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秋霖の中のテレマン

c0060659_921189.jpg【Canal Grande(Channel Classics)/CG 06004】
<G. Ph. Telemann Concerti da Camera
●《コレッリ風》ソナタ ヘ長調
●《パリ四重奏曲》第6番 ホ短調
●トリオ・ソナタ 変ロ長調
●コンチェルト イ短調
●四重奏曲 ト短調
⇒フロリレジウム

名古屋は昨日から冷たい雨です。いきなりクーラーが必要なくなってしまった。
段差から落ちるみたいにして秋になってしまうのが名古屋の気候なのか。去年も思ったけど。

さて先日横浜のタワレコに行ったとき、ワゴンセール中に発見したフロリレジウムのテレマン作品集…これはこちらの身の丈にあっている、と言ったら失礼だけど、とにかくリラックスして聴くことのできる良質のテレマン。これまでアプローチしてこなかったのが惜しまれる。
1993年の録音。このころはメンバーにポッジャーがいて、でも彼女のキャラ的に強引にアンサンブルを引っ張るなんていうことはなくて、このアルバムでは7人のメンバーが対等で、そしてとにかく楽しそうなのがいいんです。テレマンの小編成作品を楽しそうにやられると、大変幸せな気分になるんですよ。。

冒頭の《コレッリ風》ソナタは、テレマンによるコレッリへのオマージュ。メロディ担当はもちろん管ではなくて、Vn2本の対話であります。第1楽章ラルゴは通奏低音の歩みが物凄くコレッリしていますし、第3楽章ドルチェ/グラーヴェ(「ドルチェ」と言ってしまってるのはずるいけど…)で上に積み重なっていくような音構造、そして第4楽章アレグロのジーグ風パッセージも見事にコレッリ。フロリレジウムのスマートな流しっぷりにも萌え。

フランス・バロックの本歌取りであるパリカル第6番は、このアルバムの中ではやはり異国モノっぽい扱いというか、若干浮いています。第2楽章のイネガルが超クール!
変ロ長調のトリオ、いかにもテレマン謹製のドイツ・バロックという感じで安心してしまいます。第2楽章ヴィヴァーチェでは、駆け足なのに一歩一歩踏みしめていくソロモン(リコーダー)の実直なセンスに、実はそれを裏でコントロールしちゃっているダ・コスタ(チェンバロ)の組み合わせが楽しいアンサンブル。第3楽章のシチリアーナも、安心のテレマン商会。

4曲目、イ短調の「コンチェルト」はリコーダー+2Vn+B.C.なので実質は四重奏スタイル。
同じ四重奏曲だけどパリカルとは違うタイプのどっしりした安定志向が根底にあって、演奏にもそれがよく現れていると思います。第4楽章ヴィヴァーチェも、飛び跳ねるようでいて実は一画一画をゆるがせにしない、美しい書を眺めているような感じ。
by Sonnenfleck | 2007-09-30 09:08 | パンケーキ(18)

果てしないカントリーロード

c0060659_712564.jpg今年の初めころ、一連の不二家製品回収の流れを受けて店頭からカントリーマアムがなくなってしまったとき、はてこれからどうしようかしら…と思いましたよ。平穏な休日の朝のカロリー源を、カントリーマアム以外に求めるなんてムリ!僕はあれを愛しておりますので。

結局すぐに復活したので悩ましい事態にはならなかったんですが。。
さて、この前コンビニに行ったら、これまでに見たことのない色のカントリーマアムが並んでるのを発見。
その名も「焦がしキャラメル」味、期間限定らしい。中の個包も鮮やかなオレンジ色で、新機軸ですね。そして肝心の味、これがよくできている。
カントリーマアムのあの食感で、確かにカラメルの香ばしい芳香がかすかに漂い、でも不二家が言うほど苦味が表立ってない。要するに、いつものカントリーマアムらしい、保守本流に造形され完成された味になっているのでした。プリンスキーの方にもオススメ。
by Sonnenfleck | 2007-09-29 07:03 | ジャンクなんて...

オーケストラ・アンサンブル金沢 第27回名古屋定期

c0060659_6334533.jpg【2007年9月24日(月)15:00~ 愛知県芸術劇場】
<音楽監督就任記念>
●ハイドン:交響曲第30番ハ長調 Hob.I.30 《アレルヤ》
●ベートーヴェン:Vn協奏曲ニ長調 op.61
  ○アンコール バッハ:無伴奏VnPt第3番ホ長調~ガヴォット
→チョーリャン・リン(Vn)
●同:交響曲第5番ハ短調 op.97
  ○アンコール グリーグ:〈ソルヴェイグの歌〉
⇒井上道義/オーケストラ・アンサンブル金沢


オフシーズンということもあって最近演奏会に行けてなかったので、連荘は大歓迎!ヒキ系クラヲタにしては珍しく、全外出の3連休となりました。
ちょうど去年もこの時期にミッチー/OEKを聴いており、今年も同じようにロビーには「ミス金沢」(なのか?)がいたり、石川県人会が招待券をばら撒いていたり、お客の年齢層が妙に高齢だったりしてましたが、今回、ミッチーが音楽監督になったという重要な変更点が。。

でも、いつもどおりのミッチー指揮らしい楽しい内容だったので、感想は軽く。

まずハイドンが楽しく聴こえたというのが、ハイドン苦手人にとっては画期的な出来事でした。
いつもと同じく、拍手が終わらないうちにサッと指揮を始めてしまうミッチー。くっきり明晰な拍節を保って、抉るところは遠慮なく抉り、しかし「純粋な」古楽アプローチともちょっと違う、道義流の古典派奏法をハイドンに適用するとこうなるんですね。
第1楽章、ミッチーが足で指揮してたのを、僕はこの目で見ました(クライバー?)
1765年に作曲された3楽章しかないこの作品、第3楽章メヌエットは聴いてて古めかしく、一世代前の雰囲気が出ていて面白い。通奏低音Vcのソロが残っていて(あれは楽譜の指定なのか、それともミッチーの指定なのか)、首席のカンタ氏の優しいソロが聴けて満足。

次に、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲苦手人にとって、この曲を寝ずに全部聴けたというのが画期的(笑) 伴奏を雄弁にするとここまではっきりと実体を持つ作品なんですね。。

《運命》は意外と(って書いたら失礼だが…)正攻法のアプローチ。
ただし弦が8-6-4-4-3の薄い編成だったので、「分厚い正攻法」ではかき消されがちな管の動きが鮮明に浮かび上がります。OEKは弦もいいけど管も素敵なんだよなあ。。第2楽章のアンサンブルの音には実に惚れ惚れしました。
ところで第4楽章だけは、最低音と最高音…コントラファゴットとピッコロをかなり強めに吹かせることで輪郭をよりいっそう明確にする作業が行なわれていたようです。コントラファゴットをあそこまで重用する演奏もなかなか珍しいのでは。ズズズズズズ...という低音が常に!客席まで飛んできていて面白かった。

最後に「このオーケストラとともに、より高みを目指します」との力強いスピーチ。小編成で凶暴なシューマンとかブラームスとか、ぜひ聴いてみたい。OEKならついていけますきっと。
by Sonnenfleck | 2007-09-27 06:34 | 演奏会聴き語り

メガネー

c0060659_646747.jpgって書くとギリシア語っぽい。

私、いわゆるメガネ男子なのです。
(もちろん広義の「メガネ男子」。おそらく狭義では「優秀な素材」でなければメガネをかけても「メガネ男子」にはならないかと思われる。ところで「メガネ男子」でググったら、関連検索で「メガネ男子 壁紙」っていうのが出てきました!すげー!)

しかし最近いちだんと視力が低下して、いよいよ夜間の運転中に信号が見づらくなってきたため(特に「赤信号直進可」の矢印)、レンズ交換の必要に迫られていました。さすがに危ない。
照明が落ちるコンサートホールでも、指揮者の動きのニュアンスや奏者の表情が全然見えなくなってきていたので困ってたんですが(「コンサートホールでは眼を閉じて聴け」ってのは絶対誤りだと思う)、一番の決め手になったのは、美術館のキャプションが読めなくなってたことです。あの近距離で見えないというのはかなりショック。。

名古屋で有名なチェーンのメガネ屋さんに駆け込んで、ベテラン店員さんによるきめ細やかな事情聴取と検査ののち(1時間近くかけて。これは非常に好感を持った)、フレームそのままにレンズだけ交換してもらって、再び明確な視界を手に入れたのでした。やったっ。

ああ見えるって素晴らしい―。
見える勢いでコンサートのチケットを2枚も手配してしまいました―。

・ジャン=ギアン・ケラス 無伴奏Vcリサイタル@しらかわホール(9月30日)
・バッハ・コレギウム・ジャパン JSB《ロ短調ミサ》@しらかわホール(10月7日)

よし。見える秋。
by Sonnenfleck | 2007-09-26 06:59 | 日記

武本京子ロマンティック室内楽 第2回「ピアノ五重奏の魅力」

c0060659_656267.jpg【2007年9月23日(日)14:00~ 電気文化会館】
●シューマン:Pf五重奏曲変ホ長調 op.44
●ドヴォルザーク:Pf五重奏曲イ長調 op.81
⇒武本京子(Pf)
  日比浩一、後藤龍伸(Vn)
  杉山光太郎(Va)
  太田一也(Vc)


予想通り、素晴らしいコンサートでした。

武本京子さんという方は名古屋では本当によくお名前を拝見するピアニスト。愛知教育大学の教授をされているらしい。その実力者(名古屋楽壇のドン?)が室内楽のメンバーとしてセレクトしたのは、なんと名フィルの首席奏者たちだったんですね。
名フィルの看板を背負って立つ2人のコンマスに、歴戦の2首席…なんと贅沢なアンサンブルでしょうか。。自分に名フィル・フィルターがまったく掛かってないと、そのように言うつもりはないですが、これは本当に素晴らしい組み合わせだと思う。日比さんと後藤さんだとかなりキャラが違いますしね。N響だったら堀・篠崎(山口?)・店村・木越(藤森?)ですけど、これはいかにも実現しそうにないなあ(苦笑)
そういったわけで、会場は(1)名フィル関係者(団員も?)(2)弟子・生徒を含む武本さん関係者(3)鈴木さんを含むルンデ系のクラヲタで満員。みんな明らかに期待してます。

仰天の名演、シューマンについてだけ書かせてください。。
第1楽章の熱狂的な第1主題を、驚くべき輝かしさで提示されてしまいました。百戦錬磨のオケプレイヤーだからこそ用いる、「舞台」用の強い表現。ビンと張った太い綱のような音の姿が見えます。
そして第2主題、武本さんが柔らかく発言を促し、太田さんのVcがほんのちょっとしたテンポ・ルバートをかけつつゴリッと語りかけると、杉山さんのVaが静かに応じて、後藤さんと日比さんが優しくリズムを刻む―その対話の様子にぞくりとする。このシンクロは物凄い信頼関係がなければ成立しないよなあ。。この部分でもって素晴らしさを実感したわけです。

いやー第2楽章ではすっかり泣かされてしまった。
まず最初の葬送行進曲主題を、後藤さんは実に淡々と素っ気なく開始する。残響をあえて消し、ぽつ...ぽつ...とした歩みだけを強調させます。これはちょっと寂しすぎやしないかと思いきや、途中のエスプレッシーヴォに差し掛かりますと、豊かな表現力でもって抑えていた感情を一気に解放し、「泣き」を演出してくれる。。ここでこちらも涙腺決壊。。お客の心をグワシと掴む、オケメンらしい持っていき方だと思います。
楽章も後半、葬送行進曲主題が厳しさを増す局面においては、Vaの杉山さんの老獪な歌い口が際立って光る。悲劇を歌う外声2人の蝶番役のみならず、第2Vnを務めた日比さんとともに充実しきった内声を届けてくれました。

第3楽章。例の躁的上行音階でも我を失わず、サロンの女主人のようにゆったりと4人をもてなす武本さんのPfに乗って、Va→2ndVn→1stVnという受け渡しが実にスムーズ。
第4楽章まで来るとこちらももう安心し切ってしまって、逆に細かいところを掴まえて聴く気が失せてしまいます。積み重なっていくフガートの上に乗っかって、どんどん上へ持ち上げられていくようなロマン派らしい高揚感。クライマックスで決然と打鍵する武本さんに痺れます。。

で、こーんなに素晴らしい演奏だったのに、お客の拍手はあっさりしたもの…。
信じられないことにカーテンコールが1回もなかったのです。そりゃあ前半だけどさ。最後の数人になるまで拍手を続けてみたけど、周囲が明らかにさあーっと退いていったので諦めました。僕だけ一人で興奮してたのだろうか。。秋風ショック。。
この演奏会、ステージ上にはマイクが立っていたし、楽章ごとに念入りにチューニングしてたので、おそらく録音していたものと思われます。発売されたら自分の興奮が間違いでなかったことを確認しなければ。
by Sonnenfleck | 2007-09-25 06:59 | 演奏会聴き語り

今日は朝からストラヴィンスキー(7)

c0060659_8435296.jpg【DISC7…BALLETS VOL.7】
●組曲《ペトルーシュカ》(1947年版)(1910-11/1946-47)
●組曲《プルチネッラ》(1922年組曲版の1947年改訂版?)(1919-20/1922頃/1947)
●組曲《火の鳥》(1945年版)(1910/1945)
⇒イーゴリ・ストラヴィンスキー/
  コロンビア交響楽団

iioさんのエントリに取り上げられてビビッている市民ランナーです(笑)
でも箱物の開封に更新プレッシャーをぶつけるというのは、なかなか有効な方法かも。

さて7枚あった「BALLETS」も今回で最後。
いよいよこれまでに聴いてきた作品の改訂版がずらりと揃います。しかし今回の曲目提示のところから、すでにして、「改訂版ってどう聴けばいいんでしょう?/何が違うんでしょう?」というストラヴィンスキー受容における重要な疑問が滲み出てきます。残念なことに僕にもよくわかりません。もし改訂版の楽譜が簡単にアクセスできる状態にあって、その解説に詳しいことが書いてあったりしたらわかるのかもしれないなあ(投げっ放し)。

組曲《ペトルーシュカ》(1947年版)
ここに収められた「組曲」は、第3部《ムーア人の部屋》がまるまる収録されておらず、第4部も〈仮装した人々〉で終わる別エンディング。ここで僕は、1947年の改訂は編成の変更だけじゃなく組曲スタイルへの変更も含むのね、と早合点
でも実際は、DISC2で聴いた1947年版全曲から4分の3を抜粋し、別のコーダを接ぎ木しただけの「インスタント組曲」であるわけです。DISC2とDISC7ではトラックごとの時間表示もぴったり同じで、聴き比べてみてもまったく同じ演奏。まったく同じ演奏を「組曲版」として体裁を整えてもうひとつ収録しているだけなんですね。つまりHMVのサイトにある「バレエ『ペトルーシュカ』組曲-1911年版」というのは誤りで、すでにドクター円海山さんからご指摘いただいておりましたが、この大全集の中に1911年版の《ペトルーシュカ》は存在しません!
演奏内容については今日は朝からストラヴィンスキー(2)に書きましたので省略します。(このインスタント組曲をあえて収録する意味はあるのか…?)

組曲《プルチネッラ》
wikiによるとプルチネッラも組曲に関しては1947年に改訂されてるみたいなんですが(全曲版の改訂は1965年)、ここに収められた組曲版が改訂されたものなのか、それとも1922年頃に組曲として編まれたものそのままなのか、判断できません。めんどくさー。

演奏は全曲版よりいいなあ。
行間やキャラの薄い部分を切り捨ててラノベ的になった曲を、人懐っこい語り口で表現しているようです。ゲージツというよりも消費財に近づいてそのぶん失ったものもいくらかありそうだけど、先週気になった演奏者ストラヴィンスキーの「パッセージ全部を力技で平面的に開陳しようとする」傾向が、ここでは逆に親しみやすい庶民的な味つけに一役買っていて面白い。なぜかコロンビア響の音にも常にはない色気が漂っている。
…と書いてしまってから、これが全曲版からの抜粋演奏でないことを祈っておきます。。

さて組曲《火の鳥》(1945年版)。ようやく。
改訂前とどのへんが違うのか詳細に掴むのは例によって難しいのですが、全曲版からするとかなりの数の曲が刈り込まれて、印象の強い曲ばかりが多く残ったような感じ。全曲版に特徴的だった野蛮さの代わりに薄い編成による明晰な響きが生まれ、また2年後に作曲する《オルフェウス》に近い、濁りなく鋭い瞬間がずいぶん増えているような気がします。
特に聴き慣れている部分だからなのか、〈終曲の賛歌〉は響きがドライになってアクセントが細かく付くようになったのがよくわかる。野菜をぱりぱりと噛むような爽快感が格別。
by Sonnenfleck | 2007-09-24 09:06 | パンケーキ(20)

ミクラシック。

c0060659_731118.jpgクラ系ブログの界隈でもちらほらと見かけるようになっていた「初音ミク」という単語ですが、何者だと思って調べてみたら、、あーなるほどねえ。超強力・人工歌姫だったわけですか。

要は、こちらで自由に打ち込んだMIDIデータ?を、プロの声優からサンプリングした「声」で表してしまう音声合成ソフトというわけでありまして、僕はまずニコニコ動画で発見した「もののけ姫」のテーマを聴いて非常に仰天したのです。

初音ミクにもののけ姫を歌わしてみました(YouTube)

…どうです。これ機械なんですよ?若干「頑張ってるなあ」という局面があるのは事実ですが、日本の萌え技術はここまで来てしまったのかと、、衝撃です。米良さんやばいですよ。
で、再度ニコニコ動画に潜り込んで、もしやクラシックはないかと思って探したらですね。
ありました。いくつか。(YouTubeにはまだ流れてないようです。アシカラズ。)

初音ミク 16才歌劇の天才※《魔笛》~〈復讐の心は地獄のように燃え〉(ニコニコ動画)
初音ミク R. シューマン『詩人の恋』より第1曲「美しい5月に」(ニコニコ動画)

ソフトにはもちろんドイツ語発音機能なんて実装されてないので、作者さんたちは「空耳」的な歌詞を苦労して打ち込んだみたいです。「verlangen」→「ふぇはらんげん」とか。それでも、夜の女王のアリアはマシンっぽさ全開で苦笑してしまいますが(息継ぎしてない!)、いっぽうで《詩人の恋》のほうはなかなか。。
萌え声で歌われるシューマン…なんと倒錯したロマン世界。昔コヴァルスキがカウンターテナーで歌う《水車小屋》っていうのがあったけど、倒錯度では初音ミクに到底敵いません。次は《冬の旅》の〈宿屋〉か〈ライアー弾き〉をぜひ萌えボイスで。ぜひすぎる。

最後はYouTubeに転載されていた《六甲おろし》をお送りしましょう。これも機械か…。

初音ミクたちに六甲おろしを歌っていただきました(YouTube)
by Sonnenfleck | 2007-09-23 07:34 | 広大な海

33年目の浮気

c0060659_610450.jpg【Profil/PH06065】
●ショスタコーヴィチ:交響曲第15番イ長調 op.141
●ボリス・チャイコフスキー:管弦楽のための主題と8つの変奏
⇒キリル・コンドラシン/シュターツカペレ・ドレスデン
(1974年1月23日/ドレスデン文化宮殿)

これってけっこう有名な演奏なんですよね。めでたく正規盤化。
モスクワpoとのスタジオ録音と同じころの演奏かと思われます。
演奏時期が非常に接近しているためか、あの畳み掛けるような異常な高速テンポ設定は同じ。コンドラシンの第15番スタジオ録音は、恐らくあの謎のテンポにより多くの聴き手を混乱させてきたんじゃないかと思います(「拙速」という感想も見かけたことがある)。
13番や4番のような手放しの絶賛が出るでもなく、でもコンドラシンのショスタコ全集と言ったらタコヲタの間では「ネ申」扱いですから、どうしても腫れ物を触るような評ばかりが集まることになっちゃうんじゃないかなあ。かく言う僕もコンドラシンの15番を聴くことはそれほど多くありません。。

あのスタジオ録音は「メロディアらしい」窮屈な音響空間の中いっぱいに音符がみっちりと充填されてるようなイメージなんですが(したがってコンドラシンがそもそも得意技としている強烈猛烈な音の厚みがどうしても強調される)、逆にこのドレスデン・ライヴは、文化宮殿の椅子に腰掛けて聴くホールの響きにかなり忠実なんじゃないかなという気がする。つまり酷薄な空気・痛い響きといった、13番や4番のレヴューではよく見かけるけど、15番の感想ではこれまであまり見かけられなかった(でもコンドラシン×ショスタコの忘れてはいけない特質である)要素が強く出てるんですね。これは少し予定調和的ながらも面白い発見。

コンドラシンの第15番像というのは、遺された唯一のスタジオ録音から我々が勝手に解釈した「充填率120%の攻め系交響曲」じゃなくて(もちろんドレスデンのオケもたとえば第3楽章なんかでは実にノリノリ、極めて愉快な音響を出しててさすが東独一のオケ!なんだけど)、やっぱり13番や4番と同じように、ぼんやり寒々とした薄い響きの部分がポイントなのかもしれない。第4楽章ラストのチャカポコチャカポコ…のシーンの緊張感には脱帽します。少なくともここは間違いなくスタジオ録音の上を行く超絶世界、スタジオ録音が平明な蛍光灯だとしたら、このドレスデン・ライヴは蝋燭のように微妙な陰翳。

ボリチャイはなんとなくミニマルな肌触りの作品。未来っぽいです。
by Sonnenfleck | 2007-09-21 06:14 | パンケーキ(20)

感謝帝国の野望

最近多いと思いませんか。

「トイレをきれいに使用していただき誠にありがとうございます」
「順番を守っていただきありがとうございます」
「本を元の場所に戻してくださいましてありがとうございます」
「ゴミの分別回収にご協力いただきありがとうございます」


っていうやつ。前はそんなにみかけなかった気がする。
この新しいジャンルの警告文の名前を知らないので、勝手に「感謝型警告」と名づけますが、これが実に不快なのであります。(と思ってググったら、去年の12月くらいの日経にこの新しい警告文に関する記事があったらしい。そしてブロガー諸氏はそれを肯定的に捉えているようである。だいいち英語の言い方をそのまま借りてきただけですしね。偏屈なのは僕だけか。)

「ありがとうございます」とか言われているのがまた腹立たしくて、逆に「きれいになんか使用してやんねーよバーカ」というアナーキーな気分が一瞬巻き起こる。もちろんそのあときれいに使用するわけですが、こちとら自分の規範に基づいてマナーを守っているのであって、張り紙風情に礼を言われるために行動してるんじゃないのです。どうもこの手の警告は、警告者の独裁的な視線が感じられて気持ち悪いんだよなー。

「毎度静かに聴いていただきありがとうございます」
「演奏中は咳やくしゃみなど我慢していただきありがとうございます」
「プログラムやチラシが落ちないようにしっかりと持っていただきありがとうございます」
「当たり前のことですがビニル袋など持ち込まずにいただきありがとうございます」
「お分かりでしょうが飴を取り出すのを休憩時まで待っていただきありがとうございます」
「後ろのお客様のご迷惑を考え、身を乗り出さずにいただきありがとうございます」
「もちろん指揮マネなどせずにいただきありがとうございます」


なんという感謝帝国。
by Sonnenfleck | 2007-09-20 07:00 | 日記

on the air:プレヴィン/N響の《ダフニスとクロエ》

c0060659_792374.jpg【2007年9月14日(土) 第1599回N響定期/NHKホール】
<オール・ラヴェル>
●組曲《マ・メール・ロア》
●Pf協奏曲ト長調
→ジャン・イヴ・ティボーデ(Pf)

●バレエ《ダフニスとクロエ》全曲
⇒アンドレ・プレヴィン/NHK交響楽団

もし、もうちょっとお金に余裕があったら、土曜日は名フィルをパスして東京に行き、N響定期を聴いていたかもしれない。しかし「みなさまのNHK」FMは僕らの指定席!ということで、金曜のライヴから後半のダフクロのみ録音して拝聴いたしやした。

これは「(鋭いリズムや鮮やかな分離感ではなく)ラヴェルが配合した完璧な響きの感触を楽しませる/またお客はそれを積極的に感じ取って楽しむべき」という演奏を志向しつつも、ライヴならではの制約からオケのメカニックが今一歩及ばず、結果としてあとちょっとだけ微妙に物足りないところに落ち着いてしまった、そんな感じの演奏なんじゃないでしょうか。。

第1部の冒頭、〈序奏と宗教的な踊り〉なんか、悩ましいくらい綺麗な音が出てますし、続く〈全員の踊り〉で聴かれる抑制された美しさは特筆すべき事項であります。いやそれどころか、(弦に限って言えば)全曲にわたって素晴らしく柔らかい音が連綿と放出されていて、デュトワ時代を彷彿とさせる。さすがN響、と書いてしまっていいと思う。
全然「グロテスク」に聴こえない〈ドルコンのグロテスクな踊り〉(爽快!)に至って、こちらはこの楚楚とした美しい響きがこの演奏の機軸だ、と思ってしまいます。事実、滑らかで落ち着いた素敵な音のブレンドが立ち上がってきている。。
そうなると、海賊が来る少し前、〈ダフニスの優美な踊り〉のあたりから綻びを見せ始める管楽器が物凄く目立つわけですね。客は―事実いい演奏を目の当たりにして―開始十数分で理想の展開を妄想し始めている。砂場に落ちている石ころと、シルクの上に落ちている石ころと、どちらが許せないかという話になってきます。

誤解しないでいただきたいんですけど、僕はここで管楽器のミスをなじりたいと思っているわけではないのです。期待するものが高いゆえの、N響ならもっとできただろうという残念な気持ち、そして全体の完成度の高さが、部分の瑕に焦点を合わせてしまう原因だと思う。
第2部は総じて完成度が高く、〈戦いの踊り〉が大変ノーブルな音楽になっていて驚きます。これはもうプレヴィンのセンス勝ちだよなあ。
第3部へはあっさり突入。〈夜明け〉の部分は相変わらずシルキーな手触りなのに、石ころがポツポツ落ちていて実に残念。実に惜しい。室内楽的な響きを残した繊細な〈無言劇〉を通り過ぎて(ここのパフォーマンスは細い旋律線が全体に少しずつ、美しく溶け合っていて、この日の演奏の中で最も素晴らしかった)、〈全員の踊り〉も興奮を抑えて◎。デュトワの鮮やかで官能的な(しかし十分に理知的な)演奏よりも、さらに理性と溶け合いと落ち着きを重視した和食系ラヴェル、とすれば座りがよいか。
by Sonnenfleck | 2007-09-19 07:13 | on the air