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ザ・グレート・セルジュ(覆面)

c0060659_15402753.jpgここ何日か、ずっとシューベルトの第8交響曲を聴いている。

この長い曲を聴くにあたって、きっとクラファンの皆さまは自分だけのこだわりをお持ちだろうと思います。第1楽章のホルンと序奏を聴き比べるために何種類も集めているとか、スケルツォのリズムだけは譲れないとか。
かく言う自分は第3楽章のトリオを重点的に聴く癖がありまして、セル/クリーヴランドが「らしくない」リタルダンドを効かせて情緒たっぷりに旋律を歌うのや、逆に「陽気なキャラクタ」を演じて一切の徐行を行なわないノリントン/シュトゥットガルト、あくまでダークなブリュッヘン/18世紀オケなど、ここの表現だけで指揮者が全体的にどんなことをしたがっているのかだいたいわかるのが面白いのです。今聴いているチェリビダッケの《グレート》は、EMIから出ている正規盤(1994年録音)ではなく、AUDIORから出ていた海賊盤(録音年不詳)。友人のお父上から拝領しました。

正規盤と同じミュンヘン・フィルを振りながらも、ここでは均整美が漂っている。木管がヒョロヒョロと飛び回る、情感ゼロの冷たく美しいトリオ―。リズムを決める低弦が後ろ倒しに引き摺られるので、確かに「見かけの遅さ」はありますが、引き摺られ方の値が絶対にぶれないので粘つく感じは一切ありません。響きも厚いし、アーティキュレーションは古楽の連中とはまったく違うけども、様式感をこういうところで忠実に守ってるのが面白い。。

しかしこの演奏でもっと面白いのは第2楽章アンダンテ。
予想通りアンダンテというよりアダージョになって、短絡的の謗りを受けるかもしれませんが…僕にはこの楽章がブルックナーのアダージョに聴こえます。
水分を含んでしっとりと冷たく重い空気を感じさせる弦、険しい中間部へ達する道程と、ゲネラルパウゼに至る金管の大仰なブレーキ、そしてフェルマータ。チェリビダッケは何らかのブルックナー的方法を応用している気がする。
by Sonnenfleck | 2007-03-31 15:40 | パンケーキ(19)

【アニメ】のだめカンタービレ第10話[2/3]

c0060659_21244010.jpg【2007年3月22日(木)26:05~26:35 東海テレビ】

えっとぉ…ついに録画ミスりました。
それでYouTubeのいちばん正しい使い方(笑)を試してみようとしたんですけど、3分割されてUPされたうちの真ん中しか残ってないんですよ!削除サレタ\(^o^)/…ということで、たぶんLesson24(もだえるように)Lesson25(ラプソディ・イン・ブルー)とで構成されているであろう第10話。

[2/3]のあらすじ
老婆をも動かす千秋、というシュトレーゼマンの軽口にミーナがペーパーナイフを飛ばすシーンから、Sオケ公演でのだめがピアニカでAを出す、直前で切れてました。。くそう。
マングースかわいいな。

今週、クラヲタが見てみたかったところ
・ピアニカがソロを張るラプソディ・イン・ブルーの編曲がどんなであったのか。
・いつもののだめゴーストの人がピアニカを吹いたのか。
by Sonnenfleck | 2007-03-29 21:47 | on the air

BuxWVで悔悟する

c0060659_6515952.jpgdacapo(丁)の、ブクステフーデ声楽作品集。
カークビー、通奏低音にリンデンとモーテンセン、Vn1stにホロウェイ、とここまでは80年代までの清潔なバロックです。でもこのCDでは、Vn2ndにコンセール・デ・ナシオンのコンマスとしておなじみのマンフレード・クレーマーが加わって、隠し味。

ここに告白しますが、ブクステフーデ作品の中で唯一演奏に加わったことがあるのが、このCDの最終トラックに置かれた《主よ、汝さえこの世にあれば Herr, wenn ich nur dich hab》 BuxWV 38 なんですよね。
かつて「ブクステフーデの歌モノをやらないか」と誘われた僕は、このゆったりとしたパッサカリアの虜になってしまった。しかし僕の通奏低音チェロは、だいいちいかにも音程が取れていなくて…この曲を聴くたびに…あのときとてもいい声を聴かせてくれていたソプラノ女史への申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになります―。

以前yusukeさんのエントリで、バロクーの「パッサカリア・シャコンヌ・ラフォリア・フェチ」という傾向が話題に上りましたが、これなんかはまさに典型的に愛好されるべき美しいパッサカリア…至純の4分間であります。これを最後に持ってきた制作側の愛がひしと感じられますよ。
Herr, wenn ich nur dich hab,
so frag ich nichts nach Himmel und Erden.
Wenn mir gleich Leib und Seel verschmacht,
so bist du doch Gott allezeit,
meines Herzens Trost und mein Heil.
Alleluja.
素朴なオスティナートで歩む通奏低音とともに、カークビーが美しく毅然とした声で恍惚とした詞を歌う。そこへ、始めは恐る恐る、しかし徐々に全幅の信頼を込めて絡みつく2本のVn。この歌詞が抜粋されてきた詩篇73篇の内容をググってみて、なんとなく考えさせられるところもある。これは甘美な逃避ではないのか?別にいいけど。。

このCD、ついにNaxos落ちしました。4月からはたった1000円で手に入ることになります。
by Sonnenfleck | 2007-03-28 07:04 | パンケーキ(17)

あの女を殺せ!

c0060659_6492746.jpgSalome(YouTube)

世界中を興奮させずにはいないエアーコンダクターの第一人者、wzauscher氏の新作は、《サロメ》!
今回は衣装・小道具・映像効果と曲の選択が非常に巧く結びついて、デビュー作のMahler 8と同じくらい笑えます感動します。…ていうかサロメなのか指揮者なのかはっきりしろ(笑)

鋭い眼光と鮮やかなコントラストを成すモップ。
コメント欄の「今すぐオレと結婚してくれ」っていう告白に笑ったです。

なお近作では、バッハの《マニフィカト》から第7曲〈主は御腕にて権能をふるい〉がUP済み。いつものマルチアングルなのだけど、今回はさらにトランペットのパートを再現するために自らヴァイオリンの腕を披露してくれますよ。。(■Fecit Potentiam
by Sonnenfleck | 2007-03-27 06:50 | 広大な海

10年目。

c0060659_1318712.jpg佐藤卓史 「ラ・カンパネラ」~珠玉のピアノ小品集

リアルの世界で友人である音楽家の演奏についてここで書くのは、ある程度の困難と躊躇を伴います。でも逆に、それが自覚されることなく書かれた文章は何の説得力もないと思う。
掲示板「招き猫」の末期にOというピアニストを無節操に持ち上げていたひとりの常連がいましたが、あれはまさに贔屓の引き倒し、彼のせいで僕はOにいいイメージがもてないままでいます。

前置きが長くなりましたが…勝手に応援中のピアニスト・佐藤卓史が2月にソロ・デビューCDをリリースしました。(*佐藤卓史公式ウェブサイト。)
ここではクラヲタ向けにキャラクタライズしてみましょう。
彼のピアノの特徴を(音楽評論術的な)一言で表すと、「品位の高さ」に尽きると思います。
彼の音楽はやり過ぎやあざとさ・踏み外しを絶対的に避けていて、たとえそういう曲調であっても彼の美音と「優雅な枠組み」の中に取り込んでしまう。爆演が絶賛され、人と違うこと、人を驚かすことが物凄く強い価値を持ち始めているクラ界にあっては絶滅寸前、化石のように(ごめん)貴重な音楽をやっていると思うんです。

このソロ・デビューCDは、彼が得意とする穏やかな小品を贅沢に収録しており、味のあるラインナップがかなり印象的です。
フンメルのロンドメンデルスゾーンのロンド・カプリチオーソなどコミカルな小品は、前述の「優雅な枠組み」の中でその持ち味をいささか減じて、楽屋オチのようにきれいにまとまっている。無責任な聴き手としてはもっとハッチャケてほしいなあなんて思っちゃうのだけど。
でもリヒャルト・シュトラウスの《夢》チャイコフスキーの夜想曲ブラームスの間奏曲など、アルバムの中心から後ろ寄りにかけて配されたロマン派のレパートリー…これらの穏やかな叙情は本当に素晴らしいと思う。ベタな感傷的身振りに堕ちない絶対の優雅さ、これが彼の武器ですよ。
クープランの《葦》も非常に強う力で彼の世界に引き寄せられて演奏されるので、モダンピアノによるバロック・レパートリーの演奏に懐疑的な僕も頷かざるを得ない。。他のどのトラックよりも、このクープランの豊かなアゴーギクが美しいです。。
そしてシャミナードの《秋》。サロン風の長閑な主部から、このCDの中で唯一と言って差し支えない激昂を見せる中間部→主部の回帰、という流れが鮮やかで、ここで垣間見えるある種の厳しさには背筋が寒くなる。激することの価値は聴き手が考えるほど軽くはない―ここに前述の見識の高さが滲み出ていると思います。これは友人の身贔屓ではなくて。

そうそう、最後になりましたが、この録音で使用されているのはスタインウェイのコンサートグランドではなく、ベーゼンドルファー・インペリアルなのです。僕は残念ながらこの二つの違いが巧く聴き分けられませんが、ベーゼンドルファーの音を知りたい方にとっては最高に質の高いレファレンスになるかと。
by Sonnenfleck | 2007-03-25 16:44 | パンケーキ(19)

名古屋フィル 第334回定演

【2007年3月23日(金)18:45~ 第334回定演/愛知県芸術劇場】
●ドビュッシー:《牧神の午後への前奏曲》
●ラヴェル:Pf協奏曲ト長調
  ○アンコール シベリウス:《悲しきワルツ》
●ベルリオーズ:幻想交響曲 op.14
⇒フレデリック・シャスラン(Pf;ラヴェル)/名古屋フィルハーモニー交響楽団


いやはや、質の高い演奏が続いております名フィル。
今日のキャッチコピーが「才人シャスラン日本デビュー」だったので、「才人」ねえ…と思って油断していたのです。1963年生まれのフランス人、略歴を見る感じではメトやバイエルンにも定期的に呼ばれる中堅オペラ指揮者のようですが。

そしたら、牧神の開始からフレーズ感をこれでもかと強調した娯楽路線。。
あざとい…あざといが引いたら負けのような気がする。これは素直に楽しんだほうがいいナ。
こういう曲作りのとき、コンマス後藤氏のノリのよさが光ります。

続いてラヴェル。響板を取り払ったピアノが鍵盤をこちらに向けてセッティングされてます。
これですね、曲が始まる直前、なんでムチがスタンバってるの?というくらい《左手のための》だと勘違いしてたのです。「左手のほうなら弾き振りもアリかな」なんて。
でも始まってみると「両手のほう」だったので吃驚しました。これを引き振りしちゃうのってバーンスタインの有名なライヴしか知らないので、実際に目の当たりにすると凄いですね。。

だいたいピアニストの手が鍵盤を離れる局面が非常に少ないこの曲で、指揮者としてオケを統率するのは至難の業だと思うんですが、それなのにシャスランは曲芸のようなアッチェレランドを頻繁に用いて、スリル満点な雰囲気に仕立て上げます。でも名フィルがついていってたのを聴く感じ、即興的なようでいてその実あれは計算されたサーカスだったんだろうなあ。両端楽章の最後、真っ逆さまに転落していく様子はまさにラヴェルの華でした。あれでオケがほとんど崩壊しなかったというのが素晴らしい。調子がいいなあ名フィル。
しかしいっぽうで第2楽章がカラカラに干からびていて全然面白くなかったのが逆に興味深いです。これだけ聴衆を惹きつけるツボを理解している人のピアノのタッチが、ここでは物凄く平板になっていて…これをわざだと思うのは穿ちすぎでしょうか。。

後半、幻想交響曲もやはり同じ傾向のエンタメ路線で、時折「これはカルロス・クライバー…」的なリズムのキレを示していたのが仰天でした。第2・第4・第5楽章のノリのよさ、軽薄だと非難するにはあまりにも気持ちよく決まっていくのです。
(*その反面、縦の音符数が増える箇所ではそれほど熱心な対応がなくて、ごちゃついたり濁ったりということはざらにありました。)
そしてここでも、第3楽章が絶望的に退屈。面白いなあ。MIDIを聴いてるみたいでした。別の楽章でテンポが速い箇所では自在な伸縮があるのに、ここではそれが厳格に戒められている。情感を排することについては並々ならぬ拘りがあるのではないかと。このシャスランという人のプロコフィエフとか一部のモーツァルトとか、あとはラヴェルの他の曲とか、上滑りしてて非常に期待できそうです。でもリハが厳しそうなので再登場は望み薄かも。

ところで第5楽章でイデー・フィクスを華やかに吹いたEsクラリネットの方(遠目ではアジア系に見えませんでしたが…エキストラだろうか?)、ラヴェルの第1楽章でも水際立ったソロを聴かせてくれてました。ブラヴォ。
by Sonnenfleck | 2007-03-24 13:44 | 演奏会聴き語り

【アニメ】のだめカンタービレ第9話

c0060659_22163559.jpg【2007年3月15日(木)26:05~26:35 東海テレビ】

待ちに待った第9話。外伝的なLesson21(海水浴)を飛ばして、Lesson22(ニナ・ルッツ音楽祭その1)Lesson23(ニナ・ルッツ音楽祭その2)をきれいにまとめてます。

ツィガーヌ→アレグロ・バルバロ
冒頭、峰はラヴェルの《ツィガーヌ》を、のだめはバルトークの《アレグロ・バルバロ》をあてがわれていました。フジテレビで、アニメで、これですよ。
ところで原作では、のだめの楽譜に「SUITE」としか書いてないのですね(印刷で潰れた五線譜をよぅく見ると、《組曲》Sz.62の第1曲〈アレグレット〉のようなんだけど…)。演出ではもうちょっと効果が上がりやすいと思われる《アレグロ・バルバロ》にしたんでしょうね。
そんなのだめ初見のヨレヨレ・バルバロは、読譜スピードと演奏速度が合わなくなったりして妙にリアル。分かり易くてよかった。

ドヴォ5入りましたー
この曲のCD持ってないんです(クラヲタ失格)。確かにドヴォルザークの田園交響曲だな。。
もちろんオーケストラの中には、アニメ初登場となる黒木・菊地・清良・沙悟浄がちゃんと配置されてて抜かりがない。特に原作のほうでこのとき(恐らく誤って)コントラバス奏者として描かれてしまっていた菊地をちゃんとチェロ弾きに修正していたのを見ると、ちょっと考えられないような前回の演出ミスはなんだったのかと思う。

今週のクラヲタポイント
・「ニナ・ルッツ音楽祭」って、サイトウキネンというよりはアフィニスか草津な感じ?
by Sonnenfleck | 2007-03-22 22:18 | on the air

想像力、または鏡に向かってキレるショートコント

キレる客対策、業界本腰 クラシック演奏会でトラブル急増(asahi.com/3月16日)

c0060659_835489.jpgこの記事について、すでに16日夜からネット上ではいくつかコメントが出ているようです。
その中で匿名でないものは「何でそんなに怒ってんの?もっと肩の力抜こうよ?」という論調が多く、いっぽう匿名のものは「上から目線のヲタがキレてるだけ」「いや俺はキレる」が半々というところ。記事がもともとそういう雰囲気なのもあってか、全体としてはキレる側が叩かれている割合が高めかなという感じがします。

ここで見栄張っても仕方ないですから書いちゃいますけど、僕はキレる側のクラヲタに同調しつつ親記事を読みました。したがって最高にナイスな気分ではありません。時間を作って出かけるコンサートがひたすら楽しみである人間としては、まずはどうしてマナー違反がそんなに擁護されるの?どうして「マナー違反対策」じゃなく「キレる客対策」なの?という素朴な悲しみしかないんですよ。業界および朝日新聞的にはヲタ客なんてどうでもいいのかなって。

しかしここから先は「マナーの範疇」のレベル設定をしなくちゃいけませんね。
どこまでをマナーだと思うかが、この話では重要な点だからです。
僕が「日本のコンサートホールでのマナー」だと思っているのは、想像力の有無
我慢できない咳とかくしゃみとか、生理的な現象は正直仕方ないと思う。しかし鈴・飴の包み紙・ビニル袋といった「音が出るもの」について配慮がないのは…やっぱりどうしても許容できません。「これを気にする人間が、もしかしたらいるのかも」というほんの少しの想像力が、どうして働かないのかなあといつも思う。
以下はこのコンフィグを前提に。一般化するつもりなんかまったくないので、「鈴の音なんて別にいいじゃん」とか「パリじゃこんなの誰も気にしないよ?」とか言われても困ります。。

+ + +

もちろん親記事で引かれているような暴力・恫喝に肩入れするつもりは全くありませんし、上から目線とか偉そうとか我慢が足りないとか、そういう非難も甘んじて受けます。「心が狭い人間が書く文章なんか読みたくない」とか思われても文句は言えません。しかし「マナーを知らないこと」がどうして優位を持っているのか、その点は解せない。

注意事項やアナウンスが増えると、雰囲気が堅苦しくなる……」という主催者の「配慮」が、他を圧倒するくらい為されすぎるのは誤っていると思うのです。主催者としても商売でやってる限り新規顧客の獲得は至上の命題でしょうから、門戸をオープンにしようと努めるのは当然でしょう。そこはわかります。でも自分が飛び込む文化圏にどういう考え方があるか、下準備さえしない、学ぼうとする気がない、もしくは臆病さを持ち合わせない者に対して、こちら側からの過剰な歩み寄りは果たして有効なのでしょうか。
ここで「ググれ」と言い放つのは悪なのでしょうか。
これから客になろうとしている人たち、悪意はないがそれを考えたこともない人たち、あるいは決定的に想像力の欠如した人たちに対して、「鈴の音を気にする人間も客の中にいくらかは混じっているのだ」ということを知らせるのが、そんなにまずいとは思えないのです。一旦「へえーそうなんだー」と思わせるだけで、かなり違うんじゃないかという気がするのだけど。

+ + +

ただし一度「マナーの範疇」の環境設定をリセットしてしまうと、「想像力の欠如」はそのままのパワーでこちら、ヲタ客側にも跳ね返ってくるわけですね。
「公の場には鈴を何とも思わない人がいるかもしれない」ということ、「音楽は娯楽であると捉える人がいるかもしれない」ということ、「落ち着きのないあの人は体調が悪いのかもしれない」ということ、「怒った素振りを見せる自分を見て気分を悪くする人がいるかもしれない」ということ、そして「自分のヲタ尺度が絶対ではない」ということを、その時点で想像できていないんですから。
相手の考えを想像して、汲み取って、思い遣る、なんていうのは全方向的に滅んだのでしょう。とりあえずここまで書いて強烈な自己嫌悪です。引きこもるしかないな。
だって究極的には、「オレが我慢してんだからオマエも我慢しろ」ってことでしょう。うわ。。
by Sonnenfleck | 2007-03-21 09:01 | 演奏会聴き語り

インバルのシュトラウスを聴いてみた

c0060659_6384065.jpgインバル/スイス・ロマンドの《英雄の生涯》が素晴らしい。
ついに理想のシュトラウスに見つけたような気がします。

まず冒頭、英雄の主題にメッサディヴォーチェ感があってとにかく驚きました。音がホールの空間に溶け込む寸前、減衰の瞬間をよく吟味して、そこからしなやかに曲線を描きながら新しいフレーズを立ち上げる…。音の鞭に打たれてるような気分です。
あるいは〈敵〉において折り重なる木管の奇怪な分裂感(「分離感」では生ぬるい)、縦方向にすっかり分解されてしまった〈戦場〉。〈業績〉→〈隠遁と完成〉の周辺は冒頭と変わらず、何本もの曲線が絡み合って心地よい滑らかさを生み出している。

基本的には鋭いテンポや冷静な表情を失わず、オケだってベルリン・フィルやウィーン・フィルではないので線はあくまで細いのです。シュトラウスのキラキラや腐臭に満ちた豊満を好まれる方にしてみれば、神経質な貧血演奏にしか聴こえないかもしれません。しかしこの目の細かさには…脱帽。。
自分が知っていたのはせいぜい256色カラーのシュトラウスだったんだなあと。インバル謹製・1680万色カラーグラデーションの威力は凄まじいものがあるようで、、ううむ。
by Sonnenfleck | 2007-03-20 06:42 | パンケーキ(19)

違いのわかるコンソート

c0060659_20263969.jpgリコーダー同好会「CMメドレー」(YouTube)

最近ようつべネタばかりでスイマセン。見つけたときにサッと紹介しないといつ流れてしまうかわからないもんで。。
今日の映像は「ちょっと懐かしめのCMソング集」なのだけど、演奏しているのが京都大学リコーダー同好会とのことで、なかなか奇妙な味付けになっています。

まず冒頭、<ネスカフェ>のあの曲がリコーダー・コンソートで奏されると、完全にバードかギボンズかという感触に変容するのですね。。これが面白いス。
続く<ヤン坊マー坊><お金は大事だよー><おやつはカール>は普通ですが、いつかここでも取り上げた<たらこ>のカオスっぷりには参りました。虚ろにポウポウと吹き続けるバス・リコーダー、不安定なリズムのタンバリンも入って実にいい味出してますねえ。これだけはさらにもうちょっと遡って、マショーの世俗歌曲的な猥雑さがナイス。
個人的には最後の<黄桜カッパ>が懐かしくて悶々としましたが(笑)
by Sonnenfleck | 2007-03-18 20:30 | 広大な海