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のだめカンタービレ第3話【ひらけゴマ旋法...】

【2006年10月30日(月)21:00~21:54 東海テレビ】

サクラちゃんのコントラバス話は、原作の中ではあまり好きじゃないエピソード。このあたりは作者の方針に迷いがあるのかギャグ色が強すぎて、実は自然主義の一線を死守しているのだめ世界から乖離してるように思うんですよね。。
というわけで今回はコントラバス少女を中心に置きつつ、千秋の「オレ様」とSオケの衝突、およびシュトレーゼマンの脱退宣言まで。ストーリーは相変わらず原作派のご機嫌伺いのような忠実さでしたが、残念なことに音楽面は同じ曲の使いまわしが目立ってきてかなり失速気味。もうロメジュリはいいです。

指揮者デビュー
「かっこつけて棒振るだけじゃねえのー?」という劇中の冷やかしが強烈な異化効果を伴っていたのでちょっと笑ってしまいましたけど(笑) 、、玉木くんがんばれ。

今週のシュトレーゼマン改
いつの間にか気絶から復帰して千秋の指揮を食い入るように見つめているあの名シーン、けっこうよかったですね。竹中くらい眼光の鋭い役者がやると映える。ドン・ジョヴァンニ@Club One More Kissの場面もなかなか。やっぱり竹中で正解だったかも。。

今週のクラヲタポイント
・ヘンデルのハープ協奏曲はいい曲です。
・「できればウィーン・フィルの楽団員になりたいの!」 …つ[性転換]
・さくせん:がっきだいじに
by Sonnenfleck | 2006-10-30 23:41 | on the air

精神と時のお買い物Ⅳ/サル化→破滅

サルのようにCDを買ってしまった。。
だって@315円セールなんかやってるんですよ。理性も飛ぶわい。
セール会場はピーカンファッヂがある新今池ビルの4階テラス。夜風が吹き抜ける中で各分野のヲタたちが黙々と段ボール箱を漁る様子はとても荘厳でした。でしたか?

【ピーカンファッヂ 今池店】
1 ヘンデル:《水上の音楽》(HMF) *マッギガン/フィルハーモニア・バロック管
2 CPE.バッハ:室内楽曲集(DHM) *シュタイアー他
3 ブルックナー:Sym#7(zyx) *ロスバウト/南西ドイツ放送響
4 ブルックナー:Sym#8(EMI) *マゼール/ベルリン・フィル
5 ブルックナー:ミサ曲ホ短調&テ・デウム(BC) *レーグナー/ベルリン放送響
6 マーラー:Sym#8(Sony) *ギーレン/フランクフルト歌劇場管
7 ストラヴィンスキー:《春の祭典》(CHESKY) *レイボヴィッツ/ロンドン祝祭管
8 プロコフィエフ:Sym#1&5(PHILIPS) *プレヴィン/ロサンジェルス・フィル
9 プロコフィエフ:歌曲集(BC) *シュライアー&オルベルツ
10 ショスタコ:《ステパン・ラージンの処刑》(NAXOS) *シュウォーツ/シアトル響

⇒3と7はシャレ。たぶんヘンテコで面白いでしょう。
4。このマゼールのブル8は1CDに収めるためにどっかをカットしてあるという噂なんですが…本当ですかね。300円なら地雷でも別に構わないけど。。しかし5とともに『ムジカ・マキーナ』の影響下なのは見え見えですな(笑)
8。プロコの歌曲がメチャメチャに美しいのはすでにこのエントリでご紹介済みです。

続いてなんと1階店舗のほうでも、箍breakingな全品10%引きセールが。

11 シェーンベルク:編曲作品集(Sony) *クラフト/シカゴ響他
12 パーセル:鍵盤楽曲集(PHILIPS) *レオンハルト
13 ヘンデル:Vnソナタ集(Virgin) *ヒロ・クロサキ&クリスティ
14 スカルラッティ:ソナタ集Ⅰ(ambroisie) *ピエール・アンタイ

⇒11。実はブラームス=シェーンベルクのアレを持ってなかったので捕獲。ところで早くクラフト先生のストラヴィンスキー《七重奏曲》を発売してください>NAXOSの中の人。

* * *

帰宅、そして今年最悪の衝動買いをやらかす。

15 11/4 ラモー:《レ・パラダン》@オーチャードホール *クリスティ/レザール・フロリサン

B席@25000円也。
いいのです。きっと行かなかったら悶悶と後悔するのです。無視を決め込むなんて土台ムリな話だったのです。生ピオーうおお!! ...お。
by Sonnenfleck | 2006-10-29 19:29 | 精神と時のお買い物

ヨーロッパ肖像画とまなざし@名古屋ボストン美術館

c0060659_2110238.jpg名古屋ボストン美術館は、ありがたいことに平日は毎日19時まで開館してるんですね。エヴリディ勤労感謝。ということでこの間の木曜日、仕事場からの帰りに駆け足で観てきました。

全体は16世紀の肖像画→17...→18...という章立てが20世紀まで続くシンプルな構成。しかし「ヨーロッパ肖像画500年の変遷を一同に紹介!」なんて謳うわりになんだか物凄く物足りないんですよ。。出品数が特別に少ないというわけでもないのにそう感じるのは、やはり僕の側の問題、つまり肖像画を「工芸品」としか感じられないせいなのかなあ。陶磁器なんかと一緒で、差異を見分け、その中に画家の個性を見つけるのが劇的に難しい。要するにどれも同じに見えるんですね。
本展の半分以上を占める16~18世紀の作品においては、大体において画家自身「オレの個性の刻印!」ではなく「注文主のお気に召すまま…」を第一に考えてるということがあからさまに伝わってきます。確かにティツィアーノの《本を持つ男の肖像》(1540年頃)の肌の表現は非常に美しかったけど、その美しさはどうも表層的で好きになれません。しかもそれが素朴な偽善であるだけにたちが悪い。
…といってもそれが林檎に蜜柑の味を期待するようなものであることは承知しています。そもそも林檎の味わい方を知らない人間がどうのこうのと言える問題ではないのでしょう。

そんなわけで前半は華麗にスルー、後半へ歩を進めます。
ゴーギャンの《ステファヌ・マラルメの肖像》(1891年)とカリエールの《ポール・ヴェルレーヌ》(1891年頃)。幾分カリカチュアライズされた前者と、出来過ぎなくらいぼんやりとした後者には表現上大きな違いがありますが、もう表面的な感じはしない。画家の個人様式が肖像画の機能を破壊したところでやっと工芸品臭は消えます。セザンヌの《赤い肘掛け椅子のセザンヌ夫人》(1877年頃)の相変わらず分裂した意識も楽しい。スカートの模様に対するモノマニアックな拘り!
しかし逆に、表面を極限まで突き詰めた19世紀のアカデミー作品にはむしろ惹かれるという面白い状況も起こる。ロートレックやブラックの先生であるレオン・ボナ(1833-1922)の《メアリー・シアーズ(後のフランシス・ショー夫人)》(1878年※上に画像をアップ)は、本展の最大の収穫でした。展覧会名にある「まなざし」はモデルに対する画家の視線のことを言っているのだと思うけど、それを跳ね返すようなモデルの「まなざし」を感じたのはこの作品だけでしたね。表面によって内面が構築されてると言いますか、、見た目も深層もほとんど絵画版『ねじの回転』。ううむ。

◆公式サイト http://www.nagoya-boston.or.jp/data/a01_01.html
by Sonnenfleck | 2006-10-28 21:11 | 展覧会探検隊

アメリカンドック食べたい...

c0060659_20295113.jpgネタが偏ってすみませんが…『のだめ』16巻ゲットしました。
もう低空飛行とすら思わなくなってきた僕ガイル。

以下ネタバレ―
第16巻はなんと千秋の常任デビューコンサートのリハに丸丸費やされました。歩みが遅いという批判はいかようにもできるけど、リハの様子をここまでねちっこく詳細に描くとは…。ヲタ的にかなり満足ですよ。久っしぶりにトスカニーニ/NBCの《ウィリアム・テル》を聴きながら書いてます(影響されやすい)。
しかし本巻のクライマックスは最終ページ。なんの前触れもなく父・千秋雅之が登場するんですな。コンサートは前半の《ウィリアム・テル》とハイドンヴァリエーションを首尾よく通過し、第17巻で後半のニールセン《不滅》へ。いよいよ息子・千秋の「父殺し」(か和解)が始まるのかしらん。
一方のだめのほうは最近ライトが当たらず。千秋のほうは苦悩→歓喜が描かれたけど、なんかパリに来てからののだめは山も谷もなくて平板な感じ。そろそろホタルのだめが見たいですが…Ruiを自宅に招き入れたオクレール先生の行動がカギになりそうですね。

反面、ここ最近の脇役たちは面白い。くろきんはターニャとのフラグを見事にへし折ったり、また立てたり、ベビーシッターをやったりと大忙しで、準主人公扱い。コンマスはとてもいいツンデレなんですね(笑) 一時期落ち込んでいたギャグもこの巻ではかなり復活してきてるし、ストーリーもようやく動き出しそうでエガッタです。
by Sonnenfleck | 2006-10-27 20:32 | 晴読雨読

サイバー詩神/三角の残酷

c0060659_21164054.jpg音楽幻想小節として前々から気になっていた高野史緒の『ムジカ・マキーナ』を最近入手し、読了したのですが…ちょっと不満足な出来。。核になる仕掛けがいかにも「ありがち」、かつ開き直って澁澤龍彦的にけばけばしいところは好みですが、肝心要のストーリーがあんなに粗末だとなあ。もしかしてそこも狙っているのかと疑わせるくらい陳腐な爆発オチ。

1870年のヨーロッパが舞台なので、作中にはブルックナーとヨハン・シュトラウス2世が重要な脇役として登場します。ラヴェルの新譜に引き続いて、インマゼール/アニマ・エテルナのシュトラウス・アルバムを久しぶりに取り出して聴いているのはそれくらいの理由ですが…このシュトラウスはロックですよ>全国の峰ファンの皆サマ。

【Zig-Zag Territoires/ZZT 020601】
●《トリッチ=トラッチ・ポルカ》 RV.214
●《こうもり》序曲 RV.503-1
●ワルツ《春の声》 RV.410
●ワルツ《美しく青きドナウ》 RV.314 他
⇒ジョス・ファン・インマゼール/オーケストラ・アニマ・エテルナ

ウィーン流に訛った3拍子はボスコフスキー他に任せるとして、ここで「絶対にタメない」仮借ない3拍子を振っているインマゼールには脱帽するしかありません。《ボレロ》でラヴェルの自作自演を解析したのと同じく、ここではクレメンス・クラウスの1929年の演奏が分析され、そこから室内楽的アンサンブル・ノンヴィブラート・2拍目強調の排除が導き出されてきています。素晴らしい!
《春の声》ってこんなにアグレッシヴな音塊だったんですね。内部でギラリと閃くClとかFlを聴いていると、《ラ・ヴァルス》は突然変異じゃなくシュトラウスの正当な後裔であることがなんとなく掴み取れてきます。
by Sonnenfleck | 2006-10-25 22:16 | パンケーキ(19)

のだめカンタービレ第2話【地獄堕ち...】

【2006年10月23日(月)21:00~21:54 東海テレビ】

開始に間に合わず、21時25分くらいから見始めました。。
今回は千秋とシュトレーゼマンの「確執」から峰の《春》を経由して、Sオケエピソードへの導入部。でもテレビをつけたらいきなりシュトレーゼマンとSオケメンツによるちょっとアレな飲み会シーンだったので…ちょっと引いたでありますよ(笑) Va→Hr→Cb!って。

ロックな《春》
峰が弾くロックな《春》、これが期待を大きく上回る再現度の高さでしたね。冒頭主題に入る変な装飾と、Pfに主旋律が移っても絶対に引っ込まないアクの強さ(先日の井上ミッチー/OEKの演奏会でも似たような状況がありましたが^^;)…ゴーストプレイヤーすげえです。瑛太の「弾きマネ」もなかなか堂に入ったもの。
しかし第1話ののだめと比べてもそうだったけど、やっぱり玉木宏の動きが不自然かなあ。他のキャストが妙に巧いだけになおさら浮いてるようで…来週の指揮が恐怖。

今週のシュトレーゼマン改
濃い。。我々は竹中の妖術にはまり込んでいる●

今週のクラヲタポイント
・冒頭でマラ8が流れたらしいですねえ。こんなときに見逃すなんて~うをを~。
・楽器がたくさんいるところで撥を放り投げたりしたらダメよ。
・のだめにキスをねだるシュトレーゼマンに天罰が下る場面で、《ドンジョヴァンニ、晩餐に招かれたので参った》。これは声を出して笑ってしまいました。地獄に堕ちろ助平め(笑)!
by Sonnenfleck | 2006-10-24 00:08 | on the air

音楽の極北

c0060659_23504320.jpg【IM TAKT DER ZEIT/BPH0611】
●ハイドン:交響曲第82番ハ長調《熊》
●ショスタコーヴィチ:交響曲第15番イ長調 op.141
⇒クルト・ザンデルリンク/ベルリン・フィル

買って、聴いて、溜め息。
なんと透明な響きだろう…。
ロジェストヴェンスキーの喧しくて押し付けがましい演奏が好きな自分のストライクゾーンからは大きく外れるんですが、この美しさを無視することは絶対にできないなあ。これまで聴いたどの15番とも異なる孤高の質感です。。うーむ。

ベルリン・フィルの自主制作盤としてリリースされた99年のライヴ。確かこれNHK-FMで聴いた覚えがあるんですけど、そのときはただ退屈な演奏だなーとしか感じなかったんですね。でも今回改めて聴き直してみると、その響きの静謐さと厳格さに言葉を失う。。

この演奏の特徴としては、以下のようなところが挙げられます。
この曲の「シニカル属性」にほとんど興味がない
→どこかのパートが突出して引用楽句を浮き立たせたり、ソロがテンポを乱して勝手に弾き飛ばしたりという動きが徹底的に排除され、整然としたバランスが保たれる
ノーブルで理性的な美音への徹底したこだわり
→もし最晩年のカラヤンが15番を録音したら、こんな感じの音を志向していただろう
もともと厚くはないテクスチュアが遅いテンポで再生されることによる「薄まり」
→必然的に、ブルックナーのようなゲネラルパウゼが生じる
各フレーズの終わりにかけて毎回かかる軽いリタルダンド+ディミヌエンド
→音がすべて緩やかに空気に溶け込んで拡散するような印象を与える

―「音楽を通してオレの芸術をアピールする」ということに対する執着心のなさ。ショスタコが最後に目指していたのは多分こういう世界だったのでしょう。極北を音化できる指揮者はそう多くはないし、それが録音されたディスクもそんなに多くはない。
by Sonnenfleck | 2006-10-23 00:03 | パンケーキ(20)

Licht―土曜日:健全なるヒキコモリ精神

どこにも出かけない決意の土曜日。

◆サッポロ一番
先週発売されたばかりの「ニラとオイスターが香る焼そば」が悪くない。
◆夜曲
「クレンペラーのマーラー第7を聴いて、第2楽章と第5楽章の連関がよくわかった」とのカキコを某所で目にしたので、実際に現物を聴いて確かめてみました。第2楽章のコルレーニョ(タンタタタンタン|タン)と第5楽章冒頭のティンパニのことなのかな?だとしたらなるほどですね。爺さまのタナゴコロ上で踊らされた気分。
◆熱情
ピーター・ゼルキンの《熱情》第3楽章が病的に繊細で胸苦しいです。
◆めちゃイケ
極○とんびーって…また微妙なネタを…。加藤の顔が引き攣ってる(-_-;)
◆カタログの歌ループ
某所からカタログギフトを頂いて読み込んでるんですが、もう10巡目くらいになるのに一向にほしいものが見つからない。「普段自分が絶対に買わないもの」が鉄板であることは理解してますけどね…なんだろう…自動もちつき機とか。
by Sonnenfleck | 2006-10-22 00:42 | 日記

名古屋芸術大学オーケストラ 第24回定期

c0060659_23381655.jpg【2006年10月20日(金)18:45~ 愛知県芸術劇場】
●ドビュッシー:管弦楽のための3つの交響的素描《海》
●モーツァルト:Vn協奏曲第3番ト長調 K.216
→アレキサンダー・アレンコフ(Vn)

●ブラームス:交響曲第2番二長調 Op.73

基本的に貧乏性なので、どんなにアレな演奏会でも途中で帰ることはしません。けど今夜は前半を聴き終えて…罷り出ました。
まずはっきりさせたいのは、主役の学生さんたちは全然悪くないということ。いたって誠実・真面目な演奏態度で、自分たちのできる限りのベストを尽くそうという意志が伝わってくる。《海》の〈波の戯れ〉なんか熱く若々しく盛り上がって実によかったと思うし、この曲でこういうやり方もあるのかと感心したですよ。

…問題はただ一つ、モーツァルトのソリストなのでした。
僕はこの人の「オイストラフの弟子、20年以上ウィーン市立音楽院の教授を務めて、今は名古屋芸大の客員教授」というプロフィールを同大学のサイトで読んで、そのソロが1000円で聴けるならと出かけたんです。
ところが、、なんだあれは。
本当に一音も当たらない音程と、弓が擦れる汚い音。ノッているつもりのおぞましい弾き崩しは学生さんたちの縦の線を徒に混乱させ、カデンツァが来るたびに息ができなくなるような不協和音がホールに鳴り響く。仮令どんなに酷い演奏家でもちゃんと探せば何かしら誉められる点があるもんですが、それがない。なんにもない。
いちおう何年かは音楽を聴いてきましたが、ここまで醜悪な玄人に遭遇したのは当夜が初めてであります。音楽でメシを食ってるプロというのは最低でも確保しておかなければならないラインがあると思いますが、何するものぞという感じで易々と開き直っている。普通の神経をしていたらあんなソロを聴衆に晒すことはできないだろう。音楽をなめるな。恥知らず奴。

こんな気持ちでホールの椅子に座っているのは嫌だったので、休憩のアナウンスとともに席を立ちました。後半はきっと素直に熱い学生さんらしいブラ2が聴けたのだろう。残念です。

* * *

先ほど鎌倉スイス日記さんの休止を知りました。
Schweizer_Musikさんの書かれた元記事は、全体傲慢だったでしょうか(だとすれば僕が上で書いた内容なんかは傲慢の極みですから即刻削除しなければならない)。確かに「自分は常に監視されている」という意識が、ブログを運営していく上での基本であることは間違いないのです。次々と炎上する不用意なmixiを見ていると(アタック25の不正とか)、本当にそう思う。
でも―運営上の自主的な規律ではなく今回のように眼に見える外部圧力として現れたのだとしても―それを必要以上に大きく受け取ることは、果たして妥当でしょうか?そして傲慢の断罪という行為そのものは傲慢から自由だったりするのでしょうか?
Schweizer_Musikさんの該博な知識に支えられた的確で冷静なエントリを楽しみにしていた一読者としては、ただその復活を願うだけです。
by Sonnenfleck | 2006-10-20 23:44 | 演奏会聴き語り

節奏は疾走する。涙は…まーいいや。

c0060659_2154651.jpgそういえばのだめのOPはベト7なんですな。

第1話で千秋が持っていたこの曲の楽譜はどうやらベーレンライター新版だったみたいで、変なところまで細かい原作の持ち味がちゃんと生かされてるなあと感心した次第。
そのベーレンライター新版を使った「世界初録音」として鳴り物入りで登場したジンマン/チューリヒ・トーンハレ管によるベートーヴェン交響曲全集ですが、意外なことにもう録音から10年近く経つんですね。なのに僕はいまだにこの演奏の呪縛から逃れられないんだよなあ。

トーンハレ管の響きがどれほど薄かろうが、小賢しい装飾がどれほどたくさんついていようが、ベーレンライターだろうが何だろうが、とりあえず関係ありません。第7の第1楽章序奏から主部に突入するワクワク感とそこから動き出す酷薄なリズム…これに湧く愛着は抑えきれない。哀しい旋律でも楽しい旋律でも、立ち止まらず、妥協せず、軽く流す―、ジンマンにとってのリズムというのは、ここでは何かを表現するためのものではないんだろうなと思います(第3楽章は顕著)。ここまで冷徹なリズムの無意味化は他に思い浮かびませんね。。
by Sonnenfleck | 2006-10-19 23:33 | パンケーキ(19)