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熊野詣記(下)

承前

◆8月24日(火)
14:20 「熊野本宮大社」参拝(龍神バス)
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↑歩いて到着できたらさぞ感激だったろう。八咫烏の幟がある。
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↑足を引き摺りながら急階段を上っていくと、本殿が現れる。朱塗りされていない白木が清々しいが、秋から屋根の茅葺の修繕に入るらしく、この蒼枯とした趣きはしばらく見られなくなるのかもしれない。
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↑明治22年の大洪水に流されるまで、熊野本宮大社は熊野川の中洲「大斎原」にあった。ここが旧社地の大斎原。今は平成12年に造られた大鳥居があるのみ。本宮大社はきっと途轍もなく長い歴史を持っているし、その昔は今の伊勢神宮と同じように、強固な場所性を誇っていたんだろう。

15:30 宿に到着(湯の峰温泉「伊せや」)
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↑すっかり草臥れてしまって、温泉に漬かりたい一心でこの日の宿へ。
夕方、物凄い雷雨。熊野は雨の多い場所だそうで、古道のあちこちに小さな流れがあったのもよくわかる。食事の頃にはまた夕晴れとなり、蜩を耳にする。

◆8月25日(水)
06:30 起床。
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↑「伊せや」さん。各旅行サイトのレヴューが高得点なのも納得。
値段は確かに張るのですが、館内も部屋内も隅々まで清潔で小ざっぱりとし、旬のものが多くあしらわれた料理は大変美味く、温泉は小ぶりながらも効能が強そうで、しかも部屋数が多くないために独り占め状態。おまけに社長から女将さんに仲居さん、従業員の皆さんまで悉く人当たりがよい。これはリピーターになってしまう気持ちもわかるよ。

08:50 湯の峰温泉発(熊野交通バス)
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↑チェックアウトして新宮行きのバスを待つ。
風邪が進行して鼻に来た。風邪を引いているときのにおいがするぜ。

バスが来るまで女将さんが話し相手をしてくれて(踏み入ってこない絶妙のトーク術)、これも一人旅には嬉しい。女将さんによると、社長さんが若い時分は、一人旅が好きだったのに旅館では宿泊を断られることが多く、そんな思いをさせないために「一人旅のお客さんは絶対断るな!」と厳命されているとか。

10:00 「熊野速玉大社」参拝。
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↑新宮の街中に鎮座する速玉大社。夏雲。
美術好きはここの宝物殿を逃してはならない。本宮のような災害に遭わなかったためなのか、1300年代の器物が多く現存し、それら国宝がずらりと、しかも素っ気なく並べてある(館内には冷房さえ効いておらず、心配になる)。真夏の薄暗い室内で見る蒔絵箱や玉佩(彫金が施された装身具)の美しいこと。

11:10 新宮発(紀勢本線) → 11:32 紀伊勝浦着
11:50 紀伊勝浦発(熊野交通バス) → 12:10 大門坂バス停着
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↑那智大社への参道「大門坂」の入口。
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↑坂の途中にあるのが、最後の王子社「多富気王子」。近代交通機関でショートカットしまくった僕でも感慨深いのだから、いにしえのすめらみかどの喜びはいかばかりだったろうか。
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↑30分間で「プチ古道歩き」が体験できると評判の大門坂。こんなもんじゃ…こんなもんじゃねえんだぜ…と心中の叫び。
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↑さて大門坂を抜けたのち、那智大社への上り道がかなりハード。古道のように覆うてくれる木蔭もなく、ひたすら正午の太陽に灼かれて階段を上る。汗また汗。
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↑那智大社に参拝。これまでの二社と異なり、観光地性が顕著なのだが(人が写らないように撮影しているだけで、坂から境内にかけてはけっこうゴタゴタしているのよ)、眺望はさすがに素晴らしい。
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↑那智大社に隣接する「青岸渡寺」と(神仏習合してるねェ)、彼方に那智の滝。予想外にスケールが大きくてびびる。
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↑滝へ向かって地獄の下り坂。前日の古道歩きによる筋肉痛凄まじく、冗談抜きで階段が下りられない。老若男女に抜かされつつヒイヒイと這い下りる。

13:30 那智の滝「飛瀧神社」参拝。
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↑人が多い。観光客的には、すでに熊野三山とは別物とみなされているらし。
しかし、いい季節に来られた。延命長寿。

15:01 那智の滝前バス停発(熊野交通バス) → 15:30 紀伊勝浦着
15:54 紀伊勝浦発(特急スーパーくろしお) → 18:46 和歌山着
      ・ボクを補陀洛まで連れてって。那智の浜の向こう。

19:00 ホテルへチェックイン(ホテルグランヴィア和歌山)
      ・驚きの安さ。
      ・駅前の和歌山ラーメンが激マズ。還俗の儀式のようだ。
      ・疲れた…寝る…。

◆8月26日(木)
08:30 起床。この後、名古屋に移動して
      ・熱田神宮参拝
      ・名フィル市民会館名曲シリーズ(フィッシャー親方のブラ2)
      という案もあったが、疲労に加えて風邪が進行していたため、諦める。

09:48 和歌山発(特急オーシャンアロー) → 10:49 新大阪着
11:00 新大阪発(のぞみ) → 13:33 東京着

おしまい。
「熊野詣記(上)」はこちら「熊野詣記(中)」はこちら。)
by Sonnenfleck | 2010-08-31 23:16 | 日記

熊野詣記(中)

◆(中)を始める前に
何冊か「熊野古道ガイドブック」を買いましたが、いずれも、実際的な情報という点では若干物足りない。「近露王子」~「本宮大社」区間は一日で踏破できる模範コース、とされているものの、ウェブ上でもコンパクトにまとまった情報はあまり見つからないのです。実際に歩く際のアドバイスとなるべき部分をこの色で示したので、参考としていただけたら幸いです。

◆8月24日(火)
05:30 起床
      ・トイレにカエルあり。
06:30 朝食
      ・民宿ちかつゆでは昼食のおにぎりを握ってくれる。前夜に頼むこと。
      ・(上)で書き忘れましたが、紀伊田辺駅前の観光案内所で
       「熊野古道めぐり地図帳」を絶対にもらっておくこと。
       よくできた地図で、これがないと山中で絶対に迷います。


06:50 出発、と、民宿ちかつゆのおじさんからアドバイス
      ・近露から本宮までの25キロは、7-11-7キロに分かれる。
      ・前後半の7キロずつは舗装道なので、歩きやすい。
      ・しかし中盤の11キロは山道なので、辛いだろう。
      ・出発したら、13時を回るかもしれないが、見越峠までは歩け。
      ・見越峠の休憩場所で昼食にし、残りに備えろ。
      ・ありがとうおじさん。
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↑さようなら近露の里。
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近露からは少し道がわかりにくい。やや歩くと一瞬山道に入る。朝霧。
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↑近露から最初の王子社「比曽原王子」。「王子」というのは旅人の安全を願って建立された神社≒チェックポイントのようなもので、これからいくつも登場する。もっとも、すでにそのほとんどは「王子跡地」なのだが。
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「比曽原王子」を過ぎて1キロ少し歩くと急な斜面を下る脇道があり、そこへ寄り道すると「野中の清水」がある。今でもかなりの量が湧いているようだ。恐る恐る(湧き水を口にするのは、やっぱし抵抗がなくはない)喉を潤すと、甘い。
この先3時間は水場がないので、必要なら水筒やペットボトルに充填のこと
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↑いくつかの王子を過ぎて、ここが前半7キロの最後の王子「小広王子」。ここから11キロ以上、民家はない。ここで09:00くらい。

+ + +
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↑いよいよ草鞋峠の山道に入る。近所のボランティアのおじいさんに励まされる。上り口に水場があり、タオル等洗える。恐らく飲料としては使えない
最初の「熊瀬川王子」がいきなり藪の中にあってワイルド。ここはかなり場所がわかりづらいので、地図と道標をよく見ること。
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↑中盤11キロの山道区間には、いにしえの石畳がこのような形でかなり残る。ただしよく滑るので足元注意。
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↑草鞋峠てっぺん。ここから「蛭降峠百八丁」だってさ。うひょひょ。
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↑草鞋峠から「女坂」を下ると栃ノ河の谷。上りはまだいい。下りは。。
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↑草鞋峠の「女坂」と岩神峠の「男坂」をつなぐから「仲人茶屋」。その跡。奥のほうに微妙に石組みが残っていた。確かにここで休めたら楽だわなあ。
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↑「男坂」。九十九折の急峻な上り。昼尚暗く、蝉も鳥もいない。心細いね。
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↑遥か遠くでチェーンソーの音がする。昔は斧の音だったのかなあ。水木しげるの妖怪図鑑の中にそういう妖怪がいたなあ。とか考えながら立ったまま休憩したりして、ようやく岩神峠てっぺんの「岩神王子」。
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↑しばらく、谷川沿いの平坦な道が続く。鳥肌が立つぐらい涼しいが、山の中ひとりぼっちの恐ろしさのせいかもしれない。歌を歌いながら歩く。こういうときクラシック音楽は頭の片隅にも上らない。
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↑追剥ぎに襲われて落命した芸者を祀る「おぎん地蔵」と、旅人の安全を願った「蛇形地蔵」。これほどの山奥にもかかわらず清浄に保たれているのはなぜか。「蛇形地蔵」に久しぶりの湧き水あり!抵抗なく口にする。
ここで唯一の古道ハイカー(おじさん)を目にする。残念ながら会話を避けていそうだったので、挨拶にとどむ。
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↑これが「道標」。助けられることしばしば。このほか500メートルおきに「番号道標」も立っていて、絶望したり安心したり。
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↑「湯川王子」のあたりは暗く湿った空気が漂う。解説によると1950年代まではここに集落があったそうで、いにしえのすめらみかどはこのあたりで休息の陣を張ったらしい。
さていよいよ見越峠への上り道というところで、ついに「ダル」に襲われる。
「ダル」は山で飢えて死んだものの悪霊、急に脱力感に襲われ、意識が朦朧とし、歩くこともできなくなってしまう、とあり、これも水木しげるの妖怪図鑑の挿絵が恐ろしすぎてよく覚えている。一昨日から続く風邪症状には特に変化がないものの、現代っ子たるワタクシは、ポケットに忍ばせたカロリーメイト(メープルシロップ味)で撃退。血糖値上昇。
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↑長い坂道を登りきると、ようやく見越峠の休憩所に到着する。昼食。アブに絡まれる(アブはなぜチンピラのように絡みますか)。先ほどのおじさんハイカーが先客として食事中なるも、やはり話しかけんなオーラが強くて無言の食事タイムとなる。ここに飲料水の蛇口あり。ちょうど12:00。

+ + +

見越峠を下り始めての90分は最大の難関でありました。だらだらと続く階段の下り坂に膝がすっかり笑ってしまい、そのくせ路肩を踏み外すと十数メートル真っ逆さま、という狭い山道で、ここは本当に辛く、写真が一枚もないのも道理なり。

途中、廃屋や廃田があり、なかなか気味が悪い。後述するバスの運転手氏に聞くところでは、つい最近、若い古道ハイカーが、廃屋の中に座る白い女に「休んでいかないか」と手招きされる「事件」があったそうで、、後からゾッとする。
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↑「猪鼻王子」。このあたりで疲労ピーク。見越峠で汲んできた水が重く、結局捨てざるを得ないという旅人のジレンマを体験することになる。
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↑「発心門王子」手前で残忍な急坂。へろへろになりながら上りきると、ついに発心門の鳥居が!
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↑「発心門王子」着。これにて18キロ踏破。13:45。
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↑ここから後半区間だが、この状態で7キロも舗装道を歩ける自信なく、この区間は次の機会、諦むるも知恵なりと思い、草臥れきって14:03発のバスに乗り込む(これが本宮までの最終便なので注意)。龍神バスの運転手氏が優しい方で、たった一人の乗客のためにこのあたりのレクチャをしてくれる。熊野川が美しい。

ここまで熊野古道記でした。次回、熊野三山詣記。
「熊野詣記(上)」はこちら。)
by Sonnenfleck | 2010-08-29 08:52 | 日記

熊野詣記(上)

◆8月22日(日)
13:50 出発
17:30 名古屋着(のぞみ)
      ・空腹に耐えかね新幹線ホームできしめん立ち食い。
      ・おばちゃんの愛想、常ならず良し。幸先良し。
19:00 伊勢市着(近鉄名伊乙特急)
      ・愛知-三重県境は河川が多い。
      ・西の空にエビのような雲が美しい。浴衣が多い。花火だろうか。
      ・咳が出る。風邪の予感。
19:10 ホテルにチェックイン(伊勢シティホテル)
      ・近所のスーパーで見切り品の惣菜、トマトなど買って部屋食。
      ・「ダーウィンが来た!」はいつも面白い。

◆8月23日(月)
07:30 朝食
      ・のどが痛い。完全に風邪。なんてこったい。

08:20 豊受大神宮(伊勢神宮・外宮)参拝
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      ・外宮は、普通の神社とそれほど異ならず。
      ・パワスポ巡りか、女性お一人参拝客目立つ。
      ・バスにて内宮に移動。

09:00 皇大神宮(伊勢神宮・内宮)参拝
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      ・普通の神社とは規模が格段に違うのがすぐにわかる。
      ・テーマパークらしさがぐるり一周して、見事な完成度を誇る。
      ・参道の途中に五十鈴川が流れている。不思議な光景。
      ・正殿の前ではさすがに畏まる。八咫鏡がここにあるのか。
      ・御神馬が歯を剥いて僕を威嚇する。

11:00 伊勢市→多気→新宮(参宮線+特急ワイドビュー南紀)
15:30 紀伊田辺着(特急くろしお)
17:30 近露王子着(龍神バス)

17:40 宿に到着(民宿ちかつゆ)
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      ・バス停から若干迷う。近露の里はのどかな田舎。
      ・玄関は開け放しで、調理場に声を掛けると宿のおばさんがいる。
      ・部屋は8畳くらいか。別棟の温泉はぬるいが滑らかで気持ちいい。
      ・他には古道ハイカーの若いカップル1組、鮎釣りのおじさんが2組。
      ・あまごの唐揚げ、鮎の炊き込みご飯、いずれも極めて美味。
      ・スーパードライの中壜で心地よくなってしまい、早めに寝支度。
      ・風邪は進行せず、治りもせず。古道歩きに不安を残して就寝。

この項は伊勢詣記でした。続く。
by Sonnenfleck | 2010-08-27 20:40 | 日記

いにしへのすめらみかども中辺路を

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発心門王子まで18キロ歩いたところで足が言うことを聞かなくなり、無理をせずバスにてエスケープ。しかし熊野古道・中辺路の核心たる三つの峠は、昔の旅人と同じように、この足で越えたのだ。
早めに宿に向かい、温泉をいただいたが、足腰が明朝どうなっているかは、わからないね。

と、思っていると宿の外は凄まじい雷雨になった。
by Sonnenfleck | 2010-08-24 16:58 | 絵日記

なつやすみのとも2010

来週1週間、夏期休暇をもらって旅に出ます。行き先は、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の中から熊野三山。これに伊勢神宮をプラス。

【旅程】
◆22日(日) 前泊のため、伊勢へ。
◆23日(月) 伊勢神宮(外宮・内宮)→紀伊田辺→近露
◆24日(火) 近露→熊野古道「中辺路」→熊野本宮大社→湯の峰温泉
◆25日(水) 湯の峰温泉→熊野速玉大社→熊野那智大社→和歌山
◆26日(木) 和歌山→(元気があれば名古屋)→東京直帰 or 名古屋泊

今旅程最大の難所は、24日(火)の熊野古道25キロ踏破なのです。
いよいよ出発前夜というときに少し自信がなくなってきたぞな。でも頑張ります。

それからこの旅は、音楽から離れることも目的にしている。iPodは持っていかない。東京で毎朝晩、無駄に音楽を消費しながらの生活で、感覚を失ってしまったような気がしてましてね。汚れた神経をリセットして帰ってきたい。

【旅のお供】
・ちくま日本文学23 幸田露伴(筑摩書房)
・芥川龍之介俳句集(岩波文庫)
・森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』(角川文庫)
・MILLET ECRINS II 30
・adidas rakuni AK
・RICOH CX2

行ってきます!
by Sonnenfleck | 2010-08-21 21:49 | 日記

on the air:[日曜美術館]宮崎進という画家に出会う。

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夕食を早めに済ませて、最近つけていなかった家計簿に向かう。バックに日曜美術館の夜の再放送を流して、7-8月度の赤字にため息をついていたのだけれども、いつのまにか、吸い込まれるようにしてテレビの画面を見ていた。

宮崎進(みやざきしん)という知らない画家の特集。

今年6月、ひとつの法案が成立した。戦後、シベリアで過酷な労働を強いられた元抑留者への補償を決めた「シベリア特措法」。忘却と風化が進む中、改めて悲劇の記憶を呼び覚ます出来事だった。

戦後65年、シベリア抑留体験を見つめ、描き続けた画家がいる。宮崎進(みやざき・しん)さん、88歳。旧満州で終戦を迎え、シベリア奥地の収容所で4年間抑留生活を送った。復員後、旅芸人を描いた作品で安井賞を受賞し画壇に登場。そして、シベリアでの体験を描いた「俘虜」、「いたましきもの」など、生と死、絶望と希望が共存する傑作が、多くの人々に深い感動を与えた。2004年には、現代美術の祭典、サンパウロビエンナーレの日本代表に選ばれ、国際的にも高い評価を得ている。

近年、パーキンソン病と闘いながら創作をあきらめない宮崎さん。司会の2人が鎌倉のアトリエを訪ね、人生と芸術、最近の心境などを伺う。
(番組HPより転載)

胸を深く抉られるような暗い色調に沈む人物たち。画家が麻の布をキャンバスに塗り込めることで、荒々しくも物悲しい肌触りとなって彼らが現れるのを見ると、何とも言えない深い感情が湧き上がってくるのがわかる。
氷の表層で上滑りに滑って三回転ジャンプを決める、そんな調子のいいゲンダイビジツだって好きだ。でも、氷に閉じ込められた深い底にある藝術絵画には、計り知れないパワーがあるんだということを改めて思い知った。なんか。

暗い絶望にすべてを任せて、禍々しい作品を描くことも宮崎氏にはできたのだと思う。その安易さに心を委ねなかった禁欲的態度には頭を垂れるほかないし、それゆえの微かな希望、不思議な軽さに、僕は最も惹かれたようだ。
ちょうど《バービィ・ヤール》の第5楽章のような。
by Sonnenfleck | 2010-08-15 22:49 | on the air

夏の音楽

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これについて書いたことあったかなあ。もうわかんないなあ。

【LONDON(DECCA)/KICC-8415】
<オンブラ・マイ・フ/セル・コンダクツ・ヘンデル>
●ハーティ、セル編:組曲《水上の音楽》
●ビーチャム編:《忠実な羊飼い》~メヌエット
●ハーティ編:組曲《王宮の花火の音楽》
●ラインハルト編:《クセルクセス》~ラルゴ
⇒ジョージ・セル/ロンドン交響楽団

ムラムラと聴きたくなって、久しぶりに取り出してみたら、やっぱり佳い。素敵だ。

ここに録音された《花火...》の序曲は、通常の3倍くらいの巨体として造形されているにも関わらず、どのディテールを取り上げてもつるりと円やかな曲線美という、究極のオーケストラ演奏の一つだと思います。
ニケやサヴァールの演奏を知ってしまった今日、世界のどこを探してもこのようなライヴとは出会えないのでありましょう。完全に絶滅した演奏様式がこのようにくっきりとした録音で遺されているという事実も、バロック音楽の人造性に似つかわしくてゾクゾクしますな。
轟々と鳴り響くメヌエットは、舞曲という使命から解放された幸福でいっぱいであり、ロンドン響からはところどころ、ベートーヴェンのような英雄心すら感じる。最後の物凄いフェルマータ!

アルバムの組み方としてもいいなと思っていて、《花火...》で終わるともしかしたら下品になるところを、余韻を多く含む「ヘンデルのラルゴ」で閉じる余裕がいいよね。2010年には絶滅しているかもしれない天然物の余裕。

1961年の8月は特別だったか。49年後の8月に思う。
by Sonnenfleck | 2010-08-11 21:45 | パンケーキ(18)

佐渡裕の《キャンディード》@オーチャードホール(8/7)

c0060659_10113473.jpg【2010年8月7日(土) 14:00~ オーチャードホール】
●バーンスタイン:コミック・オペレッタ《キャンディード》
→アレックス・ジェニングズ(ヴォルテール、パングロス)
  ジェレミー・フィンチ(キャンディード)
  マーニー・ブレッケンリッジ(クネゴンデ)
  ビヴァリー・クライン(オールド・レディ)
  ボナヴェントゥラ・ボットーネ(入国審査官)
  ジェニ・バーン(パケット)
  デヴィッド・アダム・ムーア(マクシミリアン)
  ファーリン・ブラス(カカンボ) 他
→ひょうごプロデュースオペラ合唱団
→ロバート・カーセン(演出)
⇒佐渡裕/兵庫芸術文化センター管弦楽団


何が行なわれたかについては、iioさんのレヴューがあまりにも美しくまとまっているので、ご紹介リンクを張らせていただくことでおしまいとしたいです。
あとは演出についてちょっと思ったことを。

+ + +

ヴォルテールの原作は、人間が好きそうだ。
バーンスタインの脚色と音楽も、人間が好きそうだ。
カーセンの演出は、、どうだろう。

ものがたりの最後、最後の5分間に至るまでは、カーセンの風刺演出も人間ラブという感じだった。この欠陥多き「創造された物」も、一日一日を頑張って生きているんだ友だちなんだ、という表明が感じられていた。
で、油断していたら鳩尾パンチ。
最後のナンバー〈僕らの畑を耕そう〉で、キャンディードが口にする歌詞と、舞台奥の巨大テレビに映し出された映像は何だったか。

We're neither pure, nor wise, nor good
We'll do the best we know.
We'll build our house and chop our wood
And make our garden grow...
And make our garden grow.

この歌詞に合わせて、原油に黒々とまみれた海辺、煙を空に吐き出す高い煙突、切り拓かれ荒廃した「元」森、そんなものを映し出す演出家の悪意。あれでは、キャンディードとクネゴンデの素朴なネオ・オプティミズムが(そして、プログラムノートのカーセンの言葉を信じれば、アメリカ国家自体が)、断罪され吊るされているのは明らかですわい。

ということを思ってしまって、こちらも素朴にホロリときていた最後の5分間が、極めて微妙な局面に変化してしまった。バンスタの人間ラブ精神(+もっとエモーショナルなマエストロ佐渡の人間ラブ精神>あの音楽の脂っこいうねりは凄かったぜ)の最高潮で、あえてそこで梯子を外す手腕。おかげさまで薄ら寒い心地でカーテンコールを迎えることになった。
人間ラブ、人間ラブ、人間死ね、だな。。ヴォルテールとバーンスタインが繋いできた最後の質問に、カーセンはあれで終止符を打ったんだろう。。

+ + +

しかし、この「勇敢な」演出精神や、群集の美しい振り付けや、海パン国家元首たちや、パングロスの梅毒ソングや、クネゴンデのコロラトゥーラに満足したおかげで、オーチャード帰途の渋谷のカオスに取り囲まれてもむしろ許せるくらいのオプティミストにはなれた。人間っていいな。かえろかえろおうちへかえろ。
by Sonnenfleck | 2010-08-08 10:09 | 演奏会聴き語り

なんとか村の村長さん

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往年の名作・ペプシブルーハワイを思い起こさせる、ソーダ味プッチンプリン。
青い食べ物って、なんかこう、B級を求める心にグッとくるものがあるのだ。

問題のソーダ味ソースは、ソーダバーやソーダ味キャンディと同じまっとうなソーダ味で、プリンとの合体もそんなに違和感なし。クリームソーダという味をわれわれはすでに知っているものね。
そんなわけで、商品としてはおとなしめだけども、健やかなイメージのグリコ乳業製品が、こっちの方向に思い切り舵を切ったら、、という妄想を可能にする、その第一歩でありました(朝食りんごヨーグルト味缶チューハイとか)
by Sonnenfleck | 2010-08-06 20:57 | ジャンクなんて...

アルミンク/新日フィル 裸足のハンガリアン・マチネー(7/31)

c0060659_20175574.jpg【2010年7月31日(土)14:00~ すみだトリフォニーホール】
<第465回定期演奏会>
●リゲティ:Vn協奏曲
 ○ホルへ・サンチェス=チョン:《クリン1996》
 ○リゲティ:《バラードとダンス》*
→パトリツィア・コパチンスカヤ(Vn)
→西江辰郎(Vn*)
●ヴェレシュ:哀歌~バルトークの思い出に(日本初演)
●コダーイ:組曲《ハーリ・ヤーノシュ》
⇒クリスティアン・アルミンク
  /新日本フィルハーモニー交響楽団


まず何を措いてもソロのコパチンスカヤに拍手。楽句の即興的・嬉遊的処理は頭の固いファンを怒らせるに十分だが、その爽快な楽しさはスクロヴァの「主張する伴奏」とあいまって聴き手にハイドン的な知的興奮を与える。第1楽章カデンツァは作曲者本人によるPf協奏曲編曲版のそれを、さらにシュナイダーハンがVn用に再編曲した(!)珍バージョン。音色は実に現代的、ティンパニソロの合いの手が面白い。(2004年4月22日)

まぁー偉そうに書いてまんなぁ(何ノリ)
6年前だからブログを始めるちょっと前のことです。このとき、コパチンスカヤはN響定期でベートーヴェンを弾いたのですが、その彼女と、リゲティの協奏曲で邂逅。

いや、凄かった。とても高級なパフォーマンスを聴いた。
と同時に、作品の素晴らしさも、肌が粟立つぐらいに強く感じた。
全5楽章、約30分間、ありとあらゆる種類の音響が湧き上がる。ゲンダイオンガクらしい鋭利な響き、急激なダイナミクスの変化もあるんだけど、それらはここでは、あくまでもスパイスでしかない。リズムのご馳走も、素朴な民謡メロディもあるし、煌めくような官能的和音もある。それに、構造もシンプルなんだよね。スパイス同士で盛り上がっているような楽屋オチの音楽ではない。なるほど名曲。もう一度聴きたい。
僕はこの日、サイドバルコニー最前方、つまり「すみだジェットコースター」の先頭に座ることができ、ステージを真横から観察する幸運に恵まれたのですが、そこからの観察で感覚的に、リゲティの豊饒な思索が追体験できた。

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コパチンスカヤが弾くソロパートは、全楽章にわたって凄まじい超絶技巧に浸されている。第5楽章のおしまいに置かれた濃密なカデンツァはぜひ正面から眺めてみたかったし、あのカデンツァを弾きながら即興的に歌をくちずさむコパチンスカヤには、軽く引くくらいであった(やくぺん先生のプログラムノートによると、ここは「奏者の自由な振る舞いも許されている」とのこと)。それなのに、出てくる音は繊細緻密なのよ。これはなんとなく、6年前のベートーヴェンの記憶と合致する。

裸足の―この日のパトリツィアはグリーンのロングドレスに裸足―彼女が鋭いパッセージでドン、ドシン、とステージを蹴るのも確認。アルミンクは彼女を評して「アニマル」と穏やかな表現を使っているけど、西江コンマスの顔に急接近して、彼を覗きこみながら非人間的な楽句を弾く様子は、「ビースト」だね。

でももっと「ビーストモード」だったのは、オーケストラの方かも。
「ありとあらゆる種類の音響」のために動員される、オカリナ、リコーダー、スライドホイッスル。。これらの楽器は音量が小さいので、トゥッティの中では目立たないかもしれないけど、これらが「異分子」として混入するオーケストラの響きは(少なくともステージサイドの席では)とても面白く聴こえる。第2楽章では、4名のオカリナ陣がテトリスの丁字型ピースのかたちでオケに嵌り込み、ビーストモード用強化パーツとして視覚的にも目立つ。
基本的には硬質なオケの輪郭が、少量の異分子のためにところどころであやふやになって、その有機的なかたちがソロVnを飲み込んだり、吐き出したりする様子。オーケストラがいつもと違う、生臭いもののように感じられる。

ドリフの総崩れシーンみたいな第5楽章の結尾。数秒の沈黙。大喝采。

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アンコール1曲目は、ググってみるとベネズエラ人の作曲家(Jorge Sánchez-Chiong)が書いたもののようでした。ここでも子音多めの歌というか、ペチャクチャした何かがソロVnとともに発せられて、客席がざわざわ。

さらに、すでにtwitter界隈ではネタバレされているだろうけど、アンコールの2曲目は、スコルダトゥーラ・コンチェルティーノとして頑張った西江コンマスが巻き込まれた。コパチンスカヤに促されて靴下まで脱ぎ、本当に裸足になって(!)《バラードとダンス》。こちらはリゲティお茶目モードのかわいい民謡ピース。これも盛り上がるしかないでしょうよ。喝采また喝采。
西江コンマスの脱ぎ捨てた靴と靴下を、ちゃんと回収して休憩に入ったVnの方に、客席からなおも温かい拍手。休憩中のロビーは、人々の顔が興奮していた。

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そんなわけで、後半は残念ながら「オマケ」感が拭い去られず。。
ヴェレシュの日本初演作品は、葬送行進曲スタイルの、意外にもチャイコフスキーみたいな作品で、演奏されていなかったのもまあわかるなあという感じ。山は高すぎ谷は深すぎ、というような若干の演歌風味がありつつも、素直にいい演奏だったとは思う。

《ハーリ・ヤーノシュ》は、今回初めてライヴで聴くまでさもない音楽だと思ってたんだけど、実際に肌で触れてみると案外ざらざらした苦みもあり、ドライなユーモアに満ちた独特の雰囲気を感じるんだな。『1Q84』で青豆さんがタクシーの中で聴いたのが、《シンフォニエッタ》じゃなく《ハーリ・ヤーノシュ》だったら、ものがたりはもうちょっとだけブッファ調になってたかもね。
ツィンバロンは、3階の奥まで届いたのか。あの箱を上から見下ろす僕の席でも、あんまり聴こえず。真綿と鹿皮のバチが交替で使われていた。

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2010年7月31日の塔。
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by Sonnenfleck | 2010-08-01 20:19 | 演奏会聴き語り