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on the air:【必聴】1984年のブリュッヘン+ビルスマ+レオンハルト@シャンゼリゼ【オンデマンド】

【1984年10月6日 シャンゼリゼ劇場】
<France Musique rend hommage à Gustav Leonhardt>
●デュパール:組曲第4番ロ短調
●フォルクレ:組曲第1番ニ短調~la Laborde, la Forqueray, la Bellmont, la Portugaise
●コレッリ:《ラ・フォリア》
●ウッチェッリーニ:?
●バルトロメオ・デ・セルマ:カンツォーナ
●フレスコバルディ:Vcと通奏低音のためのカンツォーナ
●フォンターナ:ソナタ第2番
●ルイジ・ロッシ:トッカータ
●カステッロ:ソナタ第2番
⇒フランス・ブリュッヘン(Rec)
 アンナー・ビルスマ(Vc)
 グスタフ・レオンハルト(Cem)
(2012年1月29日/France Musique オンデマンド)


フランス国営放送から、レオンハルト追悼企画として28年前のライヴ音源が蔵出しになった。バロックのソロソナタ編成を、ステージと客席に段差のないホールの最前列に座って聴くとちょうどこんな感じですね。生々しい音質が嬉しい。

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番組表だとテキトーな記述なんで、聞き取れた範囲で曲目も書いた。ご覧のように夢のような豪華なプログラムなんだけど、最初の1曲目はシャルル・デュパール Charles Dieupart (1667?-1740?) の第4組曲です。

ねばねばしたアルマンドの歩みに、また、烈しいジーグの跳躍に(本当に烈しいのです…)、われわれが彼の的確な通奏低音魂を聴かなくてどうする。ブリュッヘンは笛吹きキャリアの最後期でも相変わらず獅子王だし、ビルスマも思いっきり見得を張るし。名曲の名演奏としか言いようがない。

続いてフォルクレのニ短調の組曲からの抜粋を、レオンハルトのソロで。
もしレオンハルトのことを「無味乾燥な教条主義者」だと思っている方がおられたら、この演奏だけでも聴いていただかなければ困る。このフォルクレを聴いてもなおそのように思われるなら、僕が諦めることにしよう。
前に「フォルクレは女神転生」と書いたことがあるけれど、その表現を完全に満たす演奏が実現されている。驚いた。悪魔のような演奏(魔神クリシュナ LV57…)。チェンバロが破滅的に囂囂と鳴っている。センペやアンタイはお師匠さんのこういう側面をしっかり受け継いでいるんだな。

いっぽう、コレッリ《ラ・フォリア》には、脂が乗りきったおっさんたちのダンディズムが平らかに薫る。彼らの若いころの録音と違って、スリルではなくコレッリのコレッリ性をこそ追求してる、というか。
ブリュッヘンとビルスマに見せ場がたくさんあるのは変わりないので、レオンハルトは完璧な通奏低音者に徹することにしているようだ。

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続く17世紀作品たちだが、上の3曲から続く一夜のコンサートなのかどうか、自信がない。録音状態もまちまちなので、もしかしたら別日程を組み合わせて放送してるのかもしれん(フランス語よくわからないんで…)。

こちらのリンクから、たぶん来月17日までオンデマンドで聴くことができる。
by Sonnenfleck | 2012-01-29 10:11 | on the air

生誕250年記念|酒井抱一と江戸琳派の全貌@千葉市美術館(11/6)

本業のピークが始まろうとしている。そして今年のピークはいつもより長い。やべーうひょーぉっという綱渡りがじりじり続くということである。厭だねえ。
こんなときは書きためておいたエントリを放出。ちょっと前のことですが。

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c0060659_2105261.jpg個人的に江戸琳派に強い親近感を感じること、また、はろるどさんや藝術に造詣の深い友人が絶賛していたので、是非もなく出掛けた。

千葉市美術館は初体験。東京都心からは一定の距離、千葉駅からも一定の距離、さらに雨の日曜の夕方なれば、ミーハーなおばはん連や知的デートを演出したいカポーなどもごく少なく、視たい人同士が作り出す良好な環境が保たれて善き哉。(最近の展覧会ってなんであんなに混んでるの?)

かねがね自分の中では、酒井抱一と彼の弟子筋にメンデルスゾーン的天才が重なっていた(光琳萌えもバッハ萌えと重なることだし)。あの強く自己完結した清潔感と瀟洒、意志のある精緻さ、空間支配の洗練された方法は、フェリックスぼっちゃまの音楽に相通じる。
しかし、フェリックスぼっちゃまにあって抱一ぼっちゃまにないものがひとつだけある、それが、作り手と藝術のデーモンとの交歓、みたいなものじゃないかと思ってたんです。メンデルスゾーンの複数の曲にはやっぱり確実にそういうところがある一方で、酒井抱一の作品ではそういうものがいまだに見つけられていなかった。

でも今回の大回顧展で、抱一の屏風の中に、背筋にゾッとくるものを容易に、そしていくつも発見することができた。さすが「全貌」である。

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◆《四季花鳥図屏風》(六曲一双・文化十三年(1816)・陽明文庫蔵)
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→全面がやや赤みのある明るい金地。四季の花鳥が大きめに、しかし妙なるバランスで配される。そして花鳥の足元にメタフィジカルな視点を付加する金箔ブロック(7ミリ四方くらいの正方形です)。花鳥がドット状になって金地に還元される一瞬を捉えたような、実に不思議な視覚の快楽。
また、右隻「春」の区画には、クリムトの《人生は戦いなり(黄金の騎士)》の下生えが、より洗練されたかたちで存在している。すなわち強靱な金地、モスグリーンのフラットな台、ワラビにツクシ、タンポポ、くっきりと色づく朱鷺色の花弁…。

◆《波図屏風》(二曲一双・文政後期・MIHO MUSEUM蔵)
→抱一にはもうひとつ、有名な《波図屏風》があるらしいが、そっちではない。こちらは高さ45センチ、幅は一双で155センチと親密な大きさだが、その内容が物凄い。ここに描いてある青黒い波の不敵な力強さはいったい何だろう。中期のベートーヴェンのような、力ある者の正当な傲慢さを感じさせる。

◆《月に秋草図屏風》(二曲一双・文政八年(1825)・個人蔵)
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→Aber der Mond verrät mich ... der Mond ist blutig.

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同時に、ほんのりとした幸福感を与える小品が多いのもメンデルスゾーンと同じ。僕が抱一に惹かれるのは、この小さな幸福感に吸い寄せられるからでもある。

◆《河豚蘿蔔図》(一幅・個人蔵)
→画像がご用意できないのが実に悔しい。
ひっくり返って腹を出したフグと、その脇にぼて…と寝そべった大根。描画も彩色もほんとうに最小限にとどめた結果、円っこさだけが要素として残った。この円っこい幸福感は絶大である。心から所有欲をかき立てられたもののひとつ。

◆《州浜に松・鶴亀図》(三幅・寛政後期・個人蔵)
→中央が松、左に亀、右に鶴。いやーめでたいね。汀に根っこを、空に枝を伸ばす、松の舞踊的な表現。キュートな亀にスマートな鶴。

◆《麦穂菜花図》(双幅・静嘉堂文庫美術館蔵・重要美術品)
→麦の穂が前面と背面の二層で描かれている。春霞にぼやける背面層と、空のヒバリ、そしてちょっと無生物的なほど規則正しい、青い麦の穂。春らしい雑駁なにおいが漂ってきそうな強力な空間支配ですね。

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見逃した方は、春になったら京都の細見美術館へ。巡回してます。
by Sonnenfleck | 2012-01-26 22:24 | 展覧会探検隊

on the air:大河ドラマ「平清盛」第1回・第2回

c0060659_1131279.jpg近年の大河ドラマのなかではかなり楽しみにしていた部類で、現に、期待は裏切られていない。躍動感があるうえに政治劇らしい禍々しさにも欠けず、何より真摯だ。昨年同じ時間に同じチャンネルで放送されていた、歴史お笑いファンタジー「江」などとはずいぶん違っている。

そして音楽が良いのも当然、満足感に結びついているわけです。
吉松隆の無国籍的抒情が、どこの国とも知れない900年前の日本の遠さをよく下支えしているように思うんだよね。OPで(たぶん舘野泉が)弾いている「今様」のメロディは、劇中では吹石一恵と松田聖子が口ずさんでいることもあってすでにしっかり耳に残っているし、怜楽舎の演奏する吉松邦楽に乗って松山ケンイチが舞うシーンからも、独特の感覚を想起させられた。
(※久しぶりに吉松のFg協奏曲《一角獣回路》を引っ張り出して聴いてる。)

ところで、どこかの県知事が「画面が汚い」と公に発言したことにはかなり驚いた。こういう愚昧な感覚の大人もいるんだなあ。あたしは演出を演出と理解できません!って市民に向かって大告白してるわけですから。幼稚な審美眼のまま年老いてしまうってどういう気持ちなんだろうね。気づかないから幸福なのかな。

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さてもこのあたりの時代について、自分は何も知らないのである。悔しいので年末から「平家物語」を読んでいる。

といっても残念ながら原文を読んでいく能力はないので、中山義秀訳(河出文庫)上中下を入手してるんだけど、中山の訳文体が平明で温かく、たいへん読みやすい。すいすいと進んでゆける。このひとは1938年の芥川賞作家ということだ。

「平家物語」は平清盛が入道相国と呼ばれるようになってから、すなわち彼の晩年の、後白河院や平家以外の貴族に対する悪逆非道ぶりを告発し、平家が滅亡に向かう様子が内容の中心だけど、大河ドラマ「平清盛」はそこに至るまでの長い道のりを描いていくようなので、順序は逆さま。
でも「平家物語」ですでに死んで(≒清盛に殺されて)怨霊になって登場するような人びとが、大河ドラマでは生きて登場するので楽しかったりもする。このへんはちゃんと補完してますね。中山義秀訳、おすすめです。
by Sonnenfleck | 2012-01-22 01:17 | on the air

グスタフ・レオンハルトの死/永訣の朝

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出張先でレオンハルトの訃報を知ることになった。
ああ。
昨年12月の演奏活動引退の報せに接し、文章を書こうとしても思うように書けないでいたところへこの訃報であった。彼は死期を悟っていたのかも知れない。

およそバロクーのなかでレオンハルトに導かれなかった者がいるだろうか(硬質なスタイルはときに反発をも呼んだが、それはただ、父親的存在への反感だったのではなかったか)。偉大な藝術家を僕らは永遠に喪った。

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2004年にソロチェンバロを、2011年にオルガンを、それぞれ一度だけ聴くことができたのは僕の大切な経験だ。特に、明治学院大学チャペルのオルガンを弾くレオンハルトの姿と、形づくられてゆく音楽の強度、空気の震動や湿度を忘れることはないだろう。

叶わなかったこともある。一度でよいから、レオンハルトが通奏低音を弾くアンサンブルを生で聴いてみたかったんだ。
彼がブリュッヘンやビルスマと録れたテレマンのトリオ・ソナタを、今ホテルの部屋でぼんやり聴いている。そろそろ支度をしなきゃいけないけれど。iPodに詰めた僕の夢だった。

R.I.P.
by Sonnenfleck | 2012-01-18 07:14 | 日記

初詣ル

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→1月8日(日)、初詣。今年は深川八幡こと富岡八幡宮に初めて行ってみたのである。門前仲町から歩いて下町らしさを堪能。なかなか混雑してる。
リーマン雑兵として八幡神に心の内のさまざまのことをお願いして、おみくじを引いてみると数年ぶりで大吉を授かった。添えられた歌は、
海原に船出をせんと月待てば潮も満ちきぬいざ漕ぎ出でん
とのことであった。気分の良いときの白樺派って感じだね(笑)

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→現代のリーマン雑兵は甘味も食す。白玉ぜんざいの奥行きのないフラットな甘みが、冷えた体に染み渡ります。
夜は下町特集らしくちゃんこでも…と思っていたら、目当てのお店が予約でいっぱい。一般的にちゃんこ屋さんはホスピタリティに欠けるところが多く(店員が不機嫌とかさ)、飛び込みで別のお店に行って失望させられてはかなわないから、結局、銀座に移動しておでんを食べることに。大根ほくほく。

身も心も温まった一日でした。おお、まるでフツーのブログっぽい!
by Sonnenfleck | 2012-01-14 12:04 | 絵日記

飯森範親/東響 第596回定期@ニコニコ生放送(1/7)

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<レスピーギ>
●交響詩《ローマの噴水》
●交響詩《ローマの松》
●交響詩《ローマの祭り》
⇒飯森範親/東京交響楽団


面白い。とっても面白いので参加してみた。
どうだったかって?
物凄く面白い経験だった。たった525円でこの面白さ。たまらないなあ。

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→まず、あらかじめ「ニコニコポイント」を購入する(僕はカード決済で1000円分1000ポイントを買った)。そのポイントを消費して、チケットを事前に買っておく。525ポイント。
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→開演30分前の17時30分になると、ウェブ上でも入口が開いてアクセス可能になる。インターフェイスはいつものニコ動と同じ。脳内でサントリーの開場オルゴールを鳴らしながら仮想入場。
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→全画面表示にするとこんなふう。フツーのオケ番組とまったく同じです。
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→17時45分からリハーサル動画が流れるサービス。コメントはみんな大喜び。
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→そしてなんと開演5分前の楽屋から生中継が入るのだ。飯森氏のプロ根性に感服しちゃう。そしてちゃんとサントリー製品のC.C.レモンが映り込む(笑)
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→開演前には、飯森氏のプレトーク。曲目解説とともに、この公演がインターネットで同時中継されていて、課金で見ている視聴者が大勢いることをちゃんとホールに伝える。これって簡単だけどとってもとっても効果的なマーケティングっすよね。
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→始まるとこんなふう。指揮者用のワイプ画面が常時出ていて良いな。
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→曲のどの部分か、ちゃんとテロップが出るのも親切設計。というか一昨年くらいからN響アワーでもようやく表示されるようになったけど、これはフツーにあって当然のサービスよね。
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→休憩中にもまさかの凸。テンション高揚中の飯森氏が見られる。
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→クラシックとニコニコ動画という取り合わせから、こちらで勝手に不安を覚えていた映像も、別に違和感のないレベル。何台もカメラが入ってた。
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→終演後の舞台袖からも中継がある特盛サービス。。
ノートPCを抱えた事務局の方が映って「中継盛り上がってますよ~。叩かれてなんぼのニコ動なのに凄い!」との弁が聞こえる(笑) 最後は飯森氏がカメラに向かって「これが東京交響楽団です。北海道から、沖縄から、九州から、ぜひお越しください」との完璧なコメントで〆。

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演奏もね。よかったんですよ。
まず、最懸案事項であった「音質」。これがFMくらいの、全然フツーに聴けるレベルだったのが大きいなあ。自然なサントリーホールって感じで。強奏部が多少マスクされるくらいならガマンできる(自分はニコ動のプレミアム会員なんだけど、一般会員でも同じ環境だったのかどうかちょっと気になる)

これまでに聴いた感じでは飯森氏とはなんとなく相性が悪かったのだけども、〈ジャニコロの松〉や〈五十年祭〉〈十月祭〉で聴かせたスマートで透明な響き、〈主顕祭〉でもぐちゃぐちゃにさせないリズム感覚がたいへん好印象だった。
それから東響の音色の佳いこと!《噴水》こそ、ちょっとおとそ気分でぼんやりしてたけれど、例の「プチ重厚」路線がしっかりオケの音として息づいていて、〈チルチェンセス〉がところどころ(本当に)シェーンベルクに聴こえたことを忘れないうちに書いておきたい。

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このクオリティならば、またすぐにでもニコ動での中継を体験したい。あるいは525円が1050円になっても全然構わないから。

実際に足を運んで身体で空気を感じるライヴとは、もちろん違う。面白さのベクトルがまったく違う、別の新しいエンターテインメントという感じがする(ワンコインでも、ちゃんとお金を払ってるし)。自分の知ってるホール・知ってるオケ・知ってる空気感が、電子の海を通して伝わってくる感覚の楽しみ。BPOのデジタルコンサートホールをドイツ国内で体験するとこういう気分だったのかな。

むろん、そこへ加わるのが「実況」という特異な楽しみ。これはニコニコ動画ならではの、日本が世界に誇る面白い文化のひとつだろう。この謎の一体感が、客席に座って感じる空気振動と等価交換できる価値を持つんじゃないかと今は思うのだ。

コメント欄にはこれからに関するヒントがいくつもあった。ご紹介。
・東京以外の地方都市のオケこそやってみるべき。
・中継するなら歌舞伎や文楽もありだろう。
・自分は初心者だが、コメント欄でいろいろ教えてもらえてありがたい。
・プログラムはPDF化してDLできるようにしてほしい。

これが2012年のライヴ聴き初め。数年前ですら、こんなスタイルが実現し得るとは想像できなかった。今年も楽しい年になりそうね。
by Sonnenfleck | 2012-01-07 21:48 | 演奏会聴き語り

寝正月アカデミー賞大賞受賞記念。

これまででもっともよく寝たお正月となった。寝過ぎて腰も背中も痛い。そして発熱は治まったものの、徳永英明ボイス→いかりや長介ボイスにランクアップ。

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c0060659_2182386.jpgニューイヤーコンサートすら見ていなかったので、クラ系なことがしたいようと思い、超久々に『レコード芸術』1月号を購入してみたよ。

表紙は誰ですか。ジンマンですか。ブラームスとシューベルトに関するインタビューが面白かったなあ。こういうのはネット上には転がってない情報なんだよなあ。

宇野功芳によるシャイーのベト全評が凄いと一部で評判になっていたけど、彼の書き方のスタイルの善いところがはっきり出ていた。すなわち、たとえ全体が悪くても、彼が好いと判断した部分はちゃんと切り離して評価するという点(第5には推薦印が!)。彼のこういうところはさっぱりしていて好きなんです。

それにしてもF田某の文章は相変わらず。マス目を演奏者の名前で埋める悪癖は全然変わっていない。一度、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ/ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団のレビューを書かせてみたい。
あれは読者に「あれくらいならオレでも書ける」と思わせて「どれどれ、今月号はどれだけしょうもないかのう」と毎号買わせ続けるために、編集部が組んだスクリプトなんじゃないかという気さえしてくるね。

「海外盤REVIEW」が数年前に比べて拡充、しかも「月評」の直後に配置されていた。久々にじっくり読んでみると、もちろん内容の出来不出来にばらつきはあるけれど、ネット上の優れたレヴューのプロ版、という感じでポジティヴな既視感。これが安定的に読めるならまた購読してもいいかなあ。

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吉田秀和「之を楽しむ者に如かず」。
何しろ私はこのごろ気分が晴れない日がよくあるので、音楽をきいてもせっかく音楽そのものから楽しい便りのようなものが発信されてきても、私の胸のどこかにつかえてしまって、ちゃんと届かない思いをすることが多いのだが、グリュミオーとハスキルのような人たちが《春のソナタ》をやさしくなだらかに歌ってくれると、「もう少し辛抱したら、また、いいこともあるよ」と慰めてくれるような気分になる。
この一節を読んで本当に愕然としてしまった。なんと軽やかで重い文章だろう。98歳のペン先から―。どうかこれからもお元気で。
by Sonnenfleck | 2012-01-04 21:57 | 日記

アヴローラ/人類の夜明け/謹賀新年

皆さま、明けましておめでとうございます。旧年中は拙ブログにお付き合いくださり、まことにありがとうございました。本年もよろしくお願いいたします。

…とまあ普通にご挨拶したものの、実は大みそかから熱を出して臥せっております(この文章も布団の中でぽちぽち携帯を打って書いてる)。こんな年もあろう。。

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今年は北日本の日本海側としては珍しく、初日の出を拝むことができたのであった。今日一日はそれでよいものとする。
by Sonnenfleck | 2012-01-01 19:14 | 日記