますね。。)

しかし。
この第14番は、絶対的にオススメであります。人が変わったような名演。
これまでこの曲を聴いたことがなくて、興味はあるけどいきなり交響曲全集を買うのは…っていう方、これをファーストチョイスになさるのがよいかと。
まず第一に、「生真面目」というのがポイントとして挙げられます。
これまでのヤンソンスの常ならば、奇を衒った速いテンポを取ってみたり、打楽器に変なクセを指示したりするのが当たり前でしたが、どうもこの演奏ではそういったことがほぼまったくなく、スコアを誠実に再現することにかなりの神経を使っている様子。第5楽章〈用心して〉第8楽章〈コンスタンティノープルのスルタンへのザポロージュ・コサックの返事〉などスケルツォ的な楽章でだらしなかったりすると大いにマイナスなんですが、そういう箇所でこれまでの録音のように意味もなく拍を引き伸ばしたりしないのがすばらしいところ。もともとシニカルな素材を下手にいじるのは危険だと僕は思います。
でもかといって無味無臭なのかというとそんなことはなく、「マッチョ」というのも重要な特徴で。ここでの低弦の充実ぶりには目を見張るものがあります。いちいちアクセントがずしりと重く、はっきりとしたリズムの枠が確かに存在しているので、安心感まで漂う。第2楽章〈マラゲーニャ〉がこうしてシニスムから交響的な安定感にシフトしている演奏は、他に知りません。アクセントの厳しさという面ではコンドラシンを重々しく、ふくよかにしたような感じ。

懸案の第4楽章〈自殺〉第7楽章〈ラ・サンテ監獄にて〉といったアダージョ的な楽章ですが、懸命にオケを抑制して清潔感のある響きを出そうとする試み、、これは本当に成功している。いい音ですよ。さらに(特に後者なんかで)「酷薄な音色」へ傾かないのが面白いところで、これは許光俊が言ってることと同一の現象かなと思います。

バスのアレクサーシキンは問題の第13番でもソロを務めたお方ですが、ここでは人が変わったような集中力を見せて力強い歌唱を聴かせてくれます。一方ソプラノのゴゴレウスカヤはクセのある低音が特徴の面白い声質なので…評価は分かれるかと思いますが、演奏全体としての統一感を考えると彼女でなくては!という感じではまり役。

* * *

昨年の11月に聴いたヤンソンス/バイエルン放送響の来日公演で聴いたショスタコの5番、これと似たような感想を今回も持ちました。ヤンソンスが正攻法を用いる作品は(今のところ)そう多くはないようなのだけど、そのレパートリーに限っては、ほとんど現在望みうる最高のパフォーマンスを聴かせてくれるのではないかと。コンセルトヘボウの《レニングラード》、買ってみるべきかもしれません。
ちなみに。ラトル/BPOによる究極の「アンチ家系」演奏とは、両者見事に正反対を向いているわけで…甲乙つけがたい。ラトルが連作歌曲集寄りだとすれば、ヤンソンスは交響曲第14番寄り、と言えばいいですかねえ。いずれにせよ、メモリアルイヤーにこうして魅力のある第14番のディスクが2枚も登場したのは、まったくもって超ヨキカナであります。
by Sonnenfleck | 2006-07-30 13:53 | パンケーキ(20)

対iPod戦争の経過

iPodの中身を夏仕様にしました。
デュトワ/モントリオールの《ダフニスとクロエ》、ヴァンスカ/ラハティのシベ6あたりを入れて、代わりにちょっと暑苦しい《エロイカ》とかショスタコにはご退出いただく。
ところでiTunesには再生回数順に25位までランキングをつけてくれる機能があるんですが、ふと思い立って表示させてみますと…

1~6位 バッハ:《クリスマス・オラトリオ》第1部前半(ヤーコプス)
7位 バッハ:《ゴルトベルク変奏曲》アリア(ロス)
8位 バッハ:《ゴルトベルク変奏曲》第1変奏(ロス)
10位~11位 バッハ:《クリスマス・オラトリオ》第1部後半(ヤーコプス)
12位~14位 ストラヴィンスキー:3楽章の交響曲(ショルティ)
15位 バッハ:《ゴルトベルク変奏曲》第2変奏(ロス)
16位 バッハ:《ゴルトベルク変奏曲》第3変奏(ロス)
17位 バッハ:《ゴルトベルク変奏曲》第4変奏(ロス)
18位 ストラヴィンスキー:ハ調の交響曲-第1楽章(ショルティ)
19位 バッハ:《ゴルトベルク変奏曲》第5変奏(ロス)
20位 バッハ:《ゴルトベルク変奏曲》第16変奏(ロス)
21位 バッハ:《ゴルトベルク変奏曲》第17変奏(ロス)
22位 バッハ:《ゴルトベルク変奏曲》第18変奏(ロス)
23位~25位 バッハ:《クリスマス・オラトリオ》第2部前半(ヤーコプス)

見事にバッハばっかり(笑)
まあ、バッハ2曲はトラックが細かく分かれてるからたくさんランクインするのは仕方ないんだろうけど、しかしゴルトベルクがいきなり第16変奏に飛んでるのがなんとも。
30個の変奏のうち、ただひとつ選ぶならどれにする?という問いがあったとすれば、間違いなくこの第16変奏@フランス風序曲を選ぶと思います。何せかっこいいじゃないですか。ここでのロスはかなり粘り強く豪奢に歌っているんですが、レオンハルトの刃物のようなタッチと比べると、これはまさしく広がりの勝利かな。

ヤーコプスのクリスマス・オラトリオとショルティのストラヴィンスキーには納得。凝縮ではなく発散、禁欲主義ではなく快楽主義です。iPodを聴くのは外を移動しているときだけなんですが、そんなときに大して好きでもない音楽を敢えて聴こうなんて思わんですよね。。「最近自分が原則的に求めているもの」があからさまに浮かんできてるのが、恐ろしい;;
by Sonnenfleck | 2006-07-29 11:53 | 日記

ワレ行キ倒レ/ロマン夏

c0060659_21441137.jpg日差しが痛いです。あっけない梅雨の幕切れでした。

今日は朝から、どこかで聴いたような旋律が頭の中で反復再生されてたんですよ。たぶんすっごく有名なロマン派のメロディなんだけど、もうずいぶん長いこと聴いてない。19世紀の作品を自分から聴くことはまずないという、偏狭なクラヲタの中でもさらに狭い好みをしておりますので、こういう度忘れはしばしば^^;

夕方仕事場から帰宅して、風呂に入って体を洗いながらようやく気づきましたよ。
あーブルッフのVn協奏曲の第1楽章じゃん。
しかし棚を検めてみると、かつて所有していたチョン・キョンファ盤(DECCA)は案の定消滅していました。ロマン派音盤に対する何度目かの大規模粛清で売り払ってしまったのだろう。。というわけで、唯一残してあったメニューイン盤(EMI)を何年かぶりでトレイへ。
メニューイン、巷間よく言われるようにやっぱりヘタなんです。最初の登場から震える音程と汚い音で萎え萎え。第1主題に入ると右手がうまく動いてないのが露骨にわかります。弾き崩しと言うには雑すぎる。叙情的な第2主題の爽やかな歌い口は注目ですが、第1主題が回帰して展開していくと「これはない...」っていうくらい呂律が回ってなくて、もうメタメタです。

じゃあこの音盤の何がいいの?といいますと、ずばり伴奏のワルター・ジュスキント/フィルハーモニア管がとんでもない音で鳴ってるという、ただその一点に尽きるんですな。
序奏の暗い木管合奏は言うに及ばず(Cl!)、序奏と第1主題をつなぐHr(ブレインなのか...)があまりにもノーブルな響きなので仰天してしまいます。展開部でソロVnがいなくなってトゥッティが高揚する箇所、ここで聞こえてくるVcパートの音は生半なオケでは絶対に聴かれない威厳を纏っていて、、衝撃です。1954年のフィルハーモニア管は、カラヤンとの蜜月を満喫していたころでありましょう。ううむ。レッグ偉大。
by Sonnenfleck | 2006-07-27 22:57 | パンケーキ(19)

ミスタ・ハンデルがお待ちかね

c0060659_041624.jpgヘンデルのトリオ・ソナタってなんでこんなに人気がないんでしょうかねえ。作品番号のついてないやつはまだしも、生前に正式に出版されてる作品2の6曲と作品5の7曲、どうしてこんなに録音が少ないんだろう。。
コレッリの究極進化形とでも言いましょうか、無駄がまったくない澄み切った世界に惚れ込んで、この作品の音盤を集めてみようと探すのだけど…実はあんまり録音がない。

◇作品2:ロンドン・バロック(HMF→作品5のほうは10年以上廃盤の憂目...)
◇作品2&5:レコール・ドルフェ(CRD→今はBrilliantがライセンス取得)

現在容易に入手可能なのはこれくらい。
2つとも録音は15年以上前で、さすがにそろそろ野暮ったく聴こえます。

それでもまだレコール・ドルフェはトラヴェルソのプレストンやVnのホロウェイ、Recのピケット(これはちょっとサプライズなゲストですね)が中心になってわりと積極的に装飾してくれてるんですが、ロンドン・バロックはいかにもナチュラルというか、四角四面すぎる(Cemでチャールストンの代わりにエガーが参加してるのに、「1,2,3,4」と正しい拍を刻むだけの借りてきた猫状態>これはやっぱリーダーのメドラムの好みなのだろうか)。確かにこれが売りの団体ですがねえ、、正直つまらない●
先般入手したパーセル・カルテット(CHANDOS)は、イタリアン・カンタータのオマケ扱いで作品2-5、5-4、5-7が抜粋収録。彼らも基本的には穏健なグループのようですから、中庸のサンプルのような音楽ができあがってます(ただしロンドン・バロックと違うのは、通奏低音の突っ込みの鋭さ、そしてとにかく前進しようというリズムに対するセンスの有無かなあ)。

さて、賢明な皆さまはすでにお気づきでしょう。
これらはすべてイギリス系の古楽グループによる演奏なのです。不思議ですよねえ。何か惹きつけられるものがあるんでしょうか。というわけで、マンゼ+マクギヴレー+エガーのAAMトリオにポッジャーを迎えたセッションなんかがそろそろ聴きたいところ。破壊的なピリオドアプローチが、この澄んだ音楽を滅茶苦茶にする、その様子を!>悪趣味
by Sonnenfleck | 2006-07-26 00:07 | パンケーキ(18)

《復活》に関する補足的雑談

■広いホールの中で「一番最初に拍手を始める人間」というのは、渋滞の先頭のように、その個体は(だいたいの場合)明確には存在しないものだと思っていました。
確かに例外はある。N響のAかC定期をFMで聴くといつも同じ定位と同じ音で最初に登場する「拍手」がいますし、素敵な演奏会が厄介なフライング拍手によって台無しにされたのも一度や二度ではない。しかしちゃんと考えてみると、そうではない、群集が同時的ナチュラルに開始する拍手のほうが体験的には圧倒的に多いんですよね。それに少なくとも、自分が識別できるほどにその個体の近くに座ることはないと思い込んでいたのです。
ところが、土曜の《復活》で僕の隣に座ったのが、まさにその個体だったのでありましたよ。
Alas...生コンサートは博打。

■第5楽章に登場するバンダ。
以前、準メルクル/N響で《復活》を聴いたとき、あのバンダが(忌まわしいことに)NHKホールのスピーカーから流れたことがありました。あれ以来自分はメルクルという指揮者を信用しないことにしましたし(PAを使わなければ空間の広さに見合うだけのバンダ音量が得られないという苦肉の策だったのかもしれないけど…)、NHKホールという箱がいっそう嫌いになったのは言うまでもなく。
翻って名フィルはどうだったかといいますと、舞台下手の扉と舞台奥中央・オルガン直下の扉を開き、舞台袖で演奏させるという真っ当な処理。係員が手動で開け閉めする扉の動きが微笑ましく、きわめて「角笛的」でした。

* * *

今年は梅雨明けしないまま、8月の声を聴くことになるかもしれない。
ハーンのパガニーニ発売の報を見て、久しぶりにあの能天気な曲を聴こうかと思って探したら、、ないんですよ。アッカルド+デュトワ(DG)。どうも売っ払ってしまったらしい。せっかくだから…ハーンの新譜を買ってしまおうか。
by Sonnenfleck | 2006-07-25 00:13 | 日記

名古屋フィル 第327回定期

c0060659_90548.jpg【2006年7月22日(土)16:00~ 第327回定演/愛知県芸術劇場】
●マーラー:交響曲第2番ハ短調《復活》
→澤畑恵美(S)、林美智子(MS)
  グリーン・エコー、名古屋コール・ハーモニア
⇒モーシェ・アツモン/名古屋フィルハーモニー交響楽団


名古屋ではおとといの木曜、小澤征爾が「復活」公演を行なったのですけど(自分はチケット完売で行かれず)、そのときの曲目もマーラーの《復活》。名フィルも同曲を金・土と取り上げたので、東海圏の《復活》フリークはその気になれば3夜連続でこの作品を浴びることができたわけです。いやーまったく羨ましい、、というわけではないのが、本日のお話。

この《復活》という曲、何度聴いてもいいと思わないのですよ。
このままクラヲタ人生を安楽に送ることができたとしても、この曲を好きだと感じることはたぶんないと思う。ここにあるもののほとんどはマーラーの他の曲においてもっとずっと巧く調理されているので、わざわざプロトタイプを聴くこともなかろう、と感じてしまうのです。
でもマーラー作品の中では間違いなく人気があるほうに属すし、録音は何十種類と存在するし、オケの定演でも普通に取り上げられるぜ?あ?ということを考えるまでもなく、これは僕が鈍いということに起因していると考えるのがもっとも平和的な落としどころです。。

さて。
これまで聴いた2度の名フィル定期でも実は薄々感じていたことではありますが…。今回、第1楽章の冒頭主題は、このオケの合奏面における機能的な限界を残酷にも明らかにしていたように感じました。アツモンはけっこう厳しい速さを要求しているんですが、オケのほうはまったく揃わない。特に最初に登場したKbからはありえない音が飛び出していましたよ?力を込めすぎて隣の弦に触ってしまったみたいな。
でもこれを仕方ないとは考えたくないのです。相変わらず力感、アタックに対する真摯な情熱は十分だし、あとはパート内での合奏精度がさらに上がれば。。
第2、第3楽章は、ここで「ためる」...と自分が考えていたところがことごとく鮮やかにスルーされてしまいまして、むしろ逆にアツモンという指揮者の面白さがわかった格好です。この人はマーラーのグロテスクなリズムやささくれ立った旋律をほぼ無視し、代わってスマートな流線型の響きを目指しているようです(ちょっと単調な雰囲気は否めないのだけど)。しかしここのアンサンブル(特に木管)はナイスでした。

第4、第5楽章は林さん・澤畑さんお二人のナチュラルな美しい歌い口が素直に心地よかった。このへんは僕のような《復活》嫌いの単細胞にも作品自体のよさが伝わるようです。
合唱団は半アマ半プロなのかな、、きわめて正直な話ちょっと心配だったのは事実なんですが、実際に聴いてみますと弱音が非常に柔らかく繊細で、好感が持てました。
ひとところに立ち止まらない(贅沢な和音のご開帳で聴かせるわけではないので、かなり控えめに聴こえるけど…)というアツモンの指揮は最後に至ってプラスに働いたようで、鬱陶しくもしつこくもない、小ぶりでもスピード感のある演奏に仕上がっていたように思います(それがこのオケの特性と合致していたかどうかはまったく別問題ですが)。

んん…でもやっぱり…同じような素材、似たような展開なら第3や第7を聴くなあ(^ヘ^;)
というわけで《復活》ファンの皆さま、スイマセンでした。
by Sonnenfleck | 2006-07-23 09:07 | 演奏会聴き語り

幸運のタマコロガシ

c0060659_8402861.jpg昨日ほぼ10年ぶりにボーリングをしてきたですよ。
ただし10年ぶり2回目。
第1ゲームで4連続ガーターを出し、驚異のスコア28を計上したときはもうこのまま家に帰ってやろうかと思いましたが、同行者たちの憐れみがこもった声援がさすがに悔しくて…再チャレンジ。
第2ゲーム
しかし突然、体がレーンの中央に吸い寄せられるような感覚とともに球がピンに接触し始める。体を動かすことからは久しく遠ざかっているので^^;;ブレイクスルー的な感覚は何やら懐かしいです。この手の「コツ」って急にやってくるから油断なりません。。スコアは第1ゲームの倍を突破。
第3ゲーム
そろそろ握力も落ちてきますが(笑) 一気のスパート、初のストライクも出てスコア100超えであります。100到達は小さな夢だったので素直に嬉しいですね。嘘みたいな右肩上がり。

* * *

しかし…誰か筋肉痛に効く音楽か食い物を教えてくださいね。本当に困ってますからね(笑)
by Sonnenfleck | 2006-07-22 09:40 | 日記

ベックメッサー子沢山

c0060659_2205451.jpgおとといの夜はYouTubeの「《春の祭典》再現」に見とれてしまって、気づけばすでに22時20分。「結婚できない男」前半、しっかり見逃してしまいましたですよ!聞けば阿部寛は《名歌手》第1幕前奏曲をBGMに人生ゲームとのことで、まったく口惜しいかぎり●

ところで、この曲って誰の指揮でもそんなに雰囲気は変わらないように感じるんですよ。最初の付点を恰幅よく取って、あとは緩やかに流していくだけである程度はサマになると。
しかしノリントン/ロンドン・クラシカル・プレイヤーズの演奏だけは、それとはまったく別の方角を向いている。極めて速いテンポとふくらみのないその響きは、「絶対に受け入れられない!」という反応を十分起こしうるでしょう。「ノリントン音楽」の中でも最も急進的な部類だと思います。でも、垂直方向じゃなく水平方向に素早く展開していくこの《名歌手》の面白みは、他では得られない。劇的な人生を仮想体験であります。

でも阿部ちゃん、だんだん「いいひと」の片鱗が…。このまま国仲涼子に嫌われ続けるクソ隣人でいてほしいのだけど(笑)
by Sonnenfleck | 2006-07-20 23:38 | パンケーキ(19)

ようつべデビュー

YouTube。話題ですね。
最初はアニヲタの皆さんが活用しているにすぎない限定的な道具だと思い込んでいましたが、実はクラシックの映像もかなりたくさん埋もれていることに気づいたとですよ。
…ネットに落ちてる動画なんて汚らわしぃっっ!という方はこの先ご遠慮くださいね(笑)

こっそり。
by Sonnenfleck | 2006-07-18 23:38 | 日記