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回復された日常→別の断絶?

ネット環境の断絶は、担当者の素晴らしいフットワークによって迅速に解消されました。
まさかカスタマーセンターに電話してから6時間で回復するとは思わなかったよ。。
理由があって特に名前は秘すけれども、某社は素晴らしいサポート体制です。ブラヴォ。

で鼻歌を歌いながらいつもの巡回先であるHMVのサイトに行ったのですよ。
そしたらこんな記述があって。
三枝成彰 作品集

2008年2月28日 (木)
祝 紫綬褒章!
日本作曲界の重鎮三枝成彰氏

今や日本の作曲界になくてはならない人、三枝成彰氏[1942-]の作品が初期から近作まで体系的に収録、しかも驚きの1CDあたり税込1,000円
日本語解説入りで作曲者自ら懇切に自作を解説!
三枝氏の事務所が制作。アイヴィー消滅により、やむなく休止となったナクソス日本作曲家シリーズの次の録音予定であった三枝氏の作品集。なんと自らナクソス価格で世に問う、傑作群!
すごおおおく重要なことがさらっと書いてあるですね。
日本作曲家選輯が休止??
ただ、この記述を受けた巨大匿名掲示板の反応は極めて冷ややかであって、「やむなく休止となった」が係るのが「次の録音予定であった三枝氏の作品集」だと解釈するのがいいらしい。修飾語句の場所がおかしいのかしらん。
by Sonnenfleck | 2008-02-29 06:53 | 日記

日常からの孤立

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いまだに捗らない『臈たしアナベル・リイ...』。
それでも3分の2まで読み終えて、そこで何かが起こったようだけど。

土曜日に行なわれたラフォルジュルネ先行発売の戦果は気が向いたらご報告するとして、シュタイアーのシューベルト変ロ長調ソナタが廃盤のままであるのは、シューベルト受容にとって大きな損失だと思います。
フォルテピアノの素っ気ない減衰によって狂気や絶望が表現されるわけですが、これはチェリビダッケがわざとフレーズを弱々しく収めるのと似ている。

今日の本題。
突然、インターネットの接続が断絶してしまいました。モデムのランプが異常。当分は携帯から投稿かもです。うああ。。
by Sonnenfleck | 2008-02-28 06:57 | 日記

練炭オフは決行しません

c0060659_21292427.jpg【New Albion Records/NA 008 ADD】
<佐藤聰明>
●《宇宙は光に満ちている》
●《歪んだ時の鳥達Ⅱ》
●《化身Ⅱ》
●《星の門》
●《リタニア》
⇒マーガレット・レン・タン(Pf)他

仕事から帰ってきて、晩飯を食い、風呂に入り、寝る前に何か音楽を聴きたい。
でも、疲れてる日に重たい音楽を聴くのは嫌だなと思う。古楽ですら辛い。
佐藤聰明の室内楽曲集は、そんな心のササクレにも応えてくれます。

この作曲家の作品はこのCD1枚きりしか知らないんですが、無目的的と言ったらいいのか。。ミニマルと言うには変化しすぎ、かと言って展開らしい展開を持っているわけでもない。ミニマル・ミュージックはミニマルであるという目的を持って進んでいくけども、佐藤聰明の音楽は進むべき方向みたいなものが曖昧なんですよ。光か風かというくらいナチュラルで、この音楽の元に楽譜があるというのが信じられない。

ただし、怖いゲンオンにありがちな突然の大爆発がないかわりに、「いつの間にか途切れている」という理不尽な恐怖が、もしかしたら顔を覗かせるかもしれません。たいがいの音楽は目的を持って進行しますが、風は吹いたり吹かなかったりするわけで。
by Sonnenfleck | 2008-02-27 06:46 | パンケーキ(20)

フェルトホーヴェン/オランダ・バッハ協会 《ヨハネ受難曲》@長久手

c0060659_655588.jpg【2008年2月24日(日)16:00~ 長久手町文化の家】
●バッハ:《ヨハネ受難曲》 BWV245
  (ピーター・デュルクセンによる1724年初演版)
→ゲルト・テュルク(T/福音史家)
  ステファン・マクレオー(Bs/イエス)
  マリア・ケオハナ(S)
  マシュー・ホワイト(C-T)
  アンドルー・トータス(T)
  ヴォルフ・マティアス・フリードリヒ(Bs/ピラト、ペテロ)
⇒ジョス・ファン・フェルトホーヴェン/オランダ・バッハ協会管弦楽団&合唱団


長久手町文化の家は、拙宅からクルマで30分程度のロケーション。
風が強いけど天気はよかったので、昼下がりにドライヴも楽しみながらの道のりでした。
会場は「森のホール」という馬蹄型大ホール…と言っても2階建て構造800人くらいのキャパですから、雰囲気としてはまさに晴海の第一生命ホールですね。ロビーで売ってる公演パンフもアレグロミュージック製だったので、いろいろと似てる感じ。

まずホールに入ってステージを見渡すと、椅子が極端に少ないんです。
1stVn×1、2ndVn×1、Va×1、Ob×2
Vc×1、Kb×1、ヴィオラ・ダ・ガンバ×1
テオルボ×1、オルガン×1、チェンバロ×1 …計11人
という極薄編成。合唱も、上に名前を挙げたソロ6名がアンサンブルも担当し、そこへ3名のリピエーノ部隊が加わるだけの9人体制。舞台上には指揮者を含めて21人しかいません。
この少人数かつトラヴェルソがいない編成は、本公演のオルガニストでもある音楽学者のピーター・デュルクセンが、《ヨハネ受難曲》初演当時のトーマス教会の状況等から考証したものらしい。あと一般的なヨハネと異なっていたのは編成だけじゃないようだけど、それが演奏解釈なのか楽譜の違いなのかよくわからなかったので、触れずにおきます。

肝心の内容はというと、、いやー、面白かったですよ。大感動とはちょっと違うけど。

オランダ・バッハ協会については「あの豪華装丁のバッハでしょ?」ぐらいのイメージしかなくて、ここまでの最先端古楽集団だとは思ってなかったというのが正直なところ。
テンポは自在に伸び縮みし、快楽主義的な装飾がときどき付いて、ニヤリとさせる。
メンバーそれぞれが確固とした技巧の持ち主であるうえにとにかくアクが強く、表現欲に燃えている。プログラムの解説どおり、バッハオペラを地で行く濃い目の味つけです。
チェンバロの後ろにObがいる変な配置のせいか、はたまた「ホール」とは名ばかりのほとんど響かない空間のせいか(直接音しか聴こえないのはなぜ~)、冒頭は聴こえ方のバランスがおかしくて戸惑ったけども、慣れてくるとクセのあるアンサンブルの妙味に耳が向きます。

で、旋律楽器5人に対して通奏低音が6人ですから、通奏低音が冗談じゃないくらい表に出てくるわけですよ。通奏低音フェチとしては堪えられない。。ここがいちばんの萌えどころ。

MVPはVcルシア・スワルツ。レチタティーヴォは彼女の骨太な音に支えられて、とにかく聴き応え十分!巧かったなあ。Cemシーベ・ヘンストラとともにエヴァンゲリストをがっちり包み込みます。寺神戸さんのコレッリで通奏低音を担当しているのもこの2人。
テオルボマイク・フェントロースも即興にセンスがあって好きです。
ミネケ・ヴァン・デル・ヴェルデンヴィオラ・ダ・ガンバも最初から通奏低音に参加していて、テオルボとともにアルカイックな雰囲気作りに一役買ってました。
Kbロベルト・フラネンベルク(「天変地異」の場面でほんの数秒見せた超絶技巧!)とOrgピーター・デュルクセンは、テオルボとともに三人でイエスのパートを支える場面が多く、もしかして三位一体の修辞なのかなと思ったんですが、どうなんでしょう。>お詳しい方

歌手は粒ぞろいで実に安心して聴けましたが、その中でもやっぱりエヴァンゲリストとイエスが抜群の出来。ステージでも仲良く並んでいたこの二人、テュルクは知的でスマートな声を、マクレオーは感覚に訴えかける甘い声をそれぞれ響かせて、落涙させてくれました。
初めて生で聴いたけど、、マクレオーはいい歌い手ですね。第2部のアリオーソ〈よく見るがよい、私の魂よ〉は、ヴィオラ・ダモーレの響きとともにダンディズムの極致。。BCJで聴くような禁欲的なバス歌手にはない魅力がある。
ソロBsのフリードリヒは急病のピンチヒッターとのことで、若干芝居がかってウザい場面もあったんですが、『巨匠とマルガリータ』のせいでポンティオ・ピラトにはつい同情的になってしまう。人間くさい、味のある歌でした。ブラヴォ。

基本的には、コンサートホールでニヤリとするための「受難曲」だったように思うのです。
それのどこが悪いのか。いや、どこも悪くない。
by Sonnenfleck | 2008-02-25 06:56 | 演奏会聴き語り

on the air:アーノンクール/CMWの《ヨハネ受難曲》

あー先週は疲れたなー。

c0060659_9124417.jpg【2000年3月18日 ウィーン・ムジークフェライン大ホール】
●バッハ:《ヨハネ受難曲》 BWV245
→ルート・ツィーザク(S)、マリアナ・リポヴシェク(MS)
  クルト・アツェスベルガー(T/福音史家)
  マティアス・ゲルネ(Br)
  ロベルト・ホル(Bs/イエス)
→アルノルト・シェーンベルク合唱団
⇒ニコラウス・アーノンクール/コンツェントゥス・ムジクス・ウィーン
(2000年12月10日/NHK-FM)

約7年前にエアチェックしていた、アーノンクールのライヴ。

今回取り出して聴いた2000年のライヴはいかにもどんよりと「曇って」いて(響きが濁っているわけではないのがミソ)、ときおり稲妻が走ったり、強風が吹いたりしています。
たとえば、第1部テノールのアリア〈ああ、わが思いよ〉が、逡巡するように強引な身振りの伴奏で覆われていたり、第2部の2つめのコラール〈ああ、大いなる王よ〉の背景でゴツゴツブツブツと通奏低音が不穏な動きをしていたり。

しかし、マタイより偽善的で醜い合唱パートがいくつも登場する第2部の中間部分が、むしろ「らしくない」甘く柔らかい響きで彩られるところを聴き逃してはいけないと思います。
型どおりの律法を崇め、ローマ皇帝にへりくだる群集の小賢しさが、そのような方法で歌詞の内容以上に鮮やかに表現されているように感じられる。われわれは常識人であるので、音楽は野蛮ではなく高貴な響きでなければならないと。そんな中に鳴り響く清浄なコラールが、そのために偽善のように聴こえてしまうのが、信心もなくただ無責任に音楽を聴いて味わうだけの立場の人間としては、本当に面白いのです。

イエスの死と天変地異を経て、音楽は穏やかな収束に向かっていきます。
マタイに比べて動的で劇的とされることが多いヨハネ、こと終局においてはマタイのほうがずっとドラマティックであり、ヨハネのおしまいにはモノクロームの世界が広がっているように思われます。これはメロディが劇的でないという意味ではなくて、構造やマチエールが厚みを失っていく、というような意味ですが。。
それにこのライヴは(やはり理由は説明できないんだけど!)演奏が進むにつれてどんどん演奏者の存在感が薄くなっていく傾向があって、そうした印象に拍車をかけている。

+ + +

なんで今ごろヨハネを聴いているのかと申しますと。予習であります。
本日夕刻から、フェルトホーヴェン/オランダ・バッハ協会管弦楽団&合唱団によるヨハネの公演に出かけるんですよ。歌手もエヴァンゲリストにテュルク、イエスにマクレオーと豪華な布陣。その豪華メンツが、なぜ栄ではなく長久手町文化の家に?長久手町すげえ。
by Sonnenfleck | 2008-02-24 09:17 | on the air

ボストン美術館浮世絵名品展@名古屋ボストン美術館

c0060659_7172774.jpg金山のボストンは1年に1回、必ず浮世絵展をやってる気がする。集客力が違うんだろうなあ。
今回は、本家ボストン美術館で死蔵(?)されてきた浮世絵コレクションの中から、稀少なもの、コンディションのいいものを選りすぐって一挙公開、とのことです。
なるほど公式サイトで「浮世絵史の教科書」と銘打っているだけあって、見かけたことのある作品、見たこともない面白作品が数々出品されており、地味ながらも滋味溢れる展覧会でありました。

■1 鈴木春信 《飛雁を見る二美人》(1768年頃)
右に画像をUPした作品。非常に官能的です。
空が開けていて雁が飛んではいるものの、著しい密室性を感じる。
赤の女性の身体が描く柔らかな曲線、ねっとりした視線。
緑の女性は赤の女性を受け止めながらもそこから顔を背けるようにして雁を見、ほっそりとした指で空を指し示している(春信の描く指の腹にはゾクゾクさせられる)。でも本当は雁なんか目に入ってないのではないかしら。。春信すごいなあ。古雅エロ。

c0060659_7174611.jpg■2 喜多川歌麿 《蚊帳》(1800年頃)
春信から時代が下って、歌麿まで来るとぐっと親しみやすい画風になります。絵画作品としての視点が登場人物の目線と同じところまで下りてきてるんですね。
お嬢様のために柿を捥ぐ家臣たちをコミカルに描いた《柿もぎ》がかわいらしくて好きでしたが、それ以上に惹きつけられたのがこれ。
女の重たい衣文と肘の内側の白さ、煙管を吹かす男のトロンとした視線、このへんが実にいい。さらに、この画像では潰れちゃってるんですが、蚊帳の網目のひとつひとつが偏執狂的に描き込まれて(擦り込まれて)いるのですよ。うーむ。

■3 歌川国芳 《讃岐院眷属をして為朝をすくふ図》(1852年頃)
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こうして密室系の2作品に惹かれましたが、国芳のエキセントリックな画業にも当然ながら心を奪われます。つい先週「新日曜美術館」の特集で国芳のトンデモぶりが紹介されていましたが、実物をよく眺めるとホントに生々しいタッチで怪異を描いている。ノコギリ状に並んだ鰐鮫の歯列と鮮やかな鱗、集団で舞い降りる白い烏天狗の軽いタッチ(しかしよく見るとちゃーんと薄い線で輪郭が摺られている)。それ自体生き物のような蒼い波。

この他にも、春信《雨中美人》で見られた脚のエロス、明らかに周囲から浮いていた司馬江漢の西洋風銅版画《中洲夕涼》《広尾親父茶屋》、「」が付かない本当の美人画であるところの鳥文斎栄之《三美人》、デフォルメもパワフルな東洲斎写楽《二代目嵐龍蔵の金貸石部金吉》など、まさしくいいとこ取りの展覧会でした。

作品を掛ける壁の色味に工夫があったことも、最後に記しておきます。
黒く輝く雲母摺りの写楽作品の壁は濃い鼠色、華やかな歌麿の背景は落ち着いた紅色、広重の版下絵はクリーム色の壁、あざとい国芳の背景は濃い藍色、というふうな按配。

4月6日まで。
by Sonnenfleck | 2008-02-23 07:26 | 展覧会探検隊

まよいのまちかどマルタン

日曜午後のグリーン・エコーの演奏会なんですが、雪がチラチラ舞ってて寒い。
で、急遽クルマで出かけることにしたんです。
でもですね、合唱関係の集客力と日曜午後の栄をなめてましたよ。
だいたい愛知県芸術劇場の地下駐車場が満車。500台以上停められるはずなのに!
まずい、、開演まで30分しかない。。停められずに遅刻なんてシャレにならん。。
必死で栄の東側をぐるぐる周回し、空車のコインパーキングを探す探す。
結果、なんとか駐車スペースを見つけて事なきを得たのですが。
そこは、いつも動き回っているエリアとは少し離れた、静かな場所でした。

c0060659_754572.jpg【Deutsche Grammophon/435 383-2】
<フランク・マルタン>
●7つの管楽器とティンパニ、弦楽器のための協奏曲
●Vn、2群の小弦楽合奏のための《ポリプティーク》
→マリエケ・ブランケスティン(Vn)
●弦楽合奏のためのエテュード
⇒ティエリー・フィッシャー/ヨーロッパ室内管弦楽団

その駐車場から愛知県芸まで、徒歩5分ほど。
その途中にひっそりと中古CDショップがあって、帰り道に何気なく入ってみたんです。
狭いけど明るくてセンスのいいインテリア。メインはジャズ。クラシックの扱いはごく僅か。
…その中に。見つけました。ティエリー・フィッシャーのマルタン作品集
フィッシャーが名フィルの親分になると聞いてから、ずっと探し続けていた一枚でした。

「小股の切れ上がった」というのはこういう演奏に冠すべき形容詞なんだろうなあ。僕がこれまでマルタンに抱いていたもやもや感を完璧に取り除いてしまった。
《7つの管楽器とティンパニ...》の第1楽章の気軽な感じはいったいどういうことでしょうか。ワルツやギャロップの幻影が現れて錯綜しつつも、自らそれを楽しみ、飄々としている。何より響きの抜けがいい。第2楽章の不健康な揺らぎが、第3楽章の冷徹な乱痴気が、心地よく整理されて届きます。これは想像以上にいい。運命的な出会いだ。

あと、バッハの本歌取りのような《ポリプティーク》がめちゃめちゃロック。特に第5曲。
…と見せかけておいて、第6曲―終曲の惻々とした響きを際立たせます。鮮やか!
by Sonnenfleck | 2008-02-21 07:09 | パンケーキ(20)

完結しない園丁忌

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今日で、武満の没後12年。
昨日の晩、12年前に録音された《ウォーター・ドリーミング》を聴きました。
あれっと思うくらい甘くて温かい響きがしていました。
そのあと、ヤーコプスのアルトでJSBマタイから〈憐れみたまえ、わが神よ〉を聴きました。
武満が病床で最後に聴いた音楽は、FMから流れてきたマタイ受難曲だったらしい。

by Sonnenfleck | 2008-02-20 07:03 | 日記

グリーン・エコー第51回演奏会 《春の交響曲》

c0060659_783469.jpg【2008年2月17日(日)16:00~ 愛知県芸術劇場】
●シベリウス:《悲しきワルツ》
●コダーイ:《ミサ・ブレヴィス》
●ブリテン:《春の交響曲》
→荻野砂和子(S)、竹本節子(A)、高橋淳(T)、末吉利行(Bs)
  名古屋少年少女合唱団
  グリーン・エコー
⇒小泉和裕/名古屋フィルハーモニー交響楽団


同日の午後は、津にやってきているボッセ御大/新日フィルのハイドン《軍隊》を聴きに行こうか、このコダーイ+ブリテンを取ろうか、最後まで迷いました。新日フィルのメインが《軍隊》でなくベト2とかベト8だったら決着が付かなかったでしょうが、最後はグリーン・エコーのプログラミングの妙が勝ちましたです。

去年はベートーヴェン《ミサ・ソレムニス》を聴いたアマチュア合唱団グリーン・エコー。
けっこう大曲主義っていうのかな、、合唱つきのために上演回数のさほど多くない作品を中心にやってるみたいで、今回のコダーイもブリテンもライヴで聴くのは初めて。プログラム渋いし当日券で余裕余裕~♪のつもりで開演30分前にホールへ行ったら、そもそもほとんど当日券がないうえ、売り切れ寸前!慌てて1階前方中央の席を確保しました。

コダーイの《ミサ・ブレヴィス》は、ラテン語ミサ通常文にコダーイらしい野趣あふれる(でもいつもより1.5倍くらい真面目な)音楽が添えられた佳品。
正直に書けば、立ち上がりはいかにも縦の線が揃わず、看過できないような金切り声も時折聴こえてきて、これはまずいかなあと思ったのも確か。でも曲の進行とともに徐々にエンジンが温まってゆき、〈ホザンナ〉から〈アニュス・デイ〉にかけて柔らかい光が差すような響きになっていったので、椅子に身体を預けてゆったりと音楽を聴きます。

舞台上の合唱団を見渡すと、お年を召された方の割合が高い。
メカニックやスタミナは例えば岡崎高校コーラス部に敵わないかもしれないけど、日常生活の抑揚や発音をそのまま音楽へ伸ばしたような、落ち着いたつや消しの響きが魅力的。戦争を耐え抜いた1944年のコダーイの念頭にあったのはこういう響きだったのかなと想像され、ちょっと胸が熱くなります。

で、ブリテンです。《春の交響曲》
合唱は前半の調子と異なり、攻撃的かつよく揃っていて、この団体のキャラクタ造形の幅広さが窺える結果になりました。合唱の登場時間はコダーイより少ないけど、そのぶん集中的に練習が行なわれたのかもしれません。
そして後半から登場した名古屋少年少女合唱団。第4曲〈馬車に乗る少年〉の口笛でおいしいところを持っていきましたね。大人数の口笛って意外に響き渡るんだなあ。

この日のテノールソロは「日本一の性格俳優テノール」高橋淳氏。僕がほとんど彼の真下で聴いていたせいかも知れないけど、この日の後半は40分間のスーパー高橋淳ワールドでしたね。憎たらしいほどよく通るあの声で、ブリテンの冷たく湿った旋律をギンギンに造り込むわけです。独壇場ですよ。第9曲〈私の5月はいつ来るのか〉の素晴らしい緊張感!
加えて小泉和裕+名フィルの「伴奏」がよかった。
小泉氏は、この「交響曲」とは名ばかりの連作歌曲スタイルを、打楽器のアクセント中心にメリハリを強く効かせてストレートに乗り切ってましたよ。この人の指揮にはこれまで特に注目してなかったけど、2009年の名フィル定期への登場が俄然楽しみになってまいりました。

さてグリーン・エコー、来年は尾高忠明氏の指揮でブルックナーのミサ曲第3番を取り上げるようです。お、その前に我らがティエリー・フィッシャーの《ダフニスとクロエ》か!
by Sonnenfleck | 2008-02-18 07:16 | 演奏会聴き語り

造園三周年/LFJ計画始動

c0060659_8462887.jpg本日「庭は夏の日ざかり」は開設から3年を迎えることができました。

思い起こせば3年前の2月、友人に唆されて始めたこのブログが、このように続くことになろうとは予想してなかったです。ほんとに。
毎朝出掛けの更新と週4~5エントリのペースが保てているのは、毎日訪問していただける皆さんのおかげであり、まったくそれ以外の何物でもありません。本当にありがとうございます。

楽しいうちは、続けてみよう。

さて、いよいよラ・フォル・ジュルネ2008のプログラムが発表されましたね。
来たるべきGWに備えて、これから楽しいスケジューリング。
シューベルトは、あんまりこのブログでは取り上げませんが、自分にとってはラヴェルやフォーレとともに最も大切な作曲家なんですよ。あれこそ言葉にならない音楽の最たる例なのだけど、今年はガツンと有楽町に滞在して、いろいろ聴きいろいろ書いてみようと思います。

当ブログ的には、勝手に応援中のピアニスト・佐藤卓史のLFJデビューが大ニュース。
本人からはチラッと話を聞いてたけど、すげえなあ。皆さまぜひに。
彼の《楽興の時》が聴きたかったけど5月2日は平日だぞよ。。
by Sonnenfleck | 2008-02-17 08:55 | 日記