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踊らん哉(デジタルリマスター・エディション)

c0060659_1374848.jpg【ALIAVOX/AVSA9882AB】
<L'orchestre De Louis XV|ラモー>
●《優雅なインドの国々》
●《ナイス》
●《ゾロアストル》
●《ボレアド》
⇒ジョルディ・サヴァール/
 ル・コンセール・デ・ナシオン

近来のラモーのなかでは最強のヒット。これを聴いてラモーを好きにならない人がいるとは思えない。僕がまず初めに薦めたい「はじめてラモー」が更新された。

前々から、ラヴェルに真っ直ぐつながるようなラモー演奏がないもんかなあ、と思ってたんだよね。作り物っぽくて、感傷が分かちがたく混入していて、それでいて退屈しのぎに羽虫を引き裂くような無邪気さに溢れている演奏はないかと。(※オネゲルにつながるラモーとしてのブリュッヘンの演奏はいっぽう、その真摯さと性質の猛々しさから、いまだに物凄い価値を持ち続けているんだけども。)

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一般的に快楽派ラモーといえばミンコフスキだけど、アタックの強さや太鼓ばんばんに立脚しているようなところもあり、サヴァールの、時に緩慢で、堕落的で、音楽が停止しているような局面もある、本当のエロティシズム演奏の前ではすでに物足りなくなってしまったと言ってよいだろう(ここで演奏されている《ボレアド》のアントレなど甘美の極致である)。
要は、「快楽的演奏」の快楽的本質は、ゆったりしたナンバーや爽やかなナンバーがどれくらい耽美であるかで計ることができるんじゃないかと思うんだよね。このディスクの《ナイス》の序曲なんて、序曲のくせに目がとろーんとしてるからねえ。いったいこれから何が始まるのだろうか(笑)

むろんこれは酩酊が売りの演奏ではない。引き締めるところはバッハのコンチェルトのようにトゥッティをきりりと引き締めて、伊達である。

《優雅なインド》のシャコンヌなどまずはたいへん素敵だ。いつまでも終わらないでほしいと願うシャコンヌ萌え・パッサカリア萌えのツボをよく知っている。また、もともとダイナミックで格好いいナンバーの多い《ゾロアストル》は、儀礼用甲冑のようなブリリアントささえ感じさせるわけです。

しかし、そんな《ゾロアストル》でも、第1コンセールの第2楽章〈リヴリ〉と共通の旋律を持つところのガヴォットとロンドーでは、儀礼用甲冑をさらりと脱ぎ捨ててコンセールのあの親密な雰囲気を想起させつつ、うっとりさせるような躯を投げ出している。まことにエロいというほかない。

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そもそもラモーの場合は、ラモー自身が無節操で快楽的な音楽を書いているものだから、サヴァールのこのやり口はリュリ以上に完璧にフィットしちゃう。ゆえにこの伝説的完成度。ちなみにコンチェルティーノを務めるのはマンフレート・クレーマーとエンリコ・オノフリ、リッカルド・ミナシ…。聴き逃す手はないのです。
by Sonnenfleck | 2011-12-29 01:51 | パンケーキ(18)

景山梨乃 ハープデビューリサイタル@東京文化会館(12/22)

c0060659_8512034.jpg【2011年12月22日(木) 19:00~ 東京文化会館小ホール】
<フランスハープ音楽の夕べ>
●タイユフェール:Hpソナタ
●グランジャニー:《子どもの時間》
●コンスタン:《ハルパリュケ》
●ルニエ:『告げ口心臓』による幻想的バラード
●カプレ:『赤死病の仮面』による幻想的物語
●フランセ:五重奏曲第1番
●ラヴェル:序奏とアレグロ
○アンコール ドビュッシー:アラベスク第1番
→長尾春花(Vn)、山本美樹子(Vn)、松村早紀(Va)、山本直輝(Vc)
 窪田恵美(Fl)、前田優紀(Cl)
⇒景山梨乃(Hp)


佳いプログラムだとは思いませんか皆さん。
忘年会の特異日みたいなこの木曜日、幸いにして?何の予定もなかったので、急に決めて当日券で入りに行ったのだった。何しろ曲目が素敵だもんね。

ハープのリサイタルは、実は今回が初体験である。だから、ホールのどのへんに座ったらよいかもわからない。この楽器の正面はどこにあたるのか?
で、数年分くらいのハープ分を一気に摂取して、あらためて、ハープってのは(良い意味でも悪い意味でも)独立して閉じた楽器だなあというのを実感することになる。

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前半のソロ作品群では、この楽器が一台で行なう発音や表現する物事の幅広さを思い知らされた。考えてみれば、ハープはギターやリュート以上に複雑な角度から弦を弾くことができるわけだから、アーティキュレーションはそれこそ無限だよね。ショスタコーヴィチの交響曲で聴くチェレスタとかシロフォンみたいなハープの発音って、あれだけが「ハープらしい音」のカウンターパートじゃないんすね。

その意味で、マリウス・コンスタン《ハルパリュケ》が表現するイメージが興味深い。つまり空疎さや残虐、淫蕩に放心といったもの。こういう音楽では、ハープという楽器のくどいデザインが一周回ってよく活き、パフォーマンス自体がコンセプチュアルなものと化す。その好例だろうな。
あるいは、ルニエやカプレの「ポー音楽」。恐ろしく繊細な描写能力。


↑《ハルパリュケ》から終結部。

そして後半のアンサンブル作品群では、ハープの音像が擦弦楽器の音のエッジに負けて簡単に「最背面」に回ってしまう、この楽器特有の圧しの弱さが露呈していたのだった。圧しの弱さを生かして楽曲の壁紙にするのがもっとも平凡な解決とするならば(フランセ…)、しかし、ラヴェルの天才は平凡の愚を犯さない。

ラヴェルの序奏とアレグロ
小生ですね、この曲をようやく生で聴けてかなりテンションが上がっているんですが、弦楽四重奏にフルートとクラリネットまでいる、この鮮やかな音響体に、さらにハープまで加えてバランスが崩れないどころか、ほとんどオーケストラみたいな音がゆら…と立ちのぼっているのは驚き以外の何ものでもないですよ。ラヴェルの天才を聴かされると、カプレやフランセはすっかりかすんでしまう。

景山さんのハープはこの日いちばんの冴えを見せていたように感じる。
ハープの上手下手ってあまりよくわからないんだけども、「序奏」のおしまいにカデンツァのように配置されたハープの見せ場では、景山さんの撥弦がガラスのように硬質になり、「アレグロ」が始まってもエッジで競り負けない。むろんラヴェルがそのように設計している部分も大きいだろうが、音大生らしく急にテンションを上げたストリングス4本を向こうに回して、堂々と渡り合っている。

1990年生まれの景山さんはこれから、吉野直子さんや篠崎史子のようにハープ界を背負って立つ人材に育っていくのだろう。

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開演前にホワイエで飲んだ生ビールが奇妙に美味かった。疲れているな。
by Sonnenfleck | 2011-12-23 10:11 | 演奏会聴き語り

華氏140度:24

毎朝必ず電車で会うおっさんリーマンが、ロレンツォ・デ・メディチそっくりで可笑しい。
by Sonnenfleck | 2011-12-21 19:21 | 日記

精神と時のお買い物XXXI(たまには本の虫)

【ジュンク堂書店 新宿店】
1 今井哲也:『ぼくらのよあけ 1・2』(アフタヌーンKC)
2 岡本かの子:『食魔 岡本かの子食文学傑作選』(講談社文芸文庫)
3 里見弴:『木魂/毛小棒大 里見弴短編選集』(中公文庫)
4 武田泰淳:『目まいのする散歩』(中公文庫)
5 種村季弘:『食物漫遊記』(ちくま文庫)
6 中井英夫:『虚無への供物 上・下』(講談社文庫)
7 永井荷風:『すみだ川・新橋夜話 他一編』(岩波文庫)
8 横光利一:『上海』(岩波文庫)
9 吉行淳之介:『悪い夏|花束 吉行淳之介短編小説集』(講談社文芸文庫)

【吉祥寺中道通り 珈琲散歩】
10 ペルー オーガニック ナランヒージョ(やや深煎り)200g

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11月26日は、新宿の東急ハンズで来年の手帳など買ったのち、ベロフのリサイタル@すみトリに当日券で駆け込むつもりでいたが、新宿の人の多さにぐったりとしてしまって、結局聴きに行くのを止した。そのかわりジュンク堂で散財。

夏に折口信夫の『死者の書』を読んで以降、強いフィクションに対峙する体力がゆっくりと落ちてきたような気がしてる。文学はあそこで行けるところまで行ってしまったんではないだろか、という気持ちが「精神的よっこらせ」を呼ぶ。だから最近、種村季弘(や池内紀)の楽しい書き物にも特に気持ちが向くのだと言えます。

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珈琲も切れていたので、帰りは吉祥寺に立ち寄り、いつもの「珈琲散歩」でペルーの豆をオーダー。バナナやマンゴーのような甘く強い香りのする豆です。
by Sonnenfleck | 2011-12-19 23:26 | 精神と時のお買い物

シベリウスに関する告白

クラシックを聴き始めたころは、シベリウスはすなわち、自室の外のクマザサや地吹雪と同義であったために、敢えて取り出して聴く音楽ではないと思われて仕方がなかった。また、その意味で極端に具象的な音楽であるものよなという気もし、人々がなぜシベリウスにそれほど惹かれるのかわからなかった。

気候の烈しい北国に生まれて育った18年間で自分の中に蓄積されていた、厳しい自然への親近感や、その裏返しの恐怖のようなもの。いつしか、焙煎した珈琲豆から炭酸ガスが抜けるみたいにしてゆっくりとそれらが失われてゆき、今度は、都会暮らしの湿気やある種の臭みが、僕の内部の空いた組織に染み込んできた。あれほど当たり前に周囲にあった山や森への憧れが、近年は特に高まっている(僕がほとんど毎年のように北海道に出かけてしまうのは、たぶんそのためだ)

そうした惨状下で、シベリウスの音楽はもしかすると生涯の伴侶となるべき存在なのかもしれぬという考えが、頭にまとわりついて離れない。ことに、都会に暮らす苦しみを和らげてくれるのは、バッハやショスタコーヴィチではなかった。

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c0060659_758259.jpg【DECCA/POCL1089】
<シベリウス>
●交響曲第4番イ短調 op.63
●交響曲第5番変ホ長調 op.82
⇒ヘルベルト・ブロムシュテット/
 サンフランシスコ交響楽団


そんなわけでブロムシュテットのシベリウスを初めて聴いてみる。

サンフランシスコ響との共同作業ではシューベルトの5番&8番が(特に5番の出来が)あまりにも素晴らしく、今でも隠れてこっそり聴いているのだが、このシベリウスもエッジが厳しく立ってて気持ちが良い。
Amazonのレヴューに「もう少し母性的と言うか、優しさや温かさと云った表情も出せていれば理想的な定盤になっていたことだろう」って書いてあって、まさしくそれがこの演奏の特徴を簡潔に言い当ててると思った。自然について受け手が何を言おうが思おうが、自然は意に介さない。シベリウスもそうじゃないか?

じねんに、さらさらと聴こえるようにブロムシュテットが巧みに響きを束ねている4番。けっして肥大しない非人間的な推進力、自律性が、この人の音楽を決定的に高級なものにしている。もちろん、響きをストイックに束ねるのを得意にする指揮者はほかにも大勢いるのだが、その一歩前の、味付けされていない素材まで丁寧に見せてくれるひとはほとんどいないんじゃないかと思う。

まれにハイティンクの演奏でそれを感じることがあり、しかしブロムシュテットはだいたい何を振ってもそのように仕上げるのが凄い(9月のN響《新世界から》も、ブルックナー味のソースが掛かっていたにせよ、素材の繊維は溶けてしまわずにちゃんと主張してた)。唐突に途切れる第2楽章から、旋律のかたちも定かでない第3楽章にかけて、そして曇天に霙の第4楽章後半など、誰かが何かを感じ取る前の、一次資料としてのクラングがひゅうと流れていく。

5番もまったくアンキャッチー。険阻だが、昇ってきた陽は暖かい。
by Sonnenfleck | 2011-12-17 08:04 | パンケーキ(20)

デュトワ/N響の "Kékszakállú" 第1715回定期@NHKホール(12/10)

デュトワがN響に客演しに来るのは毎年12月に固定されてしまっているが、僕の本業は12月からピークを迎え始めてしばしば土日も潰れるので、だいたい毎年聴きに行けてない。今年は幸運です。

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【2011年12月10日(土) 15:00~ NHKホール】
●ブラームス:Vn協奏曲ニ長調 op.77
→リサ・バティアシュヴィリ(Vn)
●バルトーク:《青ひげ公の城》op.11
→バリント・ザボ(Br/青ひげ)
 アンドレア・メラース(MS/ユディット)
⇒シャルル・デュトワ/NHK交響楽団


で。当然ながら週日の疲れが出て眠くなる。コンディションは悪い。

なので、偉そうなことは全然言えないんですけどもね。あちこちで人気のこのソリスト、少なくともブラームスでは、生硬な節回しに変化のない音色、ごぼうの固い水煮みたいで、演奏は全然好みじゃなかったんだよなあ。ブラームスのコンチェルトはもっと豊饒で贅沢な音楽として捉えたいのが、僕の正直な気持ち。

ブラヴォも飛んでたし、ネット上の感想も上々なので、きっと僕が彼女の良さを感じ取れなかったのが悪いんでしょう。しかしこういうキャラクタなら浪漫作品じゃなく、ディーリアスかバルトーク、ストラヴィンスキーのコンチェルトでも聴いてみたいものです。

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まったくこれじゃいかんと、休憩中に3階自販機でリアルゴールド120円を買い求め、ぐいと飲む。NHKホールならではです。

《青ひげ公の城》を生で聴けるのはこれが初めての機会であったために、この2週間ほど一生懸命に予習をした。朝一番から通勤電車で青ひげ。残業帰りにヘロヘロになっても青ひげ。不吉のきわみだよなあ。

その予習に使っていたケルテス/ロンドン響の演奏と比べて、デュトワ/N響の演奏では優雅さ・流麗さが非常に際立つ格好となっていたのが面白い。ほとんど「反表現主義的」と言ってもいいくらいだろう。
冒頭の東方風音響の柔らかさから違いを認識させられ、その後はパッセージ同士がぬるぬると連結して豊かに流れていく(先日のマーラーとは正反対の作り方と言える)。第5の扉、ハ調の爆発なんか《妖精の園》かよっていうくらい肯定的な響きだったし、第6の扉から第7の扉に掛けて、つまり音楽がもっとも妖しく光る局面においても、響きは乾燥しない。血は干からびず、前妻たちも生きている。

それに輪を掛けて素晴らしかったのが、青ひげを歌ったバリント・ザボと、ユディットを歌ったアンドレア・メラース。
ナチュラルなアーティキュレーションで、しかし(ここが重要だが)デュトワのつくる柔らかい地を生かして、彼らはちゃんと表現主義的な鮮烈な歌唱を行ない、強烈な図を提供していたのであった。ザボの苦悩の混じった声、メラースのヒステリックな声がやがて催眠に掛かったように沈んでいく有り様。

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演奏会がはねて原宿駅に向かって歩いていると、代々木競技場の第2体育館の上に巨大な満月が昇っていた。その夜、月は欠けて赤く光る。
by Sonnenfleck | 2011-12-13 22:12 | 演奏会聴き語り

華氏140度:23

皆既月食。直上の月が赤暗い色に染まっている。
高校時代に地学部だった(こともある)僕は、しし座流星群の極大を観測すべく11月末の夜の学校に泊まり込み、仲間と寝袋をかぶって校舎の屋上に寝転がったのだった。流れ星の天文学的スピード感とか、深夜3時のカップヌードルとか、ストーブの明かりに昏く照らされている女子になんとなく話しかけられなかったこととか、冬に星を見ているといろんなことを思い出す。
by Sonnenfleck | 2011-12-11 00:04 | 華氏140度

華氏140度:22

ブラタモリ「地下鉄スペシャル」。国鉄のほうしか知らなかった自分は、「東京地下鉄道・万世橋仮停留場」にかなり衝撃を受けた。秋葉原の地下に、80年前の歩廊がひっそりと眠っているのだ。万世橋には何か不思議な地霊が棲んでいるものよな。
by Sonnenfleck | 2011-12-08 23:01 | 華氏140度

デュトワ/N響の "Tausend" 第1715回定期@NHKホール(12/3)

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【2011年12月3日(土) 18:00~ NHKホール】
●マーラー:交響曲第8番変ホ長調
→エリン・ウォール(S)、中嶋彰子(S)、天羽明惠(S)
 イヴォンヌ・ナエフ(A)、スザンネ・シェーファー(A)
 ジョン・ヴィラーズ(T)、青山貴(Br)、ジョナサン・レマル(Bs)
→東京混声合唱団、NHK東京児童合唱団
⇒シャルル・デュトワ/NHK交響楽団


デュトワが造形した第一部は、日本での第8演奏史上、もっとも個性的な部類に入るものではなかったかと考える。音楽が自律的前進に、音楽家のほうで制限をかけたという意味で。あるいはこの作品で、ちゃんと「表現した」という意味で。

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マーラーのこの交響曲に魅入られてまだ三四年程度ではあるけど、僕が聴いてきた指揮者はすべて、この夜のデュトワのようではなかった。
ことに、第一部はよほどのことがないかぎりは、曲自体の重みで豪華客船のように前進していくものだと思っていたんだよね。それ以外の在り方があるとは全然考えていなかった僕の眼前に広がったのは、異形の「流れない」演奏であった。

夏くらいにウェブラジオで聴いたダニエレ・ガッティ/フランス国立管の第8もずいぶん「流れない」演奏だったが、あっちが曲に多量の水とき片栗粉を入れただけだったのに対し(それはもうでろでろ)、デュトワはもうちょっと老獪である。

彼が取り組んだのは、執拗とも言える「響きのバリケードづくり」。
陶酔的なレガートのかわりにクリスプなスタッカートを全面的に適用した結果、余計な水気が蒸発。楽句は裸になって、パーツ同士が一瞬で縦方向に組み上がり、マーラーが元来この曲に与えたであろう立体感が自然に現れる。このバリケードが邪魔をして、温暖湿潤な流れはすっかり犠牲になったが、そのかわり得られた新鮮な響きといったら!この曲にはこんなに豊かな表情がつく余地があったんだね。
(※ネット上では、このマーラーの不思議な感触の理由をNHKホールのデッドな音響だけに求めるレヴューも目立つが、自分はそうは思わない。デュトワが元からトゥッティを強烈に締め上げて、楽天的ぶよぶよを排除した結果だと思うんだ。)

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さて、これでは大方の千人ファンはぷんぷん怒ってしまうんじゃないかと思ったんだけど、第二部は清純系「フツー千人」への見事な転身をやってのけるのが心憎い(テノールだけ妙に不純で残念でした)。やっぱりデュトワの独墺レパートリーって独特の魅力があって面白いよねえ。
by Sonnenfleck | 2011-12-05 22:12 | 演奏会聴き語り

精神と時のお買い物XXX(意味ありげな偏り)

【HMV】
1 "東洋への道"(ALIAVOX) *サバール/エスペリオンXXI
2 "Baroque Music from Ecuador"(cpo) *ポントヴィク/Ensビリャンシーコ
3 ラモー:優雅なインド、ナイス他(ALIAVOX) *サバール/CN
4 バッハ:シンフォニア集(DECCA) *ダントーネ/アカデミア・ビザンティナ
5 ショスタコ:Sym#10(ICA) *スヴェトラーノフ/USSRSO
6 ショスタコ:Sym#10(NAXOS) *V. ペトレンコ/RLPO
7 ショスタコ:Sym#10(ORFEO) *アフカム/GMJO
8 細川俊夫:Fl作品集(NAXOS) *ビャルナソン、カプトEns他
9 松村禎三:Sym#1&2(NAXOS) *湯浅卓雄/RNSO
10 橋本國彦:Sym#2(NAXOS) *湯浅卓雄/藝大フィルハーモニア

【アリアCD】
11 ヴィゼー&ジョリヴェ:ギター曲集(ZIGZAG) *リヴェ
12 ハイドン:クラヴィコード・ソナタ集(ZIGZAG) *ハジマーコス
13 ショスタコ:Sym#10(OCCD) *スメターチェク/プラハ響
14 "Фокстрот. Танцевальная музыка 30-40-х годов"(OLYMPIA) *VA

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HMVが輸入盤40%OFFセールをやってたので、買い込んでしまった。…と思ったらアリアCDからも届いてしまってカオスだ。モノはご覧の通り3グループに分かれている。すなわち古楽、ショスタコ(&СССР)、日本作曲家選輯である。

⇒1と3。1のほうは「東日本大震災復興応援」として日本関連曲の抜粋版も発売されてたが(商売上手!)やっぱり全曲版がほしくって。3はサバールのラモー本気セット。ゾロアストルとボレアドもついてる。
⇒2は単純に好奇心による。エクアドル・バロック略してエクバロ。

⇒5、6、7、13。10年と11年はタコ10の当たり年で、新しいディスクがばんばんリリースされている。コレクターとしてはスメターチェクのライヴもかなり興味をそそられるが(スヴェトラーノフは何となく想像がつくんでまあ…)、それ以上にヴァシリー・ペトレンコとアフカム、若手指揮者の録音がとても気になる。

⇒14。1930年代から40年代のソヴィエトのダンス・ミュージック集である。ショスタコーヴィチの外側に流れていた音楽が知りたくて。

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問題は、これらをいつ聴けるかということに尽きるのよ。
by Sonnenfleck | 2011-12-01 22:45 | 精神と時のお買い物