<   2007年 01月 ( 21 )   > この月の画像一覧

【アニメ】のだめカンタービレ第2話

c0060659_2084631.jpg【2007年1月25日(木)26:05~26:35 東海テレビ】

周回遅れでも粛々とのだめ感想文。
第2話は原作のLesson4(峰くん初登場)からLesson6(来てほしいときに来る…)までを、第1話と同じよーぅにねっとりと忠実になぞっていました。印象は先週と同じくかなり良好。原作の一歩引いた冷たいギャグがそのまま表現されてて、僕の中では第2話にしてすでにドラマ版と伍するだけの評価がじわじわと膨れ上がってきてますよ。。これはファンこそ見るべきだと思う。

峰くんと「ヴァイオリン」
のだめも千秋も彩子も声に違和感は感じなかったんですが、峰はちょっとイメージと違うかも。この声優さんだと「あご割れてます」的な逞しさがあって(笑) もっと軽薄な感じがほしい。。
一方で懸念された「ヴァイオリン演奏シーン」は、、ほどよく書き込まれていましたよ。楽器全体が波打つようなおかしな動きをするのは目をつぶるとして(それでも硬直して微動だにしないよりずっとマシ)、弦の上の弓の重みは確かに感じられました。すごい。

《春》とベト7と、あれ?
「ロックな《春》」は相変わらずロック。第1楽章第1主題のあり得ない装飾は聴き覚えがあるような気がするが、月9と同じ音源なのかどうかは自信なし。それよりも物凄いアッチェレランドを伴う稲妻的《春》(のだめ&峰・初合わせ時)に仰天。アニメ版でも手を抜いてない。。
千秋の「ベートーヴェン・ナイト」(←ちょい恥ずかしい)で使用された「ヴィエラ先生のベト7」は、あえてステレオ感を薄くすることで「部屋で聴くCDらしさ」が出てましたね。
やっぱり第1話同様、必要十分な量の音楽に安心感を覚えます。…そんななか《金平糖の踊り》がポピュラーに編曲されてBGMに。月9のインスパイヤ?

今週のクラヲタポイント

c0060659_20291139.jpg・ヴィエラ先生/ウィーン・フィルのベト7ジャケット!これしかない。グラモフォンの黄色いロゴから、「ドイツ・グラモフォン・ザ・ベスト1000」の安っぽいフレームまできれいに再現してました。
参考画像はベーム/ベルリン・フィルの《リンツ》・《プラハ》・39番。《リンツ》はこれが自分の刷り込み演奏だったりするので今でも意外に好きです。第1楽章序奏の見通しのよさは模範的だ。
by Sonnenfleck | 2007-01-30 21:18 | on the air

ブリュッヘン/新日本フィル トリフォニー・シリーズ

【2007年1月28日(土)15:00~ 第412回定期/すみだトリフォニーホール】
●シューマン:交響曲第4番ニ短調 Op.120(初稿)
●ベートーヴェン:バレエ《プロメテウスの創造物》 Op.43 より
⇒フランス・ブリュッヘン/新日本フィルハーモニー交響楽団


待ちに待ったるブリュッヘン。…しかし、いささか困惑しております。。
とりあえず彼の姿形には変化ありません。前回同様、枯木のような痩躯をよろめかせて登場し、椅子に座っての指揮。

しかし前半のシューマンは、あれはどうやって評価したらいいんだろう…。今回ブリュッヘンが取り上げたのは第4交響曲の初演に使用された稿で、その初演が大失敗だったために響きの補強を主眼として改訂されたバージョンが、現在シューマン第4として普通に演奏されているものらしいんです。でも、ブリュッヘンがどうして初稿を使ったのかという点が謎。やくぺん先生がプログラム解説でそのへんのことについて書いてくれるかと思ってましたが、結局不明なのです。(※「ブリュッヘン自身が何もコメントしていない」とのこと。やくぺん先生ありがとうございました!)
あえて初稿を使ったということは、ブリュッヘンは何かしら初稿のアドバンテージを認めているのだと思うんですけどね…。改訂稿より何か優れている箇所があるのか?しかしこちらの胸倉を掴んでそこを理解させてくれるような、そういう「強い」演奏ではなかったし、もっと言えば、少し空疎な雰囲気の漂う演奏だった。。この人は有無を言わせないような「強い」演奏をする人なのだとずっと思い込んできた自分にとっては、大いにショックでした。

加えて、オケのほうでも前回のシューマンとはノリが違う。
あんまり縦が合ってなかったなあというのがまず不満で、それ以上にずいぶんデュナーミクが硬直してたのが不可解。あんなに起伏がなくていいのか?…ノンヴィブラートはノリントン/N響よりずっと自然だったし、第3楽章のトリオ手前で鮮やかに減速する様子なんかは美しかったけれども。

このようにマイナスな印象を多く持った理由は
 ・事前に過剰に期待しすぎた
 ・ブリュッヘンがこういう曲作りをするようになった
 ・シューマン第4の初稿はそもそも空疎に書かれている
 ・楽団員の中に初稿の使用に納得していない人が大勢いる
 ・練習期間が短くてブリュッヘンの意思が伝わっていない
 ・ブリュッヘンが時差ぼけ
 ・楽団員が風邪
 ・こちらの耳がいかれた
などとたくさん考えられるのですが、熱狂しようと思って高いところに登ってたら下で梯子を外されたような、予想しない心持ち。これが前半を聴き終えたあとの偽らざる感想です。

後半《プロメテウスの創造物》は珍曲。ベートーヴェンらしい曲調のせいもあって前半よりは生き生きしてたと思うんですが、今度は空疎というより全体的にまったりと落ち着いてしまって、終始和やかなムードに。ブリュッヘンに和やかムードなんて似合わないヨ。。
それでも第5曲のpizzと木管+Vcソロのバランス、柔らかな歌わせ方がまさに絶妙で、ホロリときました。あとは《エロイカ》のテーマによる終曲に聴かれた重たい響き、あれがブリュッヘンの醍醐味です。この辺は変わってないようで。

ベートーヴェンやモーツァルトなど、過去の録音と簡単に聴き比べできるプログラムが聴けないのが悔しいです。結局ブリュッヘンが変わったのか変わっていないのか、曲のせいなのかオケのせいなのか自分のせいなのか、全部わからないまま名古屋へとんぼ返り。他のブログさんのレビューだけが頼みの綱です。。うーむ。
by Sonnenfleck | 2007-01-28 18:20 | 演奏会聴き語り

これも永餅のおかげ

c0060659_6411385.jpg

四日市名物・太白永餅。名古屋近辺ではけっこう有名なお菓子らしい。
つぶあんをごく薄い餅で包み込んで平たく延ばし、軽く炙っただけのシンプルな造作ですが、包装を空けた瞬間にワイルドな豆の香りが飛んできたので驚きました。表皮の乾いたざらつきと、餡子のねっとりごろごろした舌触りもリズミカルで、口に広がる素朴な甘みに和む。「名物に名物なし」を裏切る逸品ですね。また食べたいなあ。。

朝からブドウ糖摂取でカラ元気。それでは東京に行ってきまーす。
by Sonnenfleck | 2007-01-27 06:42 | 絵日記

フランス・ブリュッヘンを待ちながら

c0060659_9243629.jpg昨秋のアーノンクールに引き続いて、自分にとってのアイドルがまたひとり日本へやってきます。
ブリュッヘンが新日フィルに客演する3公演、本当は《ロンドン》も、ベト1も、モーツァルトの39番も、東京に駆けつけて全部この耳で体験してみたい。でもそれは叶わないのです。だから今週末のシューマン第4には、まさに全耳全自分を傾けて聴き入らないといけない。。
このブログを始めて最初に感想を書いた演奏会は、2年前のブリュッヘン/新日フィルによるシューマン第2でした。こうして読み返すと明らかに興奮マルダシで恥ずかしいのですけど、今でも信じられないのは、あのとき本当に新日フィルから18世紀オーケストラの音がしていたっていうことなんです。。嘘のような本当の話。
あのときリコーダー仙人はどんな秘術を使ったのか?今回はそのへんを探るべくもうちょっと冷静に、、聴けるとイイナ…。

ブリュッヘンがオーケストラを使って作る響きは、同志であるレオンハルトやアーノンクール、あるいはガーディナーのそれとはまったく違う。古楽第一世代同志たちの透明な響きは、突き詰めると理性的な通奏低音に辿りつくようであるのに対し、ブリュッヘンの響きは重心が低くて、暗くて湿っていて、なにしろ感覚的なのですよ。
そうした彼ならではのマチエールというのは、ひとりの笛吹きとして本質的にロマンティックな彼の中の「歌」にその発端が見つけられるんじゃないでしょうかね。…ブリュッヘンのシューマンとアーノンクールのシューマンを「古楽だから」という括りで同質のものだと捉えるのは、「丸いから」という理由で太陽と月を一緒にするようなもので、いかにもそれらしく正解のようであるところの間違い、だろう。
by Sonnenfleck | 2007-01-25 21:12 | 日記

常設特別展「金山明」@豊田市美術館

よっしゃ豊田に出かけよう!と自室で思い立ったのが13時半、美術館到着が15時。
土曜の午後だというのに、この館内で見かけた人間の数はせいぜい20名足らずというところでした。しかし…そう、そうでなければ!と北風に向かって叫んだ。ウソです。

下の写真は昨年11月の初訪問時にうっかり行きそびれた場所から建物を眺めたところ。
建物の2階部分にこんな「池」が作られてるなんて、誰が予想するだろう。

c0060659_6473758.jpg

チケットを買うまで気づかなかったんですが、現在開催中の「金山明」展は「企画展」ではなく「常設特別展」の扱いで、入場料は他の常設展示の分も含めてなんと300円なのですね。
こんな金額で「美術館」を(ほぼ)独り占めできる最高の贅沢。

c0060659_648127.jpg昨年亡くなった金山明という人は、具体美術協会の重要な構成員として前衛のスタンダードを行った画家のようです。「前衛のスタンダード」ってかなり残酷な表現ですが、、今回の展示作品を見ても新鮮な発見が何一つなかったのだから仕方がない。

むしろ、左に画像をUPした《作品》(1954年)という作品のように、画家が制作当初に意図したであろう「均一な色彩・均一なマチエール」が経年とともに失われて、逆に汚れや変色など独特の味を備えるに至っている状況だけが面白かった。物理的な面でも、そlこに込められた思想が想起させるイメージという意味でも、作者の与り知らないところで作品は変容して、まさにその時のその形でしか受容されないんだよなあ。
僕なんかは、受容側の責任のなさに安堵します。作り手側だったら絶対耐えられない。

などとぼんやり思いつつ「金山明」展(展示室1~3)を抜け、豊田の街並みを一望する空中回廊を通って展示室4へ。
豊田市美術館は、自前で持っている作品が良すぎるのです。
燦然と輝くクリムトの《オイゲニア・プリマフェージの肖像》を中央に、狂気に沈むシーレの《カール・グリューンヴァルトの肖像》を左に、泰然としたエルンストの《子供、馬そして蛇》を右に。
そこで振り返ればイヴ・クラインの群青と、フォンターナの裂け目が目に飛び込んでくる。そしてクリムトの裏にこっそりと展示された、ダリの《皿のない二つの目玉焼きを背に乗せ、ポルトガルパンのかけらを犯そうとしている平凡なフランスパン》のキモカワイイ様子にニヤリ。

それにしても、ここでさっきの話を思い出さないのはどうして?百科事典的美術館的なところに収拾されてしまって、名画を名画としか認識できないから?これらが誕生したときからこれらだったはずはないのに?まるでわかりませんが、わからないものに接しないとダメになってしまうような気がしているので、また近いうちに足を運ぼうと思います。

c0060659_6482382.jpg

by Sonnenfleck | 2007-01-24 06:49 | 展覧会探検隊

午後と眩暈坂のアウトライン

c0060659_2195062.jpg昨日はデュトワ/N響の名古屋公演があったのです。
N響の2ndVn奏者・根津さんの「ひとりごと」と、某大きな掲示板のN響スレ、この両方でよい評価が見られたときはかなりの高確率で「本気のN響」が聴ける。デュトワ客演のときはたいていそうなんですけど、今回もまたその状況が起こっていたので、名古屋公演…結構楽しみにしてたんですよ。

しかーし。早めに会場入りしたのに、当日券はSOLD OUT
普段は名フィルの定期を埋めもしない聴衆が、いったいどこに隠れているんだ。くそー。。
御大・N響、いまだ厳然たるブランド力を保持しているのですね。
確かに名古屋に越してきてから当日券に長蛇の列ができてるのを見たことがなかったので、油断してたのもあります。行列に整理券を配るシステムだということも知らなかったし、各種の名古屋スタイルはまだまだ勉強の余地アリ。。

そんな感じで午後の弱い陽光を浴びながらトボトボと帰宅でしたが、帰り道、家のそばにある高い塀の中身が墓地であるということに気づきました。突然。
いったん気がついてしまうと、確かに塀の隙間から墓石が覗いているのがわかる。線香の香りが漂ってくる。あるはずがないと信じ込んでいるものは感じない、っていうのは本当なんですね。つまりその逆も真ナリということで…これから慣れるまではちょっと怖いなあ(笑)
by Sonnenfleck | 2007-01-22 21:28 | 日記

【アニメ】のだめカンタービレ第1話

c0060659_1035411.jpg【2007年1月18日(木)26:05~26:35 東海テレビ】

月9ドラマ版でレビューを書かれていたクラ系ブログさんが続々とスルーしていく中で、僕は感想文…書いてってみようかなと。クラヲタがひとりくらいぶつぶつ文句を垂れてても害にはならんでしょうし(笑) でも2クールってことは半年か。最終回の感想を書く頃にはもう夏なのだ...

原作原理主義者のための。
…この第1話、予想外によくできていたと思う。原作のLesson1(へたくそ!どへたくそ!)からLesson3(モーツァルトの2台Pfソナタで壁越え)をそのまま動画へ移し替えてるんですが、台詞の一つ一つや人物の表情、コマ割り、構図に至るまで完璧に再現してますね。原作のマンガに「自動ページ捲り機能」「BGM再生スイッチ」が実装されたような感じ。

つまりドラマ版のような、ライトモティーフ的な「クラシック名曲」の登場はない。《チェコ組曲》もプロコフィエフも鳴りません。だって原作で登場してないでしょう?という潔さ、過剰に演出された月9版をすでに経験した状態でそれを認められるかどうかが分かれ道かなと思います。
従って音楽のない時間が長いんですが、それでも間が白々しくないのは、3話分を30分に詰め込んだスピーディな展開があるからなんでしょう。いやこれは巧みな構成だと思う。原作の「意外に薄くて鋭い空気」ってまさにこういう感じでないかしら。

あのようなone of themではない
第1話で登場したのは、ベートーヴェンの《悲愴》第2楽章と、モーツァルトの《2台のPfのためのソナタ》第1楽章。
ゴーストプレイヤーさん(ドラマ版と同じ?)による《悲愴》はポキポキした変な演奏だったし、モーツァルト初見時の合わなさの再現もレベル高だったですが。特に後者の「完成バージョン」は拙い編集を加えられることなしに長く流れたため、無BGMの中で際立った存在感を示してました。
月9版BGMの幕の内弁当的賑わいとは対照的に、自分としては改めてちゃんと「音楽」を聴けたような気がするのです。。イントロドンで曲名を中てていく(これはこれでかなり「狭い」)楽しみはなくなったけれども。

今週のクラヲタポイント
公式サイトで謳っているように、楽器の作画は十分合格だったんじゃないかと思います。でも作画というのはきっと崩れるものなんだよなあ(暗雲)
・〈ネコのフンの歌〉を《悲愴》にかぶせるアイディアはまったく思いつかなかった。素晴らしい。
・谷岡先生の声優さん…「モオツアルト」って発音するとかなしさが疾走だよ…
by Sonnenfleck | 2007-01-21 10:18 | on the air

名古屋フィル 第332回定演

【2007年1月19日(金)18:45~ 第332回定演/愛知県芸術劇場】
●シューマン:Pf協奏曲イ短調 op.54
  ○アンコール シューマン:《子供の情景》 op.15 ~〈詩人のお話〉
→ジョナサン・ビス(Pf)
●ラフマニノフ:交響曲第2番ホ短調 op.27
⇒レオン・フライシャー/名古屋フィルハーモニー交響楽団


ラフマニノフ!
頑張って予習もしましたが、結局CDを聴きながら寝てしまうというベタなオチ。無理。
ライヴだと緊張しているので寝ずに済みましたけど…やっぱりおかしな作品なんですよね。
なんであんなに音が多いんだろう?
なんで第4楽章だけ近所の健康ランドみたいな安いムードなんだろう?
(第3楽章はよく言われるほどには安くはないと思うのだけど。)
なんであんなところに不吉なゲシュトプフがあるんだろう?
どれもわからない。
チャイコフスキーのような、シベリウスのような、ブルックナーのような、ワーグナーのような、要素がグタグタに混ざった鵺的テクスチュアにさんざん翻弄された挙句、ぽいと捨てられる空しさ。これが今夜も解消されずにわだかまったままでした。

それに加えて今回は指揮者も変だった。
両手ピアニスト時代の録音は聴いたことがあるけれど、この人の指揮を聴くのは初めてです。
しかしこれは…よくある変を演じる演奏ではなく、素で変な演奏なのですよ。
まずは効果不明の対向配置。続いて謎の超快速テンポ。第2→第3楽章のアタッカ。そして何より、「その瞬間のキレイな旋律」を洗い出して歌うことに関する偏執狂的な拘りが不思議でした。「それは確かにキレイなメロディだが、主となる旋律じゃなくない?」という断片をわざわざ表に引っ張り出すので、あちこちで「序列」が崩壊する。僕はこれを面白がるほど悪趣味ではありません。。
何が言いたいのかわからない曲で、何がしたいのか見当がつかない造形。齢80に垂んとして、フライシャーという音楽家は一体どこへ向かって歩いているのか…。

なお前半のシューマンもピアノとオケがまっっったく噛み合っておらず、異様な演奏でした。まだ若いソロのジョナサン・ビスが、思い切り気障にキメたアンコールの〈詩人のお話〉だけが、「正常な泰西古典楽曲」の姿を伝えていたような気がする。。うむむ。
by Sonnenfleck | 2007-01-20 02:03 | 演奏会聴き語り

とすかのの。

数年前の「クイズ・ミリオネア」で、1000万円を賭けた最終問題として、

「ピアニスト、ホロヴィッツの義理の父親であった指揮者は誰?」
A:ワルター B:トスカニーニ
C:ストコフスキー(だったかな) D:フルトヴェングラー
という問いが投げかけられたことがありました。
答えを知る人間として、解答者氏の逡巡と挫折を見守るつもりでいたところ、、あっさりと「Bのトスカニーニでファイナルアンサー!」の声。「ニーニが可愛らしかったから」というその山勘の理由を聞いて、椅子からずり落ちつつ思わず拍手しちゃいました。お金のカミサマは無欲で「ヲタクではない」人間にだけ微笑むのね。

c0060659_200685.jpgさて1月16日は、アルトゥーロ・トスカニーニの没後50年目にあたる日でした。
モノラル録音から創造的な聴取を行なう自信がないので(あとヘッドホンで聴くのが辛いので)、1950年代中頃より前の録音を進んで聴くことはほとんどありません。でもそんな中で唯一、ときどき取り出して聴くのが、トスカニーニ/ウィーン・フィル《魔笛》
1937年ザルツブルク音楽祭のライヴ。

70年前の夏、ザルツブルクで起こっていたことについて、s_numabeさんの「留まるべきか、去るべきか」というエントリ以上に克明に事実を伝えるものはないと思います。歴史的記録の亡霊が1000円のパンケーキに封じ込められている、なんという奇怪なジョーク!

ともあれ。
この録音で捉えられているトスカニーニの「フォルム」は、自分を魅了して已みません。
音色とか楽器のバランスは確かによくわからない。というか全然わからない。
でも指揮者がアンサンブルに要求してる拍節感だけは、はっきりとわかるんですよね。
〈序曲〉最初の1stVnの3連符、ここが音価どおり鮮やかに弾かれ、低音楽器の緊張した付点リズムによって高揚していく様子。そしてこれに続く火のようなフーガといったら!

トスカニーニは、音符一つ一つを執拗に彫り込み(特に音価の短いものは徹底的に!)、鋭いフォルムに仕立て上げてからそれぞれに強いアクセントを置く。これでふくよかな縦の響きは失われるけれども、そのかわり音符が連鎖的に反応して爆発していくような、物凄い推進力が生まれています。
この点だけでいったら、ミンコフスキもノリントンもヤーコプスも敵わないような気がする。馬鹿馬鹿しい仮定だけど、もしこの指揮者が現代に生きる人だったら、自分はすべてを捧げて追っかけをやってたかもしれないな。恐ろしい。
by Sonnenfleck | 2007-01-18 22:02 | パンケーキ(18)

The Bedbug

c0060659_2132943.jpg南京虫に食われ賠償金数億円!?=英最高級ホテルの宿泊客が提訴(1月17日/時事通信)

この宿泊客である米国人夫妻は、南京虫もろとも冷凍保存か。
彼らは50年後に訪れる理想の社会において解凍された挙句、南京虫と一緒に動物園の檻に入れられる。のかもしれない。
古代人は訴訟をスマートなやり方だと思ってたんだって。南京虫と野蛮な訴訟主義は「偉大な指導者が導く理想のアメリカ」では滅んだのに。やれやれだ。
by Sonnenfleck | 2007-01-17 21:13 | 日記