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Love and Soul of Toru Takemitsu_2

【2006年8月27日(日)19:00~ 愛知県芸術劇場・中リハーサル室】
“QUOTATION OF DREAM” 武満徹の映画音楽を、ジャズ・アレンジで。
...<休憩>
c0060659_20291065.jpg●《伊豆の踊り子》 ●《太平洋ひとりぼっち》
●《あこがれ》 ●《○と△のうた》(*歌詞翻訳:武満眞樹)
●インプロヴィゼーション~《狂った果実》
○アンコール 《日本の青春》
→鈴木大介(Gt)
  ブランドン・ロス(Gt, Vo)
  ツトム・タケイシ(B)


承前。
後半は、武満の有名な映画音楽作品を基にして「トリオ・ソナタ・イン・ジャズ」。だいたい以下のような感じであります。
まず鈴木氏かロスのどちらかがメロディを弾きながら、武満の書いた主題が提示される。いっぽうツトム・タケイシは、そのメロディを下から支えるようなラインを作りながら徐々に興奮して前面に出てくる。そのうち彼のベースが、あれ、、リズムを打ち始めた、、??と思うと演奏はいつのまにか展開部に突入しており、武満の音符が変容されたメロディ、それを基にさらに変容されたパッセージ、さらに...というように変容に変容が重なって元の旋律とはずいぶんかけ離れた響きになってしまう。しかし面白いのは、クラシックのように小節線で区切られ「はいここから第何変奏ね!」ということがないので、物凄く有機的な連続感が全体に溢れているということのようで。
ロスの扇情的な高音が鳴り、鈴木氏の美音と楽しそうな様子に見とれていると、ん??場面は最初の武満の主題に戻っている。聴いてる感じ、どうも節目節目にあるチェックポイントを目印に、その直前までどれほど羽目を外していても戻ってこられるような構成になっているのだと推測しますが、、それにしてもあの表現と自律とが全部演奏者のセンス次第なのかと思うと恐ろしくなりますね。ジャズすげえ。

⇒それが端的に現れたのが、最後の《狂った果実》への導入。
鈴木氏が舞台袖に忘れ物(*アロハなポルタメントを出すための指サック?)を取りに行っている間、ツトム・タケイシが激しいインプロヴィゼーションで時間をつないでいたのですが、そこへじっと座っていたロスと、袖から戻ってきた鈴木氏が合流し、自然にセッションが巻き起こる。そこまでは予想の範囲内なんです。
でもそれに耳を傾けていると、あれ…?いつのまにか《狂った果実》に移行してる。。大介さんはしたり顔でニコニコ笑ってるけど…全然気がつかなかったです。

+ + +

さて、順番が前後しますが《○と△の歌》英語版。
これだけは他の、ビターに変容された武満とは違って、ロスのヴォーカルがただ素直に、ストレートに、胸を締め付けるような切ないメロディを歌い上げます。没入型のツトム・タケイシもここでは打って変わって訥々と静かにベースを奏でる。軽やかに周りを舞う鈴木氏のギター。
…ああ。。しかし。あんなにぐずぐずに泣かされるとはなあ。。
3人の濃ゆいアンサンブル(互いが互いを聴いてる感じが音楽になって直接現れてくるのだから、とにかく濃密…)を聴いていた耳に、突然武満の優しいうたが流れ込んできたわけです。嗚咽を抑えるのに必死で、最後のほうはほとんど音が聴けなかったですよ。

そんな感じの最高にいい気分で。
スタジオの外は憑物が落ちたみたいに涼しくなっちゃってて、夏ももう終わりかな。
by Sonnenfleck | 2006-08-31 21:55 | 演奏会聴き語り

intermission/現代松屋考

(若い女、豚めし290円をほおばりつつ突然大声で)
◆「ほらぁーあれだよ!テレビによく出るメガネかけた左翼の人!名前でてこないよぅ」

(連れの若い男、チキンカレー290円を食べながらも動じず)
◆「誰ぇ?宮台真司?」

(若い女、箸を止め、眉根を寄せて)
◆「違う違うー!生姜みたいな名前の人…ほら…」

(若い男、軽く唸りながら)
◆「生姜!?わかんねーよ…」

それはなんという姜尚中ですか?
by Sonnenfleck | 2006-08-30 22:26 | 日記

Love and Soul of Toru Takemitsu_1

【2006年8月27日(日)19:00~ 愛知県芸術劇場・中リハーサル室】
“QUOTATION OF DREAM”c0060659_19331.gif
→武満徹の映画音楽を、ジャズ・アレンジで。
●《Over the Rainbow》(*)
●《死んだ男の残したものは》(*)
●ブランドン・ロス&ツトム・タケイシ:デュオ×3(**)
●猿谷紀郎:《虹のあしおと》(***)    
●《素晴らしき悪女》(****)
<休憩>...
→鈴木大介(Gt; *, ***, ****)
  ブランドン・ロス(Gt, Vo; **, ****)
  ツトム・タケイシ(B; **, ****)
  後藤龍伸(Vn; ***, ****)


「ジャズ」も知らないし、「映画」もわからない。
ほんの少しだけ知っている「武満」だけを手がかりに出かけてみました。
(*名古屋に来てから鈴木大介氏の追っかけと化していますが。)
会場は栄の愛知県芸術センターB2F「中リハーサル室」。普段は名フィルが使っているであろう、ありがちで殺風景な練習室です(あの細かく孔の開いた壁がいかにも)。東京公演@Hakujuホールがうらやましいですが、、それでも開演前から並んで最前列を押さえますよ。

最初の2曲は、鈴木氏のソロで武満の編/作曲作品。
武満の切ないメロディを、リリカルで控えめな鈴木氏の音を通して浴びる幸福。。特に《Over the Rainbow》は、最後の主題回帰で甘酸っぱいようなくすぐったいような装飾が入って身悶え(CDにはない装飾です)。萌えすぎる。

◆さて「ジャズ」。
昨日の「ジャズ」がジャズのメインストリームなのかどうかは知りません。ブランドン・ロスというギタリストのことも、ツトム・タケイシというベーシストのことも、僕は何一つ知らない。ただ、彼ら二人の作る音楽はほとんど点描的というか、ウェーベルンのようで辛口、旋律らしい旋律がない。もしかしたらクラシックを初めて聴く人が最初にウェーベルンの《交響曲》を選んでしまったような、そんな非主流派的体験なのかもしれません。
…でも…音がないところへの執拗な拘り荒々しくも理性的で清潔な響き惻惻とした情を掻き立てながら、どうしてもメロディになりきれずにこぼれ落ちるメロディ「のようなもの」、、同じ「クラシック売り場」に並んでいるドニゼッティより、テレマンより、伊福部より、このとき聴いた「ジャズ」のほうがずっと武満のコアに近い気がする。
そして、「即興」。
互いのやりたいことを敏感に感じ合って、それを尊重しつつもそこに自分の音楽をぶつけていく、そんな空気感がとにかく新鮮でした。。今ここで音楽が生まれているという実感は、クラシックの演奏会よりずっと生々しく感じられます。楽譜を真剣に読み込んでかっちりとアンサンブルを作るという段階よりももっと高度なセンスが要求されているような気がして、正直ショックでした。ジャズ・アーティストって凄いんだ…。

⇒その文脈で言うと、5曲目の《素晴らしき悪女》の演奏は実に印象的。名フィルコンマスとして活躍する後藤氏のVnは、他の3人の「高度なアンサンブル」に溶け込むことができていなかったように感じられました。たぶんリハーサルで経験済みの、たぶん武満が楽譜に書いた箇所では力強く前に出て歌うのだけど、その他の地の部分では明らかに自分が何をすべきなのか戸惑っている様子が見えるんです。というか、「聴きながらどうすべきか考えている」のがわかる。ナチュラルじゃない。

僕はこの人のVnが好きだし(5月の演奏会は非常によかった)、9月に名フィルでソロを張るショスタコの協奏曲は今から楽しみにしているし、クラシックのヴァイオリニストの中では最も即興的なセンスに秀でた人のひとりだと思っているけれど、残念ながら「自発性」あるいは「表現欲」というところでのクラシックの限界が見えてしまったのは事実ですかねえ。。たとえばセンペやフィゲイレドやパンドルフォのライヴを聴いたら、クラシックに対するイメージはまた覆されるかもしれないし、そもそもクラとジャズを比べるのはおかしいのかもしれないですが、自分の中では何やらそういう清々しい敗北感があったみたいでしたよ。

…長くなりました。残りはまた明日。
by Sonnenfleck | 2006-08-29 20:38 | 演奏会聴き語り

壮絶な既視感

Mahler 8(YouTube)

これは…皆さんきっと一回や二回は身に覚えがおありでしょう(笑)
2分前後くらいからはかなり深い世界へ行かれてしまうようで…
深い達成感を味わいつつも虚無的な最後の表情なんか、実に味わい深いなあ。。
洋の東西・お国柄・言葉の壁も乗り越えて、ぐるりとつながれクラヲタの輪。
by Sonnenfleck | 2006-08-27 13:36 | 広大な海

おもちゃの店ではすべてがEになる

c0060659_14391399.jpg先般、秋葉原の石丸電気にて購入せるロジェストヴェンスキー/モスクワ放送響のショスタコ第15交響曲・海賊盤ですが、調べていくうちにとんでもない逸物であるということが判明してきました。

整理してみましょう。
ジャケの日付は1972年5月10日、収録されているのは
■1.ソ連国歌+《君が代》
■2.ショスタコーヴィチ:Sym#15
■3.グリンカ:《ルスランとリュドミラ》序曲

なのですが、これをあいざーまんさんの海外オーケストラ来日公演記録抄で調べてみますと、、確かにこの日、ロジェヴェン先生と来日中のモスクワ放送響は大阪のフェスティバルホールで第15交響曲の日本初演を行なっているようなのです(なお東京初演は6月1日@厚生年金会館)。
この日は前半にタコ15、後半にチャイコフスキーの《悲愴》が組まれたようなのですが、今回手に入れた海賊盤には《悲愴》の代わりに「名刺」の国歌演奏と、アンコールと思しき《ルスランとリュドミラ》が収録されており、臨場感たっぷり。

さらに日本一詳しいショスタコサイト、工藤さんのDmitri Dmitriyevich Shostakovichの記述を拝見すると、第15番の世界初演は、この海賊盤から遡ること僅か4ヶ月前の1972年1月8日、マクシム・ショスタコーヴィチ/モスクワ放送響によって行なわれておるのですが、同年5月に行なわれた「東ドイツ初演」(スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立響)が「日本初演」よりも僅かに遅かったため、実質的にこの海賊盤に収録されているのはソ連国外初演の音源ということになります。

おそらくこれはNHKが放送したFMの音源をそのままCD-Rに焼いたものかと思われるのですが、よしじゅんさんの「このレコード何とかしてくれ 1972年ロジェストヴェンスキー/モスクワ放送交響楽団来日公演の知られざる録音」によると、なんと前述した6月1日の東京初演の様子も音盤化されているということで、ややこしくなってまいりますが。。

* * *

しかし何より、演奏が超弩級に素晴らしいのでありますよ。
15番ってザンデルリングのように「静かな」演奏が主流じゃないですか。ロジェストヴェンスキー自身の正規録音(1983年)はそんな中でも非常に「細かくてうるさい」ナイスな演奏なのですけど、このライヴはそれに輪をかけて凶暴・荒削り・破天荒。。オケの側にはかなりのミスが聴かれるのだけど、いかにも誇らしげに《ウィリアム・テル》の主題を弾くところなんかは「今オレたちが演奏してるのはショスタコーヴィチ先生の新作!」という雰囲気があるし、お客が咳一つしないで固まってる様子なんか、現代音楽の熱い「場所性」が確かに伝わってきます。

第4楽章で「運命の動機」を高らかに鳴らしたり、最後のチャカポコチャカポコ...がやけに力強かったり(全然消え入らない)、現在主流の演奏とは明らかに雰囲気が異なるのだけど、第15番の演奏でこんなアプローチが可能なのかと逆に仰天させられた次第です。。
(*ぜひ聴いてみたい!という方は、石丸電気SOFT3の店頭、通販であればアリアCDへどうぞ…。こっそりです。)

* * *

先ほど、延べ30000HITをいただきました!ありがとうございます。
by Sonnenfleck | 2006-08-26 12:46 | パンケーキ(20)

若冲と江戸絵画展@東京国立博物館

c0060659_19315212.jpg来年の春には名古屋にも巡回してくるらしいのですけど、、そんなん待てるかい!ということで行ってきました。既にして会期末、芋で芋を洗うような超絶芋洗い混雑には当初悶絶しましたが、「絵を見るという行為」そのものの意味が問われるという強烈な体験があったため、結局のところ混雑なんてどうでもよかったのでした。

全部で5つのセクション構成はこちらを見下ろすでもなく見上げるでもなく、自然なシンプルさを示しており、好感が持てます。
しかしその中でもやはり多数の観覧者と同じく、「第三章 エキセントリック」、分けても若冲作の「ドット絵」《鳥獣花木図屏風》を目当てに出かけたのは間違いない。僕のようなニワカ若冲フリークでも知ってる名作ですね。
…これは確かに面白い。至近距離に近づいてみると、ドットをドットとしてファミコン風にカクカクの処理を施した箇所と、あくまでリアルにドットを曲線で無理矢理分割した箇所とが渾然一体として、妙にデコボコとした印象。しかしやや遠くに離れると、むしろそのデコボコ感が画面全体に動きを与え、日本画にあるまじき立体感を生じさせているようであることに気づく。

(*色彩の配置についてもまったく同じ印象を得ます。遠くから眺めたとき、もし正面に象がいなかったらどれほど締まりがない画面になるだろうか、もし羊のドットにエメラルドグリーンが入っていなかったらどれほどくすんで見えるだろうか、ということに初めて気づくのでした。)

ただし、、この(意地悪な言い方をすれば)客寄せパンダが展覧会の唯一の頂点として組まれていたら、大いに興ざめだったでしょうね。でも、次から次へと繰り出される厖大な量の出品、そして何より展覧会後半に配された最高の仕掛けが、見る側を沈黙させる。

■■■この先ネタバレ。ご注意!■■■

平成館の左翼に移ると、驚くべき部屋が待ち構えているんです。
コレクションのオーナーであるプライス氏の持論「日本美術の鑑賞において光が果たす役割は非常に重要である」…これを元に、部屋の照明は限界まで落とされ、さらに作品を照らし出す光度を緩やかに変える機構が設置されることで、それぞれの絵の「オーナーしか知りえない表情」が強引に暴かれて大衆の前に曝け出されます。。これこそは「藝術」の「冒涜」で、これまでにない最高最強の贅沢。正直これ以上ないくらい興奮してしまいましたよ!

朝まだき、薄明かりの中にこそ映える銀色の雪の煌めき。
午前から午後にかけて、光の当たる面が変わるのが屏風。
黄昏時、日が落ちて蝋燭の明かりが燈された直後の、赤黒く官能的に光る金。
深夜に見る幽霊画の、なんという凄惨な実在感。

…ショックです。絵は動くものだったのか。

繰り返しのない「絵」という芸術を、音楽のようにその場その場で再現的に楽しむ、、そんなことが可能なのだとすれば、それは周囲の環境を変えてみるよりほかに手段はないでしょう。
してみれば、これまで毫も疑問に感じなかった「美術館」の展示は…あれは「動かない」という意味で、大量に印刷された画集と変わらない干からびた装置だったのかもしれない。

* * *

実はこの「移り変わる光」、こちらで実際に見ることができます。
でもこの先、巡回先などで本物の展示を見るチャンスがちょっとでもある方は、絶対に見ないでください。本物の「絵の動き」はこんなものじゃないけど、実際に目にしたときの衝撃が台無しになりますので。。

◆公式サイト http://www.jakuchu.jp/
◆公式ブログ http://d.hatena.ne.jp/jakuchu/
by Sonnenfleck | 2006-08-24 21:49 | 展覧会探検隊

精神と時のお買い物Ⅱ

買出し旅行東日本遠征から帰ってきました。名古屋暑ぃー。

【ディスクユニオン お茶ノ水クラシック館】
1 R.シュトラウス:Ob協奏曲(PHILIPS) *ホリガー/ヨーロッパ室内管
2 ショスタコーヴィチ:Sym#10(Leningrad masters) *ムラヴィンスキー/LeninPO
3 モーツァルト:Vnソナタ-1781(HMF) *マンゼ+エガー
4 パガニーニ:Vn協奏曲#1(DG) *ハーン+大植/スウェーデン放送響
5 モンテヴェルディ:聖母マリアの晩課(naive) *サバール/CRC

⇒来月の名フィル定期の予習用に、ホリガー吹き振りの1。
2。ムラヴィンスキー四枚目のタコ10ついにゲット!かと思いきや大勘違いで、、これは76年録音の別形態でした。どなたか54年録音を譲ってください(T_T)
3は新品の在庫整理品。マンゼにはメモリアル御祝儀だけではないものを期待ですね。
4がすでにセコハンへ流れてきているとは思ってませんでした。方々で話題の新譜。
5は以前からほしかったもの。サバールはどれほど熱く官能的にやってくれているのか。。

* * *

【石丸電気 ソフト3】
6 ショスタコーヴィチ:Sym#10(VIBRATO) *ザンデルリング/ニュー・フィルハーモニア
7 ショスタコーヴィチ:Sym#15(WME) *ロジェストヴェンスキー/モスクワ放送響

⇒二枚ともブートレグ。すごくこっそり買いました←ウソ
タコ10蒐集修羅の道。6はベルリン響との正規録音から先立つこと4年前、ロンドンでのライヴのようです。
7は…大発見。1972年5月10日@日本、、ジャケットの表記が偽りでないとすれば、これは第15番のソ連国外初演のライヴです。まさか裏青になって流通しているとはなあ…。

* * *

【TOWER RECORDS 秋葉原店】
8 バッハ:ブランデンブルク協奏曲#3.4.6(ORF) *アーノンクール+レオンハルト他
9 ブルッフ:Vn協奏曲#1(RCA) *ハイフェッツ+サージェント/新ロンドン響
10 バッハ:Cem協奏曲#3.4(DHM) *センペ/カプリッチョ・ストラヴァガンテ

⇒8はアーノンクールの初録音らしいです。1950年。
どーぅしてもハイフェッツのブルッフが聴きたくなって…買ってしまった9。
10は名古屋に売っていないので、手に入るうちに捕獲。

* * *

このコーナーは、、新カテゴリとして独立しそうな雰囲気が。
by Sonnenfleck | 2006-08-22 23:26 | 精神と時のお買い物

今借景

c0060659_23543176.jpg

後楽園は意外に広い。
by Sonnenfleck | 2006-08-21 23:54 | 絵日記

1000:1

ずいぶん長い間、この作品の価値がわからなかった。長くて退屈で全曲聴き通すなんて到底ムリだし、マーラーがどうしてこの交響曲第8番を自分の最高傑作に位置づけたのか、まるで見当がつかなかったんです。

ところが今回、新幹線の中で。
第2部中間、冒頭でも二度繰り返される古っぽい終止音型の再々登場からBrソロにかけてなんですけど、このあたりを聴いているうちに、手にしていた本の活字は目を素通り、コーヒーを買おうと思って待ち構えていたワゴンのお姉さんも横を素通り。最後の数分間、マリア崇拝の博士の登場からは本当に魅了されてしまいました。久しぶりに全身が弛緩するほどの衝撃的な「発見」。哀れなコロンブスです。

マーラーの第8は、初めて聴いたときからテンションを上げるためのBGMとしか思われなかったんですよ。ソナタ形式で何度も繰り返される主題に気を取られ(これが都合のいいことに無闇と格好いい)、静謐な箇所に耳を傾けることもない。華やかな和音を轟かせて第1部が終わってしまえば、陰鬱な第2部の開始を待たずにSTOPボタンに手が伸びる。
しかしこんな聴き方じゃあ…第2部に点在する美しい瞬間には絶対に気づかんですよね。このまま一生気づかずに死ぬところだった。ありがとうベルティーニ&帰省&iPod。
by Sonnenfleck | 2006-08-20 23:23 | パンケーキ(20)

きせいちゅうの標本

昨日から秋田の実家に帰省しております。

お盆も過ぎたし、、と軽く(いや、かなり期待して)避暑気分で秋田入りしたんですけど、世の中うまくいかない。僕を出迎えたのは最高気温37℃の現実…デジャヴュ陽炎…。これでは名古屋と変わらんではないか(T_T)

しかし名古屋よりまずいのは、実家の面々がエアコンを絶対に使おうとしないということであります(というかエアコンを使い慣れていない)。彼らはエアコンの冷風を親の仇のように憎んでいるのだけど、35℃を超えたら仇との和睦も真剣に考えてみてください…。もう扇風機じゃ限界があるの!

* * *

甘い赤飯、プリンのような茶碗蒸し、納豆に砂糖、想像はつきますか?
全域ではないけど、秋田では比較的メジャーな味付けです。今回の帰省で思い出した。
甘い=「うまい」、という文化がいまだに根付いている。
by Sonnenfleck | 2006-08-18 17:36 | 日記