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ケラス兄さんと僕

c0060659_18581451.jpg音楽が聴けるのがクルマの中だけという1週間でした。疲れた。
クルマリスニングは(久々の)大音量の快楽をもって僕を虜にしつつありますが、その反面、ダイナミックレンジが広い作品については細部の聴き取りが難しいのがあって、積極的なクルマレパートリーの拡充はなされていない次第。。どうしてもバロックから古典派までが中心になってしまう。

さて、ケラス兄さん(セクシー無伴奏Vc)がジャケで睨みつけてくるこのディスクも、クルターク→コダーイ→ヴェレシュというプログラムから察していただけるでしょうが…エンジン音と一緒に聴ける類のCDではないのです。
ケラス兄さんの超絶技巧については今さら書くまでもないでしょう。ブリテンの無伴奏ソナタは誰が何と言おうと圧倒的に巧い(「技巧の持ち主は冷たい」とか「冷たくない」とかいう下らない議論が成り立たない)。「そこにブリテンが鳴っている」ことしか把握できないって、いったいどういうことだろう?演奏者の存在が消えてしまうというのは、究極の演奏ではないですか。

このハンガリー圏プログラムでも、同じような「無存在の雰囲気」(おかしな言い方だ)が感じられます。まず冒頭と中央に散らされた6曲のクルターク作品、どれも36秒から99秒までの間に収まるミニマムな曲なので、光り輝くコダーイの前ではかすみがち。でもトラック3の《影》など、C線でモゾモゾと小さく動き回っているだけなのに、ドロドロを45秒に押し込めて震えながら緊張している様子がじわりと漂うのです―。この一瞬でこれを表現してしまうケラス兄さんの集中力にはゾッとする。
メインに用意されたコダーイの無伴奏ソナタも、音はしているが姿が見えない。。誰かが隣の部屋で民謡っぽい親しみやすげな曲を演奏しているようなのだけど、扉を開けてみると誰もいない、この「息遣い皆無路線」が、とてつもなくスマートで、カッコイイのですよ。悪夢のような静けさです。
それに輪をかけてヴェレシュの無伴奏ソナタが寒いのでたまらない。第1楽章についた「Dialogo」の副題がまったく白々しいです。無存在の独り芝居でしょ?と。ふくらむことなく突き刺さってくるボウイングが見事。見事すぎて嘘のようだ。

ケラス兄さんは9月に名古屋に来てバッハやらコダーイやらブリテンやらを弾いてくれる予定です。兄さんが本当に存在しているのか確かめなければ―。
by Sonnenfleck | 2007-06-30 10:00 | パンケーキ(20)

6月27日、車中、チェリビダッケ

c0060659_7614.jpg【AUDIOR/AUDM-2501-2】
●ベートーヴェン:交響曲第3、4、7番
⇒チェリビダッケ/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

暑くなってきましたね。ヘッドホンが蒸れるんで、こんな日はエアコンの効いたクルマの中で大音響に限ります。

さてこれはまあ…例によって友人の父上に頂戴した海賊盤なわけで、僕はEMI正規盤のチェリのベートーヴェンを聴いたことがないんだけど、田んぼに囲まれた田舎道をぶっ飛ばしながらこの《エロイカ》の第2楽章を聴いて、チェリビダッケが何をしたがっているのか、よーぅやくわかった気がします。
…この人は響きを美しくすることにしか興味がない。テンポが遅くなって聴こえるのは、瞬間の美しい重なりを丁寧に響かせることに注力した結果にすぎないんだな。有名すぎるブルックナーたちに比べて、ベートーヴェンに現れているチェリの「デレ」は、非常にわかりやすく、非常に素直であると思います。あーなんつう単純な結論だ。遅すぎた。

ちなみにチェリは、フレーズのおしまいを柔らかく穏やかに収めることが好きみたいなので、こちらも心静かに運転できるのです。アーノンクールで《エロイカ》を聴くと、ついアクセルを踏み込みすぎる(ストレス?)
by Sonnenfleck | 2007-06-28 07:09 | パンケーキ(19)

【アニメ】のだめカンタービレ第22話

c0060659_651569.jpg【2007年6月28日(木) 東海テレビ(予定)

いよいよラストから2つ目。第22話は、Lesson48(それでも…だめだったじゃないですか…)Lesson49(R☆S「最終」公演)。盛り上がってまいりました。

今日のペトルーシュカ
懸案であった「今日の料理」+《ペトルーシュカ》の結果から。
ちゃんと融合してました素晴らしかった。もっとグチャグチャな接合は、こちらの脳内で補完しましょう。何よりああして拘ってもらえたのがクラヲタ冥利に尽きます。。
派手めなアゴーギクで「今日の料理」を2回繰り返した後、本来原曲の44小節目付近?に現れる下行音型入りの主題が一度は復活する。しかしすぐに「今日の料理」に侵食されて、原曲の素材と行ったり来たりを繰り返し、やがて原曲とは異なりきれいに上から落ちて終止。これは言葉で説明するのが大変難しいので、聴いてもらうのがイチバンなのですが…YouTubeには上がってないしなあ。。とにかく未放送地域の方はぜひご覧下さいとしか。
EDクレジットに冨田氏の名前はありませんでしたが、これだけ明確に遊んでいる以上、作曲者への了解は当然あるのでしょう。完成度も高いし面白がってくれているかも。。

R☆S
ドラマ版のときはサラサーテだけだったような気がするんですが…覚えてない。《牧神》と《ティル》が《カルメン幻想曲》の前後にちゃんと演奏されて、満足満足。

今週のクラヲタポイント
・萌&薫のデビューCD。原作ではジャケットまでは描写されてないんですが、アニメ版では「Dolcemente」の文字がデザインされたJ-CLASSICらしいジャケでなかなかリアルでした。3059円くらいしそう。
by Sonnenfleck | 2007-06-26 06:57 | on the air

ほとんど動かないこともない。

「指揮マネ病」 階下から注意(YOMIURI ONLINE人生案内/6月12日)

◆Q―
・若いころに指揮者小沢征爾さんのライブを見て、躍動感あふれる姿が脳裏に焼き付きました。以来数十年、音楽を耳にすると、条件反射的に体を揺すりくねらせ、タクトを振るまねごとをします。(略)
・今は我慢していますが、ラジオから音楽が流れると体がむずむずしてきます。私の“宿痾(しゅくあ)(持病)”である「指揮マネ病」とどう向き合えばいいのでしょうか。


◆A―
・失礼な言い方になるかもしれませんが、これは珍しい悩みですね。
・小沢征爾をイメージするから、喧騒(けんそう)が生まれるんだとしたら、もっと静かな指揮者、たとえばカール・ベームとか(ほとんど動きませんよね)……そういうイメージで陶酔に浸ることってできませんか? 躍動感のある指揮も良いですが、抑制の効いた内面的な指揮もマネるに足ると思うんですが。


+ + +

ベームは意外と速く動く。
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速すぎて見えない。
by Sonnenfleck | 2007-06-25 07:05 | 日記

名古屋フィル 第337回定演

【2007年6月23日(土)16:00~ 第337回定期/愛知県芸術劇場】
●ベートーヴェン:Pf協奏曲第3番ハ短調 op.37
  ○アンコール シューベルト:4つの即興曲 D899~第3番変ト長調
→キリル・ゲルシテイン(Pf)
●ショスタコーヴィチ:交響曲第11番ト短調 op.103 《1905年》
⇒ヤコフ・クライツベルク/名古屋フィルハーモニー交響楽団


ショスタコの幕切れで、事故が発生しました。

□1 第4楽章の終結部に差し掛かり、打楽器陣が渾身の力で曲をクライマックスへ導く。
□2 最後の和音にかぶさるようにして、かなりフライング気味なブラヴォと拍手。
□3 クライツベルクとオケは静止したまま動かない。
□4 ここで突然、女の叫び声がホール中に響く。「まだ鐘があるッ!!」
□5 拍手、一瞬止むも、当然「もう鐘はない」ので、指揮者もオケも動かない。騒然。
□6 指揮者、諦めたように力なく立ち尽くす。オケぐったり。再び拍手。

この間、わずか数秒であったと思います。ライヴはドラマだねえ。
勘違いして叫んだ女性は、天国のショスタコから電波を受信してしまったのでしょう。そういえば第4楽章には「警鐘」という副題が付いているのであった。ゴーン。

第4楽章のこの局面までは、クライツベルクと名フィル、非常にいい演奏をしていましたよ。
まず第1楽章の冒頭で、弦楽が気合の入った冷たい音色を出している!これで今日のショスタコも成功だなあと思いました。名古屋に来てからこれまで、1年の間にすでに第12第5第15と名フィルでショスタコの交響曲を聴いてきましたが、ひとつもハズレがないので驚いています(コバケンの第5は、コバケンの文脈では素晴らしい完成度)。
狂気を感じさせる高速テンポで、第2楽章の機銃掃射。重戦車ではなく、もっと小型でもっと恐ろしい火器という感じでした。クライツベルクってもう少し重たい曲づくりをするのかなと思ってましたが、それはビシュコフ兄さんのほうでしたネ。機銃掃射の終了、無音―かと思いきや、Vnの血煙が静かに漂っている、これは生のダイナミックレンジならではの恐ろしい落差。。細やかな配慮が、ゲ氏のように勢い任せだけではないことを感じさせます。。

前半のベートーヴェンが、実はさらに輪をかけてよかったのです。
この曲でも第2楽章の始まる直前に携帯電話が鳴ったりして、すでに客層的には悲惨の一途でしたが、演奏会全体としてはベートーヴェンの名演で救われるとこ大。
1979年生まれのキリル・ゲルシテイン、どこかで名前は聞いたことがありましたが、彼のピアノが素晴らしかった。非常に繊細でムードのある流麗な歌い口、美音、ムーディキリル。これはまったくネガティヴな意味ではなくて…ネオ浪漫とでも言えばいいのかなあ。第2楽章なんかこれ以上は望めないくらい繊細で切ない感じでした。受け流せないよー。
アンコールのシューベルトは、金曜の公演ではリスト編曲版の《魔王》だったみたいですが、この日は変ト長調の即興曲。やはり保守的で大変美しく、会場の空気をすっかり手玉に取っていたなあ。要注目の人です。
オケ。ノリントン/LCPの録音を先日聴いたばかりである僕にも力強くアピールしてくる、充実の保守本流でした。巨大な編成で編み上げる第3楽章のフーガがたいそうカッコよかった。協奏曲というのは、ソリストが必要なせいでモーツァルトやベートーヴェンであっても古楽化があまり進んでいないように思いますが、その中でも「オレたちは大編成保守でやってく!」という自信が伝わってくる演奏と、「ルーティンで流そ」という演奏では天と地ほどの差がある。

さて話をショスタコに戻しますと。
だらりと力を抜いたクライツベルクは、騒然とした拍手を浴びつつコンマスとトップサイド氏に向かって何か尋ねておりました。「さっきマダムが叫んだ言葉はどういう意味だい?」「『まだ鐘がある』という意味です、マエストロ。」―
つくづく、ライヴは面白いのです。何が起こるかわからない。
by Sonnenfleck | 2007-06-24 00:12 | 演奏会聴き語り

300km/hで疾走する薔薇

c0060659_102072.jpg九州から帰りの新幹線、iPodでプレヴィン/VPOのシュトラウスを聴いていました。と言ってもTELARCの交響詩ではなく、DGに録音された「組曲集」のほう。こちらも有名なCDですよね。

《薔薇の騎士》組曲ももちろんエレガントでセレブでラグジュアリーでいいんだけど、昨日は《インテルメッツォ》《カプリッチョ》の音楽が沁みました。この2作品の間には18年の歳月が横たわっていて、その間にシュトラウスのアクがどれくらい抜けてしまったかというのが残酷にもわかる仕組み。前者は才気煥発、ちょっと新古典的なリズム感が演奏でもよく表現されているのに対し、後者では抑制された夕映えの雰囲気をちゃんと表現しているのが憎たらしいです。ウィーン・フィルのマニアはこういうところに心惹かれるのでありましょう。

で、帰宅してからもう一度、今度は音量をかなり小さめに絞って聴いたら、さらに美しかった。
iPod難聴まっしぐらですね。気をつけよう。

(以下どうでもいい板ばさみ)
悪い冗談だと思っていたんですが、スカイ・クロラが本当に映画化されてしまうらしい。許諾した森博嗣に深く失望。スカイ・クロラは森の傑作、あれだけでとんでもなく洗練された自閉的世界だし(シリーズ化したのがそもそも失敗だろう)、だいたい原作もナ・バ・テアから急激に失速して、ダウン・ツ・ヘヴンは安い恋愛ものになっているのがまったく気に入らない。
…でも映画は見に行ってみたい何このジレンマ。
by Sonnenfleck | 2007-06-23 10:32 | パンケーキ(20)

タンは古いのに限る!

c0060659_20285086.jpgmarutaさんの「SEEDS ON WHITESNOW」50000アクセス記念のプレゼントに応募、幸運にも頂戴した、メルヴィン・タン+ノリントン/LCPによるベートーヴェンのPf協奏曲全集。
約20年前に完成されて、すでに評価の固まっている全集ですが、実は初めて聴くんですよ。とりあえず第3番と第4番のディスクからトレイに乗せてみましたが。

第3番、物凄くいいじゃないですか…。
野趣あふれるフォルテピアノと、全開のLCPががっぷり四つに組んだエグみのある演奏、という浅はかな予想は簡単に裏切られました。
同じくLCPとの交響曲全集よりも、さらに一歩前進した繊細な響き。何かと話題になるテンポも常識的で、極薄ガラス細工みたいな美しいハーモニーがタンのフォルテピアノを包み込んでいる。タンのタッチもこの曲ではほとんど存在が認識できないくらい(!)軽くて、高速回転するディスクごとふわっと上昇していきそうな感じ。。
第1楽章カデンツァの上から品よくかぶさるティンパニの打ち込み、そしてタンの作り出す第2楽章の円やかな響きは快感としか言いようがないですね。第3楽章コーダの様子も愉快だし、感覚に強く訴えてくる瞬間ばかりですよ。。

ノリントンとLCPの組み合わせ、シューベルトやブラームスだとやりたいことを詰め込みすぎてガチャガチャしてる印象があるんですが(シュトゥットガルトとの演奏になると、後者がずいぶん晴朗で穏やかな様子に変貌するのに対し、前者は頑固にガチャついたままなのが面白い)、ことベートーヴェンになるとこうした理想的な平和が構築されるんですねー。厳しい様式感?

続いて、第4番ではなく第1番。
こちらはもちろん擬モーツァルト的で素敵な曲なのだけど、先ほどの第3番よりはオケを開放しているようで、ずっと華やかな響きになってますねえ。するとぐぐっと目立ってくるのが、タンの明るい足取り。シュタイアーのように毒を持たない彼は、飛び回る軽やかさで聴き手を圧倒するわけで…。低空を飛ぶときはあくまでオケに溶け込んで破綻を避け、一度上空に飛び上がると今度は手が届かないくらい上まで行ってしまう(第1楽章再現部の入りなんか見事なものです)。

そしてオマケというには貴重すぎる、セット4枚目の「The Beethoven Broadwood fortepiano recital」。ベートーヴェンが使用していたピアノのうち、現存する3台の中の1台を使用して録音された小品集であります。(詳細はmarutaさんのエントリをご覧下さい。)
音色は明朗、ひたすら翳りのない爽快さが感じられますね。このディスクにはメインとして3つのバガテル集(op.33,119,126)が収録されているのが嬉しいポイントで、あの人智を超えた音楽が、ここではタンのウィットに富んだタッチによってカラフルに紐解かれていくわけです。心も完全に空っぽにして、ポキポキ、ツブツブ、ペタペタ、ザラザラを、ただ触覚的に楽しむ(op.33の第7曲とか顕著)。
marutaさん、愉しかったです。ありがとうございました!
by Sonnenfleck | 2007-06-21 07:01 | パンケーキ(19)

火山と神宮

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出張で南九州に来てます。

鹿児島から宮崎に抜ける途中、時間があったので霧島神宮に寄りました。背後に山を背負った本殿と境内の構成が、コンパクトながら美しかったであります。
by Sonnenfleck | 2007-06-20 07:23 | 絵日記

on the air:W=メスト/GMJO の《千人》

ちょっと遅くなりましたが、W=メスト、ウィーンの親方就任決定記念で。

【2001年9月8日 ルツェルン文化会議センター・コンサートホール】
<ルツェルン音楽祭'01>
●マーラー:交響曲第8番変ホ長調
→S:エリザベス・ホワイトハウス、ヒレヴィ・マルティンペスト、
   マルティナ・ヤンコヴァ
  A:イヴォンヌ・ナエフ、ヤドヴィガ・ラッペ
  T:ヘルベルト・リッペルト
  Br:ペーター・ウェーバー
  Bs:アンドレアス・マッコ
→プラハ・フィルハーモニー合唱団、ウィーン・ムジークフェライン合唱団、
  聖フローリアン少年合唱団
⇒フランツ・ヴェルザー=メスト/グスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラ

部屋中探して、彼の指揮で見つかったのはこのエアチェックだけでした。
凄腕銀行員みたいな風貌のW=メストですが、この6年前の演奏では、実にわかりやすくて親しみやすいまとめ方で聴かせてくれているわけです。美しいところは徹底的に磨き上げ、控えめなところはうんと弱く、でも下品な表情づけは絶対に避けて、巨大な曲を丁寧に整える―これってもしかしてカラヤンと同じスタイルなのでは…。カラヤンは下品下品ってよく言われるけど、僕はそうは思わないのです。素朴質朴の反対を「下品」だとすればそれは正しいかもしれないですが、素朴な演奏が好きでない人間にとっては、丁寧に作りこまれているものこそ「上品」であると感じられるのですよ。。

《千人》の第1部は誰が振ってもある程度聴き栄えするし、うまくいきやすいと思うんだけども、第2部前半、「法悦の神父」が出るまでの荒野のシーンというのは、なかなかキャラクタライズしにくいような気がする。これを痩せたままで美しくやるのがベルティーニやギーレンであり、隈取りを施してねっとり激しくやっちゃうのがバーンスタインやテンシュテットなんですが、ここでW=メストが取った道はその真ん中。響きの厚み・圧力を集中的に高めて輪郭をはっきりさせるけれども、品のない歌い崩しはやらない。でも音圧が高いので豪華な感じがする。
「法悦の神父」から先は巧みに表情をつけて、わかりやすさにも気を配っているようです。「若い天使たち」のあたりの角笛的テクスチュア、「贖罪の女」以降を積極的に弾ませるようにしているのが面白いし、それゆえに輪郭が蕩けず「インテンポなのに抒情的」になっているのが素晴らしい。山あり谷ありを巧みにリライトして、しかもそれをリライトだと思わせないところ、これってどうもカラヤンタイプの行き方だと思うんですが、、どうなんでしょうね。

8月、クリーヴランド管とのベートーヴェン9番が、なんとDGから電撃発売!のW=メスト。買って確かめたいです。いろいろと。
by Sonnenfleck | 2007-06-19 06:28 | on the air

【アニメ】のだめカンタービレ第21話

c0060659_7124892.jpg【2007年6月21日(木) 東海テレビ(予定)

うわー。マジで「のだめブログ」だなこれは…。若干気が引けますが、続いてアニメ版の感想文を。
第21話は、Lesson46(マラドーナ・コンクール三次予選)Lesson47(マラドーナ・コンクール本選)。ドラマ版で使用された際、議論となった「今日の料理」のテーマが、ついに提示されました。

妖怪スカルボ
悠人くんが弾いたのは原作どおり、ブラームス《パガニーニ変奏曲》op.35-1と、ラヴェル《夜のガスパール》から〈スカルボ〉。確かドラマ版では前者だけが(あまり巧くはない演奏で…)流れたので、優勝候補の真実味が極めて薄かったのだけど、今回の〈スカルボ〉はなかなかよかったような気がします。易々としていて。手の作画もいつものようによく動いていました。
でもそれ以上に悠人くんと悠人くんママの声優さんが、原作をはみ出さんばかりの物凄い演技をしていたので…職業声優の実力に改めて感じ入った次第。ドラマ版の俳優さんもかなり嫌な演技だったけど、2人の甲高い声は嫌さも段違いで、、素直なニコニコ民も怒りのコメントを寄せていました(笑)

一角マングース
のだめの本選も原作どおり、
・モーツァルト:Pfソナタ第8番イ短調~第1楽章
・シューマン:Pfソナタ第2番ト短調~第1楽章冒頭?(スイマセン。不明)
・ストラヴィンスキー:《ペトルーシュカ》からの三楽章~〈ロシアの踊り〉
がちゃんとスピーカーから流れました。何度も書きますが、BGMとしてクラ曲ではなくオリジナルが使用されるアニメ版の現状において、筋に従ってクラ曲がぱっと登場すると大変鮮やかなのです。ドラマ版の(クラヲタイントロクイズ的な)垂れ流しもあれはあれでよかったけど、最終的に使い方としてはこちらのほうが好きだなあ。
モーツァルトとシューマンは至って普通だったのですが(征子ママの「なんて音―」という独白がちょっと浮いてる^^;;)、問題のペトルーシュカは、のっぺりべったりしていて、まさにポリーニの対極、グールドが弾いたらこういう感じかもなあ。そして36か37小節目(たぶん)で止まってしまい、いよいよ着メロ電子音による《今日の料理》が挿入され…たところでED。ここで施された「ぐるぐる回転する楽譜」という映像効果が大変素晴らしくて驚きました。
「音楽の融合」の出来は来週に持ち越しのようです。

今週のクラヲタポイント
・1箇所だけ、、モーツァルトからシューマンはアタッカで入ってほしかった。
by Sonnenfleck | 2007-06-18 07:12 | on the air